大魔導師、トラコンにこだわる 1/3
石突が光る杖が、空中に浮かんでいる。人工重力がかかる宇宙船の中、オレはその杖をじっと見ていた。
ゲームでは、魔法の発動体は体のどこかで触れていればいいというルールだった。やろうと思えば足で発動体の杖を踏みながら、手から火の玉を飛ばすことができたのだ。
どうせ近くにあるんだし、魔法の発動体に触れていたほうが楽かな。オレはそう判断すると、ブリッジの真ん中近くにあるマスター席から立ち上がり、右ひじで宙に浮く杖に軽く触れた。目的のためには両手をあけておきたい。
オレは、よし、と気合を入れると、目的だった魔法を唱えた。
「[我に土を]! [食料化]! [味上昇]!」
一つ目の魔法で、水をすくうようにカップ状にした両手の手のひらの上に土が生まれ、二つ目のの魔法で、その土が外側に薄い皮をまとった半透明の白いマンジュウのようになったかと思うと、三つ目の魔法の後、それが一瞬だけ光を放つ。
できたできた、今度はどんな味がするのかなー、とニマニマしながら食べようとしたところで船のAI、カナデの声が響いた。
『見っつけましたよぅ!』
おおう、タイミング悪いなー。
『ズームしますよぅ!』
目の前の視界いっぱいを覆うディスプレイのど真ん中、そこにある赤い十字マークの周りに四角い枠があらわれ、その真ん中の十字マークに向かってズームが行われていった。その四角い枠の中、ズームされた映像が出力されている部分には、平べったいカプセルのような形をした宇宙船が映っていた。くるくるとゆっくり、だが複雑な軌道で回転を続けているそれ。ところどころが半透明で後ろの星を透かせている上に、半透明でない部分も船体が暗い緑色をしているため、後ろの宇宙に溶け込んでいて細部が見にくい。
『あーっと。見やすくなるよう、映像をちょいっと加工しますよぅ』
船体の色が全体的に明るくなり、半透明の部分も消えた。こうやって見ると、いくつかの穴が開いていることがわかる。でこぼこと何かにぶつかったんじゃないかと思われるようなあともあった。
『あー。穴とか開いていますが、難破船ですかねぃ。あの穴は、とけてできたような感じですし、船体もところどころ溶けてますから、レーザーとかでやられたんでしょうかぁ。何かにぶつかったあともありますねぃ』
「杖の石突が、あいつを指していることは、確実なのか?」
『はいぃ。あの船を見つけたあと、しばらく蛇行しながら近づきましたからねぃ。上下左右、どこに移動しても、ずっとあの子が十字マークの真ん中にいましたよぅ』
「じゃあ、問題なさそうだな」
空中に浮く杖、その光る石突は、常にディスプレイの十字マークを指し示していた。正確には、その石突が示す先に、カナデが十字マークを描画しているんだが。
この杖には、[神の羅針盤]という魔法がかけられている。杖など棒状のものにかける魔法で、その杖などの指し示した先に行くと、神の用意した運命に出会えるかもしれない、という魔法だ。要するに、近場にあるイベントが起こりそうな場所を教えてくれるわけだな。
テーブルトークRPGのゲームでは多用しすぎてしまい、ヒント出してるんだからもっとよく考えろ、とストーリーとはまったくの関係ないドラゴンの巣とかに導かれてしまったことがあり、それ以来、使用に慎重になった魔法である。そのときはしゃべる剣、インテリジェンス・ソードが手に入ったんだけどさ。でも、こういう、どこに行ったらいいかわからないときには頼りになる魔法だ。
この魔法がなかったら、オレはどうしていいかわからず、ただ途方に暮れることしかできなかっただろう。
まー、そんときはカナデさんが何とかしていた可能性も高いが。
オレは、土から変化させたマンジュウもどきを手に持ちながら、そんなことを考えていた。
とりあえずは、これ食っちまったほうが良いかな。
オレがマンジュウを一口かじると、スパイスの香りが鼻腔に広がった。
カレー味か、甘くないのな。
[味上昇]の魔法に大失敗してタイヤ味とかになってなくてよかったというべきか。
アレはひどかったから……。
オレが神様にこの世界に転移させられ、この宇宙船にあらわれてから、五日か七日ぐらいはたっただろうか。食事は十五回以上とっているし、七回ぐらいは大きな睡眠をとっているから、そのぐらいだろう。
日付とか時間の感覚はもといた世界と同じ感じで、六十テラ秒が一分、六十テラ分が一テラ時間、二十四テラ時間が一テラ日だったので、カナデに聞けば正確なものはわかるはずだが、それを話題にすると規則的な生活をしましょうよぅとか言われるので、あえて聞かないことにする。
