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第71話 未来予想図

 コンコン――。


 ウッドアンダー宅のドアがノックされ、ララスが応対に出ると皆に報告する。


「ロータス殿がカーンに用件があるといらっしゃってます。お通ししてもよろしいですか?」


 カーンは一度ベルカンプの表情を見、少年が首を縦に振るのを確認するとララスに目配せをする。


 昨日の会合で見知った顔達が居並ぶ小屋に通されたロータスが一同を見渡すと、ゼエリアスがこの世の終わりかと思うぐらいの表情で沈んでいるのがまず目に付き、新しい男女が一名づつこの会議に参加していた。


「お取り込み中のようで申し訳ありません。一つ書類を作ってきたのですが、カーン殿のサインを頂けないかと思いまして」


 ロータスは持参して来た紙をカーンに手渡すとカーンはそれを凝視し、一度ポリポリと頬を掻き毟るとオットーとベルカンプに回した。


「盗賊の遺品の件です。砦側が一度ガライに返却した物を、死体処理の費用と供養代として使用して頂きたいという旨を公式書面にしてみました。本来分捕り品は被害者側の戦利品で構わないのですけれど、ガライ市長の公式宣言があった方が角が立たないと思いまして…………」


 なるほど、と一同は納得の顔を浮かべ、オットーが

「お気遣いありがとうございます。これで何の気兼ねも無く彼らの死体漁りが出来ます」

 と少々物騒な事を言うと、ロータスも存分になされませと平気で答えた。


 ロータスがオットーから視線を外しふと机の上を見ると、なにやら設計図のようなものが広げてあり、何が書いてあるんだろうと視線がそこで止まる。


 その視線を危惧した二人がロータスの意識をこちらに向けるように

「初めましてロータス市長様、私はオットー配下のヨーガ・ドラメンティという者です。そしてこちらが」

「農業指導……予定の、コキア・オータムです」


 二人が畏まって礼を執ると、ロータスもガライ式の礼で返答する。


 二人のやや緊張した雰囲気にどうやら歓迎されてないと感じたロータスは、カーンにサインをねだるとすぐに、

「それでは大事な会議中に失礼しました。私はこれで退室させて頂きます」

と部屋を出て行こうとする。


「ロータス様、僕達が何を話し合ってるか気になりますか?」


 ベルカンプの声に体を反転させたロータスは、

「そりゃぁ気になりますよ。異世界の少年が何を話し、何を求め、この砦で何を成すのか。ですがそれよりゼエリアス殿の表情の原因の方がもっと気になります」


 そう言うと一同がどっと噴き出し、痛いところをほじくり返されたゼエリアスが何度目かであろう涙をシクシクと流し始める。


 ストン。と、華麗なステップでロータスの耳元に近づいたゼマリアが、

「ロータス殿。エリスはな、昨日の夜、宿屋への帰り道でな、急に気分が悪いと地面にうずくまってな…………」


 リバース……。ゼマリアが無言で吐く真似をジェスチャーする。


 声に出さないまでも、あぁなるほど! とニヤッとするロータスに気づいたゼエリアスが、

「うううううううぅぅぅぅ。私はぁ~~~わたしはなんてもったいないことをぉぉぉぉ~~~」

 とうとう声に出して泣き出してしまい、


「エリス様。そんなに対した事じゃないですって。昨日話したとおり最後に地面に戻すのは地球のお約束みたいなもんですし、餓死する国民の前で吐き出したら問題かもしれませんが、試食会で味を楽しんだ後なのだからそれでいいじゃないですか」


 擁護するベルカンプにゼエリアスはすがり付くと、

「こんなわたしを許してくれるのかぁ~~ ありがどぉ~~ ほんとにありがどぉ~~」

 と号泣してしまい、地面に正座してベルカンプに抱きついているゼエリアスの後頭部をよしよしとベルカンプは撫でてあげる。


 しかしなんでこんなに大袈裟なんだろうと不思議に思っていると、その顔に気づいたゼマリアが助けるように口を開いた。


「ベルカンプ。我等南部の民はな、昨日話したとおり命がけでこの土地までやって来た移民だ。その途中に食うものに困ったらしくてな、それこそカヅラのように、食えるものはなんでも口にしながらの決死の旅だったらしいのだ。その名残なのかは知らぬが、南部の民は口に入れた食べ物を戻すというのは親の顔に唾を引っ掛けるぐらいの無礼とされていて、それがご馳走だった場合はなおさら…………」


