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大魔導師、トラコンにこだわる 3/3

「いやー、すまんなー」


 オレの目の前に立つおっちゃんが、自身の目の前の少し下にある、空中に投影された画像に手を躍らせながら答える。あれは画像というより、キーボードといったほうがいいのだろう。この世界のaやbなど、アルファベットに相当されるものが表示されている。腕全体を滑らせ、躍らせるように、おっちゃんがそのアルファベッドをなで、それとともに、おっちゃんの目の高さにある白い画面に文字が大量に積み重ねられていく。スマフォのスワイプ入力を思い起こさせるそれは、しかし上半身全体を使うことにより、はるかにダイナミックな見世物として、オレの目を魅了していた。


「お礼もなー、こんなもんしかできないでなー」

「いやー、そんなことないですよー。ソフトの改良までしてもらって。しかも熟練の現役宇宙船乗りの方から教えを得られるなんて事は、なかなかありませんからねー」


 オレは謙遜するおっちゃんに、そう答えた。


 アステロイドベルトを突っ切ることを決定した後、助けてもらってもお礼が……、と暗い顔をするおっちゃんに、それなら知識や宇宙船乗りとしてのコツをじかに教えてもらえば十分だとかけあったのだ。


 本当は金もほしかったのだが、それはカナデで適当な鉱石を採ってきて売っぱらえばいいんじゃないかと考えたのだ。アステロイドベルトから鉱石を採ってくるような職業はあるみたいだし。それと正直、食事とかは魔法でどうにかなるのと、カナデがアステロイド帯に行ったり、どっかの惑星に着地すれば燃料や弾薬を自給自足できるみたいなので、あんまり金もいらないと考えたのだ。必要なのは完全な娯楽費と魔法用の研究費である。いくつか宇宙空間で活動するための装備もいるが。


「だがなー、教えるといってもなー。オラは低重力下でしか活動できないしなー。基本的に宇宙船に乗ってするような活動しか教えられないしなー」


 おっちゃんは鍛えているため腕とかはそれなりに太いのだが、それでもよく見ると確かに縦に長細いようなイメージがある。二メートルを超えているのは遺伝子のせいなのか、低重力で生まれ育ったせいなのか。フィクションでは、地球の六分の一の重力である月で生まれ育った子供は大きく育つ、みたいな話しがある。ルナリアンってやつだ。


 オレは、おっちゃんに答える。


「オレの苦手なところは、ちょうどそこですからねー。そこを教えてもらえると、とってもありがたいですよー」


「そういってもらえるとなー、気が楽になるなー」


 おっちゃんは、にしし、と表現したいような笑い声を上げると、ピタッとその腕の動きを止めた。


「うん、まー、こんなもんかなー」


「できましたか!」


 おっちゃんは、おっちゃんの船に入っていた、射撃訓練用のプログラムを改良してくれていたのだ。カナデさんが、オレがレイガンなどの撃ち方を知らないことを気にしていたようで、そのための訓練プログラムをおっちゃんの船から見つけ出してきた。訓練プログラムと言ってもほとんどシューティングゲームのような内容で、レイガンなどの撃ち方を習えるようなのだが、正直オレは現代や近未来を舞台にしたFPSは好きではない。ゲームなら、グレートソードを握ってゴブリンの群れに突撃するようなものが好きなんだ。それをポツっともらしたら、おっちゃんが、じゃあ、ちょっと改造してあげよう、と言ってくれたのだ。


「あとはバグが……」


 おっちゃんの言葉に、カナデがかぶせてくる。


『それは、私が調べたので大丈夫ですよぅ!』


 カナデさんによると、一発でバグなしで作ったらしい。IT系の会社でバイトをしたことあるが、そこの上司が、八十年代や九十年代のころに、私はバグを出しません、といってテストも何もせずサーバーにプログラムをぶち込み、本当にバグを出さないようなプログラマーがいたといっていたが、おっちゃんも似たようなもんなんだろうか。上司さんは、すごいと思ったけれど怖いからあんまり一緒に仕事したくないとも思ったと言っていたが、おっちゃんはそんなことは思われないだろう。いわゆる、すごみがハッキリとわかるすごい人じゃなくて、単純にすごい人だ。いや、もしかしたら、この世界ではこれが一般かもしれないけれど。


