大魔導師、トラコンにこだわる 2/3
「どうやら一人、いるようだな」
[生命発見]の魔法に反応があったのだ。
最初「知的生命体」という条件で検索したらカナデ、船のAI、のコア部分に反応してしまったというハプニングはあったのだが。
オレが座るブリッジの真ん中ほどにあるマスター席、その目の前の台座の直下あたりから反応があったんだ。顔を近づけてみたら台座が左右にわれ、下から握りこぶし四つ分ほどの大きさの水晶をはめ込んだ台座がせり上がってきた。
杖でつんつくしたら、ぎゃあぁぁ、やめてくださいよぅぅ、そこは敏感なんれすよぅぅぅぅ、とか言っていたので、暇なときはマメにつんつくしてやろうと思っている。
というか、頭がよくてもゴーレムなんかは[生命発見]で見つからないはずなんだが、この世界のコンピュータは違うのか。もしくはカナデが特殊なのか。謎である。
結局、生体反応を見つけるのに、「知的生命体」と「除外:カナデ」の二つの条件を重ね、魔法を唱える必要があった。術者が自動で省かれるのはありがたいことだが、条件が二つ以上になると、それが増えるたび成功率が落ちていってしまうのは微妙にストレスだ。
あの宇宙船を指していた[神の羅針盤]という魔法は、術者なり、パーティーなりの運命の人のところや、運命が待つ場所へ導いてくれるという魔法なので、オレは今、オレの運命の相手の近くにたっているということになるんだろう。船だったりする可能性もあるけれど、きっとナイスバディーのパツキン美女に違いない。オレの直感がそう告げている。そうでなければ異世界じゃない。そんな異世界バンザイである。
そんなことを思いながら、オレは念のため[敵意発見]をかけ、反応がないことを確認する。そしてもう一回[生命発見]を、「知的生命体」と「除外:カナデ」、「除外:さっき見つけた反応」の条件で唱える。前の三回の探知発見系魔法と同じように、効果範囲をあの難破船までに限定し、少しでも成功率を上げる。
うん、いないな。もしくは魔法の失敗か。
「魔法の失敗かもしれないが、他の生命反応は、発見できなかった」
結果をカナデに返す。除外項目はいちいちひとつずつ別項目にしなければならないのが面倒だ。さっき見つけた反応がカナデみたいな人工知能であれば「除外:人工知能」でいけるかもしれないが。いや、そもそもカナデが人工知能かはわからない。[生命発見]で引っかかるのはおかしいし、あとで詳しく調べたい。仮に話したがらなかったとしても、時間をかけて水晶をつんつくしてやれば、いつか心を開いて、話しをしてくれるだろう。
『何か、邪悪なことを考えていませんかねぃ』
「いや、まったく。それよりも難破船のほうで、何か他にわかったことはあるか?」
『特にありませんねぃ。私の迷彩機能なら千五百キロぐらいまでは気づかれませんしねぃ。今の二千キロぐらいの距離なら絶対に気がつかれていませんよぅ』
船体を半透明にしたり、レーダーに映りにくくしたりする機能が、八十七年前の宇宙船ではよく搭載されていたらしい。スペースパイレーツという積荷や宇宙船を狙うならずものや、どっかのマッドサイエンティストがつくったといわれる、マッドリーパーと呼ばれる宇宙船と生物が合体したような怪物から身を守るためらしい。
強い迷彩機能を持つ船なら、大体二千キロぐらいまでは察知される可能性を大幅に減らし接近できるらしい。カナデさんは、そんな相手が近づいてきても、二千五百キロぐらい先から確実に察知できますよぅと言われていたが。
そしてカナデさんの迷彩機能なら、大体千五百キロぐらいまでは察知されずに接近できるらしい。
どちらも八十七年前の最新情報なので、変わっている可能性はあるが。八十七年前の時点の二百年前ぐらいから変わっていなかったそうで、大丈夫ですよぅとは言っていたが、それが外れている可能性を視野にいれ、今回、近づく距離を二千キロでお願いした。