 ……あぁ、鶏肉か。そんな教えがある下で育ってきたゼエリアスが、王族すら滅多に口にする事ができないモノを口に入れて吐き出した無礼の度合いと言ったら、計り知れない物があるかのかもなと思ったベルカンプは、

「昨日の主催者が許すと言っているのですから、大丈夫ですよ~」

 と発言し、もう一度よしよしとゼエリアスの後頭部を撫でてあげる。


 ほんどにずびばぜん~~~と謝るゼエリアスはこの言葉を聞くとふっと体の緊張が解け、数分で泣きやむと元の立ち位置へ帰っていった。




「ロータス様。机の上の紙は僕が考えたこの谷の設計図なんですけど、ご覧になりますか?」


 え? 見せるの? と砦の住民組みが顔を上げ、ロータスもロータスで、そんなものガライ市長の私が見ても良いのか? とキョトンとする。


「いいのいいの。みんな落ち着いて! 逆に隠す事で相手が不審な思いをする事もあると思うんだ。僕達が戦争の準備をするなら見せるわけにはいかないけどさ、こうやって僕達の居住区を作っていこうとするのを見せて何か問題でもある?」


「ロータス殿に限ってはそんな事はないと思うが、何処に何があると手に取るようにわかるのは攻める方にとっては喉から手が出る情報だぞ?」


 ゼマリアが横槍を入れると、

「人の往来が無い砦ならばそうなのでしょうが、この砦はガライとクリスエスタを繋ぐ要所です。毎日見知らぬ商人達がこの砦を通り抜ける事を願っていますので、その情報を隠した所でいずれ漏れるのは必至なのではないでしょうか?」


 と言いますか、別に隠すような大事なもの書き込んでませんってばとベルカンプは笑いながら答えた。


「すみません。ガライ市長としてでは無く、一人のコルタとして、この何も無い谷間がどう発展するのか非常に興味があります。ここで見た事は決して他言しないと誓いますから、是非見学させて下さい」


 ロータスは丁寧に頭を下げると、一応皆の前で宣誓をさせられ、ゼエリアスが「偽りの疑いなし」と合図するとベルカンプが説明を始めるべく中央に移動した。




「まずこの谷間の入り口と出口を踏査したんですが、一番狭い部分を確認出来ました。両方とも間隔は230mで、谷間の中程が一番広く280mぐらい、地形としては、獲物を飲み込んだ蛇のような形状でした」


 獲物を飲み込んだ蛇のようの説明に皆あぁと理解し、皆の顔色を伺ったベルカンプはその230mの位置に砦壁を築きますと答えた。


「待った! 俺ら兵士が43名しかいないんだぜ? 230mってのがどんな長さかしらねぇが、そんなとこ俺らだけで管理できるのか?」


 カーンがもっともらしい質問をすると、

「カーン、この砦は門が4面あるでしょ? 一面の長さがいくつか計ってみたらおよそ120mだったんだ。だから、約2面分の長さを2門管理するだけだから、逆に少し業務が楽になるぐらいなんだ」


 へ~そんなもんなのか。楽になるぐらいなら文句は言えねぇよなとカーンが納得すると、ベルカンプは説明を続ける。


「その230mの場所に南門、北門を築き、西門および東門は西の山とエンシスの丘を天然の砦壁とみなし放棄します。南門から北門、つまり谷間の入り口から出口までの長さは3,3~3,4kmでしたので、この区間で我らは自給自足をしようと思います」


 ふ~んと皆生返事をするが、あまりしっくりと来ていない。ソシエだけは皆の表情の原因が何かを理解しているようで、その原因を排除すべく口を挟んできた。


「ベル? あなたさっきから頭の中が異世界モードになってるわよ? 私達にメートルとかキロメートルとか言われてもわかるわけないじゃないの」


「あ! ごめんごめん。え~と、1cmが大体1ディスタだから、230mってのは2ウェスタと3000ディスタで、3,3kmってのは33ウェスタだね」


 あ~そのぐらいの距離かぁ~と一同は大きく納得すると、オットーが

「ベル? おまえが数日前、馬で谷間の入り口と出口に連れて行って欲しいと言われたので連れ出したが、まさかあれだけで距離を測れたのか?」


 え? うん。そうだけど? と当たり前のように返事を返すと、

「速度を一定に保ち馬を走らせて欲しいとは言っていたが、あれだけでそんなに長い距離を測れるものなのか?」

 とさらに質問を重ねてきた。


「ストップウォッチが必要なんだけどね、これは時間を正確に刻む機械なんだよ。だから、1ウェスタ間を僕らが乗った馬がどのぐらいの時間で走り抜けられるかを記憶しておけば、単純に後は計算で…………」