「いやー、こんな早くできるもんなんですねー」

「スキンしか、いじってないからなー」


 オレの言葉に、おっちゃんは、人好きのする笑みを浮かべる。


 良い人だなー。オレも登録できるようだし、この人に頼んでしばらくトライデントと言う組織のコンシェルジュの仕事を教えてもらえないかたずねてみるのもいいかもしれない。そうオレは思い始めている。名前がコンシェルジュなのに、おっちゃんのやっていたことが運び屋なのが気になってはいたが、おっちゃんにそれとなく聞いてみたら、どうもこの世界のなんでも屋、冒険者ギルドに近い立ち位置にある組織のようなのだ。惑星や小惑星から鉱石を集めたり、スペースパイレーツを討伐したり、賞金首を追ったり、マッドリーパーという宇宙船と生物が合体したようなモンスターを討伐したり、他にもアイテムの運搬や、宙域や惑星の調査など。


 業界第一位のフォレストと言う組織に比べると、少し金払いが悪い依頼者が多かったり、フォレストに頼めなかったような後ろ暗い仕事が舞い込んで来る確率があるようで、カナデはためらっていたが、なんといっても名前がいい。


 トライデント・コンシェルジュ、略してトラコンである。


 なんとなく高千穂の神々が守ってくれそうな名前だ。フォレストだと仕事をする人たちはエージェントと呼ばれてしまい、呼び名がフォレスト・エージェントになってしまう。二つを比べる必要もないだろう。異世界ファンタジーの世界に行ったら冒険者ギルドに登録しなければならないし、スペースオペラの世界に行ったら、トラブルコンサルタントだろうと、トラブルコントラクターだろうと、トラコンにならなければいけないのだ。これは真理である。


『マスタぁ、マスタぁ! 変な顔してないで、さっそく試してみてくださいよぅ!』


 異世界の真理について思いを馳せていたオレに、カナデから声がかかる。


「しかたないなー。それじゃあパパ、レイガンでヒドラさんを丸焼きにしちゃうぞー!」


 オレはノリノリで声を上げ、マスター席から立ち上がった。


 こうしてオレは、カナデがおっちゃんの船を修理という名目で魔改造をしつつ目的地へと飛ぶ間、おっちゃんからいろんな話しを聞いたり、レイガンやブラスターなどの扱いを習ったり、おっちゃんにお古のレイガンをもらったり、[人格付き上級幻影]という魔法で触覚も騙す幻影を作って格闘訓練を行い幻影に絞め落とされたりと、楽しくも忙しい日々をすごすことになる。


 この銃の扱いや格闘の練習が役立つ日が、すぐそこに迫っているのも知らずに。




 その警告音が響いたのは、おっちゃんと出会って、そして目的地に向かい出発した四日後ぐらいだったろうか。オレがブラスターで、口から対地ミサイルを吐くドラゴンの羽を撃ちぬいたときだった。


「なんだー!?」


 左手を振って、オレの周りに展開されていた練習用のゲームの映像をかき消す。右手に握っていたブラスターも一緒に消えていく。


『あ、あああ、危なかったですよぅ! ヴィクターさんの警告がなかったら、けっこういい一撃もらってたかもですよぅ!』


「レーダーに変なノイズが入ってたんでなー。(じょう)ちゃんになー、八千キロくらい先に、こっちに向かってくるように飛んでいる宇宙船があるかもと警告したんだー。オラは、こういうの見抜くの得意だからなー。出会いがしらに攻撃してくるとは思わなかったがなー」


 マスター席の左前方にある席に座ったおっちゃんが答えた。あの、宇宙空間に席を浮かべているような気分にひたれる席だ。

 ちらほらとアステロイドがあることを示すマーカーが出ている目の前の巨大スクリーンを見ると、その一部に小さな四角のわくが三つ出ていて、見慣れない飛行物体が映っていた。


