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ダブルワーク  作者: 無口な社畜
第一章 傭兵団の魔術剣士
5/9

五話 繋がりは『殺意』と『覚悟』と『中級魔術』

「……何をしているの?」


 殺意の篭ったアルの問いかけに、最も疑問を持っていたのはソル自身だっただろう。


 状況は先ほどとさほど変わってはいない。

 金髪の少女がソルを殺そうとダガーを振り上げ、駆けつけたアルに魔術で右手を切り飛ばされた。

 状況を一言で説明するならそれが全てだ。

 ただ、その後に怒りに狂ったアルがとんでもない魔術の構成を金髪の少女に向けて、その間にソルが両手を広げて立ち塞がった事を除けば……だが。


「……ソルくんどいて。そいつ殺せない」


 座った目つきのまま溢れ出る魔力と殺気を全く隠そうとしないアルに対して、ソルは左右に首を振る。


「弟のお前が人を殺そうとしてるのを……放っておけるわけないだろ」

「人殺しとか……今更だよね」


 しかし、ソルの言葉はアルには届かず、ゆっくり首を振るばかりだ。


 人殺しなんて今更──


 ソルの言葉に答えたアルのセリフだが、それがどんな意味を持つのか、ソルもいくらなんでもわかっている。

 何よりもついさっき目の前でアルの魔術を見たばかりなのだ。あれ程の魔術の使い手である以上、仕事で誰かを殺す事など何度もあった事だろう。

 ひょっとしたら、今日対応していた盗賊団相手に既に実行してきた後なのかもしれない。

 それでも──


「それでも、俺はお前に無用な殺人はして欲しくない。それは俺の我侭なのか?」

「……」


 ソルの言葉にアルは答えない。

 ただ、右手に込めた魔力を更に高密度に濃縮する事を返事としただけだ。


(くそっ)


 ソルは心の中で舌打ちしながら、今の状況を必死になって考える。


 場所は袋小路の廃材置き場。

 入口は一つ。

 しかも、そのたった一つの入口は怒りに支配されて我を失った強大な魔術師が塞いでいる。

 背後には右腕をもがれて呻いている盗賊の少女が一人。

 その間に立っているのが脇腹から血を流したソル、という構図だ。


 金髪の少女が口にしたように、ソル自身すでに毒に対する影響はあまり無くなっていた。

 恐らくあまり強い毒ではなかったのだろう。

 あくまで、少女が止めを刺すまでの間動きを止められればいいという程度の。

 ともかく、毒に『慣れて』しまったソルが何とかしなくては、アルが少女を殺してこの場はお開きとなるだろう。


 本当はそれでもいいのかもしれない。


 本来少女が確認するはずだった事柄を同じようにソルが行えばいいだけなのだから。

 あちらの世界での少女の名前は知らないが、防犯カメラには写っている。

 母親とも知り合いという事だし、探し出す為の手段が無いというわけでもない。

 この場で少女が死んだのを確認した後、あちらの世界での生死の確認を行うだけだ。

 ただ、それだけで、ソルはこの状況から逃げ出せるかも知れないのだ。この、地獄の様な2重生活から……。


 ただ、それでも──


(駄目だ)


 ソルは両手を一杯に広げたまま、自らの考えを否定する。

 

(それは何の解決にもならない。それじゃあ、この子のやろうとしている事と何も変わっていない)


