二話 国王のいない国
ロードレス連邦最北端の宿場町『カラギーナン』。
位置や距離からトゥルースとの交易も盛んであってもおかしく無い町であったが、すぐ北に位置するガリバー峠の影響から殆ど関わりが無いに等しかった。
最も、そのガリバー峠も“謎の天変地異”により通行不能となっており、現在ではインナーマークに行くためには西回りか、東回りで入り込むしか無くなってしまったが。
ちなみに、その天変地異の詳細をアルから聞き出そうとしたソルだったのだが、アル曰く『寝ていたら突然地震があって、ソルくんを担いで逃げただけ』との言葉を頂いていた。
どうにも信憑性に欠ける話ではあったのだが、そもそも一人の人間が地形を変えるほどの術を使えるとも考えにくいし、カラギーナンの町の人達の話から昨夜に地震と雷雨があったのは確からしい。
そんなわけで、現在ソルとアルの兄弟は連れ立ってカラギーナンの町の商店街を歩いている所だった。
理由は峠越えで紛失してしまったソルの荷物の補充である。
宿場町という事で商店街といってもそれほど大きなものでは無かったが、それは二人の住んでいたトゥルースの町も同様だったし、何よりもこれまで一度も故郷から出た事のなかったソルにとっては見た事のない景色は新鮮そのものだった。
ちなみに、今まで仕事で他の町に行った事のあるアルだったが、行った事のあるのはあくまでインナーマークの他の街だけで、連邦の町には来た事がないという事だった。
そのせいか、普段無口であまり感情を表に出さないアルであったが、商店街に着いた頃から少し浮かれているような素振りを見せていた。
わかり易いところで言えばよく喋るという点で、故郷にいた頃は傍にいる事が多くともそれ程多くの言葉を交わさなかった二人とは思えない程によく喋った。
相変わらず表情の方はあまり変化が無かったが、それでも以前のように無言でいつの間にか傍にいるという状況に比べれば随分改善されただろう。
今も保存食を手に取りながら何がいいか聞いてくるアルに返事をしながら、そもそもどうしてアルがあまり喋らなかったのかが、ソルの頭にふと過ぎった時だった。
「随分可愛らしいお嬢ちゃんが来たと思ったら、お前さん達ひょっとして兄妹かい? 見た所若いようだがどこまで行くつもりなんだ?」
恐らく、ソルとアルの髪色を見てそう判断したのだろう店主の言葉に、アルの表情が凍ったように固まったのがソルの目から見てひと目で分かった。
そして思い出す。
アルが故郷の町から離れる時や、町の人以外の人間に会う時にフードを深く被るようになった訳。
そして、あまり他人に声を聞かせなくなった本当の理由を。
ソルはあくまで自然な動きで後ろに流されていたフードをアルの頭に被せると、持っていた保存食を店主に差し出しながら会計を済ませる。
「特に行き先は決めてません。ただ、俺達は流れの傭兵なので強いて言えば仕事のある場所ですかね」
「ほう、傭兵か。若い身空で大変だが、最近はどこ行っても戦争なんぞ無いから仕事といっても首都にでも行かなけりゃないんじゃないかね」
「首都……ですか」
代金と引き換えに渡された保存食を少し前に購入したばかりの布袋に入れると、問い返すソル。
「ああ。嘗ての王都……だな。大昔の内戦でこの国に王族はいなくなっちまったが、各州の代表者が集まってるだけあって荒事も決してゼロじゃない。そこまで行けばそれなりに仕事はあるだろうさ」
「なるほど。ありがとうございます。取り敢えず向かってみますよ」
布袋を背負いながら答えたソルに対して、店主は腕を組むと笑顔で頷いた。
「おおよ。お前さんも兄貴なら妹をしっかり守ってやんな。まだ若いんだからムチャだけはしちゃなんねぇぞ」
「……はい。ではこれで」
あくまで笑顔の店主にお礼と別れの挨拶を済ませると、先ほどと同じ姿勢のまま固まっているアルの右手を掴んでその場を離れるソル。
