大魔導師、人類の危機に立ち向かう 4/7
オレはカナデにある隔離室、そのすみに立っていた。
ローブを脱ぎ、全身を覆う、消毒済みの防護服をつけている。
宇宙服の上に防護服を着込むと完全なのだが、それだと動きにくかったため、宇宙服は着ていない。この惑星の重力は地球と同じぐらいで、人間にも呼吸できるような大気組成と大気圧を持つため、宇宙服がなくとも問題はないはずだ。
向こうにも一般人がいるかもしれないし、変な病原菌を持ち込まないよう、そしてもらわないよう配慮した結果、オレは防護服をつけていた。おっちゃんがこの可能性を考えていたため、一応、こういう装備も持ち込んでいたのだ。
オレは、今から例の知的生命体のところに転移し、一匹、ぶん捕まえてくるつもりだった。支配魔法をかけることができれば、向こうのほうから情報を教えてくれるだろう。支配魔法は、あまり好きな魔法ではないが、必要に迫られれば、使うことに躊躇はなかった。
どういう技術を持つのか調べなくてはならないし、そして帝国の人に調べてくるように言われた、ここら辺の宙域で急に観測されるようになった謎の通信波について知ることはないか、聞かなくてはならない。"失われし青の遺跡" の件もある。とにかく情報がいるのだ。今が一番の使い時だろう。
支配魔法をかけるには、もともとの自分の配下や、魔法をかけられるのを了承した生命体でなければならない。だが、それ以外にも、気絶させるか縛るなどして行動を不能にした生き物にも、支配魔法をかけることができた。意思に反した行動をとらせすぎると魔法が解かれたときの反動が酷いことになるんだけど。
オレは[千里眼]と[上級転移]で例の知的生命体の近くに行き、[気絶光線]もしくは[気絶の波動]で一体をしとめるつもりだった。後は、その一体を持って、カナデに戻ってくればいい。実に楽なお仕事だ。できれば一体のみで行動していればいいのだが、まあ、[気絶の波動]なら数体でも大丈夫だろうと考えている。
念のため、[透明化]と[隠密行動]をかけておいたほうがいいだろう。前者で自分の姿を透明にし、後者で影にまぎれやすくなり、さらに立てる音や臭いを少なくする。
この惑星の知的生命体が視覚に頼っているかはわからないものの、[隠密行動]は大抵の潜入行動にボーナスを与えていたので、こういう相手がどういうモンスターかわからないときは、便利な魔法だった。
いざというときはカナデが助けに来てくれるという話だったが、カナデのレーザービームの射程が、大気圏内では空気による減衰で六十キロぐらいになってしまうため、時間をかけて、ここまで近づく必要があった。
「カナデ、そろそろ魔法を使うぞー」
オレの言葉に、カナデが『はいぃ』と返事をする。
次に、カナデの精神同調だろう、オレの脳に何かが無理やり入ってきた感覚があった。
[生命発見]
オレは集中後、魔法を唱えた。今回は杖なしだが、いつもどおり何の問題もなく、魔法は成功する。カナデやおっちゃん以外の知的生命体を探すための呪文だ。距離はわからないが、どこにいるか方向がわかる。
オレは立っていた隅から、急いで部屋の反対側まで行き、そこで同じ魔法を使う。
[生命発見]
さっきの呪文で見つけたばかりの知的生命体をターゲットに魔法を唱えた。方向を得る。
『動いていなければ、大体、ここら辺の距離にいるはずですねぃ』
カナデが、その方向から、三角測量で大体の場所を割り出したようだ。
一つ目の[生命発見]を唱えた場所から、ターゲットの知的生命体の方向へ、一本の線をのばす。
次に、二つ目の[生命発見]を唱えた場所から、ターゲットの知的生命体の方向へ、一本の線をのばす。
上記の二本の線が交わるところに、ターゲットの知的生命体がいるはずだった。
動いていなければ。
ゆっくりしているとどうなるかわからないので、行動を急ぐ。
「[千里眼]! カナデ、その場所にオレの目を動かしてくれ!」
『アイサー!』
目をつぶり見えた光景、そこは一面が緑の草原だった。草の色や形は地球と同じようだ。
ストーンヘンジを思わせる石柱が、草原のところどころに立っていた。
その中で四つ足の、どこかトリケラトプスを思わせる生き物が草を食んでいた。緑色の体色をしている。保護色だろうか。