『スペースパイレーツですよぅ! なんでこんなとこにいたのかわかりませんが、私たちの背後と左右にいるんですぅ! 全部で三機! マスタぁも精神同調を強くしますから、マスター席に座ってくださいよぅ!』


「うおお、ついに来たか」


 つーか、もう接敵されてんのかよ。迷彩機能で千五百キロとか二千キロまでは気づかれないってのは、どうなった。気がつかれたのは、警報トラップにでも引っかかったか。もしくは出勤途中の彼らにかち合って条件反射的に問答無用で攻撃されたとかだろうか。どちらにしても、オレの魔法の出番がない。もう攻撃されてるなら、今から敵かどうか判定しても意味がないからな。


 攻撃魔法のほうは、たとえ矢とか火の玉が杖から出るものじゃなくても、相手への射線が宇宙船の壁とかでさえぎられていると使えないし。


 攻撃魔法には、[体内沸騰]とか、どこから攻撃されているかわからないような魔法もあるのだが、見えないビームが術者の杖や体から出ている設定なのか、ゲームでもガラス越しだったりすると使えない設定だった。


 火の玉とかの射程距離は、宇宙空間でどうなるか試してみないとわからないが、最高でも[落ちろ隕石]の一.五(1.5)キロだから、十倍になっても十五キロ、ちょっと六百キロの射程で戦う宇宙戦闘には向かなそうだ。大体、オレ用の大きさの宇宙服がないからオレが外に出る方法もないし、さらに言えば火の玉だと宇宙空間で出るかどうかすらわからない。


『精神同調、宇宙戦闘用レベルまで上昇させますぅ!』


 マスター席に座り安全用のベルトをしめたオレに、カナデの声がかけられる。


 ぐぐっと脳の中に何か異物が入ってくるような感覚。それとともに頭の中にあったノイズが強制的にクリアになり、ただ目の前のことにしか集中できなくなる。本来はおっちゃんのように、自らに入れたナノマシンと宇宙船に入れた機械、ナノマシンや外科手術等で入れた脳内のチップ、そしてたゆまぬトレーニングにより可能とするこの行為を、カナデは自らに搭載された機械のみの力で、自らのマスターとなった人間に起こすことができる。


左舷(さげん)敵、レールガン、来ますよぅ!』


 これによって起こされる、ありえないほどの集中。それは今の時間を十倍にも二十倍にも引き延ばす。本来は一瞬で通り過ぎたであろうその弾丸が、視界のスクリーンの左端から右端まで、体感〇.三(0.3)秒ぐらいの速度で流れていく。


「こういうのを避けるのも、得意なんだなー」


 おっちゃんのノンキな声が聞こえてくる。

 ナノマシンを(かい)した思考操作で、カナデを動かしているか、カナデの補佐をしているのだろう。あの弾丸をかわしたようだ。ゆっくりとした時間の中でも、すげー速度だったのに。カナデの場合は違うが、普通は少しでも動揺すると、この集中状態はなくなってしまうので、おっちゃんの冷静沈着な性格は、かなり宇宙戦闘に有利なものなんだろう。もしかしたら、宇宙で暮らす間に、そんな性格にならざるを得なかったのかもしれない。


 ほんと、おっちゃんは、なんでそんな冷静でいられるのか、感心する。今の宇宙に浮いているように見える席にはじめて座ったときも、なんか面白がっていたし。本当に大人物だ。オレは怖くてたまらない。戦闘状態になってから、カナデはかなり危ない軌道で飛んでいるようで、目の前の大画面に隕石なのか小惑星なのかわからないが、でっかい岩がドアップで現れては、後ろに飛んでいくのを繰り返しているのだ。岩があらわれるたびに集中状態が起こりスローモーションになるから、あー当たっちゃう当たっちゃう、だめ当たっちゃうって、ていうか当たってる当たってるからダメ当たってるそこ当たっちゃってる、大事なところに当たっちゃってるよ、あ゛っー、みたいな気分になるんだが。