八十七年前当時の船でも、三千キロや一万キロの距離での探知も行われていたらしいし、気をつけておいて損はないだろう。当時だと、本来そこに船がいないのに何かがいると誤認したりすることがやたら多くなったり、いるはずの船も迷彩を使われていると発見できないことがほとんどだったりで、信頼はできなかったそうだが。
「通信を試みてみるのも良いが、まずは状況を確認してみよう」
オレは目をつむってから、生命反応が見つかったところを目標に、そこの風景を確認する魔法を唱えた。オレの、多分、運命の人を見るための魔法だ。
「[千里眼]」
魔法は成功し、宇宙船の一室が、オレの目に映し出される。
オレの目に、クリーム色の優しい色合いで整えられたその部屋の姿が広がった。古いアメリカのアニメーションに登場するような少年と少女、二人の小人の人形が、手をつなぎながら宙を漂っているのは、重力を発生させる装置が切れているためだろう。同じように空中を漂うペンライトのような器具が、暖かな明かりを届けている。壁面に取り付けられた四角いコップのようなものにいけられた小さな花が浮かんでいないのは、そこに固定されているからだろうか。壁面に取り付けられたベッドにしっかりと縫い付けられた寝袋は淡いピンク色をしていた。
そんな部屋の中、オレは、オレの運命の人を見つけた。
その人は小人たちと一緒に、まるでゆたうように、宙を漂っていた。
全身を覆う、メタリックカラーの薄ピンク色の服。ずいぶんと厚さがなく、体の線が出るような服だ。カナデから聞いていたものより薄い気がするが、この世界の宇宙服の特徴に似ている。その人の近くを、大きなヘルメットのようなものが漂っている。メットをよく見ると、ちょうど右目の上にあたる部分だろうか、ガラスのような透明の部分の一部にひびが入っている。そのヘルメットや、そしてその人の服も、全体がススやオイルで汚れていて、ずいぶんとつらい時間をすごしたんだと想像させられた。目をつぶっているが、死んではいないようだ。よく見ると、時々何かうなされているように口をもごもごさせている。そしてその口の動きにあわせ、顔の下半分全体をくまなく覆う、チャーミングなあごひげがふっさふっさゆれていた。
うん、オレの運命の人、山賊みたいなヒゲを生やしたおっさんだったよ。
なんとなく両手両膝を床に付け、がっくりするポーズをとりたい気分になりながら、ヒゲのおっさんがうっすらと目を見開き、辺りを見回すのを見ていた。おっさんは体をひねり右手を伸ばしたと思うと、近くに漂っていた、ストローの飛び出た半透明のかたそうなビニールの容器を拾う。ビニールの中には、水かスポーツドリンクのようなものが入っているのが見える。ストローの先を何かいじったと思うと、そこに口を付け、容器の部分を手で握りつぶしていた。音はわからないが、多分、中の飲み物を摂取しているんだろう。飲み終わると、おっさんは右手を壁面のベッドに伸ばし、それをつかんで体をそこに引き寄せていた。
千里眼をとかないまま、オレは目を開けて、カナデに言う。
「おっさん見つけたぞー」
『おお、やりましたねぃ。元気そうですかぁ?』
「さあ。でも問題ないだろ」
男なんて、どうでもいいし。
「ちょっと転移魔法でぱっと行って、おっさん連れて、ぱっと戻ってくらー」
『ええっと、どこら辺にいるか、強くイメージしてくださればぁ、マスタぁと精神を同調させているので、私がどうにかできるかもわかりますよぅ。ちなみに邪悪な思考をしているかもなんとなくわかりますよぅ』
「オレは邪悪な思考なんてしたことないから、そっちのほうは意味ない機能だな」
うなずきながら言い、続ける。
「まー転移のほうが早そうだし、それで行くよ。おっさん人間っぽかったし、顔のヘルメットみたいなのしてなかったのに元気だったし、大丈夫だろ」
