大魔導師、自販機で子犬を買う 5/5
しかたないな、魔法に頼るか。
オレは決断した。
最近、感覚で、ターゲットが効果範囲内にあるかわかるようになってきていた。
あの亜空間力場が特殊なのか、オレの力が上がっているのか、それともオレの思っていた以上にあの亜空間力場内での船は速度が出ないのか、難破船はオレの転移魔法などの効果範囲内だった。
カナデの時間をスローにする能力とオレの[上級転移]、[上級パーティー転移]の力があれば、五分あれば、けっこうな数、もしかしたら全員の人間をこちらまで運ぶことができるはずだ。最悪でも体調がやばい人や妊婦、子供を救出できればいいのだが。
ワープ空間内にずっと留まることで体に悪い影響があるということだから、できるだけ多くの人を助け出したいが、能力の限界はどうにもならない。
オレは杖をかまえ、[千里眼]の呪文に集中した。スローにした時間の中で呪文を唱えすぎると反動がきついので、できるだけその状態で唱える魔法の数は少なくしたい。そのため、スローになるレベルの精神同調はしないまま、呪文を唱える。
「[千里眼]」
避難船の内部を直接見られるよう意識し、杖の石突をコンっと、床につけた、その瞬間だった。
カナデが悲鳴のような声をあげる。
『マスタぁ、ストップ!』
それと同時に、脳の中に何か異物が入り込み、精神をかき回されるような衝撃が襲う。
魔法が中断された。
オレはクラクラとする頭をおさえ、これをした犯人であるカナデに抗議の声をあげる。
「なんだ、いきなり!」
『マスタぁが能力を使った瞬間、ワープ空間が不安定になりましたよぉ! 残り時間も五分から、四分になりましたぁ!』
……え?
『いやぁ、ゲート内に物を放り込めば、ワープ空間が不安定になるのは知っていましたが、普通の物質よりずいぶんと劇的な変化をしていましたねぃ。予想外ですぅ。今、ヴィクターさんにも知らせましたよぅ』
うっそーん。マジでか。
たしかカナデさんが脱出に三分必要といっていたから、三本の棒状の接続部を切る作業に使える時間が一分になってしまったようだ。一本の切断に一分半かかっていたものを、一本平均二十秒で切っていかなくちゃならなくなった。
これはミスった。ごめんよ、おっちゃん。
『ワープ空間の中で、マスタぁが能力を使ったときは問題なかったのでぇ、ゲートの外から中に向かって能力を使ったのがいけなかったみたいですがぁ、今、私がここから動くとゲートが閉じそうなので、ゲート内に再び入るのは無理ですよぅ』
ということは、さっさとゲートの内部で魔法を使ってしまえばよかったのか。
あんまり人目に自分の力をさらしたくないとか思っていたから、思いついていたとしてもやったかはわからないが。
もしかしたらあきらめて、後から来るだろう救助者の人に任せちゃったほうがいいのだろうか。
そんなことを考えていたら、カナデがこんなことをいった。
『ヴィクターさんを信じましょうよぅ。あの人なら大丈夫ですよぅ』
オレはおっちゃんの顔を思い浮かべる。
スペースパイレーツとの戦いでカナデを操り、弾丸を避け続けたのはおっちゃんだったと聞いている。
マッドリーパー戦で彼らの発情時の声を短時間で解析したのもおっちゃんだし、あわや時空乱流に巻き込まれそうなオレたちを救うための案を出したのもおっちゃんだった。
ティラマイトニウムを集めたときには地下の様子を得たデータから推測し、マグマ溜まりを的確に予想、それを避けるようなルートを示し続けてくれた。
「……そうだな」
彼は優秀だ。
オレは、うなずいた。
『ヴィクターさんの宇宙船に搭載されているカメラから、作業の様子が見れますので、前に映し出しますよぅ』
カナデの言葉とともに、前面の超大型ディスプレイに、おっちゃんが避難船と母船であるフローラル号をつなぐ、棒状の接続部分をドリルで切ろうとしている映像がうつった。
『けっこう当たってはいるんですが、たわんで切れないんですねぃ。あの接続部、棒とワイヤーの中間のような性質に、ゴムの性質もある感じでしょうかー。細く見えるんですが、体当たりとかにも強そうですよぅ』
カナデの言うとおり、画面では棒の両端にある避難船の一部と、フローラル号の一部をつかんでいる金属でできた二本の手。そして、その真ん中を何度もついているドリルの先端が見えた。
あの手もカナデがおっちゃんの船に取り付けていたものだ。普段は収納しているが、いざというときは船の両側が変形し、出てくるようになっていた。
いや、ああやってつかんでいるほうが当てやすいのかもしれないが、まさか、この機能を使う日が来るとは思わなかったな。
『あっ、一本切れましたよぅ!』
喜びの声をあげるカナデに、オレは聞く。
「どのぐらいで切れているんだ?」
『四十秒弱かかっていますよぅ!』
この接続部分を切るのに使える時間は一分だった。
四十秒消費したということは、残り二十秒か。
それで残り二本を切らなくてはいけない。一本十秒の計算だ。
金属の手が、新しい棒をつかみ、同じ作業を繰り返す。
当たっては、たわみ。外れては、突き直す。
