大魔導師、大宇宙の怪物と対峙する 1/4
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1つを、4回にわけ投稿します。8日から11日の、それぞれ18時の更新になります。
「あれが、目的の惑星開発基地か」
『あああ、だめれすよぅぅ。やめてくらさいよぅぅぅ! そんなにこすられたら狂っちゃいますぅぅぅ!』
オレはカナデのコアに当てた自らの杖の動きを止めず、惑星の周回軌道上をまわる、その惑星開発基地を見ていた。
最初に目に付くのは、白く光るドーナツのような形をした円環だ。ぐるぐると回るその円環からは、円の中心部に向かい、五本のシャフトが伸びていた。シャフトがたどり着く先は、一本の棒。円の中心を貫く、金属の太い棒だ。
オレは、どこか自転車の車輪を思い起こさせる形の基地を観察しながら、決して杖を動かす手を休ませなかった。
『ちょおおお、らめいれすよぅぅ。早くついたじゃないれすかぁぁ。なんで、怒ってるんれすかぁぁ。あっ、ああっ! そこのしわのとこはらめ、あたまのなかがまっしろになっちゃいますぅ、ますたぁぁぁ』
なるほど、このクリスタルの根元んとこをかいてほしいのか。理解した。
オレは的確にカナデのウィークポイントを刺激しながら、ため息をついた。
視界の端で、カナデの船体を操作しているヴィクターのおっちゃんが、若干引いている姿がうつるが、気にしないことにする。こういうのは最初が肝心だ。
結局、目的だった惑星開発基地には依頼期限まで五時間の猶予を残し、たどり着くことができた。
それは、良いんだ。さすがカナデさんだと、オレも思ったさ。だがな、どうも "普通にアステロイドベルトを避けて飛んでいたときは、どのぐらいでついたのか" と聞こうとすると、話をそらそうとするんだ。
おかしいと思ったオレが、[嘘を知る耳]という魔法をかけて、カナデの本体であるクリスタルさんを優しくなでてやりながら聞いたところ、普通に飛んでいても二十分違いぐらいで、ここについたと言いやがったんだ。
スペースパイレーツに襲われなければあと三十分早くついたともいっていたが、それでもたかだか五十分早くなるくらいじゃねーか。
いや、依頼期限まであと五時間って中でね、それに五十分余裕が出るってのは、それなりに大きいんだけどね。でもね、そういう情報は最初に全部出せ、と。お前、わざと黙ってただろ、と。魔術師さんはお怒りなわけですよ。
『あっ、はぁんっ、らめぇっ、おっおっおっ、ふおっ、ふぉおっ、ほぉぉっ! もぉぉ、らめぇぇっ!』
次やったら、[敏感ボディー]かけて、こすってやる。
そう思いながら、オレは目の前に近づいてくる惑星開発基地を眺めていた。
おっちゃんが基地の管制室と連絡を取り合う中、カナデの船体はゆっくりと惑星開発基地に近づいていく。あまり速いスピードで近づくと、敵と間違われ攻撃されかねないからだ。法律でそう決められているため、撃墜されても文句を言えない。目指すは円環の中心にある太い棒の部分。あそこに宇宙船をつけ、おっちゃんの船から荷物を受け渡すのだ。
宇宙を漂流していたおっちゃんを助けてから二十日後、オレ達はおっちゃんが届けるはずだった荷物を持って、配達先だった惑星開発基地までたどり着いた。あと五時間遅れていたら、おっちゃんの任務は失敗となっていただろうが、今の感じなら大丈夫だろう。彼は無事、依頼を達成したことになる。
結局、カナデがおっちゃんの船に行った修理という名の魔改造は役に立たなかったようだが、それはいいことなのだろう。問題がなければそれに越したことはないんだ。まあ改造といっても、素人のオレの目からは変形して腕が生えるようになったぐらいしかわからないしな。そうたいしたものではないんだろう。