 オレは引き伸ばされた集中状態の中で、そんなことを考えていた。実は余裕があるのかもしれない。

 というか、オレだけ何もしないのは、ちょっとなさけない。支援魔法でも唱えるか。

 オレはしばらく考え、二つの魔法を思い浮かべる。これならいけそうだ。

 杖をおっちゃんに向ける。


「[反応速度上昇]! [器用さ上昇]!」


 戦闘時に反応速度を上げ、回避力を上げたり、不意打ちをされたときの判定を成功しやすくする魔法と、器用さ全般を上げ、盾の扱いや武器の当たり判定をよくする魔法の二つを唱える。


「おおー?」


 おっちゃんから、奇妙なうめき声が上がる。かかったのだろうか。そういえば、カナデのコアは[生命発見]で反応していたな。この二つの支援魔法は、生物相手ならかかったはずだ。試しだ。マスター席の目の前にある台座に杖を向け、コアに出てくるよう、意思を飛ばす。


 台座が二つに割れ、下から握りこぶし四つ分ほどの大きさの水晶をはめ込んだ台座がせり上がってくる。


「[反応速度上昇]! [器用さ上昇]!」


『おおおおおっ!? 何か体への命令が、きれよく伝わりますよぅ! 相手の動きも、ちょっと遅くなった気がしますぅ!』


 かかったか。よし、我が配下どもよ。魔法はかけた。あとは、敵を打ち砕くのみじゃ。わしは、もう、なんもできん!


『はっはっはー! なんか無敵になった気分ですよぅ! ヴィクターさん、あの石とか岩がすんげー固まってるとこに突っ込みましょうよぅ!』


「おおぅ? いや、それはー」


 おっちゃんが、言いよどんでいる。なんか、いやな予感がするぞ。


『そーれ、とっつげきー!』


 おおおおおお? ちょっ、画面にめっちゃ石が当たってるんですが。スローモーでよく見ると、砕けているものがある気がする。これって船体に当たってるってことなんだろうか? たしか、バリアは船体の表面すれすれにまとう形で展開しているはず。直接岩とか石が船体に当たっているわけじゃないから、音は一ミリぐらいの真空でさえぎられてここまで届かないのかもしれない。


『トラクタービームで、後ろに岩を投げてやりますよぅ』


 ケラケラとカナデが笑っている。


『一機撃墜! 一機もついてこれないようでロストしましたよぅ!』


「うーんと、けっこう船体にダメージが入ってるぞー」


『私の船なら一日で直りますよぅ!』


「えーと、オラの船だぞー」


 カナデはケラケラ笑っている。

 おいぃ! 届けるべき荷物は、あっちに積んでるんだからなぁ!


「おっ!?」

『あっ!?』


 どうした。おっちゃんの船が爆発でもしたか? と思った瞬間、船が揺れた。


「罠だなー。ショートカットして罠にかかっちまったなー」


『移動砲台ですねぃ。スペースパイレーツのアジト用の防衛装備なんかにもよく使われるタイプのやつですからねぃ。もしかしたら罠っていうより、彼らの住処の近くにこっちが侵入しちゃっただけかもしれませんがねぃ。自動制御っぽいですから、そう上手い動きはしなさそうですが、この数は面倒ですねぃ。ヴィクターさんのおかげで、どうにかはなっていますけどぅ……』


 この世界の船などの操作は、コンピュータより、人のほうが優秀なのだそうだ。ロボットの進化を見ると、むしろ逆になりそうだが、パイロットはナノマシンを入れ、脳に電極を埋め込み、宇宙船と半分同一化して、脳もそれに特化する処理を施し、さらにたゆまぬ訓練を行い、それを操作するのだから、そうなってもおかしくないのだろうか。


『マスタぁぁぁ! なんか、いい時間稼ぎありませんかぁぁぁぁ!』


 カナデが言ってきた。あったら、やってるよ。

 画面を見ても、何がなにやらわからないオレは、どこか投げやりに、そう思っていた。レーザー砲とか見えないから、撃ってんのか何してんのかわかんねーしな。バリアなのか、敵船に何かあたれば光るが一瞬だし。

 操作してるの自分じゃないし、船を動かして回避とかするのは大変だろうけど、それもどうせ突破できるまででしょ、と、ちょっと他人事でもあったのだろう。次のおっちゃんの言葉を聞くまでは。


「ちょっとキツイかもなー。襲ってきたラストの一機、オラたちがここから逃げにくいように、うまく位置を取ってるぞー。戦い慣れてるなー」


 えっ、ヤバいの?