見ているだけでイライラする作業だ。
『二本目、切れましたぁ!』
しばらくし、カナデから声が上がる。だが。
『二十秒かかっていますぅ!』
残りを全部消費してしまったようだ。
これは無理だ。
後から来る救助者に任せるべきだろう。
おっちゃんに、こちらに戻ってくるように言うべきだろう。
オレ達は帝国の軍が守るところを無理やり突破した。しかも通信機能をめちゃくちゃにする物質を振りまいて。
正直そんなことをしたかもしれない貴族ではない人間に、彼らが何をするかわからない。
オレが余計なことをしなければ、完全に間に合ったはずだったんだが……。
そんな後悔とともに、オレは退避を決断する。
避難船を引き連れていなければ、速度はもっと出る。ワープゲートから出てくるのに三分もいらないはずだ。
おっちゃんは拒否するかもしれないが、そのときはどうしようか。おっちゃんの船を遠隔操作できるとカナデが言っていたが、それはおっちゃんが気絶していなくとも、おっちゃんの操作を無視して動かせるものなのだろうか。
「カナデ! おっちゃんの操作を無視して、おっちゃんの船を遠隔操作することは可能なのか?」
『えっ、一応、後でとるつもりで、そういう機能は入れていますがぁ……』
よし。
オレはカナデに、まずはおっちゃんに退避をうながすよう、声をあげようとした。
強攻策は、その後だ、と思いながら。
そのときだった。
「“ダメだ”」
急にティタニアが、また老婆のような、しわがれた声をあげた。
「“ここで助けなければ、全員助からんぞ”」
これはティタニアの言っていた「予知」に類する力だろうか。精神同調で見るに、カナデが操られている感覚はない。
「“信じよ”」
それを最後に言葉が止まる。ティタニアが崩れ落ちた。
床に落ちる寸前、彼女と、その頭に乗る子犬がふわっと浮かんだ。
カナデが、彼女の部分の重力をゼロにしたのだろう。
もしかしたら軽い重力を、天井に向かってかけた可能性もある。
オレはあわてて立ち上がるとティタニアのほうに手を伸ばす。マスター席に戻り座りなおすと、彼女と子犬を自分のひざの上に引き寄せた。
それにしても「信じろ」か。簡単に言ってくれるな。信じて待つのは一番苦手な行動だった。
どうせ予言するなら、ワープゲートから出る前に“魔法使え”みたいなものをしてほしかった。
彼女の能力は、強力さや万能さが目立っていたが、どうもそう便利なものではないのかもしれない。
『最後の接続部、切断されましたぁ!』
カナデから声が上がった。
「時間は?」
『十八秒かかっていますぅ! ヴィクターさんから連絡、避難船をつかんで、急速前進始めるようですぅ!』
外に出るのに三分必要といっていた。もう二分四十二秒しか残っていない。
『ヴィクターさんの船、三分の一、爆発しましたぁ! 前進するエネルギーを避難船のみに注いだようですぅ! 避難船、二分三十秒で、ゲートから出ますよぅ!』
えっ、それって、避難船のみが急速前進している状態なのか?
おっちゃんは後ろに取り残されているんじゃ。
……それは、イヤだな。すごくイヤだ。おっちゃんは右も左もわからないこの世界で、初めて会った人間だ。この世界に来て知り合いがいなくなってしまったオレの、数少ない知り合いでもある。見捨てることはしたくない。
これから使い切ってしまったティラマイトニウムを、また五日かけ集め、あの警戒が厳重になってしまったかもしれない亜空間力場に戻り、ティラマイトニウムを使いおっちゃんを救出しに……、なんてやってられない。
その前に軍の部隊がおっちゃんを捕まえてしまうかもしれないし、彼らが無視したとしても、ワープ空間内で四、五日過ごすことで、人体にダメージがあると聞いている。
急速前進している避難船は、中の人たちがどうなっているかはわからないものの、もう無視してもいいだろう。
おっちゃんを助けるべきだ。
そう決めたオレは、精神同調でカナデに伝える。
魔法を使うことを。
上級のつかない[転移]と[パーティー転移]をするつもりだった。位置がずれる可能性はあるが、こっちのほうが早く唱えられるから。
ワープ空間の外部から内部に向かって[千里眼]を使うとワープゲートの開いている時間が少なくなってしまうため、適当に位置を指定して転移することになる。カナデの協力さえあれば、内部構造のわかっているおっちゃんの船ならどうにかなるはずだった。
転移先に何か物がころがっていれば、それと体が融合してダメージが入ってしまうかもしれないが、おっちゃんを助けるためだ、運を天に任せるしかない。
カナデと何回か試してみて、集中さえできていれば、カナデから離れても、ある程度スローモーションの時間を保っていられることがわかっていた。帰ってくるときも、うまく集中していれば、多分、大丈夫だ。わからないが、きっと大丈夫。不安が収まらないオレは、自分にそう言い聞かせる。
転移を使うと、その瞬間にゲートを開けていられる残り時間が短くなってしまう。
決行は避難船がワープゲートから外に出た後だな。
カナデは反対するだろうか?