手を引かれるままに無言で後に付いてくる弟の様子を背に感じながら、ソルは久しぶりにアルにとっての地雷が踏み抜かれてしまったのを感じていた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「どこに向かうかはともかく仕事はしないとなぁ……」
故郷を出てからの無邪気さは鳴りを潜め、無言のまま食事をしているアルの対面の席に座りながら、ソルは当面の問題を口にした。
ソルの目の前の皿の上には料理は無く、既に食事が終わった事を教えてくれていたが、その理由はソルの食事が早いというよりはアルの食事のスピードが遅いせいだろう。
それはそのまま先程のやり取りが未だにアルの中で尾を引いいている事であったが、敢えてその事には触れずにソルは続ける。
「……首都か……。最終的にそこに向かうのがいいとしても、その前に路銀が尽きそうなのが問題だ」
言いながらソルは4人掛けのテーブルの中で無人の席に置かれた革袋を無造作に撫でる。
カラギーナンに着いてから購入したソルの備品一式だったが、それもガリバー峠の天変地異で紛失してしまったのが原因だった。
当然、その中に入れていたソルの路銀も一緒に無くなってしまい、現状あるのはアルが持っているお金のみ。
単純に持ち金の総額が半分ほどになってしまったのが痛すぎた。
本来ならば、こうした店で食事をするこそさえ控えなければいけないレベルなのだが、世間知らずな兄弟二人にそこまで考えるゆとりは無かった。
「…………」
「…………」
途切れた会話に──と言っても、露天を出てからこの店に入って今までアルは一言も言葉を発しなかったが──ソルは両手を頭の後ろで組んで通りの様子を観察する。
通り過ぎる人達は旅慣れた格好の人達が多かったが、それでも、その衣装がある一定の様式で統一されているのはトゥルースとは大きく違っていた。
同じ宿場町でもカラギーナンはガリバー峠がある土地柄か、連邦の特色が強いのだろう。
そういう意味では、ソルとアルの姿はこの町の中ではそれなりに目立つ存在であるだろう。
(……客に舐められる声と容姿……か)
それは、二人の父であるアルスがアルに対してよく口にしていた言葉だった。
元々母親似で小柄で声変わりもしていないアルは、知らない人間が見ればどこから見ても戦いとは無縁の少女そのものだった。
その事実が剣術至上主義のアルスやレムスにとっては不快の極みであるらしく、何時しかその態度を隠すことすらしなくなってしまっていた。
そうした理由から、アルは仕事に関する用事で出かける時にはフードを目深に被って顔を隠し、声も極力出さないようになってしまったのだ。
そんな事を気にする必用のなかった幼い頃は普通の子供だったアルが、年相応な表情を見せなくなってしまったのはそんな頃から。
それが、故郷を出てアルスやレムスと離れた事で解放された所に少女と間違えられたとあってはショックも大きかっただろう。
そんな事を考えている内に、対面で皿と金属が当たる音が聞こえてくる。
目を向けると、丁度食事が終わったらしく、アルが持っていたフォークを皿に置いて口元を拭いている所だった。
空いている皿はお互いに2皿。路銀が乏しい事が分かっていた二人が無意識に自制した結果だった。
「満足したか?」
ソルの言葉にアルは頷く。
そんなもので満足出来る訳はないと分かってはいたが、それでもアルは頷いた。
何の感情も映さないその表情は、少し前までよく見ていた表情だったから特に違和感は感じなかったが、この町に来てからはしゃいでいた姿を見ていただけにソルの心にちょっとしたしこりのようなものは残した。
それでも。
「じゃあ、行こうか。いつまでも無職ってわけにもいかないからな」
両手をテーブルに置いて席を立つソルに合わせるように席を立つアル。
その目は真っ直ぐにソルを居抜き、いつの間にかその佇まいは傭兵アル・ヴァールハイドのモノとなっていた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
