大魔導師、人類の危機に立ち向かう 7/7
動きにくいため、防護服はつけない。ヘルメットつきの宇宙服の上に、ローブをつけるだけだ。
宇宙服の飾り部分やローブ、杖などにウイルスや細菌が付着しやすくなってしまうかもしれないが、消毒などをするのに時間がかかるようになるだけだそうだから問題はないだろう。
そして無重力の中、オレは自分の姿を[透明化]で消した。これが触手の宇宙人に効くことはクリスタルさんに確認済みだ。[隠密行動]は、ローブで似た行動補正をかけられるため唱えない。
次に[千里眼]で転移先の様子を確認した後、[パーティー転移]を使いクリスタルさん三人と彼らの足であるブモールとともに、交渉の場に転移した。
最後に、[上級幻影]の魔法で、自分の代わりとなる幻覚を出したら、万一の場合の保険は終了である。
周りで見ている人からは、クリスタルさん三人が先に転移してきたあと、一人でオレが後から転移してきたように見えるはずだ。
幻影を出すのは騙すようになるため、クリスタルさんたちを説得するのに少し手間がかかったが、まあ、触手の人たちなら後で謝れば納得してくれるだろうと、最後には納得していた。すごい信頼である。それが正しいといいのだが。
あらかじめかけてあった空を飛ぶ魔法でオレは天井にへばりついた。下にいて人が動き回られると、透明のオレにぶつかってしまう可能性があるからだ。彼らは地面を這いずったり転がったりするタイプの生き物だと聞いていた。
そしてオレは幻影に、首まで覆う宇宙服のヘルメットをとらせた。
ブモールもだが、人間のオレと触手の宇宙人は、ほとんど同じような空気を吸うそうだ。その場合、交渉の場でヘルメットを取ることは、相手を信頼していることを示すメッセージになるんだそうだ。
実際のオレだったら絶対やらない行為だろう。異星の生命体のいる場所だ。どんな未知の細菌やウィルスがいるかわからない。
オレの幻影は、上級の幻影で、視覚と聴覚にプラスし、触角もだますことができる。その習慣があるのか知らないが、やろうと思えば握手なども可能だった。
幻影の前方には、六匹ほどの茶色い、触手の太くなったイカのような生き物が、床にベチャリと伏せっていた。白いビニールのような何かをまとっている。
一体が部屋から出て行き、一体が部屋に入ってくる。そして別の一体が、天井にへばりつくオレの足元を通り、何か壁のパネルを操作しに行った。
こいつら、ごちゃごちゃ動くな……。
下にいたら、横に動いたりなんだりで、何かに当たったりしていたかもしれない。
そんなことを考えていたら、中心のほうにいたイカの一体が動いた。こいつだけ、赤い横線が一本ついた宇宙服を着ていて、触手の二本で何か機械を持っている。そいつがオレの幻影の前に滑ってくる。
そのイカもどきが空いた触手で機械をいじくると、言葉とともに色とりどりの光りが出た。
『はじめまして。私が女王です。ヴィオナムルの後継者よ。あなたに会えたことを、私はうれしく感じています』
カナデたちが使う人間の言葉と、クリスタルたちが使う言葉、両方でしゃべりかけてきた。
本当に、女王なのだろうか?
あらかじめ[嘘を知る耳]を自分にかけてあったんだが、うまく働いていない。
通信機越しの声もうまくいかなかったが、あれは翻訳機か? 翻訳機越しの声もダメなようだ。
相手が本当のことを言っているのか、うそを言っているのかわかれば、交渉時に大きなアドバンテージになる。
できるだけ、相手の生の音声を聞きたい。
相手の生の言葉が耳や目に届けば、どんな言語でもオレのチートで何を言っているかわかるんだ。
そして、こっちの発話も、大抵のものは魔法でどうにかなる。
オレは触手に集中し、こいつの言葉であいさつをしたい、と念じる。
向こうの言葉をオレが流暢に話せるとわかれば、何もあんな通話用の機械を使おうとは思わないはずだ。
しばらくして、新しい情報が脳に流れ込む。
よし、どういう言葉なのかわかったぞ。
挨拶は100MHzの電波を半秒流し、次に122MHzの電波を一秒、そして最後に85MHzの電波を半秒流せばいいんだな。簡単、簡単。
って、できるかー!
