第72話 ユメヒカリ
ベットの下の違和感で起こされた幸太は、のそのそと起き上がると棺桶を引きずり出し確認してみる。
棺桶の中にはいつものように栄太からの手紙が入っていたのだが、それとは別に見慣れない銅貨も一枚入っていた。
「へぇ、栄太の奴、やっぱり地球とは違う世界にいるんだな……」
10円玉の倍程の銅貨には歴史を感じさせる紋様が不器用に施されており、中世の鋳造と思われてもおかしくない形状なのではあるが、実際は地球上のどの時代の紋様でもない。
とりあえず顔でも洗おうと手紙を机の上に置き、なんとなく銅貨を片手でモミモミしながら洗面所に行くと、先に起きていた大山と廊下ですれ違った。
「おはよう。今日は少し早起きだな。朝飯はまだ作ってないぞ?」
「おはようさんです。なんか夢に起こされちゃったんすよ。あ~それにしても腰いたいっすわ~」
連日のよし乃のしごきで腰をやられ、幸太が勝手にアイスマンと命名した料亭馬頭の鬼軍曹の手伝いも始まったおかげで、高校の頃使ったことのない筋肉が悲鳴をあげ続けている。
いててててと腰と腕を自分でモミモミするのだが、銅貨を持ちながらの動作に片手が不自然な動きをし、大山の目に止まってしまった。
「ん? なんか持ってるのか?」
当然の如く大山が声をかけて来て、幸太は少々しまったと思いながらもその銅貨を大山の手に乗せた。
「ほぉ~銅貨だな。どうしたんだこれ? 中世のヨーロッパのもんか?」
「どうだろうね? 俺が援助する予定のベルカンプ君がね、地中を掘ったら出てきたってお礼にって送ってくれたんだよ。あの辺って中世は色んな国が取り合いをしてたじゃん? その内のどれかの銅貨なんじゃないのきっと?」
わざと興味無さそうにぶっきらぼうに言うと、幸太は洗面所に足を運ぶ。
その足音が遠くに行くのを確認した大山は、なんとなく、なんとなくだが幸太の不自然さを感じ、何かを思いその銅貨の両面をスマートフォンで動画撮影した。
洗顔した顔をタオルで拭きながら幸太が戻ってくると大山がTVをつけながら新聞を広げており、ちゃぶ台の上に無造作に置かれていた銅貨を見つけると幸太はそれをスウェットのポケットにしまいこんだ。
「先生は今日はどんなスケジュールだっけ?」
TVの音声だけが流れる空間に幸太が耐えられず、手持ち無沙汰とばかりに大山に話しかける。
「ん? 午前中はおまえと一緒にわさび田だろ? 午後は~……田んぼだな。よし乃さんが農機の使い方を教えてくださるそうだ」
「ふ~ん。俺は午後から配達だな。練りわさびに加工してくれる工場に山葵届けにいかなくちゃ」
農機は初めてかね大山君。頑張り給えよハッハッハと大仰に言いながら幸太は席を立つと、うるせぇよと大山の非難を背中に受けながら幸太は自室に引っ込んだ。
30分程経ち、身だしなみを整えた幸太が居間に戻ってくると朝食が出来上がっており、頂きますと幸太は手を合わせると味噌汁に口をつけた。
向かいには熱心に納豆をかき混ぜる大山がおり、最低3分はやらんと気が済まんと一心不乱に箸を回転させている。
「あ、そうそう幸太。床下の貯蔵庫どした? 俺が隠していた藁納豆が無くなってたんだが?」
「え? あれ先生のだったの? 悪い悪い。食べちゃった」
「まぁそれはいいんだが、なんか保存食も一気に全部無くなってたぞ? あれも食ったのか?」
「ん? 缶詰は~……長期保存が効くと思って送ってあげたんだった。日本の食いもん喜んでくれるといいんだけど」
「ほ~…………。空のままだと心配だからな、次来るときに地元でなんか買って来ておいてやるよ」
「あ、すんません。助かります」
かき混ぜるのに満足した大山がご飯の上に納豆を乗せ、再度ご飯とまぜまぜタイムが始まる。
「そいや~先生、お米の種類って詳しいですか?」
「え? 米かぁ……。食う分には人並みの知識はあると思うが作る方だろ? どうしたんだ?」
「いやベルカンプ君がね、種籾を送って欲しいらしいんだけどね、現地が荒地な上に気候も厳しいらしいんすわ。荒地でも育って、なおかつ熱さ寒さに強く、おまけに成長も早いなんつー魔法の米なんてないもんですかね?」
「ん~? あ、数年前に凄い米が開発されたってニュースでやってたの見た事あるぞ。なんかお互いの米の良いとこどりに成功したらしくて、病気に強く、成長も早くて霜が降りる時期の稲刈りにも耐えれる米なんだそうだ。なんだったけな……ユメ……ユメヒカリだったっけな?」
「へ~そんなのがあるんだ。配達途中の道の駅にいけばあるんかな? 聞いてみよっと」
ようやく満足した大山がずぼぼぼぼと納豆ご飯を口に掻き込んでいると、
「あ、そうだもう一つ。日本の気候で米の二毛作なんか出来る所ってあるんですか?」
幸太のこの質問に大山は考えながら口を動かし、味噌汁で口内を洗い流した。
「さぁなぁ、そればっかりはよし乃さんにでも聞かないとわかんねぇんじゃないか? 成長の早い米は4ヶ月もあれば収穫出来るって聞くけど、夏でも二回来れば可能なんじゃねぇの?」
自分でそう言いながらハッハッハと大山は笑うが、幸太の反応は大山が思っていたのとは少々違い、
「え? じゃぁさ、仮にこんな世界があるとしてさ、春 前夏 春秋 後夏 秋 冬って6つの季節が均等に2ヶ月あるとしたら、二毛作は可能になるって事?」
と真顔で質問を重ねてくる。
大山は今朝の違和感が脳裏にチラつきながらも、
「春秋って季節はなんなんだよ」
と幸太に聞き返すと、
「ん~ 春のようでもあり~ 秋のようでもある。そんな季節?」
と首を傾げながら答えてくる。
「なんかよくわからんがいけるんじゃねぇか? 稲ってのは苗をある程度まで育ててから田植えをするんだから、春秋って季節は刈り取りと田植えの両方をやらなくちゃならなくて地獄の忙しさだろうけどな」
そう言って大山はまた笑うと、今度は幸太も満面の笑みでその笑いに参加した。
「しかしなんなんだいきなり。そんな気候の土地地球にあったっけか?」
「いや、ゲームの中の話しっすよ。たまたま米の話題で思い出しただけで、今の話題は別々の話しっす」
ふ~んという大山に先に朝食を平らげた幸太がご馳走様~と食器を持って台所に下がり、そのタイミングで玄関の扉がガチャンと開く。
「先に行ってるよ~」
とよし乃の声がしたと思うと、すぐにまた扉が閉まる。
「はぇぇよばぁちゃん。俺が先に行ってばぁちゃんの相手してるからさ、先生は時間通りでいいよ~。だってパートタイマーさんなんですから!」
食器洗う時間無いからすんません~と体の節々を揉みながら玄関から出て行く幸太に、あの野郎だいぶ舐めてきてやがるなとそう思う反面、それが逆に嬉しくもある大山は微妙な笑みを浮かべるのだった。




