大魔導師、大宇宙の怪物と対峙する 2/4
「くそ、はめられた……」
惑星連合のほうに逃げてしまえばよかったか。
三強の残りひとつ、民主連盟のほうは、今オレがいる銀河帝国よりもはるかに法律が厳しく、そこの戸籍を持っていないと生きづらいと聞いているが、惑星連合のほうは多数の国家がまとまっただけの集団で、探せば銀河帝国よりも、はるかにゆるい法律でやっている地域が存在すると聞いていた。
「まー、しかたないなー。給金も出るし、こういう依頼はトライデントでも普通にあるから、そう悪い話じゃないぞー」
「そうなんですがね。なんか無駄に騙されたような気分になってしまって」
オレは何度目かのそのおっちゃんのなぐさめに、そう答える。おっちゃんは、オレに払われる報酬の三分の一で、一緒についてきてくれることに同意してくれた。オレは二分の一を払おうと思ったのだが、おっちゃんがもっと少なくていいと言い、結局三分の一になった。それでももらいすぎだとも言っていたが、そんなことはないだろう。まだこの世界の常識がわからないが、彼のレベルの人間は、そうそういない気がする。おっちゃんの力は、これからオレがやることに大いに役立ってくれることだろう。
基地を出発し三日、今オレ達は惑星開発基地の近くに見つかったという、マッドリーパーの巣に向かっていた。オレが狐目の男の前で貴族の証をつけたあと、その男がオレに帝国貴族としての義務を伝えてきたのだ。なんでも帝国の民が危機に陥っていた場合、それを助けるため、金だろうと能力だろうと、自らの力を振るわなければいけないそうで。ちょうど惑星開発基地の近くに、マッドリーパーの巣が見つかったということで、巣の状態の調査を頼まれたのだ。
変な貴族に絡まれるのを避けるため、貴族になったのはいいが、面倒ごとも一緒にやってきた。精神的なものだろう、あの男と話しをした部屋から船に戻るとき、心なしか体も重かった気がする。ずいぶんと憂鬱になっているらしい。これで貴族の位が何の意味もなく、カナデのいた異星人遺跡を管理していた貴族とやらに絡まれでもしたら、ふんだりけったりということになる。そんなことにだけは、なってほしくない。
オレは、ふう、と鼻から息を吐き出す。
『何ため息なんかついてるんですかぁ! こんな、いい仕事なんてめったにありませんよぅ!』
ああ、そういえば、カナデはおっちゃんよりも、さらにこの仕事についてノリノリだったな、とオレは思い出す。
『私のマザーがあそこにいるんですよぅ! 私のパワーアップ装備がざっくざくなんですからぁ、もっと喜ぶべきですよぅ!』
「まだ手に入ると決まったわけでもないがな」
あの男の話によると、八十七年前に消えたカナデの遺跡が、この近くにあったマッドリーパーの巣の中に見つかったらしい。マッドリーパーは生物と機械が合わさったような生き物で、近くの宇宙船などを襲い、それらを服のように着ることで自らの力を増すとカナデから聞いている。船のレーザー砲などを使用することで、強力な火力を持ったりするのだ。
ヴィオナムルの遺物には、起動前でも相当の防御機構が備わっているため、そうそう中の機械がのっとられるとは思えないが、問題の遺跡は、一度大事故にあってダメージを負っているはずのものだ。自己治癒できないほどのダメージを受けていれば、それもわからない。
可能なら、早めに対処してしまったほうがいいだろう。
オレはマッドリーパーの巣の調査を依頼されたわけだが、可能なら、遺跡の能力を使って、そいつらを一網打尽にしようと思っている。マッドリーパーには、亜空間力場の近くにいると弱るという体質があるらしく、それを利用しようと思うのだ。
男によると、カナデのもといた遺跡は、亜空間力場の暴走により、どこかに消えてしまったという話しだった。だがカナデの話しによると、もともと遺跡には、防御機能として無理やり亜空間力場をその場に作成し、ワープゲートを開いて逃げるような能力があったらしい。遺跡に大きなダメージが加えられたため、それが使われたようなのだ。