口から触手のようなものが伸び、それが草をちぎっては、自分の口に運んでいく。二本の角が横に広がっており、目はどこにあるのかわからない。それらと触手さえなければ、足も太いし、完全に小型のトリケラトプスだった。
比較するものがないのだが、魔法の効果か、自分に比べてどのぐらいの大きさなのかがわかる。あのトリケラもどきはヤギぐらいの大きさで、背中に水晶のような宝石が埋め込まれた鞍が乗っていた。鞍の宝石は、握りこぶし二つ分ほどの大きさがあり、もしかしたら高貴な人のものなのかもしれない。鞍の真ん中に宝石が埋まっているため、人間には乗りにくそうな作りになっていた。
……うーん、あの口のところの触手がなければ、かっこいいんだけどな。
恐竜のドキュメンタリーが好きなオレが、そんなことを思っていると、カナデさんが感想を言う。
『おおぅ! あの触手さんの動き、なんか可愛らしいですねぃ!』
……こいつは、イソギンチャクとか家で飼っちゃうタイプなのかもしれない。
クラゲとか流行ってたしな。
まあ、それよりも、知的生命体だ。
「あいつの主人は、どっか行っちまったのかな?」
『わからないですねぇ。もう一回、魔法使ってみてくださいよぅ』
「あいよ。[生命発見]!」
『……あの可愛らしい触手さんを指していますけどねぃ』
オレは目を開け、部屋の隅に歩いて、もう一度魔法を唱えた。
「[生命発見]!」
『あの可愛らしい触手さんを指していますよぅ!』
……マジで?
四つ足の生物が知的生命体なのかよ。
SFってより、ファンタジーの世界だ。
だが、周囲に仲間がいなさそうなのはラッキーだったかもしれない。
確認のため、視点を動かし周囲を見渡すが、こいつと同じような生き物は見つからなかった。
「よし、じゃあ、あいつ捕まえてくんから。この部屋の気圧を、あいつのいるところと同じぐらいにしといてくれ」
『はいぃ! 大気組成も、惑星表面のものに合わせときますよぅ!』
カナデの返事を聞きながら、オレは気圧差を無視する[圧力無視]を自分にかける。
そして[上級転移]の呪文を唱えた。
オレの持っていたイメージと違い、転移系の魔法は音が出ない、そのため相手に気がつかれにくい。
そうオレは思っていた。
トリケラもどきの斜め後ろ、ポツポツと立つストーンヘンジのような柱の影にオレは出た。
予想外の、「ポン」という、くぐもった転移の音とともに。
なんでもない、それこそ子供用の小さい太鼓を軽く叩いたぐらいの、その小さな音。
それにトリケラもどきは激しく反応した。
透明なはずのオレがいるこちらを見、ボオゥッという聞いたことのない大きな鳴き声を上げる。鼓膜が震える。
そしてやつはまっすぐに突撃してきた。
柱の影にいる、このオレに。
左右に広がる二本の角、その右側の一本だけが、オレの隠れていた柱に当たる。
ものすごい音。
そしてトリケラもどきは、正面衝突で右側だけを中央分離帯に当ててしまった車のように、左側にくるくると回りながら横転し、転がっていった。
少し離れたところで、倒れたままピクリとも動かなくなっているトリケラもどき。
自滅かよ……。
目、どこにあんのかなーと思ったが、もしかしたら視界やそれを代用する器官が無いんだろうか。
そうだとすると、どうやって知力を獲得するまで自然界で生き残れたのか。謎である。
[隠密行動]をかけていたのに、音か何かに反応していたようだから、何かあるのだろうが。
それにしても、いろいろなことが急すぎて、まったく反応できなかった。
アイツ、草食なのに攻撃的すぎるだろ。宇宙空間で問答無用で攻撃されたのも納得できるレベルの気の短さである。
転移魔法で音が鳴ったのもよくわからないし、あのストーンヘンジのような草原に立つ柱が丈夫でなければ、倒れてピクリとも動けなくなっていたのは、オレだったろう。
危なかった。柱様々である。あの衝突でも、石のように見える柱に傷一つつかなかったようだし、グラリともしなかった。よくよく見ると、柱は地面に埋まっているから、そのせいで揺れなかったのだろうか。
オレは、生きているだろうかと心配になりながらもトリケラもどきに近づき、手を当てる。そしてカナデの隔離室に戻るため、[上級パーティー転移]を唱え始めた。