『私を起動できたマスタぁなら大丈夫だと思いますがぁ、一応場所は教えといてくださいよぅ!』
「はいはーい」
オレは適当に答える。深海にもぐったり高空を飛ぶ時にかける[圧力無視]と[飛空術]という空を飛ぶための呪文をかけ、転移の魔法のために集中を始める。転移可能距離が短くなるが、失敗しても転移位置がずれない、上級の転移が良いだろう。失敗したらMPは消費するが魔法は発動しない。大失敗しても移動はせずダメージだけだ。目をつぶり、先ほどまで見ていた室内の光景を再び見る。ここに転移するんだと意識を強く持つ。これで、カナデも場所をわかってくれることだろう。五十秒ほどそれを続けると、何かが心の中でカチッとはまり、いける、という感覚がした。
「よし、行ってくる。重力がないところから連れ帰ってくるから、念のため低重力にしといてくれ! [上級転移]!」
ふっと体が引っ張られる感覚とともに、オレはおっさんの目の前に転移した。
ゆっくりと目を開けると、おっさんが幻のようにいきなり現れただろうオレを、目をかっぴろげ凝視していた。前にカナデに見てもらいながら試したときは、気圧差が少しある部屋でも、音もなく風圧も起こさず目的の場所に現れるというファンタジーを見せたらしいし、もしかしたら幽霊みたいに思われているかもしれない。
つーか、じかで見るとでかいな、このおっさん。横には広くないんだが。二メートルは超えてるんじゃないだろうか。そう思いながらも、とっととやるべきことを終わらせようとする。
「助けに来たぜ。手につかまりな。心を楽にして、とにかくオレを味方だと思ってくれ」
そういいながら、手を伸ばしながら、かけていた空を飛ぶ呪文でおっさんに近づく。まだ触れていないが、面倒なので、ここでおっさんに呪文をかけてしまう。
「[圧力無視]」
うん、うまくかかった。いきなりあらわれた怪人物を助けだと思い、受け入れてくれているようだ。おっさんの手が伸びてきて、オレが差し出していた手を握る。
これが美女だったらな、と思いながら転移の前にもう一つ呪文を唱えた。
「[千里眼]」
今度は、オレが今までいたカナデのブリッジを見るための呪文だ。魔法なんで多分大丈夫だろうが、国際宇宙ステーションなんか、止まっているように見えて実は時速二万二千七百キロぐらいで動いているって言う。カナデもそういう風に動いていたとして、あいつが今までいたところに転移、とかして宇宙空間に出たら目も当てられない。
「よし、見えた」
オレは、百秒ほどかけ、また転移の呪文を唱えた。
「[上級パーティー転移]」
なんの問題もなく、オレ達は、重力が切られたカナデのブリッジまでたどり着いた。なんか魔法の成功率、高いな。
あとはおっさんの治療か。治癒魔術は初めてだ。
「イヤー、助かったぞー」
がっはっは、と笑いながら、天井あたりをふわふわ浮かぶおっちゃんが笑う。うん、この人、おっさんってより、おっちゃんって感じだ。オレは部屋のほぼ真ん中にあるマスター席に座り、体全体で一Gの心地よい重力を感じながら、そんなことを思う。
ヴィクターと名乗ったこのおっちゃんは、なんでも、トライデントという組織に所属する、コンシェルジュと呼ばれる派遣員であるらしい。実際はトライデントの部分はトラダット、コンシェルジュの部分はコンダルジェットと言っていたが、翻訳チートさんが仕事をしてくれていて、オレにはトライデントのコンシェルジュとして理解された。いい名前だ。
おっちゃんは、テラ・フォーミング用のコアとなる機材を依頼で運んでいるときにスペースパイレーツに襲われ、必死に逃げた結果がさっきまでの状態らしい。とりあえずは逃げ切れたものの、スペースパイレーツの砲撃で船の燃料庫をやられていて、結局おっちゃんの買ったばかりの中古船は、宇宙を漂う鉄の棺おけの状態になってしまったそうな。爆発しないのは普通にすごい気がするが。