 え? あれ? とベルカンプは一同を見渡すが、ハタロスが、

「ベルカンプ。私は言っている意味は勿論理解出来るが、それでも私は一国の財務次官だぞ? 普通の市民が、距離を時間で計算するという発想が生まれないのはそんなに首を傾げる程おかしな事ではないのだ」


 そうだそうだ! 自分を基準に尺度を決めるんじゃねぇとコルタ側から非難が相次ぎ、何がなんだかわからないカーンもそうだそうだととりあえず言い、笑いを買って出る。


「ごめんごめん。僕はまだ学校に行った事がないからさ、教育水準がわからないんだよ。でも一つ決めた事があるんだ。この砦に住まう住民には異世界の基準を叩き込む。時間の単位とか、長さの単位とか」


 そうしないと異世界から取り寄せた機材を使いこなせないから、こればかりはどうしても曲げませんと宣言すると、ヨーガが初めて口を挟んできた。


「主上、私の親が大工なのは以前話しましたが、大工には尺度の正確性が不可欠です。異世界の物を測る機材はどれぐらい精密なのですか?」


 ヨーガの質問に関心したベルカンプはちょっと待っててと持ち場を離席し、薄っぺらい棒状の物を持ってくるとヨーガに手渡した。


「それは異世界の物を測る定規というものです。そこの大きい間隔がマチュラの最小単位、1ディスタなんだけど、異世界はその十分の一の1ミリというのが一般的な最小単位ですね」


 専門的な仕事になると最小単位がミクロンという単位に変わり、1000ミクロンが1ミリ、10ミリが1ディスタですと皆に伝えると、ついていけんわと皆匙を投げ出した。


「主上、私は無学ですが、こんなに正確な尺度で物を作ってみたい。私に異世界の単位を教えていただけますか?」


「ヨーガ。実はこの谷間の改革はね、ヨーガとリンスが主役だと思ってるんだ。理解出来るまでいつまでも付き合うから、その情熱を冷まさずに僕に力を貸してください」


 その定規はあげるからその目盛りの間隔を頭に叩き込んどいてねとヨーガの太腿をパチンと叩くと、ありがとうございますと嬉しそうにヨーガは定規を握り締めた。




「じゃぁ続きを行くよ? 僕らは南門に立って北門方面を見ています。ガライ方面からベクシュタの砦の方を見てる感覚で。谷間の一番狭い間隔が230mなのでそれを基準に設計してみたんだけど、まずはエンシスの丘の斜面から4mを農道として空け、そこから100m×100mを1ブロックとして農地にします。そこから3mをあぜ道含む農業用水を引き、そこから横幅10mの道路を北門まで真っ直ぐに伸ばします。ここがほぼ砦の中央部分でメインストリートになります。ここまではよろしいですか?」


 う、う~ん。図面とにらめっこしている一同はそもそもこんな図面など見た事は無く、近衛の二人がやや理解している風で、ロータスは完全に理解している。


「つまりよぉ、谷間のど真ん中に横幅10mの道を北門まで伸ばし、その道からエンシス側は全部農地って事でいいんだろ?」


 カーンの投げやりな質問にベルカンプは目を輝かせ、「カーンすげぇ! その通りだよ」と手を叩いて喜んだ。


 ベルカンプは1ウェスタ×1ウェスタが1ブロックなのは基本にするから覚えてねと皆に告げると、

「コキア、リンス。この農地を南門側から順番に、F1 F2と命名し、最終的にはF30まで作るつもりなんだ。どう? 何か感想はある?」


 リンスは話しが壮大過ぎて少々面食らうが、すぐに昨日食べたモノを思い出し、全力で頑張りますと表情を変化させて答えた。


 それとは対照的に少々渋い顔をしたのがコキアで、

「最終的って言うんなら構わないんだけどさ、30ブロックの農地って中々のもんよね。昨夜食べさせてもらったお米が作れるならなんとしてでも成功させたいけど、この土地の土壌改良の事を考えると相当な出費が必要よ?」