しゃべろうと思っても電波なんて魔法じゃ再現できないし、聞き取ろうと思っても、どうしたらいいのか。
宇宙服の通信機とかに、電波を聞き取る機能がついているんだろうか。
なんか普段使っている通信波って電波とは違うとも聞いたんだけれど。
操作がわからないよ。
おっちゃんを連れてきたかった……。
この交渉の場が地球より少し重いぐらいの重力で設定されていたため、無理だったのだ。
『その杖に、そのローブ、何もなかったところに突然現れる不可思議な力、本当に、あの者たちを思い出します』
触手の女王が続ける。
機械から出る音声のためか、そういう話し方をしているからか、感情が読み取れないような声だ。
オレは幻影に集中し、言葉を出させた。
「お会いできて光栄です、女王」
クリスタルさんから、交渉の場では、表向きは平等な者として振舞うことになっていると聞いている。平等な者のように聞こえる発言をしつつ、実際は敬意を払っているのがわかるようにするんだそうだが、これでいいのか不安になる。
『ああ、女王である私に対しての、その横柄な態度と言葉。本当に懐かしい……』
横柄って。
……表向きは平等な態度で接するんじゃなかったの?
そう思って、クリスタルさん達を見ると、なんかチッカチッカ瞬いていた。
オレの言語理解チートによると、あれは言葉を話しているんじゃなく、感情が光として外に出ているらしい。
どうやら彼らも戸惑っているようだ。
クリスタルさんが、間違った知識を頭に入れていたということだろうか。
『あの記憶は何十代も前の女王のもの。私個人の感情が蘇るたび、この流れを止めねばと思ってきました。でも、違う。あなたを見るたび、あのときの感情が、まざまざと蘇ってきます。自分達の世界へと、次元をまたいで帰ってしまった彼らを、見送るしかなかった私の悲しさが』
……うん? なんだ? なんか悲しい別れみたいなことがあったのだろうか?
『嘆く私が。せめて一人でも、この私の手で』
女王の触手が伸び、オレの幻影にまとわりついた。
『引き裂きたかったと』
そして幻影の手や足、首が千切れとび、幻影は宙に溶けるようにして、消えた。
女王の触手に引きちぎられたのだ。
『くっ! これは偽者じゃ! どこだ! 確かにやつがここにいる気配がするのに!』
よっぽど頭に血が上っているのか、電源が切られていない翻訳機は、忠実に、女王の言葉をオレの理解できる音と光りに変換してくれる。
こいつは魔法の気配を感じることができるのか、だが、マッドリーパーほどの正確さではないようだ。
つーか、触手さん、やっぱ信用できなかったじゃねーか……。
しかも異様に力が強い。あの幻影は、オレの体を引き裂くのと同じ程度の力を加えなければ、あんなふうにならなかったはずだ。
幻影が消えたのは、彼女がそれを幻影と気がついたからだろう。体が折れ千切れる感触の何かを、うまく再現できなかったのかもしれない。
しかたないな。
オレは杖を構えて、魔法に集中することにした。
ターゲットは六匹のイカもどきだ。
使う魔法は[気絶の波動]。全員が効果範囲内だが、ブモールやクリスタルさんも巻き込んでしまっている。
この魔法は範囲を狭めることはできなかった。魔法が強くなり効果範囲も広くなったので、さらに使いどころが難しくなっていた。
チッカチッカ光って、女王に抗議の声をあげている彼らに、心の中でわびる。
後であやまるから、痛かったらごめんよ、と。
二秒ほど経過し、魔法の発動まで約三、四秒となったころ、女王が叫び声を上げた。
『重力を戻せー!』
他のイカが即座に反応したようだ。
くっそ、ちょっとは、ためらえよ。
体が、グンっと下に引っ張られる感覚。重力が重くなったのだろう。オレの力じゃ飛んでいられない。
オレは床に叩きつけられる前に[気絶の波動]をキャンセルし、新たな魔法を唱えた。
[落下制御]
しかし、それでも勢いを殺しきることができない。
両足がビタンと地面につき、そして両手のひらで地面を叩くように、四つんばいで地面に着地することになる。
ローブの隠密行動時の補正を越えたのか、けっこうな音が出た。
『そこじゃー!』
触手の宇宙人は聴力があるとも聞いていた。
オレの着地の音を聞きつけたであろう、女王が触手で指す先、いまだ透明のオレがいる場所に、女王以外の五匹のイカが群がってきた。長い触手を広げながら、こちらの方に向かってくる。
ご、五匹は多いぞ! くっそー。
近づかれれば、広げられたどれかの触手に引っかかるだろう。この重力ではうまく動けない。透明化が解かれるが攻撃をするべきだ。だが範囲魔法を唱えるには時間が無い。眠らせるだけならできるが、それだと起こされてしまう。
オレは攻撃魔法を使うことを選んだ。
[体内沸騰]
攻撃力も上がっているのだろう、一匹がグズグズと湯気を立てながら溶けていく。
残りは四匹。レーザーガンを持ち込めばよかった!
