大魔導師、大宇宙の怪物と対峙する 3/4
「ヴィオナムルの遺物の力っていうのは、すごいんだなー」
おっちゃんが、目の前のディスプレイにうつるどアップのマッドリーパーを見ながら言う。基本的に人間と敵対する生き物だし、宇宙船を見ると襲ってくる生き物なので、こういう状態を見られることは少ないのだろう。目の前のやつはリラックスしているのか、視覚迷彩の機能が切れているそうで、よく観察できる。
彼らの外見は、六割、七割程度が普通の宇宙船と同じ。残りの三割、四割程度を、宇宙船の装甲とは色合いの違う、甲殻類の外骨格のようなものが覆っていた。蜘蛛のような毛が生えていたりもする。
体の横側が、まるで犬が息を吸うときのように大きく膨らんだりしぼんだりしていたのだが、真空の宇宙空間で何を吸っているのか、それとも息を吸うのとは、また別の機能なのか。
儀式が終わり、エンジンが切られ十六時間。ときどき近づいてくるやつはいてドキドキはさせられたが、ここまで問題なく漂ってこれた。[上級転移]が使える距離に近づけばいいだけなので、ヴィオナムルの遺跡に五千キロぐらいの距離にたどりつけば良いだけなのも、よかったのだろう。はぐれか何かか、何匹か漂っているものはいるが、ここはマッドリーパーが密集している地点から、ずいぶん離れていた。
最初は、魔法抵抗に成功しちゃったマッドリーパーが近づいてきて、すたこら逃げ去ることになっちゃうか、などとも思っていたのだが、本当に何もない。今のようにボーっとしているリーパーくんを間近で観察できちゃうほどだ。おっちゃんが、それを見ながらずっとうなっている。
無重力の影響は、少し顔がむくんでいることぐらいか。無重力になると、体の下側にある水分が上半身に集まり、鼻がつまったり頭痛がしたりすることもあると聞いたが、そういうのはまったくなかった。宇宙飛行士の半数がかかると聞いたことがある乗り物酔いのような症状、宇宙酔いもない。十六時間ぐらいじゃならないのか、もしくは神様が異世界にあわせタフにしてくれるといっていた体のおかげかもしれない。放射線についても、カナデの船体は有害なものはカットしてくれているので、眠っているときに目に放射線が飛び込んできて、目の前が光ったようになり眠りから覚まされるなどということもない。実に快適だ。
「そろそろ[千里眼]を使える距離かな?」
『そうですねぃ。五千キロには、もうちょっとありますけど、そろそろやっちゃって、いいかもしれませんねぃ』
遺跡の位置は、カナデと精神を同調させ、特定する手助けをしてもらう。
カナデのデータベースには、遺跡の内部構造などの情報が半分くらいしかなかった。遺跡の制御室などの、重要部分の情報が抜けていたのだ。遺跡の制御室を見つけるためには、一つ一つ部屋などをしらみつぶしに見ていく必要があるが、少し時間をかければ見つけ出すことはできると思っている。
魔法を使うには杖が手元にあったほうがいいだろう。杖は無重力の中、石突を下にして、床に立っていた。この船の床や壁は、不思議な素材でできていて、無重力になると、まるで弱い磁石のように、何かをくっつける性質がある。鉄以外に、木だろうと素足だろうとくっつくのは磁石と違うところだ。カナデの意思で機能のオンオフができるようなので、常にオンにしてもらうことにしている。
オレは、その杖を手に取った。
「カナデ、使うぞ。手助けしてくれ」
目をつぶる。
「[千里眼]」
呪文を唱えながら、杖をコンと床に突く。
『あれぃ?』
「おーっ?」
そのとたんカナデと、おっちゃんの声が響いた。