船はパイロット室で空気漏れが起こり、そこがだんだんと真空状態になっていく状態。さらに宇宙服のヘルメット部分にひびが入り、そこにずっといると気圧差でいつ割れてもおかしくない状態になってしまったという。運が悪いことに、パイロット室に置いてあった宇宙服の予備は被弾時に消失し、エアロックの部分や避難ポッドも被弾、そこに置いてあったものも手に入らない。パイロット室やエアロック、避難ポッドに接続する通路の隔壁は閉じることができたため、他のところにいれば空気の心配はなかったものの、最後の操作をしてからは、ずっと船の休憩室にこもり、船がスペースパイレーツに見つからないことを祈っていたそうだ。
その最後の操作というものも、こういう状態になったときの船体制御のプログラムが中古で購入したばかりの船のコンピュータに入っておらず、その場でプログラムをでっち上げ、半分マニュアル操作でスラスターに残ったわずかな燃料を消費し、船の方向を変えたというのだから、さぞ面倒な状況だったんだろう。あまり明るくないとはいえ酸素を消費しない小型灯を持っていたのはラッキーだった、と言っていたが、それは小さすぎるラッキーだったろう。前の船も似たような経緯でおしゃかになったと言っていたから、不運の人なのかもしれない。
なんでもそのまま百五十日ぐらい漂えば亜空間力場という、宇宙船がワープゲートを開くために使用する、太陽系の宇宙港みたいな場所にたどりつける予定だったらしい。おっちゃんは、自分のナノマシンに命じ、生体活動の低下を行っていたそうだが、それでも空気や食料が百日もたなかったかもしれないとのことなので、一応オレが命の恩人、ということにしてもいいのだろうか。
亜空間力場の近くはパトロール船が多いので、そのぐらいの距離なら、救難信号を発しても、ならずものが来るより、助けが来る可能性のほうが高かったかもしれないが。
「まさかなー、ここで助けが来るとは思わなかったからなー」
「いえいえ、これも神のお導きですよ」
ふわふわと浮くオレの杖、その光る石突が、おっちゃんを指しているのを見ながら、オレは答える。
おっちゃんは続ける。
「最初はなー、何が来たのかと驚いたもんだがなー。お迎えにしては格好も変だしなー」
ローブを着て、杖を持った人間がいきなり目の前に現れたんだからな。どうせなら[幻覚]の魔法で翼でも生やしていればよかった。天使とでも勘違いしてくれたことだろう。
「それにこの船もなー。エイリアン・シップなんて初めて見たぞー」
エイリアン・シップ、宇宙に点在するヴィオムナルと呼ばれる異星文明の遺跡から発掘される船のことらしい。ヴィオムナル・シップとも呼ばれるそれらの船はオーバーテクノロジーの塊で、おっちゃんも、おっちゃんの感じる重力がほぼ無重力なのに、オレのところの重力が人類の発祥惑星と言われるテラと同じ一Gになっていることに驚いていた。やろうと思いそういう改良をすれば、船の重力全体を〇.六Gにし、運動する部屋の重力だけ一Gにする、みたいな使い方はできるそうだが、今やっているみたいに、同じ部屋にいるある一人の感じる重力を少なく、もう一人の感じる重力を重く、というのは難しいらしい。
カナデさんは『しかも疑似重力発生制御装置じゃなく、重力制御装置なんですよぅ』とドヤ声で言っていたが、正直よくわからない。疑似重力ってアレか、くるくる回るスペースコロニーとかで発生してるやつか? とか思っていると、おっちゃんは「おお、もしかして、寿命に影響を出さないのかー?」などと反応していた。なんでも普通の宇宙船が使う疑似重力なんとか装置だと、その影響下にあると寿命が短くなってしまうらしい。放射線などの影響もあるため詳しいことはわからないが、普通の人の寿命がナノマシンの影響込みで二百年から三百年のこの時代、宇宙船の乗組員の寿命は百五十年から二百年ちょっとぐらいになってしまうそうだ。