透明化が解けたオレは、飛行の魔法と全身の筋力をフルに使い、四つんばいの姿勢から、後ろに跳び退る。
だが、やつらのほうが速い。この重力は、やつらの星の重力なのだろうか。まるでゴキブリのような速さで、イカどもが床の上を滑ってきた。
伸びる触手。あれに捕らえられれば、俺も幻影と同じようにバラバラになってしまうかもしれない。
ただ違うのは、オレは宙に溶けて消えるようなことはなく、赤い血をばら撒く肉のオブジェになるということだ。
自分の顔が引きつるのがわかる。
くっそー! オレが心の中で悪態をつきながら、杖を振りかぶって、その触手を打ち払おうとしたときだった。
「ブモー!」
オレに迫っていた二体が吹き飛ばされた。クリスタルさんを背中に乗せたブモールが、彼らに突撃したのだ。
吹き飛ばされた二体は動かなくなる。
そして残ったイカの二体のうち、一体がブモールに、そして一体がオレのほうに向かってきた。
オレは心の中で快哉を叫んだ。よくやったブモール!
少し時間ができたため、魔法を使うために必要なクールタイムが終わったのだ。
[体内沸騰]
オレは、向かってくる一体に、魔法を使った。
よし、あとはブモールに絡まっている一体だけだが……。くそ、ブモールの足が二本、折られている。かなり太いのに。
[HP回復]かけるまで、死んでくれるなよ。
そう祈るオレのヘルメットに、ニチャリと触手が絡みついた。
えっ、と思うオレが視線を、その触手の先に飛ばす。
そこには赤い横線が一本ついた白いビニールのような何かを体にまとうイカがいた。
女王か。彼女が、すぐそばまで来ていた。
やばい。
この宇宙服はレーザーや銃弾には強いが、関節技や締め付けには、そんな強くないはずだ。
表情などわからないはずのそいつが、オレにはなぜかニタアっと笑ったように見えた。
仕方ない。
「うおおお!」
魔法のクールタイムが終わっていないオレは、杖を振りかぶり、そいつに思いっきり叩きつける。
真ん中から折れ飛ぶ杖。だが、そいつはまったくの痛痒がないようだ。
やつに伸ばされたオレの手に触手が絡まる。
ゴキンっという音が二度し、右腕と左腕に鋭い痛みが走った。
腕が折られたのだ。
そしてヘルメットに白い蜘蛛の巣状のヒビが入った。絡み付いている触手の締め付けに耐えられなくなっているのだ。
ヘルメットが首まで覆い、そこを固定するタイプじゃなかったら、多分、腕と同じく首もへし折られていただろう。
触手を蹴るが、その足も触手に巻き取られる。
……こ、ここまでか。
そうオレが思ったとき。彼女の声が聞こえた。
『マスタぁァ!』
精神同調による感覚の共有。
通信機を通さずとも、声のやり取りができるまでになったらしい。
どうやら危機を察知したカナデが、精神同調ができる、かなり近くの距離まで来てくれたようだ。
オレの周囲の時間がスローになる。
同時に触手に巻きつかれた右足に鈍い痛みが襲った。
スローになる時間の中、ゆっくりと右足がへし折られていく感覚。
終わらない痛みだけが、その強さを変えず断続的に襲ってくる。
わめき、泣き叫びたくなるような痛み。この痛みの中では、あまり長すぎる集中が必要な呪文は唱えられないだろう。しかし、こいつは生かして捕らえたい。……なら、やっぱり、これか。
オレは女王に対して魔法を使った。
[気絶光線]
それでも痛みに集中が阻害され、一発目は不発だった。
集中だ、集中!