 その思いがオレに決意をさせた。もしかしたら異世界にあわせ神様にタフにさせられた精神が、それをどうってことないと思わせたのか、たんにやけっぱちになっていたのかもしれないが。


 少なくとも何にもできなくて、ただマスター席に座ってるだけ、というのがいやだったのは確かだろう。


 ただ、ボーっとしていた結果、死んだ、というのだけは受け入れられなかったのだ。


 オレは宣言した。


「うっしゃ、しかたねーな。あのラスト一機、オレがしとめてやらー」


 使うのは転移の呪文だ。自分の持ち物を引き寄せたりする魔法はあるが、物品をどこかに送るには、あらかじめ送りたい場所に魔法陣などを書いていたりする必要がある。今回は、爆弾とかを敵ブリッジに放り込むような魔法は使えない。爆弾も手元にないし。おっちゃんも船を新しくしたばっかりで、しかも今度の仕事に必要ないからと購入しなかったとか言っていたと思う。


 相手が同意していれば[他者転移]も可能だが、おっちゃんは低重力下でしか活動できない。敵船内がどのぐらいの重力かわからないので、あまり送り込みたくないし、隷属魔法をかけて特攻を頼むのもオレの好みに反する。敵の攻撃をさばくため、カナデも頼りにしているようだから、今の場所から動かしたくもない。


『えええ? どうするんですかぁ!』

「ブリッジに乗り込んで、全員ぶちのめしてやらぁ」


 機械壊しても、そのせいで乗り込んでる敵船がオレともども爆発しちゃったりしてもいやである。単純が一番。ザッツ腕力だ。


『ちょ。え、でも。いや、私を起動したマスターなら大丈夫かもしれませんがぁ……』


「あー、もうちょっと時間くれれば、いいアドバイスができるかもしれんがのー」


 おっちゃんが、目の前の空中に浮かぶ端末に指や腕を踊るように触れさせさせながら、答える。

 おっちゃんにはオレの能力を詳しく話していないからな。しょうがない面はある。


「時間がないし。やるぞ」


 オレは自分に[透明化]と[隠密行動]の呪文をかけた。オレの姿が透明になり、立てる音や臭いが少なくなる。後者のおかげで闇にまぎれやすくもなっているはずだ。[透明化]は攻撃行動を行うと解けてしまうが、不意打ちで沈めるには、かなり使える魔法だ。魔法は、このぐらいで良いか。持続する魔法をかけている間に他の魔法を唱えると、その唱えた新たな魔法の成功率がちょっと低くなってしまう。あまりかけすぎるのはよくない。


『マスター、まだいますよねぃ! 宇宙船とか、普通パイロットが病気なんかで死んだり気絶したりすればオートパイロットになりますから、倒しちゃって大丈夫ですからねぃ!』


 あー、そんな問題もあったな、と思いながら[千里眼]で、テレポート先となる、相手の船内をのぞく。ブリッジは……ここか。幸い隠れられそうな場所があった。視点をそこに固定する。これで、ある程度の距離までは、敵船がどれぐらい動いても問題ない。気圧差を無視する[圧力無視]と、無重力になったときに動きやすくなる[飛空術]を自分にかける。


「わかった、倒しちゃっていいんだな」


 オレは、カナデに答える。


 [上級転移]は唱えるのに二十戦闘ターン、百秒必要だが、マスタークラスのオレは十戦闘ターン、五十秒あれば唱えられる。ゲーム中のルールでは転移時の音について触れられていなかったが、オレのイメージと違い、前に気圧差があるような部屋でも、無音で転移できることは確かめている。[隠密行動]もかかっているし、音を消す[静けさを]の呪文は必要ないだろう。