重力がかなり軽いようだ。ここに来る途中、歩くたびに体がふわふわと浮かび、少し心もとないような気分になった。ここは惑星開発基地の円環の部分、ドーナツ状の部分にある部屋の一室だ。円環の部分では疑似重力発生制御装置は使われず、回転による遠心力を使い疑似重力を生み出す方法が使われていた。疑似重力発生制御装置を長く使用していると、人間の寿命に悪影響が出るため、なるべくその制御装置を使用しないで、宇宙で暮らす方法が求められているのだろう。
「アカツキ・コージさんですね。あなたが、あの宇宙船の船長ということでよろしいでしょうか」
灰色のテーブルの向かい側に座る、銀色の髪の、フレームのないめがねをかけた男が話しかけてくる。日に当たったことがないんじゃないかと思わせるような白い肌を持ち、ていねいだが感情の感じられない、そんな話し方をする男だ。話す間中、右手に持ったタブレット型の端末を見ていて、こちらと目を合わせようとしない。
男の左目の下には、二つぶの、小指の先ほどの大きさの青い水晶のようなものが埋め込まれていた。このフリードリヒ銀河帝国における貴族の証だ。
「ああ、そうだ。何か問題でも?」
オレの答えに、男は灰色のテーブルに置いていた左手を持ち上げ、軽く左右に振った。
「いえ、ちょっとした確認ですよ」
端末から目が離れ、男がオレへと目線をよこした。狐目といったらいいんだろうか、細い、鋭い眼。近眼の人が遠くのものを見るとき、こういう目をしていた。
合わさった視線は、しかし男がすぐ視線を端末に戻したことで、すぐ離れることになる。
落ち着かない。
着ているスペースジャケットと呼ばれる宇宙服のせいもあるだろうか。この基地についたあと、おっちゃんが買ってきてくれたのだが、今まで着ていたローブに比べると、首を含め全体的に締め付けられるような感覚がある。ある程度は体に合わせ変化しているはずなのだが。
目立つだろうとか考えないでローブを着てくればよかったか。杖も持ってくるべきだったかもしれない。何かまずいことになったとき、あれがあれば魔法の成功率が上がったのに。二戦闘ターン、十秒あれば[持ち物取り寄せ]で手元に呼べるが、それをするなら普通に二回一戦闘ターン以内で使える魔法を使ったほうがいい気がする。[嘘を知る耳]をかけたいのだが、どうするべきか。どういう仕組みか、感知判定に成功されると違和感を感じる設定だった。ゲームでは魔法のことを知っていたり、小説では鋭い人間でも、なにをされているか気がついてしまう可能性があった。おっちゃんに相談して、どんな風に感じるか試してみるべきだったな。
オレがグルグルと考え事をしていると、カタン、という音が聞こえてきた。音が聞こえたほうを見ると、どうやら金属でできたテーブルの上に男がタブレットを置いた音だったようだ。タブレットは男とオレのちょうど中間に、こちらに向かって置かれている。
「この船。あなたのヴィオナムル・シップなんですがね」
男が、トンと画面の一ヶ所をたたく。空中に画像が浮かび上がった。
「帝国の管理する異星人遺跡にあった、誰も起動できなかったヴィオナムル・シップとですね、船体の形状が一致するんですよ」
空中に浮かぶ画像には、二枚の写真が表示されている。
一枚は、この基地の宇宙港で撮られたと思われるカナデの写真、そして、それによく似た石造りの部屋で撮られたと思われる、カナデと同じ形をした宇宙船の写真だ。
「へー、偶然ですね」
オレがそう答えると、男は何度もうなずきながら、オレにさらに話しかけてくる。
「ええ、そうですね。ご存知だと思いますがね、ヴィオナムル・シップで同じ形状をした船は、今まで見つかっていないんですよ。一見同じに見えても、実は細部が違う。このあなたの船とね、この帝国の管理するヴィオナムルの遺跡にあった船のようにね、まったく同じといっていいほど似ている船は、今まで一度たりとも見つかっていないのです」
まったく興味深いことです、といって男は、タブレットをオレのもとに押してきた。たしかカナデもそんなことを言っていたので、男は嘘はついていないんだろう。