痛みに耐えながら魔法を唱えるのは、ティタニアでいっぱい練習したじゃないか。
オレは、あのときの感覚を思い出し、二発目を唱える。
[気絶光線]
発動した。
だが方向がズレ、女王に当たらない。
苛立ちとあせりで、現在進行形でへし折られている右足の痛みが強くなるように感じる。
そんな時、カナデの意識が、オレの中に入ってくるのを感じた。
落ち着いてください、マスタぁ。そんな言葉が頭の中で響いた。
照準は、私がしますよぅ。
オレは、すべてをカナデにゆだね、ただ魔法を成功させることに意識を集中する。
[気絶光線]
三度目の正直か、カナデ様のご加護か、三発目の魔法は女王を捉えた。
スローの時間が終わる。
女王の体のすべての力が抜け、ごろんと横たわる。
オレの折れた右足も開放された。
同時に「ブモー!」という鳴き声が聞こた。
そちらを見ると、ブモールが、自分に飛び掛ってきていたイカの宇宙人を、自らの口と触手でつかんで、床に叩きつけているところだった。
そいつも動かなくなる。
だが、まだ、この船の中にはイカに似た形をした宇宙人が最低一匹はいたはずだ。
オレたちがこの部屋に転移したときに出て行ったものがいる。
オレは[HP回復]を自分にかけ両手だけを癒すと、左手で女王の触手をつかみ、近くにいるブモールに折れて半分になった杖を握る、自分の右手を伸ばした。
「手を!」
[初級幻影]でクリスタルたちの言葉で言う必要があるかと思ったが、ブモールは理解したようだ。
自らの口から伸びる触手をオレの右手と杖にからげる。
オレはカナデに精神同調で伝える。
カナデ! 転移をする!
『はいぃ! どこに移動するかは私がサポートします! ただ能力を使うことに集中してくださいぃ!』
脳みその中に、かなでの返答が聞こえてきた。
正直、足が痛くて集中しにくかったので、ありがたい提案だ。
今のまま使うと場所がずれて、宇宙のど真ん中に出かねない。
もう一度[HP回復]をかければいいのだが、時間をかけて残ったイカ型の宇宙人が戻ってきてもいやだ。
足の激痛に耐えて魔法を使うという慣れないことをしたせいで、スローになった時間の中で魔法をとなえるのは、もうあまり精神が耐えられそうにない。転移のために、それは残しておきたかった。
オレは、ありがたくカナデの提案に乗ることにした。
『少し時間がありませんん。スローになる能力を軽く使いますよぅ。上級のつかない、[パーティー転移]のほうをお願いしますぅ』
上級のつかないほう?
そんな疑問を持ちながらも、いつもの百倍とかではない、七倍か八倍程度の、そのぐらいの軽い、だがオレの脳が耐えられそうなギリギリの集中のなか、オレは[パーティー転移]の呪文を使ったのだ。
そして転移のとき、オレはカナデの、こんな言葉を聞いた。
『マスタぁ、お元気で』
どういう意味だ、と問うヒマもなく、オレは自らの体がどこかに引っ張られていく、あの転移の感覚に包まれたんだ。
「おおう、戻ってきたかー」
宇宙服の上にボロボロになったローブを着、折れて半分になった杖を握るオレを、おっちゃんの声が出迎えた。
何故か無重力だ。なんでだろう。
オレはとりあえず左手に握っていた女王の触手を離す。そして右手の杖を引き寄せると、それに絡み付いていたブモールの触手を撫でてやった。
ブモー、という満足気な声と、チカチカとした、その背中にいる三人のクリスタルの光が目の端に映る。
ひび割れたヘルメット越しに辺りを見回すが、ここはどこだ? カナデのブリッジではない。
「はい、ただいま戻りました」
オレは視界を邪魔する、いつの間にか一部に穴が空いてしまっていたヘルメットをとりながら、疑問に思っていたことを聞いた。
「あの、ここは?」
「あー」
オレの言葉に、おっちゃんは言いにくそうにしながらも言葉を続ける。
「譲ちゃんに買ってやったなー。小型の避難船の中だぞー」
「避難船? カナデは?」
おっちゃんは首を振りながら、カナデの物と比べると小さい、だがそれでも大型のディスプレイを指し、言った。
「やつらも隠れていたみたいだー」
そこには多数の宇宙船に周囲をかこまれ、レーザーで蜂の巣にされていくカナデの姿があった。
「……え?」
オレは、そう言って絶句してしまう。
脳が、その光景を理解することを拒絶したのだ。
彼女はオレの見ている前で爆発し、その体を宇宙に散らした。
ウイルスや細菌は心配しないでいいという情報が救いか。
