第75話 百人斬りの検分
ロータスを見送った住民が一人、また一人とばらけていく中で、ゼマリアはさてとと重い足どりでベルカンプの前に立った。
「ベルカンプ、オットー。ガライとの折衝ご苦労であった。敵国と友好な関係を築くのもまた大事な能力、副将であるオットーの事は王には良く報告しておくぞ」
「ハッ ありがとうございます」
オットーはベルカンプに絡めていた両手を解き、クリスエスタの礼を執って答える。
「聡いベルカンプの事だ。私の雰囲気で察したと思うが本題に入るとしよう。今回の輸送に近衛である私が同行したのは王の命を受けてのものだが、理由はわかるであろうな?」
「思い当たるのはいくつかありますが、一番可能性が高いのは…………百人斬りの件でしょうか?」
「正解だ。戦闘終了後すぐにイグアインの査察が入った為、100と言う数に関しては問題無しとなったんだが、カーンの実力に関しては未知数でな。クリスエスタの近衛時代を知る者の話しでも、そこまでの男ではなかったと何人かの証言もあり、私がカーンの実力を検分する事となったのだ」
「そうでしたか。一時は豪華な護衛だなと勘ぐる節もありましたが、給金が倍の輸送でしたし戦闘後の土地でしたので、こんなもんなのかなと思い直してしまいました」
「フフ。まぁそういうわけでカーンを少し借りるぞ。砦の主上殿」
二人のやり取りがギリギリ聞こえる位置にいたカーンもこの声に向き直り、目をぎらつかせる。
ゼマリアがその目を睨みながらカーンにゆっくり歩み寄ると、後ろからベルカンプが二人の間に割って入り、ゼマリアに向きながら後ろ歩きで声をかけた。
「ゼマリア様、カーンの実力を検分すると言うと、やはり試合形式で打ち合いですか?」
「そうだな。一騎打ちが一番良いのではないのか? 第4位の私とサシでやって勝てぬようでは、百人斬りの資格などあるわけがないと思っているのだが」
「武器はどうしましょう? 木刀ですと、当たり所が悪ければ大怪我してしまいますし……」
「都合が良い事に医者がいるではないか。私は負けるつもりなど微塵も無いのでな、カーンさえ良ければ真剣でやりたいとさえ思っているのだが」
この会話が終わると同時にカーンの目の前まで到着し、ゼマリアはベルカンプを挟んでカーンと見つめ合う。
「どうなのだ? カーン。相手が不足とは言わせぬぞ」
「いえ、近衛のナンバーフォーと打ち合いが出来るのはたまらなく興奮しますぜ。たとえ殺されても文句は言わねぇから、存分にお願いします」
すぐにでも始まりそうな雰囲気を危惧したベルカンプは、
「待った!!!」
と二人の腰の位置から声をかける。
「カーン。主上命令だ、正直に言え。体の状態はどこまで回復している?」
カーンはベルカンプを見下ろすと、決意をはらんだ目で少年は自分を見つめ返し、この目を見たカーンは強がる事を止める事にした。
「正直言うと横払いの時にまだ少し脇腹が痛ぇ。状態としては8割より少し良い程度だと思う」
「どうだ? あと4~5日で全快するか?」
「あぁ、全快かどうかはわからねぇが、痛みで動きが鈍る事はなくなると思うぞ」
ふむ、と頷いたベルカンプは体を反転し、
「ゼマリア様。聞いての通り、カーンはあの死闘からまだ完全回復しておりません。試合に事故は付き物ですので無傷でカーンを返せなどと間の抜けた事は言うつもりはありませんが、悔いが残らぬよう、全快の体でやらせてやりたいのですが」
「うむ。4~5日なら待てなくも無いが良いのか? 私もその間、鈍った体をほぐす時間に当てさせてもらうが?」
「構いません。むしろ、お互いが全快でやるのが筋ではないかと思っております」
「よろしい。では試合は5日後とする。その間、ホウガと言ったか? ゼエリアスに面倒を見させるから稽古でもつけてもらえばよかろう」
「はっ、ありがとうございます。ホウガも喜ぶ事でしょう」
ベルカンプは初めてクリスエスタの礼を執り、ゼマリアは思わず微笑んだ。
「それと、もう一つお願いがございます」
ん? とゼマリアが眉を上げると、
「実は、此度の戦闘の影の立役者の中に盾兵の存在がございます。そこでゼマリア様のウォーミングアップも兼ねる意味で、多対一の模擬戦をして欲しいのです」
「ほぅ、私一人対複数の試合か。構わんぞ、いつにするのだ?」
「選抜と準備に一日づつ頂ければ。2日後でよろしいでしょうか?」
「了解だ。では私も少し体を動かしてくるとしよう。まだ何かあるか?」
「いえ、ございません」
ではなと、カーンをひと睨みするとベルカンプの頭にポンと手を置き、ゼマリアは砦の中に歩き出した。