店を出てしばらく歩いた二人だったが、ふと、時間的にかなり不都合なタイミングである事に気がついた。
その問題にソルが気が付いたのは、町を出ようとした所でアルがソルの手を取って前進を止め、空を指さしたからだった。
「どうしたアル? ……って、あーぁ……」
足を止め、振り返ったソルがアルの差した指に合わせて空を見上げると、その意図を理解し困ったような顔に変わる。
見上げた先にある太陽は中天から西に傾き、誠の生きる世界での時間に直すならおおよそ午後2時と言った所だろう。
つまり、タイムリミットは残り4時間。このまま町を出たら道半ばでこのセカイから一時退避する事請け合いだ。
既に前日に野宿は経験しているのだから途中で寝てしまっても……と、思わないでもなかったが、その代償が所持金半分の刑と街道閉鎖である。
それに、これ以上アルに心労的負担を掛けるわけにもいかない。
「さて、どうしようか…………ん?」
実際に旅をしてみると想像以上に不都合があった自らの体質に腕を組みながら唸っていたソルだったが、何気なく視線を向けた先で何やら揉めている人影があるのが見えて、考えを止めた。
「……っ! だからっ! 身分証がどっかいっちまったって言ってんだろうがっ!!」
そこに居たのは両手を広げて大騒ぎしている見窄らしい格好をした白い鎧姿の少年と、困ったように少年の身を押し留めようとしている鈍い銀色の鎧姿の門番と思わしき中年の男性だった。
少年から少し離れた所には一台の馬車が止められており、その少年が目的地までの中継点としてこの町を利用していただろう事が伺えたが、二人のやり取りから何か問題があったのは明白だった。
「そうは言ってもねぇ……。身分証が無ければここから先の街道が利用出来ないのがルールだから。身分証が無い以上街道以外の道を通ってくれと言うしかないんだよねぇ」
「何で自治領から連邦に入るだけでそんなもの必要になるんだよ!?」
「そういうルールだからねぇ」
「連邦から自治領に行く時には必要なかったのにか!?」
「そういうルールだからねぇ」
「俺はっ! この俺はグローム領領主ヴァン・アレンスの騎士ガネーシャ様だぞ!?」
「なら、身分証の提示を。残念だけどそういうルールだからねぇ」
正に押し問答という言葉通りのやり取りをしていた自称騎士と衛兵の姿を見ていたソルは、自分自身も身分証を持っていない事に気がついた。
正確には持っていたのだが布袋と共に無くしてしまった……が、正解だが。
自らの身の回りを見回した後に横目でアルを確認すると、右手で持った身分証を顔の横で掲げてソルに見せている所だった。
そこにはアルの名前と出身地、経歴と現在の職業が記入されており、ロードレス連邦に住まう者ならば誰もが持っている身元を明かす証明書だった。
最も、転職した際などには再更新しなければならない為、アルの持っている身分証もある意味では古いものと言える。その証拠が、職業の欄に書かれた『ヴァールハイド傭兵団所属』の一文であろう。
「とにかく、身分証が無い以上は街道を通すわけにはいかんのよ。諦めて街道以外の道を進む事だねぇ」
それで話は終わりとばかりに自称騎士の少年を追い払う仕草を見せた門番の男性は、自分の仕事へと戻っていく。
その姿を目で追いながらしばらく固まっていた少年だったが、
「糞がぁっ!」
後ろを振り返りざま、その勢いのまま近くの大木に蹴りを入れ、直後に呻き声を上げて蹲ってしまった。
そのあまりにもチンピラじみた態度と見窄らしい姿に、誰が彼を騎士だと思うだろうか。
それはそのままソルにも当てはまる事で、その様子を生暖かい視線で見守っていたのだが、突然上半身を上げて首を回した少年と目が合ってしまった。
「んだよ! 見世物じゃねぇぞ!?」
「思った以上にチンピラだった」
「んだとコラァ!?」
思わず出てしまったソルの正直な感想に憤慨したのか、自称騎士の少年が大股でソルの目の前まで歩いてきた。