触手人からの情報でも、ヴィオナムルに関わったことのある種族は、基本、異星人の病気や細菌などを警戒しないでいいという話だった。
オレは今、宇宙服は着ているがヘルメットはつけていない。
そんな気楽な服装で、目の前で触手の宇宙人たちが新たな船を作り上げていく工程を、ただボーっと見ていた。
彼らにはオレたちの新しい船を造ってもらっている。
ヴィオナムルの遺跡にあったパーツなども使い製作する、ハイブリッドな船だ。
オレは女王に支配魔法をかけ、彼ら触手人をこちらの仲間にしていた。
女王は彼らにとって絶対の存在であるようで、オレが支配しているにも関わらず、そして人間であるオレたちのために船を作るという今までの行動と真反対の行動であるにも関わらず、一生懸命働いてくれている。
触手の宇宙人は、オレの魔法やブモールが蹴飛ばしたりで、何体か死んでしまった。だが彼らは何の痛痒も感じていないようだ。
女王さえ生きていれば、ああ、痛かった、怪我したなー、ぐらいの感覚らしい。
まあ、女王が殺されても次がいるから、骨折したなー、程度の感覚のようだが。
まるでロボットのようだ。
カナデのように……。
なんだかんだいって、カナデは船のAIだった。
そういう、他人のために自分の命を投げ出せるような、そんなところがあったんだろう。
そうオレは自分に言い聞かせ、現実逃避する。
そうだったら感動的なんだけどなー、と。
『ちょっと、マスタぁぁ! あそこ、お花模様になってませんよぅ! 私のニューボディーなんですからねぃ! ちゃんと要望は伝えてるんですよねぃ!?』
夢から現実に引き戻す彼女の言葉が、オレの脳内に直接響いた。
「わかってる、わかってるから。もう一度ちゃんと伝えるから」
そう答えたオレは右手の通信装置に手を伸ばした。
おっちゃんが作ってくれた、彼らと話すための装置だ。言語チートのおかげか使うときは半自動で手が動き、彼らの言葉をしゃべることができる。
オレが背中に背負うカナデのクリスタルコアが、怒ったようにピカピカ光っていることに気がついた触手さんたちが、手を止めてこちらをうかがっていた。造船の指揮をとるのはオレ、というかカナデなので、気になるのだろう。
オレは多分この表情は伝わらないだろうなー、と思いながらも彼らに微笑み、通信装置を操作して、彼らの言葉を使い、伝えた。
(すごく良い出来だよ。相棒も興奮するほど喜んでいる。そのまま続けてくれ!)
ピンクで花柄模様な宇宙船なんて乗りたくない。オレもカナデのデザインから少しでも離れようと必死である。
基本、意識を閉じているから、よっぽどショックなことでもなければオレの思考がカナデにダダ漏れになることはない。バレやしないだろう。
結局カナデさんは、自分の船が爆発するかなり前に、自らのコアだけを脱出用防護シェルに包んで、こっそり射出して逃げていたらしい。
ラストの感動的な別れみたいな言葉は何だと思ったら、単にオレが「カナデが死んだ!?」みたいに思ったときに『なーんちゃって!』とか精神同調で伝えたら面白そうだなー、と思って言ってみたんだそうだ。
ところが自分の船から外に出てみたら、オレの精神とうまくコンタクトできない。オレが何を考えているかはわかるんだが、オレに何かを伝えることができず、カナデの言葉によると『マジあせったですよぅ』という状態になったんだそうだ。
オレがあきらめていて、[生命探知]の魔法も思い出さず、ショックを受けながらも仕方なく女王に支配魔法をかけ始めたときは、見捨てられそうで泣くかと思ったと言っていた。脱出前に、あとで助けに来いと、ひとこと言ってくれてたらよかったのに。バカである。
その後『どんなときでもジョークを忘れない私って格好良いですよねぃ』と言っていたので、あまり反省もしていないのだろう。
女王にカナデの遺品の回収を命じず、もう一年ぐらい宇宙空間を漂わせておけばよかったと今では後悔している。
……まあ、中継映像でピンチになったオレを見て、助けに来てくれたのには感謝しているんだが。
ちなみにカナデが攻撃されたのに、おっちゃんの乗る避難船が攻撃されなかったのは、認識阻害結界が生きていたかららしい。
カナデがエンジンをつける前に、避難船を外に出すことで、カナデの船と避難船が別々のものと認識され、カナデの認識阻害結界がエンジンをつけた結果やぶれても、避難船の認識阻害結界は破られないような仕様になっていたんだそうだ。
オレが魔法を唱えるときに精神同調していて、丹念に能力の動きを追っていたら、そういう能力になっていることに気がついたらしい。
