第64話 箱の中身
「ダメじゃないか箱を勝手に開けちゃ。今回は特に得体の知れない物が送られて来る可能性があるんだから!」
駆け足でソシエと並走するベルカンプが育ての親をたしなめる。
「ごめんなさい! 壁に家トカゲが引っ付いてたもんだからついムキになっちゃって。格闘している内にホウキの柄が箱の上蓋に当たってずれちゃったの」
慌てて元に戻そうとしたらずれた隙間から物が詰まってるのが見えてしまい、思わず興味本位で開けてしまったのだと手を合わせながら説明する。
「まぁいいや……それで、見た感じどんな物が入ってたの?」
「ええとねぇ、黒くて大型の鉄製の箱が一つと、小型の鉄製で文字が書かれた四角形の物がごろごろ入ってた。指で引き抜くようなフックがどれにも付いていたわ!」
……え? 一瞬足を止めたベルカンプの脳裏に浮かんだのは手榴弾なのだが、数秒考えると日本でそんな物騒なもん所持出来るはずも無く、きっと別の何かなのだろうとまた同じペースで走り出す。
「後はねぇ、何か……食べ物が腐ったような匂いがしたわ! ええと……カーンが脱いだ靴の中のような匂い!」
「『マジかよ』」
ベルカンプが久々に口走った日本語に、ソシエもあまりよくない事態なんだろうと表情を落とす。
やはりゴミ処理に出された棺桶に生ゴミでも混入したんだろうなと予想したベルカンプは、自宅の前に到着すると険しい表情で扉を開いた。
「……変な匂いはしないね」
後ろから付いてくるソシエを背後に感じつつ、床に落ちているトカゲの尻尾を跨ぐとやんわりと違和感が漂ってきた。
そのまま歩を進めて箱の前に到着すると、背後のソシエに一歩下がってと言い、恐る恐る上蓋をずらしていく。
「…………あぁ指で引き抜くフックって缶詰の事か!」
パァッと表情が明るくなったベルカンプを見たソシエが釣られて嬉しくなり、思わず一度だけ飛び跳ねた。
一気に箱の蓋を取り除いたベルカンプは箱の中を見渡すと、
「ソシエ、これほとんど食べ物だよ」
「ほんと? 食べれそうなの? 腐ってない?」
大丈夫大丈夫、多分大丈夫とソシエを安心させると、ベルカンプは日本語が書かれている紙を見つけ、そのまま読み耽った。
「……へ~。…………へ~。…………へ~~~~~」
箱の前で片膝を着きながら読み耽るベルカンプを手前に、箱の中身が何か知りたくてソワソワが止まらないソシエがなんとか耐え凌ぐ。
ソシエにとって地獄の数分間がどうにか過ぎ去り、満面の笑みで顔を上げたベルカンプに、
「どうだったの? コウタと連絡取れた? 大丈夫そう? もう箱の中身触ってもいい?」
と矢継ぎ早にまくしたてる。
「取れた取れた。あ~良かった色んな事に見通しが付いて。急いで返事書きたいから中身を一端テーブルの上に置いちゃおっか」
了解とベルカンプとテーブルの間に移動すると、なんでも来やがれと戦闘態勢に入るソシエ。
バケツリレーの準備が整い、笑みを浮かべながらそれじゃ~いくよ~とベルカンプは言うと、
「まずは……お米10キロ、おもっ!」
「お米? これコメなの? 米って赤くて家畜の飼料にする奴じゃなかったっけ?」
「え? 日本だとこの色で人間の主食なんだけど…………赤っていうと…………古代米って赤かったっけなぁ……」
とりあえず疑問は後回しと米袋をソシエに渡すと次の品物を掴む。
「あぁ、ソシエが言ってた大型の鉄製って飯ごうの事か、これは野外で米を炊く調理器具だよ」
「へぇ~、どんな味がするのか早く知りたいわ! 後で作り方教えてね」
教える程のもんじゃないけど、後で食べようねとソシエを喜ばすと
「お次は調味料シリーズ…………はいこれ砂糖、こっちは塩、これが味噌に、醤油ね。……あ~助かった練りわさびがいっぱい入ってる」
異国の文字で表記してある透明な袋に混乱しつつも、受け取って感触を楽しみながらテーブルに並べるソシエ。
「ニホンの粉砂糖ってこんなに真っ白なのねぇ。王族が使用する粉砂糖でもこんなに綺麗な色まで純度を高められないと思うの」
味見したいなぁと続いて手に渡された茶色のものにソシエはウッっと表情をしかめる。
動物の糞のような色をした粘土状の物が入っており、袋の上から少し指で押してみると、ムニュっという感覚が伝わって来る。
