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ダブルワーク  作者: 無口な社畜
第一章 傭兵団の魔術剣士
6/9

終話 もう化け物の相手はこりごりだから

 誠の前に目的の少女が現れたのは、故郷を旅立ってから一度ずつそれぞれの世界で陽の光を浴びた後、つまり、誠の体感的には四日後のコンビニ『スターリーフ』のレジ前での事だった。


「まあ、正確には二日後の朝……と、表現すべきなのかもしれないがな……」

「何が?」

「いや、別に」


 ストローを咥えたまま問いかけてくる茶髪の少女をあしらいつつ、誠は腕を組み考える。

 

 今二人がいるのはコンビニ『スターリーフ』ではなく、その近くにある寂れた喫茶店であった。

 弟との就寝の直後に目を覚ました誠は、定刻通りにバイト先に出勤したわけだが、それを待っていたかのように現れたのが茶髪の少女だったのだ。


 カウンターを挟んで無言のままで見つめ合うひと組の男女。

 レジ待ちで少女の後ろに並ぶ人の列を見たなら、流石に勤労意欲の低いオーナーと言えども「退場!」と口にするというものだ。

 もっとも、その直後に「1時間休憩だ」と言ってくれる所に彼女の優しさが見えるというものだが……。


 そんなわけで場所を移したのがこの喫茶店だったというわけなのだが、移動して30分の間特に何かを話すという事もなく、初めて出た言葉が冒頭のセリフだったというわけだ。

 

 まだ朝も早いとは言え喫茶店の中には2人以外の客の姿は無く、無精髭にタバコを揺らしながら新聞を読みふけっている店主の姿が見えるだけだ。

 店主の態度が悪いから客が少ないのか、客が少ないから態度が腐ってしまったのかは分からないが、少なくともこの喫茶店の客入りの悪い要因の一つは店主の態度にあるだろう。

 誠は自分の目の前に置かれているアイスコーヒーの液面をストローで回すと、自分自身の独り言からようやく動き出した時間を実感した。


「一応聞くけど、“体はもう大丈夫”なんだよね?」


 色々な意味を込めつつも、第三者が聞いていたとしても違和感のない質問に対して、茶髪の少女は自身の右腕の肘辺りを軽くさすりながら苦笑する。


「誰かさんの“治療の腕”が未熟だったせいでリハビリは必要だけど、日常生活には支障はないかな」


 誠同様に隠語で返す少女の言葉に、誠はホッとすると同時に少女の目的が達せられなかった事を悟った。


「この場合……無事で良かったと言うべきなのかな」

「言うべきではないでしょ。少なくともお客の依頼を踏みにじった極悪人は」

「まだ仕事を受けた訳じゃないから正確には依頼人ではないね」


 誠の言葉に少女は唇を尖らせて不満を露にしたが、誠はストローに口を付けながらすげなく返す。

 少女の真意はわからないが、少なくとも目的はどちらかの世界の自分の死による人格の統一と人間らしい生活の筈。

 それは誠も同様だし、そういう意味ではあの世界での少女の死を妨害したソルは彼女の言うように極悪人なのかもしれない。

 だが、そもそも金髪の少女がソルのセカイでソルを襲ったのは“どちらが本当の世界”なのかを確認するためだった筈だ。

 ならば、それが確認できる前に死んでしまうのは少女にとっても不本意であった事だろう。


「本当はさ」

 

 その誠の考えが真実であるように、茶髪の少女は語る。


「あの時、『ああ、このまま死んじゃっても別にいいかな』って、ちょっとだけ……ううん。本気で考えた」

「……」

「でもさ。もしもあそこであたしが死んじゃってたら、ひょっとしたらここでこうしてあんたと話してる事も無かったかもしんないんだよね。もしも、あっちの世界が本当なら、ここでのあたしは消えただろうから」