早く支配魔法をかけて、HP回復をかけなければ。
短気な個体とはいえ、言葉の通じる生き物はあまり殺したくない。
そして戻るときの転移魔法でも、やっぱり音が鳴った。
「帰ってきたぞー」
『おおぅ、これがあのキュートな触手ちゃんですねぃ』
うきうきした声のカナデの言葉が出迎える。
……後で解剖しようとか言い出さねーだろうな。
じゃっかん、そんな心配をしつつも、オレは予定通り魔法の準備をする。転移時の音については後回しだ。
唱える予定だったのは[中級支配]の魔法だ。相手に完全服従を求めるが、時間制限がある。用がなくなったら支配は止めるつもりだが、MPが続く限り支配は続くので、MPが毎秒一点回復するオレにとっては、やろうと思えば、ほぼ永遠に支配を続けることもできた。
[上級支配]になるとMPなしで相手を永続的に支配できるが、時間かかるし、今の目的には必要ないだろう。中級にも上級にも魅了の効果があるので、相手も協力的になってくれるはずだった。
オレは長い時間をかけ魔法に集中し、気絶しているトリケラもどきに魔法をかけた。
[中級支配]
うん、成功した。成功はしたんだが、何か、手ごたえがよすぎるというか。
マッドリーパーに向かって[発情]を唱えたときのことを思い出すような、手ごたえの軽さだ。ずいぶんと簡単に魔法がかかってしまったような気がする。
この魔法は生きている相手じゃないとかからないので、どうやら死んではいなかったようだ。
『そういえばマスタぁ、言葉はどうするんですかぁ?』
続いて[HP回復]をかけるオレに、カナデが聞く。
ふふん、それはまったく問題ないのだよ、カナデくん。
[HP回復]がかかり、トリケラもどきの触手がピクピクと動き出す。
気絶から目覚めさせる魔法は必要ないようだ。
「まあ、見ていろ」
ブモー、という鳴き声が、その口からもれ、トリケラもどきが頭をもたげた。
触手で、空中を探っている。
「よお、お目覚めかい」
オレは気楽にトリケラもどきに声をかける。
カナデも、おっちゃんも、ティタニアも、実はオレの知らない言葉をしゃべっていた。
そんな彼らと何故オレが普通に話をできるか。
それはオレが、ここに転移してくるときに神様に言語チートをもらっていたからである。
オレは、どんな相手とも、例え人類が一度も接触したことのない異星の知的生命体であろうと、会話を交わすことができるのだ!
「さあ、お前の言葉で朝の挨拶は、どうするんだ? しゃべってみろ!」
オレは支配魔法を通し、思念でトリケラもどきに命令した。
トリケラもどきは口をあけ、こう答えた。
「ブモー!」
そして口の触手をオレの腕に、からげてきたのだ。
……あれ、おかしいな。
カナデとかが「ジ・ポール」とか言うときは、ちゃんとオレの耳に「おはよう」と聞こえるんだが、今のは「ブモー」としか聞こえなかった。
『おおぅ! あれが触手人語の朝の挨拶なんですねぃ! これがファーストコンタクト! なんか感動的ですねぃ!』
カナデさんが、はしゃいでいる。
どうしよう、オレの能力がうまく働いてないかもしれないとか言いにくいんだけど。
……まあ、いいか。魔法にも[言語理解]とか似た効果のものあるし、こっそり、そっち使おう。
手に巻きついてくる触手から身をずらし逃げつつも、そんなことを考えていたら、カナデさんがこんなことを言った。
『およぅ? なんか、背中にあるキラキラしたの、チカチカしてませんかねぃ?』
ん、そうなの?
たしか背中に蔵があって、そこに宝石が埋まっていたはずだ。トリケラもどきの頭にある、でっかいえり飾りに阻まれ、オレのほうからは今は見えないけれど。
オレは、少し横にズレ、そのクリスタルのような宝石を視界に納めた。
確かに、それはチカチカ光っていた。
そして光で、こんなことを伝えていたんだ。
(こ、ここはどこだ! ああ! な、なんだこいつは! 化け物かー!)
……なるほど、知的生命体は、こっちの水晶のほうか。
多分、[生命発見]の魔法もこいつを示していたんだろうが、カナデも、こいつの真下にいた生物っぽいトリケラもどきを示していると勘違いしちゃったんだろう。
見た目、単なる飾りだもんな、こいつ。