魔法を使っている本人より、その能力をよくわかるってどうなのよ、と微妙な気分にはさせられたが。
無音で転移できているときに、どこからか干渉があることを見つけたのもカナデだったしな。
女王には支配魔法をかけているが、付随する魅了効果のせいか、いたっておとなしい。
クリスタルの伝承には伝わっていなかったのだが、彼女によると、初期のヴィオナムル人というのは、人間と同じような姿形をして、杖とローブを着た、不思議な術を使う人たちだったそうだ。
カナデの記憶の中にもヴィオナムル人についての情報は、消去されたように残っていないみたいだし、人間たちの話にも、杖とローブや、不思議な術を使うなどの話はなかった。過去の女王の記憶を正確に継ぐ、触手の女王ならではの情報かもしれない。
彼らは自分たちの命令に従うよう、その時の女王に、不思議な術をかけたそうだ。
もしかしたら、それが支配魔法だったのかもとオレは考えている。
オレの支配魔法だと、意思に反した行動をとらせすぎると、魔法が解かれたときの反動が酷いことになる。
魔物の意思を押さえつければ、支配が解かれたときに一番に攻撃されるのは術者になるし、普通の人間でも強い憎しみが残る設定だった。
もしヴィオナムル人の支配魔法が同じような影響を女王に与えたのなら、あの女王が持っていた人間への強い憎しみは、その支配魔法をかけられたときの出来事が、原因となっているのかもしれない。
クリスタルさんのところの伝説では、ヴィオナムル人の良いほうの面しか聞いていなかったが、よくよく聞いてみたら、確かに彼らの中にも悪いヴィオナムル人の伝説はあった。
なんでもクリスタルさんのところから、生まれて間もない赤子を大量にさらっていったとか。
寿命がないと言っていたカナデと、テラ時間で四百年ほどと聞いているクリスタルさん。
握りこぶし四つ分のカナデのコアと、握りこぶし二つ分のクリスタルさん。
寿命や大きさこそ違うものの、両者の形が似ていることに気がついていたオレは、好奇心に負けて[生命発見]の魔法で「カナデの同種族」を探してしまう。
魔法は見事、クリスタルさんたちの方向を、示してくれた。
まあ、だが、せっかくヴィオナムル人が、クリスタルさんたちに尊敬されているんだ。わざわざ彼らを貶めることは無いと考え、オレはこのことを墓まで持っていくつもりだった。
『ちょっとマスタぁぁ! 聞いているんですかぁぁぁ!!』
オレが考え事をしている最中、ずっとわめいていたカナデが最大音声で、オレに思念を伝えてきた。
「わかってる、わかってるから」
オレは、そう言いながら、修復魔法で元に戻した杖で、背中のカナデをなでてやった。
『あっ、ちょっ、いや、ふっ、んっ……』
感覚の強制共有ができなくなっているので、恐れるものは何もない。
しばらくして、おとなしくなったカナデが、ボーっとした思念でオレに伝える。
『そういえばマスタぁ、二人きりになるのは久しぶりですねぃ……』
おっちゃんは、宇宙に漂うカナデの体のパーツを回収しているからな。
なんとなく甘い恋人のようなやり取りのようだ。あとに続くカナデの、ぐへへへ、という変な笑い声を除けば。
こいつは、ときたま残念なことがある。
そういえば、カナデとクリスタルさんを掛け合わせると、子供とか生まれるんだろうか。
新しいヴィオナムル・シップ用のAIとか取れるかもしれないが、まあ、そんなことをするのは、よっぽど金に困ったときか、好奇心に負けたときぐらいだ。
こんなでも彼女は大切なオレの仲間だからな!
そんな感想を抱いたオレを、少年誌の主人公っぽいと自画自賛していたら、カナデが話を続けてきた。
『でもコータやティタニアさんが周りにいないのも、ちょっと寂しいですねぃ……』
こいつはオレに会うまで、ずっと一人だったわけだしな。
少し、さみしがり屋のようなところがあるのかもしれない。
オレはカナデに声をかける。
「なに、戦いは終わったんだ。お前の新しい体も、すぐにできるし」
オレは建造中の船を見ながら言う。
「すぐ会えるさ」
『ハイ! そうですよねぃ! 会えますよね!』
そしてカナデが続けた。
『がんばって船つくって、とっとと早く帰りましょうよぅ!』
うん、そうだな、早く帰ろう。ティタニアの待つ、あの星へ。
――そして、おしりぺんぺんをされるんだ!
―― 完 ――
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