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大魔導師、人類の危機に立ち向かう 2/7

 皇帝からの勅命ってのは、拒否しないほうがいいらしい。


 反逆罪に問われる可能性があるとか。それでも普段であれば問題ない場合もある。

 オレの場合は、目の敵にしている貴族さんがいるため、貴族会議とかでそいつが扇動すると、ちょっとヤバイんだそうだ。

 ヘタをすると、罪人として追われまくることになるとか。


 カナデさんが『それも面白そうですねぃ!』と、はしゃいでいたが、オレとしては、そっちのほうには進みたくない。

 チームメンバーと見られているおっちゃんも犯罪者になってしまうし、肉親にも罪科が及ぶこともあるという。あまり迷惑はかけたくない。

 ティタニアの母親の件もあるし、まあ、その「失われし青の遺跡」とやらの様子を見に行くくらいは大丈夫なんじゃないかと思っている。


 オレの魔法が、いつの間にか強化されていたので、いざというときは、どうにかなるんじゃないかと、気持ちが大きくなってしまっているのかもしれない。


 カナデからの指摘でわかったことだが、探知発見系魔法の射程距離が伸びていたのだ。

 今までも、四千から五千キロ以下の範囲ならば、かなり高い確率で探知発見系魔法を成功させることができた。

 それが二万キロ程度まで伸びているようだった。


 カナデによると、オレがワープ空間内に向け[千里眼]の魔法を使ったときは、十万キロ以上先の避難船をターゲットにしていて、それが成功しそうだったということだ。


 残念なことに、試してみたところ、十万キロ以上先に[千里眼]などの探知発見系魔法を使うのは無理のようだった。もしかしたら、あのワープ空間に対して魔法を使ったことが、射程を延ばせた原因なのかもしれないと、オレは考えている。


 魔法をワープ空間内に向け使ったとき、普通ではありえないほどに、その空間に乱れが生じたとカナデが言っていた。魔法と、あの亜空間力場でつながるワープ空間は、何か特別な関係にあるのかもしれないと、そう思い始めていた。


「コージ……」


 考え事をしていたオレに、子犬(コータ)を抱いたティタニアが言う。

 何か口を開きかけ、閉じる。そんな動作を数回繰り返す。

 伝えたい感情が、うまく言葉にならないのかもしれない。


 オレはうなずき、彼女に言う。


「遺跡は、まあ、見つけられたら、かっぱらってくるよ。カナデも兵器があれば欲しいって言ってたし……」


「……ちゃんと帰ってきなさいよ」


 ティタニアは、うつむいて言う。


「コータも弟がいなくなったら、さみしがるわ……」


 ……殴っていいだろうか。

 オレは返事の変わりに、彼女の頭を、ぐしゃぐしゃとかき回すようになでてやった。


 本当は、こん睡状態で眠る彼女の母親も、魔法で治せるとよかったのだが、どうもうまくいかなかった。彼女の母親がいる帝国の首都惑星まで来て、二回試したのだが。最近では珍しい、魔法を使って失敗するという経験を、久しぶりにすることになった。


 オレは、マッドリーパーと戦ってから後、ほとんど魔法で失敗した記憶がなく、病気を治すのも大丈夫ではと思っていたため、ちょっとショックではあった。スペースパイレーツとの戦い以前は、それなりに失敗があったので、万能ではないというのは知っているのだが。


 成功率が高くなっている理由は多分、射程距離が伸びたのと同じか、似た理由なのだろう。確かめるすべはないが、もしかしたらこの世界にレベルとかがあり、それが上がっているのかもしれない。


 オレとしては、亜空間力場からティラマイトニウムのワープ空間に入り、彼女の母親に魔法を唱えてみたかったが、その病気というのが、ワープ空間に非常に弱い病気とかで、それを試す許可が出なかった。通常のニ、三秒の転移でさえ、体にダメージを与えてしまうんだそうだ。


 あの空間内の不思議な影響で、魔法が強まるんじゃないかという思いがあるのだが。


 治癒の失敗は、単にサイコロの目が悪かった可能性があり、何度か試せば成功する可能性もあった。だが、同じ人間に何度も同じ魔法を使っても、成功率が悪くなる一方だし、下手にやりすぎると大失敗が出て、病気の人間にダメージが入ったり、病状が悪くなったりしてしまう。