 私のギャラすら払えない貧乏砦がそんな事出来るのかしらと心配すると、

「土壌改良を低予算で抑える秘策はあるんだ。上手く行けばこの土地だけで賄えるかもしれないし、出来なくても地球と通じたんだ。奥の手はいくつも用意出来ると思う」


 ここは皆を安心させないととベルカンプは少々ハッタリをかまし、コキアはそれならアタシは自分の仕事をやり遂げるだけね。……雇って貰えたらだけど? と、少々棘のある言い方でベルカンプを苦笑いさせた。




「ではメインストリートから西側行きま~す。道路の脇からまた1ウェスタ×1ウェスタのブロックを30区画。ここの1ブロック分のスペースは主に居住区ですが、道路に面してるのでブロックごとに宿屋区画だったり、商業区画だったりとブロック事に色を出していければいいかなと思います。S1 S2と命名し、S30までとします。そのブロックから西側の5mを裏通りとし、そこから5m空けて3m幅の水路を作ります。上流から水槽を4つほど作り、一番槽は飲み水、二番槽は野菜や食べ物を洗う場所、三番槽は洗濯物、四番槽は洗体場所として活用しようと考えています。よって、西の斜面から落ちてくる水源の確保と管理も急務の一つです」


 ヨーガ、あなたの持ち場はここで、住民の新しい住宅建設の舵取りをやって欲しいとベルカンプは頭を下げると、ヨーガは快く承諾した。


「水槽で区分けする水場は嬉しいな。上流で何をしているか気にしながら飲み水を汲まなくて済むものな」


 ハタロスが感想を述べると、続いてソシエが、

「ベル? 裏通りと水場の間の5mの空き地は何か意味があるの?」

 と質問をする。


「そこはね、地中に下水管を埋めようと思ってるんだ。僕がこの砦で一番納得いかないのが汚物の処理でさ、下水管の上に共同トイレを作って、汚物を一箇所にまとめて処理するのが最優先だと思ってるんだよ」


 今まで汚物は各家庭で桶にまとめた後、砦の門の外に捨てに行くのが日常であった。しかしこれからは谷間全てが居住区になるのだから、当然と言えば当然の問題だなと、皆は大いに納得し頷いた。


「下水管は地中に埋めたいから大変な作業になるかと思ったんだけどさ、モグラ族に聞いたら本気を出せば一日で300mも掘り進められるんだって。他にもモグラ族には西と東の斜面の掘削をお願いするから、その掘った洞窟も有効利用出来ると思うんだよね」


 100m間隔だと片面30箇所。両面合わせると60もの洞窟が出来る予定であり、その用途を考えると土地が限られているこの谷間ではもろ手を挙げて喜ぶ程の実用性があった。


「つまりよぉ、そのメインストリートって道から西側が俺達の住む居住区になるんだろ? 5mの裏通りがあって、共同便所があって、水場の水路が出来上がるわけか。先の話しになるんだろうが、俺が願った娯楽なんてのは考えてくれてるんか?」


「S1のSって空間と言う意味で付けたんだ。僕らは今250人程しかいないからさ、詰めれば1ブロック分で収まっちゃうんだよ。それを30倍に拡げるんだから、いくら入植者が爆発的に増えたとしても絶対に区画は余るからね。そこのいくつかを娯楽施設に回せる余裕が出来たら楽しみだよね」


 そっかぁ~毎日酒が飲める施設とか出来るのが楽しみだぜ~と言うカーンに、それってただの居酒屋でしょ? そんな食堂みたいなもん娯楽施設じゃないし! とベルカンプに突っ込まれ、あれ? そうなんか? と娯楽施設の意味を履き違えていたカーンが頭を掻いた。


「どうでしょう? これが一応僕の頭の中にあるプランなんですけど、何かおかしな所ってありますか?」


 そう言ってベルカンプは一同を見渡すと、全員、唖然としている。



「こうやって…………こうやって町って出来ていくもんなの? 私は生まれた時から町で暮らしてたから、町なんて既にあるモノとしか思ってなくて……リンスさん、開拓民の村はどうやって作り上げたの?」