 背後で苦しみの声を上げている少女。

 本来ならば出血によるショックで気絶してもおかしくない状況だが、それを許さないのがソルと少女の体質だ。

 自らの命が流れていく様子を見ながら、最後まで暗闇を見せてくれないこの世界の呪い。


 ソルは目の動きだけで周りを見渡す。

 目の前に立つアルは変わらぬ姿だったが、すでに魔力の収縮が終わっている様子から、ソルが目の前から移動したら即座に上級以上の魔術を放出するだろう。

 左右にはうず高く積まれた廃品。

 背後には蹲っている金髪の少女に、板張りの壁。

 左手の廃材の山はもはやどうしようもなく、右手の廃材の山は急遽拵えられたものだが、その後ろにはバリケードが建てられている為、直ぐに突破するのは難しい。

 なら、この状況を何とか出来る目があるとするなら──


「なあ、アル。お前が俺を守る理由。母さんから聞いて大体の事は理解している」

「……?」


 両手を広げて少女を守っていたソルの突然の言葉に、アルは何を言っているのかわからないと言わんばかりに眉を寄せて首を傾げる。

 しかし、ソルはそんなアルの態度も他所に、言葉を続けた。


「母さんから見ても、お前から見ても、俺は弱くて頼りないかもしれない。でも、俺だっていつまでも弱いままでいるつもりはないし、“お前の知らない所で経験だって積んでいる”つもりだ」


 言うが早いかソルは背後に振り返ると、地面に落ちていた少女の右手を懐に突っ込み、左腕で蹲っていた少女の体を抱え上げた。


「……!!」


 背後で魔術を発動する際の魔力の膨らみを一瞬感じるも、直ぐに霧散し、別の魔術の構成が組まれていくのを肌で感じる。

 先程までアルが組んでいた魔術は恐ろしく殺傷力の高い魔術だったはずだが、ソルが少女をその身で包んでしまったことで、その構成を足止めする為のものに変えたのだろう。

 それはある意味でソルの予想通りで……そして、悲しいことでもあった。 


「俺は──」


 何故なら、それはアルにとってのソルはあくまで保護対象でしか無いということだったから。

 ソルは少女の体を抱えたまま、右の拳を握り、引き絞る。

 大きな一歩を踏み出しながらのその構えは、“あちらの世界”で赤城から教わった『喧嘩殺法』の一つだった。

 そして、それに“こちらのセカイ”の自分の力を上乗せする。


「──お前達が思っている程弱くない!!」


 握った拳は全身の捻りという名の炸薬と、肩と腕という名の砲身から飛び出し壁に向かって急接近。

 そして、インパクトの瞬間に乗せられるのは──


「グラスト!」


 爆炎系初級魔術の力を乗せたソルの右拳は、袋小路の再奥に存在した壁を易易と砕き、新たな路地を出現させた。


「ソルくんっ!!」

「来るな! アル!!」


 少女を抱えたまま壁を乗り越えたソルを見て、追いかける素振りを見せたアルだったが、ソルの一言でその動きを止めた。


「……もしも、お前が俺に対して少しでも負い目を感じているなら、ここは引いてくれ」


 抱き抱えた少女の右腕を右手で強く握って少しでも溢れ出る血を抑えながら、ソルは願う。


「頼む……」

「……ソルくん……」


 聞こえた声はいつものアルの声だった。

 必要な事以外話さず、小さな、それでいてホッとする弟の声。

 何度も助けられ、何度も癒してもらった大切な弟。


 ……それが無償の善意だったならどんなに良かっただろうか。


「さよなら。アル」

「……!」


 最後に残し、少女を抱えたソルは走る。

 弟に背を向けてから結局一度も振り返らずに。


「……ソルくん……」


 だから、涙を一雫落として呟くアルの声を聞く事は無かった。




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~




「はあっ、はあっ」


 裏路地を走って走って、たどり着いたのは町の出口に近い寂れた見張り小屋だった。

 町に存在する4つの出入り口の一つで、嘗ては最も人の出入りの多い場所だったため設けられた青年団の詰所だったのだが、現在では街道も整備された事により殆ど使用される事がなくなった出口になってしまった為、自ずと使われることのなくなってしまった小屋だ。