なんだ? 目を開けると、ディスプレイには、マッドリーパーの一体が、こちらに体を向けようとしている姿がうつっていた。飛行船みたいな形をしている一体で、お尻のほうから青白い光のようなものを噴射させ、旋回している。おっちゃんが、じっと観察していた、一番近くにいたリーパーだ。今まで見えなかった体の前面、こちらに向けようとしている側には、遠くからだとひげのように見える触手があるようだった。もしかしたらさかさまになっていて、実は髪の毛にあたる部分なのかもしれないが。それが時々もじゃもじゃと動いている。息をするような謎の動き以外、何もしていなかったのだが、急にどうしたのだろう。
オレも、おっちゃんもカナデも、息を潜めて、マッドリーパーの動きを見続ける。真空の宇宙空間では音波を伝える水も空気もないので、ドラを鳴らそうとも相手に聞こえるなどということはなく、特に息を潜める必要はないのだが、ついそうしてしまうのは、人間のさがなのか。一人、人間じゃないのも混ざっているけれど。
マッドリーパーは、こちらの方向に漂ってきたあと、オレたちの船の左側をスーッと通り過ぎていった。
ほっと息をつく。
『なんか、私たちの後ろにあった岩石をつっついてますねぃ。何か、あるんでしょうか』
体の殻を作るときの栄養とかになる鉱石でもあるのだろうか。かたつむりとかはカルシウム補給のため、ブロック塀とかよくかじっているそうだし似たようなもんなんだろう。
おっちゃんが操作盤の上で手を動かし、立体映像を操作している。マッドリーパーのひげのような部分、口元だろうか、がアップでうつるようにしているようだ。
なんとなく観察していたい気もするが、そんなことをしていて魔法抵抗に成功し、オレたちという獲物がいることに気がついたマッドリーパーが出てきてもいやだ。遺跡の内部構造の情報の取得を急ぐべきだろう。制御室さえ見つければ、そこに転移できるのだから。
「カナデー。遺跡のほうを、探るぞー」
声をかけてから、オレは目をつぶり[千里眼]を動かした。
遺跡のほうに視界を飛ばしたんだが……。
『あれぇ?』
「おおぅ?」
そのとたん、またもやカナデとおっちゃんの声が響いた。
目を開ける。するとディスプレイに、さっきまで岩石を突っついていたあのマッドリーパーが、こちらに向かってゆっくりと、だがまっすぐとただよってくる映像がうつされていた。
「やべ。ばれたか?」
『いえ、それならビームとか撃たれていてもおかしくないですよぅ』
バッテリーからバリアにエネルギーを供給しているので、ちょっとの間は耐えられるが、そうなったらエンジンを全開にすることになっていた。
『あの子、もしかしてマスタぁの能力に反応しているんじゃないですかねぃ』
魔法にか? そういえば最初、[千里眼]の魔法を使ったときも、こっちに反応していたな。次に反応したのは[千里眼]を動かして、遺跡を見ようとしたときだった。[認識阻害結界]の魔法には反応していないんだが。
『ここまで来る途中も、みょうにこの船の近くを通るような軌道をとるリーパーくんもいましたしねぃ』
あれ、もしかしたら[認識阻害結界]の魔法にも反応していたのか?
『せっかく、ここまで来たんですがぁ。あのリーパーくん、どうしましょうかぁ?』
こちらにひげを向けて近づいてくるマッドリーパーのことか。ここまで来たのに、なにもしないで帰るのもな。カナデの機能は使うと[認識阻害結界]の力を弱めてしまい、あまり使ってしまえばエンジンを立ち上げる前に結界が破れ消失してしまう恐れもある。魔法でも似たようなものかもしれないが、一撃で沈めるようなものがあるし、ルール的に、それなら結界を破り消失させてしまうということもなかったと思う。それでどうにかできるだろうか?