オレは[永遠の若さを]で老化を四日ぐらい止められるし、[神の若さを]で三日ぐらい若返られるので関係ないけどな。若返るほうはMPが足りず、HPにダメージが入るかもしれないが。老化が停止するほうは毎日かけてる。
オレの魔法も、カナデさんのオーバーテクノロジーによるものと、おっちゃんは理解しているみたいだ。おっちゃんは、与太話だと思っていたんだがなー、と感想を述べていたが、多分おっちゃんの元の理解のほうが正しいと思うよ。
そんなことを思い出していると、おっちゃんの元気のない声が耳に飛び込んでくる。
「お前さんらは、こんな若いのにすごいんだなー。それに比べ、オラはなー……」
なんか落ち込んでいる。
どう声をかけようか迷っていると、カナデが割り込んできた。
『元気出してくださいよぅ! 私とマスタぁがいるんですから、何もへこたれることはありませんよぅ!』
さりげにオレが巻き込まれている。
こいつは今まで、おっちゃんの船に自分の船体をドッキングさせたり、なにやらごそごそとやっていたんだが、何をやっていたんだろうか。大型ディスプレイのすみっこで、時々白いビームが放射されていたりするのが見えていたのが、微妙に気になっていた。レーザーは宇宙空間では真横から見えたりしないので、多分それに似た何かだと思うんだ。レーザーも岩とかに当たれば反射光が見えるのかもしれないが、そういうのではないし。
「だがなー、最近三回連続で依頼を失敗していてなー。それに今回の依頼は特別だったんだー。フォレストのときは依頼を十回以上失敗して、おんだされてなー。そんとき面倒を見てくれた、恩人からの依頼だったんだー。船を安くゆずってくれる人も見つけてくれてなー。すんげー、簡単な依頼だったのに。それを、それを……」
おっちゃんの目がうるみだし、その下に涙のしずくがたまっていく。無重力下での涙は落ちることはない。ただしずくが目の下や周りにたまり、大きな水のボールができるのだ。
オレはそれを見ながら、無重力下での鼻水はどうなるんだろう、と考えていた。
そしてカナデの声が響く。
『マスタぁ!』
ハイハイ、なんでしょ?
『助けましょう! かわいそうです!』
おお、"何あの涙、不思議" とかじゃないのか。
「別に良いが、助けられるかどうかとか、何を助けたらいいかとかがわからないとな」
もともと[神の羅針盤]が指し示した人物だったし、助ける気ではいた。
『それなら大丈夫ですよぅ! ちゃーんとヴィクターさんの船から、データを吸い上げましたからねぃ!』
そう自信満々に、カナデさんが言い切った。えーっと。おっちゃんに何も言ってなかった気がするのだが、勝手にやっていいのだろうか。守秘義務とか。
おっちゃんが、おお、良いのけー! とか叫んでいるので問題ないんだろうが。ないんだよね?
『とりあえず、この星図を見てくださいよぅ!』
カナデがそういうと、おっちゃんとオレの間に、真ん中に赤いマグマのような球体がある三次元の映像が現れた。コンピューターグラフィックでつくった太陽系儀といったところか。
マグマのような球体は、多分太陽だろう。その外側に惑星だろう、いくつかの、大きさがばらばらな球体がめいめい太陽の周囲をまわっている。そして、その外側を小さな砂粒のようなものが大量に回っているのが見えた。厚みがかなりあるものの、どこか土星のわっかを思い起こさせるそれは、アステロイドベルトというものだろうか。もっと薄いイメージだったのだが。そして、その外側に青い透明な球体が一つある。
『青い球体が亜空間力場の場所ですよぅ! そのもっと外側の天体や太陽圏界面は表示されていませんよぅ!』
亜空間力場は太陽の影響や、近くの惑星の影響を受けるらしく、太陽系の真ん中から離れた、開けた場所につくられる。自然のもので太陽系の真ん中近くにできたものもあるし、金をかければ、太陽の影響をキャンセルし、その近くに作ることも可能なのだそうだが。