 ソルは少女を急いで横たえると、切断された腕を見る。

 すでに変色しているにもかかわらずその出血は止まって居らず、握り締めている手を緩めれば直ぐにでも血が噴き出してしまうだろう。

 ここまで流した出血もひどく、常人ならば既に意識を失うか死んでいてもおかしくない。

 しかし、少女は生きている。

 虚ろな目で掠れた声で痛みを訴えているものの、意識を保ったまま生きているのだ。


「くそう!!」


 ソルは空いている左拳を床に叩きつける。

 魔術を乗せていない拳では床を破壊するまでにはいたらないが、それでも古い建物は小さいながらも悲鳴を上げた。


「……折角見つけた同じ境遇の人間を、こんな形で失うのか? まだ、名前すら知らないままに……」


 思えば最悪の出会いだった。

 初対面にもかかわらず、誠に向かっていきなりソルの名前を口にした茶髪の少女。

 そして、初対面にもかかわらず、ソルに向かっていきなり誠の名前を口にしたばかりか、問答無用で斬りかかってきた金髪の少女。


 少女の行いは決して許される事ではない。

 許される事ではないが、それでもソルはその行為をただ責める事は出来なかった。


 何故なら、少女の苦しみをソルは知っていたから。

 何故なら、少女と同じ願いをソル自身も持っていたから。


 床を殴り、俯いた事で懐に入れていた右腕が落ちる。

 まだ僅かに血の流れる血色の失った右腕はまるでマネキンの腕のようだった。


「……ろして……」


 少女の呟きが聞こえたのはそんな時だ。

 

 静かな小屋の中で、ソル自身も息が整ったからこそ聞こえた声だっただけで、本当はずっと言い続けていたのかもしれない。


「……殺して……あたしを……殺して……」

「…………」


 ソルは何も答えない。

 ただ、両目から一粒、二粒と涙を零す。


 何度思った事だろう。


 ソル自身この手の願いは何度だってしてきたのだ。

 痛みに晒され、気が狂いそうになって、何度だって思ってきたのだ。

 死にそうな程の痛みを、死ぬ事なく受け続ける苦しみは、それこそ味わった人間にしかわからない。

 だけど、ソルにはアルがいた。

 そして、誠には母親がいた。

 

 今ではその二人からの愛も揺らいできているものの、これまでの“2人”の人生で、その存在はどれほど助けになった事だろう。

 特に、アルの回復魔術は薬も効かないソルの傷を癒してくれた。

 そう、薬も効かない──


「……」


 ソルの瞳が血色を失った右腕に落ちる。

 

 初めて死を覚悟した時、ソルは泣き顔のアルに救われた。

 それまで剣術の才能も、魔術の才能も無いと思われていたアルに、終わる事のない痛みを和らげてもらったのだ。


 ソルは左手で自身の涙を拭うと、その左手で少女の肘の辺りを強く締め上げ、変わりに空いた右手で切断された少女の右腕を掴みあげた。


「……死にたいっていうくらいなら、どんな覚悟も出来てるよな?」


 切断された部分を合わせ、ソルは一つの構成を組む。

 それは傷ついた自分に対して何度も何度も向けられた、愛しい弟が組んでいた構成だった。

 

「だから……暴発しても文句は言うなよ?」


 既に虚ろになっている少女の瞳に、自分の姿をはっきり写して。


「……アースリーフ……!」


 治癒系『中級魔術』の構成を組まれた魔力は、術者の唱えたキーワードの元に一つの魔術としての姿を現す。

 細胞の損傷を修復するその魔術は、本来誰にでも扱えるものではない。

 必要なのは魔力と才能と……そして覚悟。

 失敗はそのまま相手の命を刈り取る行いに直結する治癒魔術は、最悪の結果を受け入れる覚悟なしには行えない。

 その覚悟を受け入れて尚、助けたい相手が居る。

 その覚悟をもって初めて、治癒魔術を行使する資格を得る事が出来るのだ。


「……頼む……」


 構成が魔力に変わり、魔術に変化した力が断ち切られた腕に注ぎ込まる。


「……頼む……!」


 ソルは祈る。

 それはきっと、初めてソルを助けた時のアルと同じ気持ちだったに違いない。

 自分に力が無い事を理解していても、この時ばかりはと奇跡を願った。


「頼む!!」


 願いは光に変わる。

 ぼんやりと薄く現れていた魔力は光へと変わり、やがて歪な動きを見せながら、別れを告げたはずの少女の右手を繋いでいく。

 繋ぎ合わされた結合部は、やがて溶接されたパイプのように不格好に凹み、生々しい肉の色合いを見せたが、その形は確かな物へと変化する。

 