 恐らく無意識なのだろう。

 茶髪の少女は右腕の肘をさすりながらつとつと話す。


「だから、本当はあんたにお礼を言わなきゃいけないんだろうけど、どうしても言いたくないんだよね」

「どうして?」

「だって、あたしあんたの事大っ嫌いだもん」


 誠の問いに思いっきり顰めっ面をして答えた茶髪の少女の言葉に、誠は思わず吹き出した。


「だったらどうして今日俺に会いに来たんだよ」

「しょうがないでしょ。依頼なんだから」


 少女の言葉に、誠の顔から笑みが消え、変わりに現れたのは困惑を前面に押し出した表情だった。


「依頼? って……盗賊としての……か?」


 少女の言葉に誠はソルの世界での少女の職業を思い出し聞き返すが、茶髪の少女はそれを首を振って否定した。


「違うよ。あんたの町に行った時にはあたしは組織を抜けてた後だし。そもそも、あんたの生死を確認したら自分も後を追うか、普通の女の子として生きようと思ってたからね」


 言った後に、少女はストローからコップの中に残っていた液体を全て飲み干して喉を潤すと、真っ直ぐに誠の目を見つめた。


「でも、失敗しちゃった以上何とかして生きていかなきゃいけないし、こんな体で生きていける場所なんて“この病気に理解がある人”の所くらいしかないでしょう?」


 少女の視線を真っ直ぐに受け止めながら、誠は少女の言う所の“理解がある人間”が誰なのかおおよその予測は出来ていた。

 そして、その予想は次の少女の言葉で確実なものとなった。


「今回あんたに会いに来たのは、あたしを引き取ってくれた恩人からの依頼だから。その人の家は一応『自営業』だから、その手伝いをしながらだけど……ね」


 少女の言葉から想像するに、今回の件で少女は傭兵団の一員となったという事なのだろう。そして、その依頼として誠に会いに来た。

 ならば、その内容はきっと──


「依頼は伝言。どこか遠くに旅立ってしまった息子たちへ……『傷つけてしまってごめんなさい。でも、お母さんは貴方達がどんなに遠くに行ってしまっても、この先ずっと会える事が無かったとしても、いつまでも、変わる事なく二人の事を愛しています』」


 ──いつどんな時でも味方でいてくれた大好きな母親の言葉そのままで……。

 

 伝言を受け取り、思わず視線を落としてしまった誠の前で、茶髪の少女が立ち上がる。

 これで仕事は終わりとばかりに立ち去ろうとしている目の前の少女に、会計の意思は無さそうであったが、誠は特に気にもならなかった。

 何故なら、そんなものよりも欲しいモノが今の誠にはあったから。


「名前」

「……ん?」


 案の定そのまま出口に向かって歩き始めた少女に対してかけた誠の呟きに、怪訝な表情を浮かべながら立ち止まる茶髪の少女。

 立ち位置として丁度誠の真横になる場所だったから、少女の目からは誠の頭しか見えなかったが。


「よく考えたら、あっちでもこっちでも君の名前を聞いてなかった。よかったら教えてくれないか?」

「……え~……」


 誠の提案に少女はあからさまに嫌そうな声をあげる。

 その表情はこの日二人が会ってから少女が見せた表情の中で最も不愉快に見えるものだった。


「あんた“あっち”ではもう二度と故郷に帰るつもりはないんでしょう? そして、こっちでももうこれ以上あたし達が関わる理由もない。言ってみれば、これから先あたしとあんたが会う事なんて無いとも取れる訳だけど」


 その言葉で、誠は金髪の少女がソルの故郷で暮らす決意をした事、そして、茶髪の少女が自分の本来いた町に戻るつもりである事を悟った。  


「もう二度と会わない相手に名乗る名前なんてないでしょ。ただでさえ個人情報が何だって煩いご時世なのに」

「どうして、もう二度と会わないと言い切れる?」


 少女の言葉に、誠は最後の抵抗を試みる。

 しかし、そんな誠の言葉に対する少女の言葉は嫌悪感を隠そうともしない一言だった。


「こっちで会わないのは当然としても、“あっち”のあんたの傍にはあの時の魔術師も一緒にいるんでしょ? あたしさ──」


 そして、出口に向かって歩を進め、席一つ分離れた位置で茶髪の少女は最後にもう一度だけ立ち止まると、左手で右手の肘を強く握りながら誠に向かって振り向いて答えた。


「──もう化け物の相手はこりごりだから」


 背を向けたままの誠に少女の表情はわからなかった。

 わからなかったが、きっととても嫌そうな顔をしていたに違いない。

 

 誠は顔を上げると、先程まで少女が座っていた席、次に窓の外へと視線を移す。


 そこから見える景色はいつも見慣れた住宅街。

 人口がそれ程多くないこの町では、ソルのいる世界ほど危険が無いと言い切れるかと言うとそういう訳でもなく、起こりうる危険の種類が違うだけだ。

 そういう意味では、どちらの世界にいたとしても身の安全が保証できるとは言い切れない。

 何もしなくとも、誠達の目的が達成される日がやってくるかもしれないのだ。


 誠は伝票を手に立ち上がると、店内に取り付けられた時計を見る。

 その時計は、店長から言い渡された休憩時間が後僅かで終わる事を教えてくれていた。


「もしも終わりの時が訪れたなら──」


 独り言を口にしながら、誠はその身をカウンターへと向ける。


「──何だかんだ言いつつも、お互い相手の状況を確認しに行くんだろうさ」


 その時こそ、茶髪の少女の本当の目的が果たされる時だろう。

 それがどちらに転んだとしても……。


「つまり、最低後一回は顔を会わせることになるんだが……」


 気づいてないのか? と、自分にだけ聞こえる声量で呟くと、誠は会計を済ませ外に出る。

 結局最後までおざなりだった店主の態度にある意味感心しつつ、誠はスターリーフへと足を向ける。

 

 もしも。


 もしも、誠がこの世界で事故か病気で死んだとしたら、あの少女はどんな顔をしてソルに会いに行くのだろう。

 その時こそ、年相応の本来の笑顔を見せて欲しい、と、誠は今まで一度も見た事のない少女の表情を思い描くのだった。


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