 オレは左手に杖を握った。利き手で武器を握るスタイルだ。


「カナデ、思考を読んで、オレの魔法にあわせて、船を近づけてくれ」


 オレは五十秒の集中後、杖で床をつきながら、呪文を唱えた。


「[上級転移]」




 敵船内、ブリッジ。物陰に出た。千里眼で見たとおり、計器やレバー、スイッチがところせましとある、その部屋には四人のみしかいない。四人とも宇宙服のヘルメットのようなものは、かぶっていない。おっちゃんは、前の船のとき常につけていたようだが、ブリッジは被弾しても空気漏れが起きにくい構造になっているため、動きを阻害しないため、または船への信頼を示すため、ヘルメットをかぶらない者たちが多いと聞いている。昔の高所作業員が、東京タワーをつくるときに命綱を付けなかったという話があるから、それと似たようなものなのだろうか。それとも、それよりかは安全なのか。


 カナデのブリッジと違い機械のにおいがしエンジン音がひどい。だが、それがオレの存在を悟らせるのを防ぐ役にも立っていた。その上、四人全員が[気絶の波動]の範囲だ。術者の杖や体から前方に向かい放射状に伸びる効果範囲は、前衛の戦士がいたりすると簡単に彼らを巻き込んでしまうため、ヒーロー側というより、敵のボスが常用するような魔法だが、その効果範囲の広さ、長さから、今のオレの目的には最適な魔法だ。


 一応、保険はかけるが、マスタークラスの [気絶の波動] は、標準クラスの雑魚敵なら九割以上の確率で沈黙させられる。通常、集中に二戦闘ターン、十秒を要し、次の三戦闘ターン目の自分の行動時に発動する魔法だが、魔法をマスターしているオレなら集中は一戦闘ターン、つまり五秒だけ、次の二戦闘ターン目の自分の行動時には魔法を発動できる。


 気絶すれば、自動でオートパイロットになるはずとカナデから聞いているし、やってしまって問題はないはずだ。


 すみっこの、陰になっているところに身を隠し、念のため保険の魔法をかけてから、敵を倒すための魔法の準備を始めた。右側の半身を物陰から出し、魔法を使うため、四つの標的を視界に捉える。


 成功率は高い。多分一撃で決まるし、残っても一人だ。


 オレは魔法を唱えた。


「[気絶の波動]!」


 目に見えない何かが標的を襲い、そして何と!


 四人中一人、右から二人目の男だけが眠った。


 あっれぇぇぇ?!


 声に反応し、三人が振り返る。


「なんだ、テメーは!」


 叫びとともに腰の銃が抜かれ、三条のレーザー光が部屋の後ろに立っていた幻影を貫いた。オレが[人格付き上級幻影]でつくっていた幻像だ。幻影が倒れる演技をする。


 オレがかけておいた保険の魔法だが、まさか使うはめになるとは思わなかった。正直、一撃で終わると思っていたのだ。どうしようかな。こういう一撃で敵を沈めるタイプの魔法は、同じ術者が同じ相手に使うとペナルティーが生じ、成功率が低くなったはずだ。再度使うなら違う魔法が良い。今なら、まだオレの位置はばれていないはず。こっちの位置がわかりにくい魔法がベストだろう。


 オレが今までテストした中で、他にどっから撃ってるかわかりにくかった魔法は……。[死の波動]は準備時間が足りない上に成功率が低い、[眠りの波動]は起こされるといやだ。それに[気絶の波動]が効かなかった理由があったら[眠りの波動]だって効かないかもしれない。考えている時間がもったいないな。一人だけを攻撃する呪文だがしかたない。幸いマスタークラスなら、一戦闘ターン未満の準備時間で使える魔法だ。攻撃力も高くなる。


[体内沸騰]