 手を離す。

 ソルが手を離した事で止められていた血流は戻り、マネキンのように青白かった右腕の先まで一気に赤みが差し、生きた手へと変化した。

 急に大量の血液が流れ込んだことにより一瞬びくりと震えた右手だったが……やがて、僅かながらもピクピクと。

 自らの意思で動き出した指先を見て、ソルは全身の力が抜けたようにその場に突っ伏した。


「ああっ!」


 成功したのだ。

 ソルが今まで使った事の無かった治癒魔法。

 ソルが今まで一度も成功した事のなかった中級魔術。

 しかし、そんな些細な事実よりも。


「助けられたっ」


 こんな自分でも誰かを助ける事が出来たのだ。

 半端だ未熟だと言われ続け、誰かの為になる事などした事のなかった自分自身。

 それが、自分の命を狙った相手とは言え、ようやく証明できたのだと、ソルはようやく実感できた。


 しばらくその事実を噛み締めた後、大きく息を吐いて顔をあげたソルが見たものは、何か言いたげにソルの方に首を向けている少女だった。

 そんな少女にソルはホッとした笑顔を見せた後、立ち上がる。

 そして、大きく伸びをした後背を向けて、


「まだ声は出ないかもしれないけど、当然俺の声は聞こえてるよな?」


 それはソル自身そうであるから分かる事。


「これから先、お前に命を狙われ続けるのも面倒だから、俺は逃げることにする」


 それはきっと、これまで生きてきた自分自身に対するけじめのようなもので。


「だから、もう俺とお前は“こっち側”では会わないかもしれない。そうすると、ここに捨て置いたお前の無事を確かめる手段は俺にはもう無いわけだ」


 それはきっと、これから起こるであろう困難に対する覚悟のようなもので。


「だから──」


 だから、青年は願うのだ。

 

「──“あちら側”で会った時に、お前の無事を教えてくれ。初めて“君”と会ったあの場所で、俺はずっと待っているよ」


 例え呪われた体であろうとも、普通に生きていくことが出来るようにと。


「……っ」

「じゃあね」


 右手を上げて立ち去っていく青年の背中を少女は見つめる。

 扉が閉められ、その姿が見えなくなってしまっても、ずっと、ずっと見つめ続けていた。




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~




「……はあー……」


 小屋を出て、街道の中央まで進み出た所でソルは立ち止まると、長い息を吐いて空を見る。

 太陽の位置は中天をすぎてやや時間が経った程度であり、金髪の少女が訪ねてきてから1、2時間程しか経っていない事を教えていた。


「随分と濃密な1日だったなぁ」


 1日の活動時間の短いソルにとって、正午を過ぎれば一日は終わりに向けて進み始める。

 そうした意味で考えれば、今日のソルの1日は、今までのどの1日よりも濃密であっただろう。

 

 “あちら側”の少女に恐怖して、転げるように起きた起床。

 その時に会ったアルの態度から、自分が治癒魔術を覚えていない事を思い出したこと。

 その事を発端として初めてしてしまった母親との口論。

 そして、金髪の少女の来襲に、怒り狂ったアルの乱入。

 自分を殺そうとした少女を本気で救おうと思った事と、初めて使う事の出来た治癒魔術と中級魔術……。

 もしも、ソルに日記を付ける習慣があったなら、1ページでは収まりきらない程の内容になったに違いない。


「母さんとの喧嘩に職場放棄で父さんと兄さんは俺を許さないだろうし、アルにも酷いことを言ってしまった。何より、あの子から逃げなきゃいけないし……な」


 ソルは小屋を振り返り、それから街道から見える町を見回す。


 人通りの少なくなった今は使われなくなった嘗ての所要道路の真ん中で、ソルは改めて今の自分自身を省みる。


「血だらけの服に獲物の入っていない鞘。路銀は少しばかりで残り時間は4時間程度」


 指折り数えてみるだけでも、良い状況などどこにも無い事がはっきり分かる。

 それでも、ソルは笑う。

 まるで憑き物が落ちたように晴れ晴れと。


「実に結構。これから先、一人で生きていく事を考えたなら、それくらいの逆境が丁度いいさ」


 街道の中央でソルは右手を上げて左右に振る。

 街道から見える位置に知り合いは無く、見えるのはせいぜい迷い込んだ旅人達だ。

 それでもソルは別れを告げる。

 これまで自分を育ててくれた故郷に対して。


「さよならトゥルース。またいつか」


 そして、町に背を向けて歩き出すソルの歩調に迷いはなく、18年間一度たりとも跨いだ事のなかった町の出口を抜けるのだった。




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~




 町を出てしばらく歩いた所でソルは足を止めた。

 

