おい、 見てんだぜぇ!
守秘義務ってのがあるだろ、だから、何でもかんでもってわけにはいかねぇが、ちっとぐれぇならかまわねぇだろ。ほんとに、ちっとだけだぜ。俺の見たことを教えてやらぁ。
うぅーーーっ、どうだい、寒くなりやがったなぁ。なんつったらいいか、ついこないだまで蝉がうるせぇって思ってたんだが、どうだい、急に日の暮れが早くなりやがって。へぇ? もう師走だってよ……たまんねぇなぁ……
まあ、そんなこたぁどうでもいいんだけどよ、新聞配達が気の毒じゃねぇか。
朝の六時つったらおめぇ、まだお天道さん上ってねぇんだぜ。なのによぅ、白れぇ息吐きながら配達してんだろ。なあ、ご苦労なことじゃねぇか。
そうこうしてたら、こんだ散歩の人がちらほら。けっこう歩いてんだぜ。
夫婦者だろ、友達同士、犬を連れた人も大勢いなさる。朝のいい空気吸うってぇのは結構なこった。
その間に、あっちやこっちの家から味噌汁の匂いがプーンと。それからが戦争だぁ。
「早く起きろぃ! 遅刻しても知らねぇぞ、ぐずぐずすんな!」
んな、でけぇ声出さなくってもよぅ。遅刻したっておめぇ、……いいじゃねぇか。放っといてやれってぇの。
おい、おいおい。道を渡るときゃちゃんと見ろよ。危っぶねぇなぁ。 親かい? 旗持って立ってんの。ペチャクチャ喋んながら、いってぇどこ見てんだ? 大丈夫だろうな。
おい! 止めろ、子供を止めろっての!
おい、よせよ、べらべら喋ってんじゃねぇってんだろ、車が来てるじゃねぇか!
バカッ、この馬鹿嫁! 子供を止めろってんだろっ! バカ!
こらっ、クソガキがぁ。人の持ち物を奪るんじゃねえ。投げんな、バカ!
……おい、おいおい、取りに行くなよ。じっとしてろよ、いいな……
いけねぇよ、おい……、マジでいけねぇよ! おいっ!
キキーーーッ、ドスン……
……みろぃ……、撥ねられちまったじゃねぇか……
運転してた姉ちゃん、青くなって震えてるじゃねぇかよ、気の毒に……
あーっ、苛々する。何をボーっとしてやがんでぇ。早く子供を助けてやれよ、厚化粧! てめぇは救急車だろうが、ミニスカ年増!
この、バカ! 尻のポケットに入ぇってんなぁ、携帯じゃねえのか?
あー、もうっ。ギャーギャー騒ぐなってぇの、救急車だろ!
おっ、高校生かい? 血相変えて走ってきたぞ。おう、女子高生もいらぁ。偉ぇじゃねぇか、ええ?
おうおう、通勤の兄ちゃんも手ぇかして、……車を持ち上げようってんだな?
おぅ、男挙げるんだぞ、いいな! 死ぬ気で力出せよ、応援すっからよ!
よっしゃ、ちぃと持ち上がった。今だ! 女子高生、引っ張ってやれ!
そうだ! 少しぐらい血が付いたってかまうな! いいぞぉ、スカートなんか気にする暇ねぇんだぞ!
ようし! よくやった! 偉ぇねぇ…… きっと立派な母親になれるぜ、よぉくやった!
あ、あらー、あららーーー。
だめだこりゃ、なんか、もやもやーっとしたもんが出てきやがった。ほわーっと空へ上がっていっちまったぞ、可哀そうに……
あーぁ、バカ嫁、二人ともガタガタ震えやがって……。腰抜かしてやがる、なっさけねえったらねぇぜ。今更だけど、こらぁ血の雨が降るだろうなぁ……
運ちゃん、おまえさんの信号、青だったぜ。ちゃぁんと見てたからな!