その一時的に作られる亜空間力場は、時間制限こそあるもののけっこう強力で、今回うまく遺跡まで乗り込み、その機能をこちらの命令で起動できれば、マッドリーパーを麻痺させ動かなくさせるようなことや、ある程度の効果範囲なら、死滅させるようなことさえもできるかもしれない。
マッドリーパーたちは、亜空間力場で弱るわりに、なぜか亜空間力場の効果範囲に飛び込み、それをかき消そうという性質を持つ。一度強い亜空間力場をその場につくってしまえば、後は火に次々と虫が飛び込んでくるように、彼らを一掃することができるはずなのだ。
安全にできるようなら、試してみて損はない。それに、このヴィオナムルの遺跡周りにいるマッドリーパーは、できるだけ早期に退治したほうがよさそうだし。カナデのような、ヴィオナムル・シップが、怪物たちに奪われれば大問題である。過去一度、マッドリーパーにヴィオナムル・シップが奪われたことがあるそうだが、そのときはずいぶんな被害を出したらしいのだ。
他の船は、一万キロ先、十万キロ先でもたまたまレーダーにうつる、というようなことはあるが、ヴィオナムル・シップには、それがない。カナデなら、千五百キロ以内に入らなければ、決してレーダーに映ることはない。ちょっとダメージを与えても数日あれば完全に自己修復してくるし、どこかに隠れられると見つけるのが容易ではないらしい。ゲリラ戦のような攻撃をしかけられると非常に厄介な相手になってしまう。
過去一度ヴィオナムル・シップが乗っ取られたときは、リーパーの目撃情報のあった近くに亜空間力場を作成し、それをおとりとして迎撃戦を挑んだそうだ。しとめるまでに二度三度と逃げられ、頭のいい個体でもあったようで、同じ場所にある、罠と見抜いた亜空間力場には近づかなかったので、何度も亜空間力場を作り直しながら、迎撃戦を繰り返したらしい。人間の科学技術ではまねのできない、マッドリーパーの亜空間力場を見つける能力の高さを利用した作戦だったようだが、かなりの被害を出したようだ。
オレは別に危険なことをしたいわけではない。だがオレには魔法がある。できることは最低限しておかないと、良心が痛んで仕方ない。
そんなことを考えていると、カナデが会話を続けてきた。
『大丈夫ですよぅ! マスタぁなら、起動できますって! そして私は反重力ブラックホール砲を撃ちまくるんですよぅ!』
カナデさんは期待してくれているようだ。それにしても反重力ブラックホール砲か……。「反重力技術」といわれると、重力をなくすような技術のイメージがあるんだが。大量の物質が凝縮されたため、常に大量の重力が生み出されているようなブラックホールのイメージと、正反対のイメージな気がする。謎技術だな、さすがヴィオナムルさんである。重力を制御するようなイメージなのかな、反重力。
オレがそんなどうでもいいことに引っかかっていると、カナデが何か今までと違う声を上げた。
『おっやぁ?』
「どうした?」
『いえ、今宇宙空間にですね、なんか一瞬変な気配を感じたんですがぁ』
オレは、たずねるようにおっちゃんを見る。
「レーダーでは、とくに様子がおかしいところはなかったぞー」
うーむ。
「とりあえず、適当に警戒しといてくれ」
こっちはエイリアン・シップにおっちゃんが乗ってるんだ。それこそカナデと同じような船でもなければ、この警戒網をくぐるのは難しいだろう。
今回、ヴィオナムルの遺跡までたどり着くのに使うのは、[認識阻害結界]という魔法だ。これを自分の家などにかけると、自分が許可したもの以外に、そこに家があることを認識させなくすることができる。
ゲームでは[落ちろ隕石]や[気絶の波動]と同じく、プレイヤーが手に入れにくい魔法のひとつだった。ゲームの進行役であり、コンピュータゲームのコンピュータの代わりもする、GMと呼ばれる人間が許可をしないと手に入らなかった。
馬車やガレー船、帆船なんかにはかけることのできないはずの魔法だったが、テーブルトークRPGをもとにした小説で、空に浮かぶ島を、この魔法を使い人の目から隠していた話しがあったので、試してみた。