 目が覚めないだけで、命に別状はないとのことなので、挑戦はしないことにした。


「コージくん、用意はいいかね?」


 エレナさんの言葉が聞こえる。彼女は恩人でもある。

 彼女は、ティタニアの父親が、オレたちの目の前に亜空間力場を通り、船に乗って現れたとき、その船に同乗していたらしい。


 エッチな宇宙服を着たティタニアを見て「あの船から娘を助けるのだー!」とプッツンしてしまったティタニアの父親が、オレたちの船にビームを撃たせるのを止めてくれたというのだ。


 まあ、最初にあの宇宙服を着せたのは彼女なわけだが、彼女にも事情があったんだそうだ。なんでも、エレナさんの船に乗ろうとするティタニアを止めるのに、あの服を制服と(いつわ)り、この服を着ないと乗せないといったという話だった。


 ティタニアは特に気にせず、あの服を着て、宇宙港の中を堂々と、同じエッチな服を着たエレナさんを引き連れ、歩いたそうだ。


 きっとエレナさんは、恥ずかしがりながら歩いていたんだろう。

 ……そのときの監視カメラの映像とか、どうにかしてとってこれないかな。


 そんなことを思いながら、オレはエレナさんにうなずく。


「はい、問題ありません」


 これからオレとカナデ、それとおっちゃんは、この双子星にある帝国首都を旅立ち、「失われし青の遺跡」と呼ばれる、ヴィオナムルの遺跡がある場所に向かうことになる。


 この宙域に行き、帰ったものが一人しかいないとされている場所だ。

 その帰ってきたものというのも、マッドリーパーを作ったマッドサイエンティストなので、情報がほとんどないらしい。

 遺跡の大体の位置はわかっているようなのだが。


 そんなところについてきてくれると言ったおっちゃんには、本当に頭が上がらない。

 優秀な彼がいるだけで、ずいぶんと生存率が上がってくれることだろう。


 ティタニアの方は、参加の許可が父親から出なかったらしい。

 だがアドバイスだけはもらっており、オレの[認識阻害結界]の魔法が使われることになった。


 彼女の予知で、オレが何かカナデの中で怪しい動きをし、その宇宙船を人目に付かなくする力を使っていた光景が見えたと言っていた。多分、このマッドリーパー戦のときに使った[認識阻害結界]の魔法を使えということで、合っていると思う。


 オレ達は、この[認識阻害結界]の魔法を施したカナデを、エレナさんのヴィオナムル・シップでつかんでもらい、ティラマイトニウムを使ったワープゲートを開いてもらう予定だった。その後、ワープ空間内を突っ走り、目的地の "失われし青の遺跡" 近くにあるといわれる、亜空間力場に向かい、そこで出口に放り投げてもらうつもりだった。


 この[認識阻害結界]は、エンジンをつけてしまうと結界が破られてしまうため、誰かに目的地まで持っていってもらう必要があった。ワープゲートを開くには、エンジンをつける必要があるからだ。


 普通の亜空間力場を使った転移では、エレナさんも、目的地の "失われし青の遺跡" 近くの亜空間力場まで一緒に転移しないといけないが、この方法なら、エレナさんは、オレたちを放り投げた後は、ユーターンをし、どこか他の、もっと安全な亜空間力場を出口として、ワープ空間外に出ることができるはずだった。


 ティタニアの父親とじかに顔を合わせた日から、かれこれ七十日以上が過ぎていた。その間にエレナさんの仲間たちにより、盗まれたティラマイトニウムも取り戻されていたようなので、またあの巨大ワームがいた惑星で、鉱石堀をする必要はないのは、ありがたいことだ。


 会議や調べ者の連続で、暇を持て余してしまったカナデが、近くに止めてある他人の船を修理(魔改造)してしまったのは、ちょっと問題だが、避難船の名目で小型の宇宙船を買い与えたため、それも途中からはおさまってくれた。修理に関しては、けっこうな数をやってしまったようだが、気がつかれていないようなので、多分、問題はない。