「ベル……これって食べ物なの? なんか見た目がとても…………」
ソシエは味噌の袋を掴みつつ、片手で醤油と練りわさびをテーブルに置きながら質問した。
「初めて見ると確かにちょっとグロいけどね、味を知ったらきっと虜になるよ。日本人にとって米と味噌ってコルタにとっての小麦と馬鈴薯みたいなもんだからさ」
そんなに大切な食材なら我慢して一度口にしてみようと意を決してテーブルに置くと、続いてカーンの靴の中の匂いの元が渡され、ソシエは今度こそ無理とはっきり顔をしかめた。
「ハハハ。それは納豆って言うんだけどね、ソシエの感想通りに豆を腐らせた物なんだよ。幸太の奴こんなもん密封しないで送ってきやがって、箱の中で本当に腐ったらどうすんだよこの野郎。……でも全然大丈夫そうだから転送時に物が腐る概念は無いって事なのかな?」
ソシエに渡した藁包みの納豆を奪い返すと、藁の真ん中を裂いて中身を見せる。
すると糸を引いた茶色の豆がもりっとせり出して来て、それを見たソシエが思わず悲鳴をあげる。
「ムリムリムリムリ。ごめんベル、私それだけは無理だわ。見た目も匂いも完全にアウト。それを食べようと思った日本人ってそんなに飢えてたの? 厳しい時代もあったのね」
日本人のチャレンジ精神恐ろしいと椅子を盾に隠れるソシエに、
「飢えて仕方なく食べた物じゃないとは思うけども、確かに見た目は良くないよね。これは日持ちしなさそうだから今日中に食べちゃおう。あ~楽しみだなぁ」
はしゃぐベルカンプを見て、ソシエは信じられないとジェスチャーをする。
「後は乾麺とまぁ似たようなもんがちょこちょこと、残ったこのフック付きのは缶詰だね」
「カンヅメ? カンヅメってなぁに?」
「ん? 中に食べ物が詰まってるんだけど、こうして金属で密封すると長期保存が効くんだよ」
「あ、それは武器じゃないんだ? 私はてっきり花火みたいなものなのかと思ったわ」
僕もソシエから聞いた感想ではそれをイメージしたんだけど、違くて良かったよと表情を崩した。
「そんで最後に、これが焼酎と日本酒だね」
4リットル入りのペットボトルに入ってる焼酎に、嘉泉大吟醸と書かれたビン入りの日本酒を二回に分けてソシエに渡すと、ソシエがキャップの先を鼻で嗅ぐが、匂いがしないわとつまらなそうにテーブルにドスンと置いた。
「お酒かぁ。長いこと飲んでないなぁ」
「ソシエはいける口なの? 僕はあっちでも16歳だったし、お酒の知識はからっきしなんだけど」
「成人してすぐの頃は興味本位で友人と飲んだりしたわよ? でも…………ある時期を境に全く飲まなくなったわね」
少し辛そうに過去を濁すソシエにベルカンプも気づくと、
「じゃぁこれは酒好きの男どもに、褒美として飲ませてやるとしますか!」
と、方向をやや曲げて話を反らした。
箱の中身を全て出し終わり、ふぅと一息吐いたベルカンプは
「しかしこれは…………ザ、おかんの仕送りって内容だな」
と感想を漏らす。
テーブルに並べられた見事な食料のオンパレードは、都会で一人暮らす息子に送りつけた物を連想させるような内容に見事に合致する。
「なんで今回はこんなに食料ばかりなの?」
ソシエが素直な疑問を尋ねると、
「実は幸太が長期間家を空けていたらしくてさ、僕が送りつけた手紙の内容をまとめて一気に読んだんだってさ。それで僕が異世界で食べ物に困ってるって書いたもんだから、慌てて家にあった床下の貯蔵庫の物をなんでもかんでも放り込んだって手紙に書いてあったよ」
援助してやるからリストを書いて送って来いってさとソシエに答えると、飛び上がって喜ぶソシエにベルカンプも改めて拳を握って喜んだ。
とりあえず大急ぎで予め決めていた欲しい物リストを書いて地球に転送させると、散々待たせていたモグラ族に会いに行く為にコンビニ袋にいくつかの品物を放り込んでいく。
「あら? なにその木の実を漬けたようなものは?」
練りわさびと植物の他にプラスチック容器のそれを放り込むベルカンプを見たソシエが質問すると、
「まさしくそのようなものだよ。もしかしたらモグラ族が好きかも知れないから、試しに食べさせてみるね」
それじゃ行って来ます~とベルカンプは西の斜面に駆け出して行った。