タブレットの上、空中には、さまざまな方向から撮られたカナデの写真と、それと同じ方向から撮られた石造りの部屋で取られたその船の写真が、二枚セットで次々と投影されていく。どの写真も、まったく同じ船体の形であることがよくわかるように撮られていた。
ブーンという、基地が回転する音と空調の音が混じりあう、そんな音が部屋に響く。
オレは沈黙に耐え切れず、言葉を発する。
「それで、あなたはいったい何を言いたいのでしょうか」
「いえね、未発見の異星人遺跡を発見して、そこから発掘をするのはいいのですよ。むしろ帝国では推奨されております。小さくとも、何か遺物の起動に成功して貴族になる方もいらっしゃいます」
ある一定レベルが必要だが、ヴィオナムルの遺物の使用者に選ばれることで貴族になれることは、すでにカナデから聞いていた。落ち着かないので止めてもらったが、おっちゃんも、オレがエイリアン・シップの持ち主とわかった直後のころは、ずいぶんと丁寧な話し方だった。
「他にも遺跡の発見直後に場所を帝国に報告してですね、貴族になる方もいらっしゃいますがね」
男は自分の左手で、左ほほに埋め込まれた二つの水晶をさすりながら続ける。
「ですが、帝国の管理していた遺跡にあった物品、例えばその船などをね、勝手に発掘していて持っていったとなると、話は違ってきます」
「オレが盗んだ、盗掘でもしたと? 管理されている遺跡の船ならば、オレが手に入れることは難しいのでは?」
「そこなんですよ。この遺跡はですね、むかーし、といっても八十七年ぐらい前なんですがね、そこでちょっとした事故が起こりまして。暴走した亜空間力場に飲み込まれてですね、消えてなくなっているんです」
カナデの持っていた最新情報も八十七年前から止まっていたな、と考えているオレを、ぎろっとした目で見、男は話を続ける。
「書類上はね、この遺跡は、まだ帝国が管理していることになっているんです。そういうものから、何か遺物がとっていかれたとなるとですね、これは前例がなくなりますね」
男は、少し声を小さくし、続きを話す。
「遺跡の管理はね、それぞれに管理する貴族が任命されております。ここだけの話しですが、この消えた遺跡を管理していたのが普通の貴族でしたら、多分なんの問題もないはずなんですよ。ただですね、ちょっと、私も仲間なのであまりはっきりとは言いたくないんですがね、ちょっとこの遺跡に任命されていた貴族の現当主の方が、うわさのよろしくない方でして」
オレの少し引きつった表情を察したのだろう、男はあわてたように言葉を早め付け足す。
「いえ、これは脅しなんかではないですよ。あくまでもただの善意で、親切心で話しているわけでして。私としてはね、ただの平民の方や、まして戸籍のない方となるとね、ちょっとその方と争うのはきついのではないかと思うわけでして」
言葉をにごしながら話す男に、オレはため息をつきながら、多分、男の言いたいだろうことを言った。
「ヴィオナムル・シップを起動し、さらに貴族になることを選んだ人間なら大丈夫だが、とでも続くのでしょうか?」
男は、ニコニコとして言う。
「ええ、この船を起動できるレベルでしたらね、むしろこの船が、帝国が今も管理している遺跡から盗まれたものだったとしても、貴族になれるでしょう。少し位階は低くなるかもしれませんが、この国のもとにつくというのならば指名手配などもされず、皇帝は必ずその人を歓迎されるでしょう」
大体、カナデから聞いたとおりだった。管理する貴族は、もうちょっとマシな人間で予想していたが。
オレはしぶしぶと、オレがカナデの起動者であり、帝国の貴族になることを望むものであることを、男に告げた。
男はニコニコとしたまま右手を上げ、めがねのフック、耳にかけている部分をさわった。それとともにめがねのレンズの一部に、何かごく小さな文字のようなものが表示されたようだ。小さすぎて何が表示されているかは、わからない。
「リーリン、話は終わりました。マーカーを持って入って来なさい」