おっちゃんに、おっちゃん自身の宇宙船で遠くに離れ、こちらを見てもらいながら実験した結果、カナデのエンジンがついた時点で魔法はとけてしまったものの、エンジンを止めてしまえば、問題なく魔法がかかることを発見していた。できちゃうんだ、と驚いた後、なんとなく、うちのGMの面白ければとりあえず採用する姿勢を思い出してしまった。ときどき収拾がつかない事態に陥っていたが、ここは現実なのでそんなことにはならないだろう。
おっちゃんによると、魔法がかかっている間は外からこの船を見ても、たんなる岩だな、などと思ってしまうようになるとのこと。あらかじめそこに船があるとわかっているおっちゃんでもそうなるのだから、けっこう魔法としては強力なんだろう。
エンジンを止めてしまっても、バッテリーからの電力の供給があるので、ある程度はスラスターをふかして、船の移動する方向を変えたりはできる。ただおっちゃんは、多分スラスターをふかしたときだと思うが、少し違和感を感じ、目がひきつけられたともいっていたので、あまり多用はできないだろう。連続使用すれば結界も解けてしまうかもしれないし。
他のいくつかの装備も、多分あまり使わないほうがいい。こちらの目となるレーダーや、外をうつすのも、このバッテリーからの電力供給でまかなうことになるので、エネルギー切れも心配だ。
エンジンが止まっている最中はあまり機敏に動けないので、オレはデブリとかが当たるのが心配だったが、カナデの装甲がダメージを負いにくいものでできている上に、何もしなくても自然にバリアを帯びているような不思議な素材でできているので、そういうデブリ等が当たるのも、ある程度はどうにかなるそうだ。
もしこれらの予想が外れていても、カナデのエンジンはかなり短い時間で全開レベルまで持っていけるので、多分なにかあっても逃げ切ることはできるだろう。
それに成功することが大事なのではない、オレは自分の良心が痛まないため、何かをした、がんばったという、その事実が必要なだけなのだ。
[認識阻害結界]を完成させるには、一時間が必要だ。そしてマッドリーパーが集まっているところには十六時間が必要となる。エンジンが切られ、そこからずっと慣性飛行で、しかもゆっくりと飛んでいくため時間がかかる。その間は無重力になり、生命維持装置も切られるので、宇宙服を着ながらすごす必要があるだろう。オムツもおっちゃんが買ってきてくれていたようだし、多分、これで問題はないと思うが。
ちなみに、ゆっくりと飛ぶのは、異星人遺跡に相対速度を簡単にあわせるようにするためだ。最終的に[上級転移]で乗り込むことを想定しているが、転移時に相手と相対速度が違いすぎる場合、転移がどういう結果になるか試せていないので、安全策をとることにした。ある程度の違いは吸収してくれているようなので大丈夫だとは思うのだが、例えばカナデが早く動いていて、ヴィオナムルの遺跡が止まっている場合、オレがカナデの船内から転移魔法を使い、止まっているヴィオナムルの遺跡に転移すると、向こうについたとき、カナデに乗っていたときのままの速度を保持したまま遺跡内に現れてしまい、壁にたたきつけられてしまう可能性が出てくる。
この前、スペースパイレーツのところに転移したときは、それに思い至らず、あとでカナデにやんわり注意された。うまく相手に近づきながら、相手船と自分の船の相対速度をオレの転移の瞬間にピンポイントであわせるのがすごく大変だったそうだ。おっちゃんのおかげで、どうにかなったといっていたが、やっぱり彼は優秀なのだろう。
『マスタぁ、そろそろですよー』
そんなことを考えていると、カナデから声がかかった。
オレは[飛空術]の魔法を、自分にかける。儀式は、かける目標である船のあちこちで行う必要がある。この魔法がないと、無重力の中を移動するのが、いまだにうまくできないのだ。
カナデのおなかについているおっちゃんの船にも歩いて渡れるように改造してあるので、儀式は問題なく行えるだろう。おっちゃんの船は置いてこようか迷ったのだが、きっちり接続してあれば慣性制御装置の影響下にでき、速度を出す邪魔にはならないらしいので持ってきた。エネルギーは余分に消費してしまうのだが。これが吉と出るか凶と出るか、少し不安ではある。
続きは翌日18時の投稿です。