うーん。
……少しだけ試してみて、だめなら逃げるか。
オレは杖を手放し、それから宇宙服の機密性が保たれていることを、左手のリストについた小さな液晶で確かめる。そしてカナデに声をかけた。
「カナデ、オレを甲板に上げてくれ」
特にこの船に甲板があるわけではないが、精神同調しているので言いたいことは伝わるだろう。
なぜか数瞬のためらいがあったあと、カナデから肯定の返事が来た。
カナデにオレの能力を話したときに、船にこういう機能があれば、という会話をしたことがある。そのうちのいくつかを、カナデが自己改造で実現してくれていたのだ。そのひとつが、マスター席を船の外側まで、エレベーターのように上昇させてくれる機能だ。気圧を一定に保つ機能にまだ問題があるため、宇宙服なしでこれを使うのはできないが、今なら宇宙服もある。
あまり派手に動くと問題があるそうだが、宇宙船の装甲に触れられるぐらいの距離なら、大体高さと直径が二メートルぐらいの半円球のバリアでオレを包んでいることが可能なんだそうだ。
おっちゃんに比べると厚い宇宙服は着ているし、大丈夫だろう。
もちろん動きにくい代わりに防御力が高いとはいえ、敵船のレーザーの直撃を食らえば一瞬で蒸発するだろうが、バリア越しなら大丈夫だと、カナデさんから太鼓判ももらっている。相手がビームを撃つ用意をしているのを感知して、オレの周りにバリアを展開する必要はあるが、それはカナデとおっちゃんに任せれば大丈夫だろう。
『マスター席を船外に送りますよぅ。本当に気をつけてくださいねぃ!』
カナデの声が聞こえ、なんでか心配されているなと不思議がっているオレの目の前を白い壁が覆う。オレごと、オレの座っているマスター席が、卵の殻のようなものに包まれたのだ。杖は手放していて、この殻のようなものの外側にある。カナデのブリッジにおいてきたことになる。殻の中は暗くない。ぼんやりと光を放つ、不思議な素材でできているからだ。
しばらくたつと、エレベーターが上昇しているときのような、体がマスター席に軽く押し付けられる感覚がくる。非常に軽いものだが久しぶりの重力だ。マスター席が上に、船外に運ばれていっているのだろう。
動きが止まり左右に殻が開かれる。
『マスタぁ、大丈夫ですかぁ?』
宇宙服の内側につけられたスピーカーから、かなでの心配そうな声が聞こえてくる。
「ああ、問題なさそうだ」
そう答えながら安全用のベルトをはずし、マスター席から立ち上がる。宇宙服の機能でブーツ部分も船に吸い付いているし、大丈夫だろう。歩くのに慣れが必要そうだが、どうせそんな動き回るつもりもない。
いつの間にか腰には綱がついていた。船の中にいたときはついてなかったんだが。船の外殻から直接伸びた白いヒモが腰につながっていた。
木の発動体である杖は、宇宙空間に弱そうな気がするので、持ってこなかった。服扱いなのか、宇宙服越しでも魔法は使える。問題なのはバリアのほうだ。バリアがあると攻撃魔法が阻害されてしまうようなのだ。そのためオレ周辺のバリアだけ切ってもらう必要がある。装甲が何もしなくても自然にバリアを帯びているような不思議な素材でできているので、それを切るとなると電力を余分に消費してしまうのだが。
目もよくなっているし明かりは十分なのだが、念のため[闇を見通す目]をかける。……だが距離がわかりずらいな。カナデに距離が近くなったら教えてもらうよう頼むか。
魔法が届く範囲は、特に記述がなければ百五十メートルだった。オレはマスタークラスで全魔法を使えるので、その届く範囲が二倍の三百メートルになる。
「カナデ、マッドリーパーとの距離が三百メートルになったら教えてくれ」
『はいぃ。それと精神同調経由で視覚の補助もしますよぅ! 暗くても視覚迷彩を使われてもマスタぁの目にとらえられるようになるはずですぅ!』