だけどなぁ、誰も俺の話なんか聞きやがらねぇ。
仕方ねぇやな、それがカーブミラーの宿命ってやつでぇ……。
おわり
とっとっとっとっ、待ちなよ……、まだ続きがあんだよぅ。
……そりゃあ、死んじまったガキは可哀そうだよ。けどなぁ、手前ぇから飛び出したんだから仕方ねぇやな。親にしたって、そんな躾けしかしてなかったんだから我慢しなきゃだめだろ? とんだご迷惑をおかけしましたって、頭のひとつも下げるのが人の道じゃねぇのかい? 廃れたもんだねぇ、
運が悪いなぁ運転してた姉ちゃんだ、そうだろう? いつも自動車は悪者にされちまう。
仕事を休まされぇの、自動車を壊されぇの、ガキの親に無茶ぁ言われぇの……、踏んだり蹴ったりじゃねぇか。
悪りぃことなんか、これっぱかりもしてねぇんだぞ、酷ぇ話だ。
それにだ、保険使ったらどうなるか知ってるかい? 割引が全部パアらしいな。えぇ?
自分のしでかしたことじゃねぇのに、どうして損しなきゃならねえんだ? おっかしいじゃねぇか。
まだあるぞ、裁判にかけられて、下手すりゃ刑務所行きだぁ……。
なんでぇ、やけに運転手の肩もつだと? けっ、あったりめぇだろうが!
中年の夫婦が現場へ来てな、目撃者を必死にさがしてんだぞ。同僚だろうよ、同じくらいの年恰好の若者が必死に事故原因を調べてんだ。知らん顔なんかできるか?
なに? おまえには口がねえ?
こきゃぁがれ! 奥の手があんだよ!
そうれ、若ぇのが俺っちを見てらぁ……
未来を担う若者が泣いてるじゃねぇか……いいのか? こぃで、いいのか?
俺も男だ、掟破りをやってやるよ。どうなったっていいや、こうなったらよぅ!
「おぉい、見ろよ! いまから一部始終を映してやっからよ。いくぜ!」
事故現場を見渡す位置に設置されたカーブミラーが、突然事故状況を映し出した。
ふざける子供、不真面目な母親、飛び出した原因、道路の状況、信号機の色……
一部始終が繰り返し映し出されたのである。
それにより、新たな紛争がそこから始まった。
不思議なカーブミラーの映し出す映像はテレビ電波にのり、裁判の証拠として採用された。
しかし、たった一基のカーブミラーの義侠心が引き起こした騒動は、単に運転手の無実を証明しただけにはとどまらなかった。
美談としてチヤホヤされた高校生は、どう勘違いしたのか鼻持ちならない人間となり、必死に車を持ち上げた会社員は、期待されすぎて鬱になり、交通当番だった二人の母親は、過失責任を問われて逮捕された。子供の親同士で訴訟になった。
通学路を定めた以上、学校にも責任を求める保護者に対し、学校はあくまで無関係を主張。
集団登校は廃止され、完全に個人主義のはびこる地域社会へと変貌してしまった。
いつまた同じことがおきるとも限らないと心配した人々は、国内のカーブミラーをすべて撤去したのである。
しかし、それで安心してはいけないのだ。
人間に戦いを挑まれた鏡族は、人間にとって都合の悪い映像を次々に映し始めている。
慌てて割ったところで、細かくなった一つ一つが、無数の映像を映し出した。
ピカピカに磨かれた車体も鏡なら、得意げに提げているバッグや靴も鏡である。ショーウィンドはもちろん、グラスも氷も、水さえもが鏡となった。
そこらじゅうで鏡の嘲りが渦巻いていることを人は知らない。そう、家の中にも哄笑が……
あなたの携帯、だいじょうぶ?
「けっ、バカが…… こちとら、洗いざらい見てんだよぅ。ばらしていいのかい?」
本当の、おわり