 そこは町の出口から続いていた草原の終着点のような場所で、左右に生い茂る木々の中を未整備の街道が国境まで続く……そんな場所。

 言ってしまえば、その場所はトゥルースの自治の及ぶ本当の意味での境目というべき場所だろう。

 しかし、ソルが足を止めた理由は、休憩のためでも、トゥルースの加護を離れる感傷の為でもなかった。


「……お前は本当にどこにいても俺の事を見つけるんだな」


 ソルの視線の先。

 左右を森に挟まれた街道の中央に一人の少年が立っていた。

 少女を思わせる綺麗な顔立ちに、肩まで伸ばした薄い青色の髪。

 濃紺のローブ姿は最後に会った時と変わらないが、右肩には何かが詰められた布袋を背負い、左肩には愛用の杖を背負っていた。

 右手には自分が背負っているものとは別の布袋と、左手には抜き身の長剣。

 片刃で特徴的な形のその長剣は、金髪の少女との戦いの場で手放していたソルの愛用の剣だった。

 

 一つ溜息を吐いた後、ソルは諦めたようにアルの前まで歩を進める。

 目の前に来た所で、アルはソルに向かって布袋と抜き身の長剣を差し出した。

 それを受け取り、それぞれを身に付けつつソルはぼやく。


「……俺に負い目を感じているなら引いてくれと……言った筈だが……」

「無いからね。負い目は」


 あまりにもハッキリと即答された事で、ソルは驚いたようにアルを見る。

 そこにいたのはいつもの無表情とは少し違う……どこか真面目な表情をしたアルだった。


「僕がソルくんと一緒にいるのは僕がそうしたいからだ。お母さんに頼まれたからじゃない。例えお母さんがソルくんを殺せと言った所で聞かないのと同じように。僕は僕の意思でソルくんと一緒にいる。一緒にいたいからソルくんを助ける。そこにどうして負い目なんか感じなくちゃいけないの?」


 いつになく饒舌なアルの言葉に、ソルは呆然と見返すことしか出来ない。

 青い瞳は曇りなくソルを見つめ、揺るぎようのない意思を宿していた。


「ソルくんは自由に生きればいい。町を出たいというなら僕は止めない。僕はただ──」


 そして、両手でソルの右手を持って。


「──これからもソルくんと一緒に生きるだけだ」

「……っ!」


 掴まれた腕から熱い何かが注ぎ込まれる。

 それと同時に、今まですっかり忘れていた脇腹の痛みが引いていくの感じていた。


「……僕の知らない所で死なれちゃ困るし……ね」

「……ごめん」


 今まで同様治療した部分を優しく撫でると、アルはソルの右手に触れたままの左手だけはそのままに背を向ける。

 それは暗にソルと同じ方向に歩いていくのだという自己主張だとソルは思った。


「それで、まずはどこに向かうの?」


 そして、それが当然とばかりに聞いてくるアルに苦笑しながら、ソルも一歩踏み出しながら答える。


「まずはどこかゆっくり休める所かな。それは民家だろうと空家だろうとどこでもいい」

「……?」


 そんなソルの歩調に合わせるように歩き出したアルは、不思議そうに首を傾げる。


「もうすぐ時間だからね。道端での強制フリーズは勘弁していただきたい」


 ひどく真面目な顔でそんな事を口走る兄の顔をしばらく見つめた後、アルは急に繋いだ右手を強く引き、


「呆れた! やっぱりソルくんは僕がいないとダメなんじゃないか!」


 今まで見た事のない笑顔をソルに対して向けるのだった。

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