 ソシエが急にリンスに振り、慌てて考えを纏め上げたリンスが沈黙に押し出されるように口を開いた。


「私が開拓民の出と言ってもその頃まだ子供でしたし、このように会議で決めたとかはわからないんですけど…………私の幼い記憶では、農地を耕しながらなんとなく周りを柵で囲み、あまった土地に小屋を建てて雨露を凌いでいたら、小屋と小屋の間にいつのまにか道が出来ていて…………みたいな……」


 上手く言えないけど、本当にそんな感じでしたと皆に説明をする。


「本来、町なんて人が無造作に居を構えた集合体なんだからそういうもんなんです。ガライは本当に猥雑な都市でして、富裕層の区画だけはなんとか道を繋げる事ができたのですが、貧民が住む区画となると、その者達の妨害が酷くて手をこまねいているのが現状です。この何も無い谷間で自給自足をすると聞いた時は大変驚きましたけれど、有能な指導者の下で計画する町作りはなんと夢のある仕事なのでしょうか」


 大都市の市長の発言に、一から作るのは返ってメリットが大きいのだと知り、砦組の連中はやる気が内側から満ち溢れてくるのを感じとれた。

 誰も質問をしてこないのを確認したベルカンプは、今まで静かに着席していた男に向き直ると助言を仰ぐべく口を開く。


「バロルさん、どうでしょう? どこか手直しした方が良いという箇所はありますか?」


「……始めに聞きたいのだが、整然とした町作りというのは帝王学を学んだ者ぐらいしか考えが及ばぬものだ。少年は異世界の庶民の出であるらしいが、異世界の学問は庶民ですら帝王学を学ぶものなのか?」


 ベルカンプは首を傾げ天井を見上げると、

「いえ、一般庶民はそのような事は特に学びません。ではどうしてだろうと自問したんですが、恐らく異世界の子供はTVゲームをやっているからだと思うんです」


「テレビゲームとはなんなのだ?」


「テレビという動く絵の箱があるんですが、その動く絵の人物を擬人化出来る娯楽があるんです。その擬人化した者同士で対戦したり、自分が君主となって国盗りをしたり、市長になって町作りをしたりなんていうゲームもあるんです。そういうゲームを楽しんでいると、いつの間にかある程度は知識が備わってくるのかな、と」


 なるほど、遊びの延長で身につくのかととりあえず納得したバロルは、それではいくつか質問させてくれと続けて口を開いた。


「下水処理の策は見事だ。しかし、一箇所に集めた汚水の処理はどうするのだ?」


「生物の糞尿は植物の肥やしになるらしいので一時期はそれに使用しようと考えていたのですが、道路を挟みすぐ西側は居住区です。慢性的に糞尿の匂いが漂う谷間になってしまうのでこの案は採用できず、結局どこかに穴を掘って埋めるしかないのかなと思ってるんですが」


「…………マチュラにはブルーグリスという魚がいる。この魚は水のカヅラと呼ばれていて、口に出来るモノはなんでも食べてしまうのだ。ここから馬車で一日半の場所に小さな沼があるのだが、そこのブルーグリスは特に生命力が強くてな……。瘴気(しょうき)が立ち込めるその沼の水を数年で動物が飲めるぐらいまで濾過(ろか)してしまった実績があるのだ。貯めた汚水にその魚を放ってみるのはどうだろうか?」


「そんな魚がいるのですか!? ありがとうございます。是非試して見たいと思います」


「水場を水槽で区分けする試みは素晴らしい。……ついでに、下流の水路に魚を放流しておくと良いのではないのか? 手間がかからず食料の足しになるぞ」


「はい。魚の養殖は僕も考えてたのですが、なにぶんマチュラの魚の種類を知らなくて……。用水路が完成してから口に出来る魚を選別しようと思ってました」


「そうか、ならば少々引っかかる部分がある。西の斜面から落ちてくる水の水量を見るに、300ディスタ幅の水路では浅すぎるのではないのか?」


「あ! 確かにそうですね。水量が少なすぎて魚が泳げないか。あの水量だと100ディスタぐらいですか?」


「そのぐらいだと魚が泳げるぐらいの水深を確保できるのではないのか? とりあえずはそれぐらいからで、水量が増えたら拡張すればよい」


「わかりました。最初は100ディスタ幅で水路を作ります」


 大勢いた会合はいつの間にか一対一の対話になっており、ベルカンプはバロルに気づかされた色々な事をノートに書き込んで行く。


「東西の山と丘を天然の砦壁とすると言ったが、それは永遠にか?」


「一時的です。いずれ時間を見つけ現地踏査し、東西から侵入者が入って来れないようにしっかり管理するつもりです」


「よろしい。では南北の長さが33から34ウェスタだそうだが、30ブロックを区画するとなると3~4ウェスタ余る事になるな? これはどうするのだ?」


「ブロック間ごとに5m……500ディスタの横道を作ります。30ブロックですので、5m×30で150m…………1、5ウェスタが必要になります。余った空間を南門と北門の内側に均等に用意し、往来する商人の溜まり場や、入出門の待機場所にしようと思います」