『私とマスタぁが出会ったところがここ。ヴィクターさんの船が漂っていたところがここですよぅ!』
星図の中の外側、アステロイドベルトのちょっと外側のあたりに、杖をもちローブを着た二頭身のアニメキャラが乗った、葉っぱのついてない白いかしわ餅のようなのがあらわれる。それが亜空間力場のほうに飛んでいったかと思うと、途中で緑色の薬のカプセルがつぶれたような形の何かにぶつかった。
この船は尾っぽのないカブトガニみたいな形をしていたんだが、多分、白いかしわ餅はこの船のことだろう。緑色のカプセルは、おっちゃんの船がそんな形をしていたので、おっちゃんの船のことだ。
『ヴィクターさんが配達する予定だったコンテナを積み、亜空間力場からこの太陽系に来たのが十テラ日前、スペースパイレーツにやられたのが五テラ日前。ヴィクターさんが、この太陽系に来た時点で依頼の期限まで三十テラ日の余裕がありましたよぅ』
太陽系に来た時点で三十日の余裕があり、それから十日しかたっていないってことは、今はまだ依頼期限に二十日の余裕があるのか。
『依頼期限までには、まだ二十日がありますがぁ、問題は、ここの目的地なんですぅ! ある地球型惑星の周回軌道上にある惑星開発基地なんですけどねぃ』
オレたちのいる場所からアステロイドベルトを越え、ずっと太陽側に進んだ方向にぺけマークが出てきた。このぺけが目的地か。
『亜空間力場の位置が悪いためぃ、目的地にまっすぐ行こうとすると、どうしてもこのアステロイドベルトにぶつかるんですよぅ。そして、ここのアステロイドベルトはデブリが異様に多いのでぃ、安全に飛ぼーとすると、高度を上げるか下げるかして、上か下のほうからぐるっと迂回する必要があるんですよぅ!』
あー、めんどくさいね。なんで、そんなとこに亜空間力場作っちゃったんだろーね。
『普通に行くと、大体、二十五日ぐらいかかっちゃいますぅ!』
うん、普通に安全に、厚ーいアステロイドベルトを上方や下方に飛び越すなりくぐるなりで迂回しちゃうとね。なんか、おいちゃん、わかってきちゃったよー。
『私でも、二十日にはぎりぎり間に合わないかもしれないんですぅ! そこで私は考えましたぁ!』
オレたちの宇宙船を表すアイコンから、青い矢印がぺけマークに向かって一直線に伸びた。その矢印はアステロイドベルトをつっきっている。
『まっすぐ突貫しちゃえばいいんじゃないかとぉ!』
「いやいやいやいや、いいんじゃないかとぉ、じゃないよ。普通に危ないだろ!」
そんなんできんなら、他の船、普通にそういうふうに飛んでるし。おっちゃんの顔見てみろ。口をOの形にして固まっちゃってるじゃねーか。
『大丈夫ですよぅ! バリアーの能力が違いますしぃ、それに他の船ができないのは慣性制御や重力制御に時間制限や連続使用制限があるからですよぅ! 私には、そんな制限あんまりないんですぅ!』
どうせならそこは "あんまり" をつけず、 "そんな制限ない" と言い切ってほしかった……。
『大体、マスタぁだけ活躍してずるいんですよぅ! 私も、私の力を見せつけるんですよぅ!』
そんなカナデの強い主張により、結局のところオレたちは、アステロイドベルトを突っ切ることになったのだ。
こちらの船よりも少し大きいおっちゃんの乗っていた船は、こちらの船のお腹の部分に接続し、積荷ともども目的地まで運んでいくようだ。それらの接続作業等はカナデが担当し、こちらの慣性制御や重力制御をあちらの船にまで届くようにする改造や、カナデにあわせてスラスターなどを噴射させたりできるようにする作業も行うらしい。アステロイドベルトにつくまでなら、そういった作業を行いながら飛行することも可能なんだそうで。
とにもかくにも、こうして燃料補給とともに、おっちゃんの船の修理改造が、彼女によって行われることになる。
次話は翌日16日17時投稿です。