まあ、カナデの言う一テラ秒が、オレの言う一秒とちょっとだけずれていたりすれば、全体でかなりずれることになるんだが。年も普通は三百六十五テラ日で、距離も同じような感じだったので、「テラ」とか「分」といってるときの単語が「トルア」とか「マナツ」とかに聞こえていなければ、ここは異世界ではなく単なる未来の世界だと確信していたと思う。今でも半分そう疑っていのだから。
そうそう、このオレの魅力にメロメロとなり、見ず知らずの初めて会ったオレをマスターと認定した船のAI、カナデとも、まあまあ親しくなっている。魔法が使えるといったときは驚いていたが、何もないところで土を出していたこともあり、信じたようだ。いろいろ彼女から知識も仕入れられた。この船に関しては落し物を拾ったようなものと判断をしているので、いつまでも一緒にいられるかは不明だけれど。カナデからは『データバンクにある法律によると大丈夫ですよぅ』と言われていたんだが不安である、なぜならその後『八十七年前の最新の情報ですよぅ』といっていたからだ。オレが船を窃盗した扱いにされないことを祈るばかりだ。
正直ファンタジーの世界ではないのは不満だが、未来チックな世界というのも興味はある。いろんなところをのぞいてみようと思っているし、この与えられた魔法で何ができるのか探ってみるのも悪くないと思っている。
『このずうっと先で、亜空間力場があることを知らせる信号が出されていますねぃ。でも、けっこう離れていますよぅ。あと、あの難破船の迷彩機能ですが視覚迷彩は半分死んでいるような感じですぅ。レーダーに映りにくくなる機能は健在ですがねぃ』
ところどころだけが半透明だったからな。視覚迷彩が生きていれば、船全体が半透明、もしくは全透明になるんだろう。
「スペースパイレーツにでも襲われたのかな」
『そうですねぃ。救難信号なんかは発信されていませんがねぃ』
「うーん、あとは生存者がいるかどうかか。もし中に人がいるなら、オレの[生命発見]という魔法で何かわかるかもしれない。二千キロぐらいまで近づいたら教えてくれ」
[生命発見]は一番近くにいる、指定した生命の場所を探知する魔法だ。例えば家の中で「哺乳類」と指定して魔法を使えば、多分一緒に住んでいる家族かねずみさんを探知する。「隣のうちのポチ」と指定すれば、ポチが隣家の犬小屋でおとなしくしているか、フリーダームと喜びながら全裸でご近所を疾走しているかがわかるだろう。「十キログラム以上の生命」 と指定して森の中で魔法を使えば、多分目の前の木が一本引っかかる。そんな魔法だ。
今回は「知的生命体」か「人間」あたりで指定すれば良いだろうか。術者の除外は自動で行われるので、オレ自身が魔法に引っかかる心配をする必要はない。
成功判定のペナルティーがえらくきつかったが、テーブルトークRPGのゲーム中この魔法を使い、大陸の反対側、一万キロ先にいた行方不明の王子の探知に成功し、以降のストーリーを大幅に変えてしまった記憶がある。成功確率は二十パーセントもなかったと思うが、今のマスタークラスの腕前なら、一万キロでももっと高い確率で探知できると思う。四千キロから五千キロの範囲以下なら、かなり満足の行く結果が出せるだろう。
この船の大きさも、カナデさんと翻訳チートさんのコンボによると、長さが約六十メートル、横幅が約七十メートル、高さは十メートルちょっとだったから、魔法の効果範囲が宇宙船の中でつきてしまい、その外の宇宙空間の様子がまったくわかりませんでしたー、とはならない。
探知発見系の魔法は、宇宙空間でもかなり便利そうである。
この世界のレーザー砲やレールガンの射程が、オレが予想したよりも短かったのが、こいつらを便利なものにしてくれた一番の原因だろう。射程外から敵か味方かわからない船に対して[敵意発見]の魔法がかけられるのは、けっこう大きいと思う。
オレがもといた世界では、宇宙空間で放った砲弾は、当たるものがなければその威力を落とさず、ずっといくらでも飛んでいく。そして宇宙空間で放たれたレーザーも、空気分子などの当たるものがなければ減衰することなくいくらでも飛んでいくといわれていた。
フィクションの例になってしまうが、海に沈んでいた戦艦を宇宙戦艦として復活させはるばるかなたの敵の帝国を倒しに行くアニメでは有効射程が四万キロ。超大型の戦艦が活躍する、金髪の小僧と魔術と形容されるほどの巧みな戦術を生み出す黒髪の天才が戦う銀河の英雄たちの話では有効射程が六百万キロ以上という話だった。