彼は粗暴な雰囲気を漂わせた赤髪の少年だった。雰囲気だけ取ればソルの兄のレムスが最も近い存在だっただろう。
顔は長い旅でもしていたのか日焼けで黒く染まっている。それが日焼けと判断できたのはソルに向けられた少年の掌が白かった事と、猫を思わせる金色の瞳によるものだ。
ロードレス連邦の中でも赤い髪と金色の目を持つ人種は透けるような白い肌を持つ事で有名で、ソルも知識としてその事を知っていた。
とはいえ、普通は白色人種は日に焼けても黒く染まる事は殆どないため、彼自身は別の肌色の血も混じっているのかもしれない。
身に纏っている白い鎧は見た所高価なものらしく、陽の光を反射してまるで白銀のようだ。にも関わらず少年を見窄らしく見せているのは、ボロボロになったマントと鎧以外の全ての装飾品が薄汚れているか、酷く摩耗していたからだろう。
何より決定的だったのが少年の性格だった。
あまりにもチンピラじみた態度を見た後では、高価な鎧も盗品か何かと疑ってしまう。そういう意味ではあの場で取り押さえなかった門番は何だかんだ言っても善人ではあるのだろう。
「俺はグローム領領主ヴァン・アレンスの騎士ガネーシャ様だぞ!?」
「ああ、それはさっきのやり取りを聞いていたから知ってるけど……」
「けど、何だよ!?」
「……見えないな……と」
「糞がぁっ!!」
ソルの言葉に少年──ガネーシャはしゃがみこむと地面に両手を叩きつけて無念の叫びを上げる。
てっきり掴みかかられると思って身構えていたソルにとってその行動は意外だったらしく、少しだけ哀れになってその背に右手を優しく置いた。
「気安く触んじゃねぇぞこの糞愚民がぁっ!?」
「おおっ!?」
しかし、触られた事で何かが切れたのか、ソルの腕を振り払うように立ち上がるガネーシャ。
その勢いに思わず一歩後ろに下がってしまったソルだったが、ガネーシャの次の動きに背筋が一瞬で凍りつく。
腕を振り払うように立ち上がったという事は体を捻りながら起き上がったという事だが、その流れのままに振り抜かれようとしているガネーシャの右手にしっかりと長剣の柄が握られていたからだ。
その動きを“予測”する事が出来たのはレムスとの訓練の賜物だったが、“確認”する事が出来なかったのはその動きがレムスのそれと同等だったからだった。
しかもガネーシャが手にしているのは木剣ではなく真剣だ。普段のレムスとの立ち会いとは違い、当たれば間違いなく両断されてしまうだろう。
もちろん、当たれば……だが。
起き上りざまに放たれたレムス級の剣速を持つガネーシャのひと振りは、ソルに届くことはなく掻き消える。
その理由は目の前にいたガネーシャの体が突然消えたからだった。
ソルは取り敢えずすぐ隣に立っていたアル。
その右手。
いつの間にか右手で握っていた杖。
そして、その杖の先が指し示していたヒビが入った地面を見た後、やや考えるような素振りをして、軽く首を上げてみせた。
ソルの視線の先に居たのは太陽の光に照らされて白く光り輝く美しい鎧姿。
その輝きは綺麗な放物線を描きながら吸い込まれるように石造りの商店の脇に積んであった木箱の山に落下した。
ややあって宿場町を小さく揺らす振動と、商店の脇を爆心地として舞い上がったキノコ雲のような砂埃に周囲の人達がやじうまの様に駆け寄っていくさまが見えた。
「……流石にやりすぎじゃね?」
隣に立っていたアルにだけ聞こえるように掛けたソルの呟きも、既に野次馬が集まって混乱している何かに向けられたアルの「死ね」という呟きも、降って沸いた街道の喧騒に掻き消えた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「……はっ!」
ガネーシャが目を覚ましたのは木箱に爽快にダイブしてから30分ほど経った頃だった。
この頃には既に集まっていた野次馬達の姿は殆どいなくなり、近所に店を構えている何人かの関係者が遠巻きに眺めているに過ぎなかった。