 敵の体温を上昇させダメージを与える呪文を心の中で唱える。


 一人が悲鳴を上げ倒れる。多分、これで二人目。


 残りの二人のうち、一人が倒れた男に駆け寄り、一人は辺りを見回す。こっち見んなよ。そう思っていたオレと、目が合った。


 即座に次の魔法を使うことはできない。五秒の一戦闘ターンにつき、一つしか魔法は使えないからだ。そして特殊な状況、種類をのぞき、攻撃魔法を使うには、それが見えない攻撃であっても、相手への射線を確保する必要がある。オレは物陰から右半身を出し、魔法を使っていた。


 できるだけ暗がりに隠れるようにはしていたが、目が合うことも予想できることだった。


 [体内沸騰]などの、マスタークラスまで熟練した、準備時間が一戦闘ターン未満の魔法であれば、それを唱えたのと同じターンに剣を振るなどの、ほかの戦闘行動も取れる。


 オレは左手で杖を握り、右半身を物陰から相手に出すようにして、そこから魔法を撃っていた。そして右手にはおっちゃんから貰い受けていた、お古のレイガンが握られていた。船内用に威力はしぼってあるが、人を倒すならこれでじゅうぶんだ。オレはそいつを目が合った一人に向けると、トリガーを引いた。


 訓練の成果が出たのだろう、レーザー光は、目標にぶち当たる。これで三人目。


「うおおおおお!」


 最後の一人が我に帰ったのか、こっちに銃を向けている。


 だが、遅い。


 ドガン! という音がする。そいつはタックルをくらい、後ろに吹っ飛んでいた。いや、正確には自分から後ろに吹っ飛んだのか。タックルをしたのは、さっきビーム光に打ち倒された演技をした、オレの上級幻影なのだから。どうやら敵さんは魔法抵抗に失敗したようだ。幻影を本物だと思っている。格闘訓練でオレを絞め落とすような幻影だからな。むしろ、最初から最後まで、全部こいつに任せればよかったんじゃと思うよ。まー、ビームが効かなければ、そのうち変だなって思って魔法抵抗に成功しちゃうかもしれないけどさ。


 どうやら、最後の敵さんも絞め落とされたようだ。


 あー、死ぬかと思った。[気絶の波動]一発で決まると思ったんだけどな。

 もしかして、宇宙船を動かすのに、すごく集中していると魔法の抵抗値が高くなるとか、あるのかもしれない。

 動揺すると、集中状態が解けるはずだから、その初撃以降の魔法は簡単にかかったとか?

 これは帰ったら検証しないとまずいか。


 他にも宇宙空間で使う攻撃魔法とか、新魔法の開発魔法とか、魔法薬の作成魔法とか、使い捨てMPストーンの作成魔法とか、道具がそろったら確かめなければいけないことがめじろ押しだ。

 オレはため息をつき、[上級転移]の魔法で、自分の船に戻ったのだ。


「戻ったぞー」

『ああああ、ギリギリでしたよぅ!』


「ギリギリ? 何が……」

 そう言いかけたとたん、オレの目に、今までオレが乗り込んでいた敵船が大破する映像が飛び込んできた。大きな岩がぶつかったのだ。

「あれ……」


『なんか違法改造されていたんですかねぃ。多分マスターがパイロットをどうにかしたときだと思うんですがぁ、フラフラと変な風に飛び始めたんですよぅ!』


 そう興奮してしゃべるカナデ。


『移動砲台は、なんか敵船に近づいたら攻撃してこなくなったんで、どうとでもなったんですけどねぃ! 今度は逆に敵船に岩とかが当たらないようトラクタービームで方向ずらしたり破壊したり大変だったんですよぅ!』


 オレは、その声を聞きながら決心をしていた。

 もう二度と敵の船内に転移魔法で潜入したりなんかしないぞ、と。

 人はこれをフラグと呼ぶのだろう。


 結局、大きな問題はこのぐらいで、オレ達は時間ぎりぎりに、目的の惑星開発基地にたどり着くことになる。


ご覧いただき、ありがとうございました。

お気に入り登録や評価をしてくださった方がいるようで、ありがとうございます、うれしかったです。

次回は1~2ヶ月以内に投稿できればと考えていますが、無理だったらすみません。書くの難しくて。

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