地球と火星が大接近したときの距離などと比べるとどうかはわからないが、[記憶よ戻れ]という魔法で思い出した数値によると、地球の直径が一万二千七百四十二キロ、地球から月への距離が平均三十八万四千四百キロぐらいだった。これらを聞くと、四万と六百万という、その射程の長さがよくわかるだろう。
それが、この世界では、六百キロ程度が有効射程というのだ。ずいぶんと魔法使いであるオレに優しい世界である。
レーザーなどは収束機能の問題で、その程度の有効射程になっているらしい。それ以上の距離になるとバリアなどで簡単に防がれてしまうそうだ。
実体弾などは、この距離に縛られない。だが船が同じような方向に向かって飛んでいるとき、つまり相対速度が小さい場合は、重力制御装置などを最大に使った宇宙船が、時間制限や連続使用制限はあるものの、まるでUFOみたいな急停止やジグザグ飛行のような動きをするため、逃げられてしまいやすい。
相対速度が大きい場合、秒速千五百キロで飛ぶ宇宙船の前から向かい合うように接近し、その宇宙船の進行方向に向かって機雷を大量にばら撒くような行為は、デブリも増え狩場荒らしとして仲間からも白い目で見られる上、化学兵器を使うような行為と一緒にされ近場のスペースパイレーツも道連れに見せしめの討伐対象にされやすいため、ならず者たちもあまり行わない行為らしい。どちらにしても、彼らにとっても、弾丸一つ一つに巨大で高価な迷彩装置をつけるのも金がかかり、船を鹵獲しようにも荷物ともども粉々になることが多く、あまり良い方法ではないんだそうだ。カナデいわく、バリアやらトラクタービームやら慣性の法則を無視した動作やらで、初撃さえ防げばどうにかなるそうなので、他の船がその攻撃に弱いのは、単に気合が足りないんだろうとのことだったが。
実体弾のほうはともかく、レーザーなんかは、重力や慣性を制御ができる科学力があるんだから、収束機能なんてどうにでもできそうなものだが。バリアがすごいのだろうか。
できれば、もし収束率が改善されていたとしても、どこぞのハードSFの名作さんみたいに、正確な照準ができず、千キロ程度の有効射程に落ち着きました、とかなっていてほしいものだ。
この有効射程についての話も、八十七年前の最新情報なのが、不安要素ではあるけれど。
その時点の三百年前、つまり三百八十七年前ぐらいから、この有効射程の距離は変わっていないということなので、多分大丈夫だろう。大丈夫だよね?
まあ、もし有効射程が一万キロとかになっていたとしても、それならそれで大地に降りて暮らせばいいだけの話しなんだが。
他人を隷属させるような魔法は好きになれないが、壊れた機械を魔法で直し適当に売れば日銭を稼げるかもしれない。
死者をよみがえらせるにはMPが足りないが、他の治癒魔法もある。ゲーム中、難病は治療の成功率がいちじるしく下がっていたものの、薬が開発されればノーベル賞ものといわれていた風邪程度なら確実に一瞬で治せる。カナデに聞いても、八十七年前の薬で、治癒には二日はかかっていたそうだ。
それに[発情]や[発情維持]という、本来は自然交配用の種牛などにかけ交尾を止められなくする魔法とか、[不感症]の反対の効果がある[敏感ボディー]なんて面白魔法もある。MPを多く消費すれば、それだけ効果時間なり威力なりがあがるから、ぜひHPを削ってでも最高出力で唱えてみたい魔法である。彼女ができたら試してみたいもんだ。
この世界で、オレの魔法は、多分、それなりに使えるんだろう。条件を整えれば、無双とかしちゃったりできるかもしれない。ちょっとうきうきである。
そんなことを考えていると、オレの心にあわせたような明るいカナデの声が響く。
『目標までの距離、二千キロですよぅ!』
[生命発見]の魔法を、あの難破船に使うんだったな。ちょうどカレー味のマンジュウもどきも食べ終わったところだ。
[常に清潔]をかけていることもあり、手はきれいなままだが、念のためローブの下に着ているズボンのポケットからハンカチを取り出し、手をぬぐった。
さあ、魔法を唱えようか。この世界のルールを覆すオレの魔法を。
オレは、有名なSF映画の悪役のテーマ曲を鼻歌で鳴らしながら、空中に浮かぶ杖に手を伸ばした。
カナデの『マスタぁから怪音がしますよぅ』という声は無視しながら。
投稿を3つに分けました。
続きは15日、16日のそれぞれ17時投稿の予定です。