ありゃ、かけた[闇を見通す目]が無駄になったか。
カナデのコアと距離があるので、オレに、周囲の動きがスローになったような風景を見せたりすることはできないようだが、このぐらいはできるらしい。
ゆっくりと近づいてくるそのマッドリーパーの体は、カナデの半分以下の大きさだった。カナデが細かい数字も言っていたはずだが、いくらぐらいだったか。飛行船みたいな形をしていているやつで、たしか、一番長いところが四十メートル、高さが十五メートルで、多分、横幅が十八メートルぐらいだとか言っていたか。縦長の十階から十三階ぐらいのビルが、こっちに屋上を向けて飛んできているような感じだろう。
意外にでかく感じるかもしれないな。
そう思いながら、近づいてくるのを待っていたんだが……。
うん、すごく、大きかったよ。
「おい、まだなのか!」
『もうちょっとですよぅ!』
くそー、今さらだが魔法効くのかな? 巨体を見ながら、そんなことを思う。オレの魔法のもとになっているテーブルトークRPGは、戦闘はリアルさよりも、豪快さを求めた設定だった。ヘクス戦闘の場合なども、範囲魔法ならば、敵の体の四分の一が入っていれば問題なくかかった。二×二マスの全四ますの敵なら、その敵のいる一マスが効果範囲に入っていればよかったし、小数点は切捨てで計算するので、三×三マスの全九マスの敵なら二マスが効果範囲に入っていればよかった。個人攻撃の[催眠光線]とか[気絶光線]なら、当たって相手の魔法抵抗を破れば、大きさ関係なく眠らせることや気絶させることができた。なので、とりあえず[気絶光線]を撃つつもりだったのだが、こんなでっかい敵はモンスターブックの中にもいなかったからな。もしかしたら考えなしの行動をとってしまったかもしれない。
『距離、三百テラメートルですよぅ!』
……うん、もう、いいや。とりあえず撃ってから考えるか。
そして魔法を使おうと集中を始めたところで気がついた。アレ、あいつ、まっすぐこっちに飛んできているんだよな? このまま眠らせちまうと、例えあいつが身につけている宇宙船のエンジンが止まったとしても、慣性飛行で、そのままこっちにぶつかるコースで、飛んでくるんじゃねーか?
問題なく避けられるかもしれないが、そのためにはスラスターをふかして方向を変える必要がある。[認識阻害結界]はスラスターをふかすと、その威力が一時的に弱くなる。それはあんまりよろしくない。ただでさえオレの魔法に反応しているかもしれないんだ。魔法を使った直後に宇宙船のスラスターがふかされれば、今こちらに興味を持っていないマッドリーパーが宇宙船に気がつくかの判定が、オレが魔法を使ったあとと、宇宙船のスラスターがふかされたあとの二回になってしまうだろう。ゲーム的な説明だが、現実になっても、大体同じだろう。魔法を使った直後とスラスターがふかされたとき、敵がこちらに気がつく可能性のタイミングが二倍になるのは変わらない。しかも攻撃されていることがわかれば、結界を見破る判定のとき大きなボーナスがついてしまうはずだ。
[パニック光線]とかもあるが、うまくかかって逃げてくれればいいが、バーサークでもされて暴れられてもイヤだ。間近に迫っているこの巨体が暴れている姿は、あまり想像したくない。どうしようか。ぐるぐると、さまざまな魔法が、頭を回る。
あー、ひとつ、いいのがあるな。むしろ、こっちのほうが光線じゃないから、光が出なくて目立たないかもしれない。結界を見破る判定のときのボーナスも小さくなるはずだ。
しまりのない魔法ではあるが、もう、これでいいか。生物だし、効くだろう。効かなかったら、[気絶光線]か[睡眠光線]だ。
そう思いながら、オレは集中する。そして魔法を唱えた。
「[発情]」
オレはイメージする。手から回避不能の見えない光線が出て、マッドリーパーに当たる、その光景を。
続きは翌日18時の投稿です。