 オレとしては、小型船を買い与えた時に言われた『サイキョーの避難船にしますよぅ!』というカナデの言葉のほうが心配である。

 「キョー」が「凶」の字でないことを祈るばかりだ。


「じゃあ、いこうか。ティタニアも、挨拶は済んだか?」


 エレナさんが言う。

 ティタニアは、子犬を両手で抱きかかえながら、うなずいた。


 オレとエレナさんが、ティタニアを背後に残し、自分たちの船に乗りこむためのゲートへと歩いていく。


 神様に強くしてもらった精神力のおかげだろうか、あまり不安感がない。心が強くなるというのは、こういうことなのだろうか。

 なんとなく、オレは涙を流すこともなくなってしまったんじゃないか、そんな風に思うこともあった。


 いいことだろうが、旅立ちのときぐらい、愛し合う人と「涙の別れ」というものをしてみたかった気もする。そのためには、まず愛し合う人を作らないとダメだろうが。


「コージー!」


 そんなことを考えていた時、ティタニアの大きな声が聞こえた。

 振り返ると、子犬を左手で抱えたティタニアが、大きく右手を振っていた。


 オレも振り返す。


 そして彼女は、右手を自分の口に当てると、こう叫んだのだ。


「また()()叩いてあげるからねー! ちゃんと帰ってくるのよー!」


 ……ちなみに、言っていなかったと思うが、ここは、宇宙船に乗り込むための()()()宇宙港にある待機場である。

 当然、まわりには見知らぬ宇宙港の利用者たちが大勢いた。


 ギョッとして、俺とティタニアを見る、何人かの姿。

 ひそひそ話を始める、女の人たち。

 そして一番きつかった、エレナさんの、なんともいえない様子でこちらを見る視線。

 この一瞬を、オレは生涯忘れることはできないだろう。

 トラウマになってしまったかもしれない。


 オレは思った、もうここには帰ってきたくないと……。


 目の前もぼやけて、よく見えない。

 ああ、そうか、なんて懐かしい。


 これが涙を流すということか……。


 愛し合う人ではなかった。だがオレは、仲間との「涙の別れ」を経験することができたようだ……。


 求めていたものとは、ぜんぜん違うけどな!




 ティラマイトニウムを使い開かれたワープ空間の中を、エレナさんの船、ディアに引かれたカナデが進んでいく。


『マスタぁ、ティタニアさんがいなくて、寂しいんじゃないですかぁ?』


 そんなことをカナデが言ったのは、エレナさんの船、ディアが[認識阻害結界]をかけられたカナデをつかみ、色が反転した緑の空間を進み始めてから、かなりの時間がたったころだった。


「んー、特にそういうのはないけどな」


 オレは無重力の中で、そうカナデに答えた。

 どちらかというと、子犬がいないのに残念な気分を味わっている。


 せっかくティタニアに[味上昇]の魔法をかけると、子犬がティタニアをものすごい勢いでなめに来るというのに気がついたのに。

 体を拭いているときにかけると、面白いことになっていた。


 いつか、その魔法をカナデのクリスタルコアにかけてやろうと画策していたのだが、延期になってしまい、残念で仕方ならないのだ。

 魔法をかけた後、どうやって感覚の共有ができない距離に逃げようか、計画を練っていたのに……。


 まあプランを完璧にするための時間を得たと考えれば、いいのだろうか。


『マスタぁ、また何か邪悪なこと考えていませんかねぃ?』


 カナデが聞いてきたので、オレはどうどうと答えてやった。


「考えてないぞ」


 ……どうやら、カナデに思考を読み取らせない方法も、うまくなってきているようだ。

 着々と準備は整っている。


「んー、そろそろワープ空間から、出る時間だぞー」


 おっちゃんから、声がかかる。


『おっとぅ、エレナさんから、連絡が入ってますねぃ』


 前面の画面に、エレナさんの姿が映る。ワープ空間内なので色が反転しているはずなのだが、いつもの反転していない、きれいなエレナさんの姿が表示されていた。カナデが画像を加工しているのだろうか。芸の細かいやつだ。


 画面の中のエレナさんがしゃべる。


『そろそろ目的の亜空間力場に向け、君たちを射出することになる』


「はい、ここまで運んでもらい、感謝します」


 そう答えたオレに、何か言いにくそうに、画面の中のエレナさんがしゃべりかける。


『その……すまないな。本当は勅命を受けたもののための式典があるのだが……』


 急いでいるということで、なくなったやつだ。オレ的には、面倒ごとが減ってラッキーであった。

 ついでに、ティタニアの父親が、何か任務があるとかで見送りにこれなかったのもよかった。

 神様の加護であろうか。


「いえ、オレとしては、そちらのほうがありがたかったです」


『そうか。それならいいんだが……』


 そして彼女は、最後におっちゃんに声をかける。


『ヴィクター、姉さんのことは……その……』


「んー、ちょっとショックだったが、まー、気にしてないぞー。それよりもエレナもなー。オラが帰ってくるまで、ちゃんと元気でいるんだぞー」


『……はい。あなたも、元気で』


 そうして、エレナさんとの通信は切れたのだ。


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