男の後ろにあった扉が左右にスライドし開かれたと思うと、そこから浅黒い肌の、東南アジア系の顔立ちをした少女が入ってくる。首の周囲には、グルリとひとまき、白い機械のようなものが取り付けられている。
「ご主人様、こちらになります」
少女がきらきらとした目で、オレの目の前の男を見ながら言う。その少女が持つ黒い真四角のプレートの上には紫の布が引かれ、その布の上には白い水晶の粒のようなものが一つ置かれていた。
「多分、後々マーカーの数は増えるでしょうが、まずは一粒。顔の見えやすいところに埋め込んでおいてください。貴族の証ですからね。額に取り付けてもかまいませんが、髪などで隠れないようにする義務が生まれますから、気をつけてくださいよ。つけるのは一瞬ですが、はずすのは二日ほどかかりますので」
仕事が速いな、もうつけなければいけないのか、オレは自分の気分が落ち込むのを感じた。
「はっはっは、何も面倒なことばかりではありませんよ。貴族になれば、奴隷を持つ権利も同時に取得できるのですから。あなたはお若いのですから、そういうのを楽しむこともできるでしょう」
どうだかな、オレはそう思いながら、目の前の男を食い入るように見て、ほほを染めている少女を盗み見る。
これは別に彼女が男になついているというわけではないだろう。脳の報酬系という部位に埋め込まれているチップから、その部位に電気が流れ、気分がよくなっているだけという可能性が最も高い。
奴隷には専用のナノマシンと、いくつかのチップが脳に埋め込まれる。それにより行動を操るのだ。
例えば、彼女が「自分の主人」のことを考えたときに出る彼女独特の脳波を検出し、さらに「ためになることをしよう」と考えたときに出る彼女独特の脳波も検出する。そして両方の脳波が出ているとき、つまり「自分の主人」に「ためになることをしよう」と思っているとき、報酬系に刺されたチップに電気が流れるようにすれば、彼女は自分の主人のため何かをすると気持ちよくなれるのだと学習し、理想的な奴隷の態度をとるようになる。
オレのいた世界でも、ラットの報酬系とひげの感覚をつかさどる脳の部位に電極を埋め込み、行動を制御する実験は行われていた。ある程度訓練が必要だが、右のひげをなでられる感覚がしたとき左に向かうように訓練し、うまく行動できたときに報酬系を刺激してやることで、普通はラットが本能で怖がり近づかないような明るい開けた場所や、高所に渡されたはしごの上なども恐れず進むようになっていた。リモコンで操るように動物を操作できる、そんな研究だったはずだ。生きたラジコンといったところか。
カナデによると、これだけでは問題が出るので、他にもいろいろと思考を操作するような機械は入れているはずだが、苦しみで操作せず、求められていることをすることで気分がよくなる方向で、奴隷たちの行動を制御しているらしい。それは苦しみで制御するよりも、はるかに人道的と考えられているんだそうだ。
オレは、そんな貴族の世界に、一歩を踏み入れることになる。
奴隷を持つためだけに、金で買える貴族の一番下の階位を持つ人は、宇宙船乗りでもたくさんいるとのことだが、どうも好きになれない。どうせなら苦しみや恐怖で操作するほうが、自然ですっきりするのだが。
「さあさあ、つけてください。自分のつけたいところに押し付けるだけですからね。あっ、鏡はここですよ」
男がうながしてくる。オレは、その小指の先ほどの水晶のような貴族の証を手に取る。念のため支配魔法への抵抗力やマインドコントロール、縄抜けなどの抵抗値に影響を及ぼす[自由への翼]という魔法をかけてから、オレはそれを自分の右ほほに押し付けた。あとでカナデにも問題がないか調べてもらおう。
それを見た男はうなずきながら、それはそれはとても明るい声で、こんなことを言ったのだ。
「それでですね。貴族には権利のほかに義務というのがありましてね……」
続きは翌日18時の投稿です。
レーザー等が敵船に当たったとき、敵船が光っているよう記述を変更してあります(読み直す必要はありません)。ご了承ください。