「道を網の目のようにするのだな? うむ、見事だ。では砦壁に移ろう。これはどうするのだ?」


「バロルさんを前にして言うのもあれなんですけど、あのような一か八かの戦いは人生に何度もあってはいけないと思うんです。ですので、マチュラに住まう者全員が攻め込む意欲を失うような…………圧倒的な高さの砦壁が必要だと考えています。材質や形状にはアイデアがありませんので、クリスエスタの石積み方式を真似してみようかなと思っています」


「高さは?」



「…………5000ディスタ」

「そんな無茶な!!!!」


 これには一同が信じられないと話しに割って入り、50mの砦壁を作るという少年に食って掛かる。


「確かにその高さの砦壁なら、ルー家と言えどどんなに金を積まれても攻める事に首を縦に振らないだろうな。そんな高さの砦壁を建築出来る集団など恐ろしくて相手にできんからな」


 こうは言いつつもその口調には少々皮肉がこもっており、軍事に詳しいバロルがそれにかかる費用と年月を想像して天を仰ぐ。


「主上。クリスエスタの城壁の高さを知ってるか? およそ1200ディスタだ。ガライもほぼ同じぐらいの高さで、二国の軍部はこの高さに合わせて攻城兵器を発案、作成している。カヅラを斬るのに斬馬刀は必要が無いとは言ったもんだが、これはそんな例えを凌駕する笑い話しにならないか?」


 オットーがなんとかベルカンプに考え直すように諭し、こればかりはベルカンプに味方する者は一人もいない事に本人も気づいた。


「すいませんでした。もう二度とあんな恐怖を味わいたくないと言う思いが強すぎてしまったようです。……では40…………いや、30……3000ディスタで再検討しようと思います」


 それでも無駄にたけぇなとカーンがあからさまに不愉快な顔を浮かべるが、これ以上はベルカンプも下げたくないとその顔を無視する。


「少年よ。無駄に高い砦壁を持つ砦があるとして、そこを攻めろと言われたらお主ならどうする?」


「…………地球の戦いの歴史と照らし合わせると、地面を掘る作戦とかどうでしょうか?」


「正解だ。よって地中を500ディスタ掘り起こし、そこから3000ディスタの壁を築くのが良いであろう」


「……となると地上から25mかぁ……二つの都市の2倍程度の高さじゃ、襲う意欲は削がれないんじゃないのかなぁ」


 今までバロルの提案にペンを走らせていたベルカンプも、これには筆が進まず二の足を踏んでいる。


「ベルカンプ、南部の民にはこんな(ことわざ)があってな。飲めない水と、飲めそうで飲めない水は、寸分違わず同じである、だ」


「……ゼマリア様。つまり、50mが飲めない水で、25mが飲めそうで飲めない水って事ですね?」


「そういう事だな。逆にこういう発想をして欲しい。なんとかなりそうな高さなら砦壁から攻めてみようと思うが、それが絶望的な高さならどうだろう? 内部から崩壊させるしかないと、内側で無茶を起こすのがコルタの心理ではないのか?」


「確かに。この砦はガライとクリスエスタを繋ぐ要所でもありました。門の内側から何かされては砦壁の高さなど意味がありませんものね。25mにします」


 それでも2500ディスタなのかよと皆は心の中で突っ込むが、この辺がお互いの妥協線なのかなと、しぶしぶ高すぎる砦壁の不満を仕舞い込んだ。


「続いて資金と資材と人材だ。どう工面する?」


「足りない資材は勿論交易で得ようと思っています。魅力ある町にさえ発展出来れば商人は向こうからやってくるのですから。木材は西の山の頂上にたくさん生えてるのがここから見えますのでそこで調達して、砦壁の石は各地から少しづつ買い取るしかないのでしょうか? モグラ族の東西の掘削結果では魅力的な鉱物は発見できなかったとの事でした」