理由としては被害にあった少年がそもそも門番とトラブルを起こしていたチンピラだったという点と、魔術師だったアルがガネーシャの治療を始めた事で、とりあえずは大きな事件にならない事を知って興味を無くした為だった。
ちなみに場所は先ほどガネーシャが落下した木箱の山の脇の道端で、ボロボロのマントを毛布がわりに無造作に寝転がらされている所だった。
目が覚めたばかりのガネーシャは少しの間呆然としていたが、直ぐに何かに気がついたかのように取り乱し、自らの両足を確認した。
「足! 足! 俺の足! 俺の両足が根元から………………付いてる!!」
「いや、そりゃ足はついてるでしょ」
「違う! 確かに足が千切れて飛んだんだ!!」
若干不機嫌そうに自らの両手をハンカチで念入りに拭いているアルの姿を一瞬見た後、ソルはやはり何事もなかったように告げる。
「ははっ。まさか」
しかし、ガネーシャはそんなソルの態度に腹を立てたかのように自らの鎧の下腹部を指差し、そこにこびり付いていた赤い塗料のようなものを指差す。
「じゃあ、この血は何だよ!? なんでこんな場所に血が付いてんだよ!? 断言してもいいが、さっきまでここにこんなもの──」
「──五月蝿いな」
いよいよ起き上り、ガネーシャがソルに向かって右手を伸ばしかけた時だった。
どこからか聞こえてきた鈴の音のような声と共に、真冬の朝を思わせる痛みを感じる程の寒気をソルとガネーシャの2人は感じた。
ソルの丁度斜め後ろで両手を拭き続けていたその声の主は、その動きを止めると視線をくれる事もなく面倒くさそうな声を上げる。
「足が付いてるなんて当然でしょう? さっき僕がくっ付けたんだから。そのままの方が良かったって言うなら、別に今から千切ってあげてもいいけど?」
「おま……っ!」
アルの物言いで自分を吹き飛ばしたのが誰かわかったのだろう。地面に置かれていた長剣に手を伸ばして起き上がろうとしたガネーシャだったが、直ぐに恐怖に引き攣ったような表情になって固まってしまった。
その様子に自らの後ろにいるアルが何かしらの行動をしたのだろう事をソルは容易に想像できたが、敢えて後ろは振り返らない。長い付き合いでソルを傷つけようとした者に対してアルがどんな反応をするか知っていたからだ。
しばらくの間ソルの肩ごしにアルを見ていたガネーシャだったが、ある時を境に大きく息を吐き、その場に力なくへたり込む。
その頃になると辺りを漂っていた殺気は消えて、背中に感じていた悪寒も綺麗さっぱり消えていた。
そこでようやくソルは軽く後ろを振り返ると、再び自身の両手を一心不乱に拭き続けるアルの姿を見て小さな溜息をついてみせる。
治療する時に触ってしまったガネーシャの血がよほど不快だったのだろう。
「……先程は失礼した」
すると、先ほどとは打って変わった魂の抜けたような声色で、ヘタリこんだままのガネーシャが言葉を発する。
再び視線を前方に戻したソルが目にしたのは、目の光を失いつつも座り直し、ソルとアルに頭を下げるガネーシャの姿だった。
「私の名はガネーシャ・クライメット。ロードレス連邦国家グローム領領主ヴァン・アレンスに仕えている騎士だ」
その姿と言葉遣いがあまりにも違いすぎたものだから、ソルは当然としてアルでさえも動きを止めてガネーシャの姿を見つめていた。
「先ほど私を打倒した技術と、あれ程の大怪我を傷跡一つつけずに治療する魔術。そのどちらも見事というほか無し。二人共名のある冒険者とお見受けする」
名があるかどうかはともかく、ガネーシャを吹き飛ばしたのも治療をしたのもアルなのだが、その事には触れずにソルは黙ってガネーシャの言葉を待つ。
それはアルも同じらしく、後ろから口を挟んで来ることは無かった。
「そこを見込んでお願いがある」
それは何よりあまりにも殊勝になってしまったガネーシャの違いを受け入れきれなかったからだろうか。
「お二人をグローム領までの私の護衛として雇いたい」
目の前の騎士が何を言っているのか、ソルとアルの二人が理解するのに多大な時間を要したのは。