「西の山の山頂はどうなっておるのだ? 建築に使えそうな木材は本当にあるのか?」


 無言でベルカンプは首を傾げ、このメンバーで砦在住の一番の古株、カーンに視線が集まり始める。


「お、俺も10年しかここにいねぇからよぉ、あんま詳しい事はわかんねぇんだが、良い木がいっぱいあるって話しだぜ? この砦の砦壁の丸太も全部西の山からのもんらしいんだが、俺がいた10年間は斜面に倒れこんでくる木を集めて薪にするぐらいしかしてこなかったからなぁ」 


「そんなに良い木があるのに、どうして山頂で伐採しようと思わなかったの?」


「こ……主上は外の世界の事はあんましらねぇと思うがな、長年(コルタ)が手付かずの土地と言うのはそれなりの理由があんだよ。さっきバロルが言ってたブルーグリスを放流した沼もな、ほんの10年前まではモケーレ・ムベンベっていう水陸両用の巨大獣がその一帯を縄張りにしていやがったんだ。寿命か何かはしらねぇがそいつが沼で死んだらしくてな、その肉が沼の中で腐り瘴気を発するようになったんだと。それを通りがかりの旅の賢者とやらがその魚を放流して、その沼から毒気が抜け無害化したってのが事の顛末らしいぞ」


 へぇ~そうだったんだ~とクリスエスタ在住の面子が声を発し、続いてベルカンプが、

「って事は、西の山の山頂にも山の主みたいな生物がいるって事?」


「いや、わからねぇが、俺は一度だけ興味本位で山頂まで登った事があるんだ」


「おぉ! それでどうだったの?」


「なんかな…………木々が生い茂る山頂を歩いてたらな、背中に衝撃が走ってな。見たら、肩口がぱっくり裂けてやがるんだ。尖った枝にでも擦ったかなと辺りを見渡したらな、木の上から枝や葉っぱに同化した昆虫みてぇなのが…………」


 そう言いながら、カーンはこんな感じの奴、と、両手を幽霊のうらめしやのポーズにしてみせる。


 なんだそれ? と皆眉をしかめるが、

「俺の身長と同じぐれぇのが2匹、枝の色と葉っぱの色の奴が俺の事をじっと見ててな、やべぇと思って転がるように下山したんだわ。後で住民の奴らに聞いたらよ、過去にもそれで何人かが犠牲になったらしくて、それでみんな斜面に落ち込んでくる木しか取らなくなったみてぇなんだ」


「僕達って、そんな物騒な山の下で暮らしてたのか」


 マジかよとベルカンプは日本語を呟いてしまい、ソシエとオットーを心配させるのだが、

「ならなおさら未来の安全の為に、登山道を舗装してその魔物の正体を確かめないといけないね」

 と声を絞り出した。


「ねぇベル? 西の山西の山ってそろそろ面倒になってきたからさ、あなたがもう命名しちゃいなさいよ」


 閑話休題というように話しのベクトルをやや曲げにかかるソシエにベルカンプも乗っかり、

「そうだね、何にしようかな……。カーン、西の山の特徴ってなんかある?」


「そうだなぁ…………。標高は見ての通り大したこたぁねぇ、ざっと4ウェスタか5ウェスタぐれぇだろ? 山頂は平らで歩きやすそうだったな。 山を迂回して反対側の川に行くのに半日ぐらいしかかからねぇから、きっと山頂も狭いんじゃねぇのか?」


「山の周りを歩いた事あるの? どこからか登れそうな場所はあった?」


「いや、全くねぇ。全てが断崖絶壁で、一番傾斜が緩くて登れる可能性があるのはこの谷からだけだな」


 ふぅ~んとベルカンプは物思いに耽ると、

「昨夜の神話で気づいたんだけどさ、スタチュラの古代語って西をサ、東をマって表す節があるじゃない? なんの捻りもないけどさ、西の山だからサ山。狭い山って意味も含めて、狭山(さやま)って名前にしようと思うんだけどどうかな?」


 あら、呼びやすくていいじゃないと否定的な反応をする者は誰も無く、これより西を狭山、東をエンシス、エンシスの丘と呼ぶ事に決定した。


 続いて資金、人材はとバロルの問いは続き、一同の前で二人の対話が途切れる事は無く、日も落ちかける頃にようやく終了となるのであった。

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