オレは答えを促すため、彼女に声をあげた。
「カナデ!」
応えがある。しかし、それはオレの予想とは違うものだった。
『大丈夫ですよぅ』
そして彼女は言ったのだ。
『画面を見ていてください。前にも言いましたがぁ、私、急速前進する機能、いろいろ強化したんですよぅ』
画面にはヴィクターさんの船がアップされ、映っていた。
それが爆発する。
『コクピット以外が爆発して急速前進する機能もつけたんですよぅ。これで避難船の十五秒遅れぐらいで、ヴィクターさんが、ワープゲートから出てこられますよぅ』
十五秒遅れ……?
いや、ちょっと待て。たしか避難船が急速前進を始めたとき、ワープゲートが閉まるまで残り二分四十二秒だとオレは聞いた。
そしてカナデは二分三十秒で、避難船がワープゲートの外に出るともいっていた。
それの十五秒遅れってことは、おっちゃんの船がワープゲートから出てくるのは、避難船が急速前進を始めたときから二分四十五秒後ということにならないか?
もしオレの計算と実時間にズレがないと仮定したとても、二分四十二秒に、三秒も間に合っていない。実際は、もっと間に合っていないかもしれない。
「おいぃ!」
オレは大声をあげる。
こいつ、気がついていないのか!?
『もうすぐ避難船が外に出てきますよぅ。……ほら、出てきましたぁ。ヴィクターさんも言っていましたがぁ、ワープ空間の中から外に何か物が出ると、ゲートが少し安定するんですよぅ。開けられている時間も延びるんですぅ』
カナデさんが、ノンキそうな声で言った。
『あっ、ほらっ、ヴィクターさんも出てきましたよぅ。私の修理が役に立ちましたねぃ。コクピットだけじゃなく他の部分も、できれば持ち帰ってきてほしかったですがぁ』
最後は、少し落ち込んだような声だったが。
おっちゃんや避難船が中から外に出てきたことで少し安定したゲートは、その三秒後ぐらいに口を閉じた。
結局、避難船にも急速前進でのケガ人は出なかったらしい。
まるで、それで首を痛めたことがあるオレが軟弱なんだと言われているようで、非常に解せないが。
い、いや、亜空間力場内では、宇宙船はあんまり速度が出ないと言っていたからな。きっと、それが原因なんだろう!
オレは、そういうことにした。
最後にカナデが、避難船やあたりの船にも聞こえる通信波で、『こうしてアカツキ・コージ率いるチーム夜明けの角笛が、また輝かしい勝利を挙げてしまったわけなんですねぇ』とか言っていたが、なんで、そのチーム名を喧伝し定着させようとしているのか、よくわからない。
気に入っているんだろうか。
巨大ワームの腹からとった鉱石をばら撒いた件もあるし、喧伝すればするほど、後で使いにくくなるような気もするんだが。オレの名前出しちゃってるし、多分無理だろうけど、可能なら知らないフリするかもしれないし。
気絶しているティタニアをなでながら、オレはそんなことを思っていた。
今回は何もしていなかったのに、本当に疲れたわ……。
ここは宇宙港。
あの避難船に乗っていた人たちが、ロビーにあふれている。
カナデを、避難船を入れたドッグとは別の場所に入れたオレ達は、こっそりと彼らの様子を見に来ていた。
遠くには、カナデから見せてもらった写真のとおりの、ミミカさんの再婚相手と子供の姿があり、そのお付きの人たちの姿も見えていた。どっから写真を取ってきたのか、よくわからないが。
彼らの中に、ミミカさんの姿だけがない。どこに行ったんだろうか。
オレがそんなことを考えていると、リストバンドからカナデの言葉が聞こえてきた。
『どうやらミミカさんは、どこかに連絡をとっているようですねぃ』
なるほど。
……どうやってその情報を知ったのか気になるが、カナデはオレのパートナーだ。違法なことはしていないだろう。
『内容から察するに、妹さんのエレナさんに連絡しているみたいですねぃ』
うん、していないぞ、カナデは断じて違法なことはしていない。
今回のことで学習したじゃないか。オレは仲間を信じるんだ!
がんばって自分に、そう言い聞かせた。
というか、ただでさえ重い気分なのに、なんでこんな心配までしなくてはならないのか。
オレはため息を我慢しながら、チラッと左横に立つおっちゃんを見る。
おっちゃんは、いつにも増して無言だった。ヒゲの間から見える口がへの字になり、眉毛もどこか垂れ下がっている気がする。
おっちゃんの足元の左側には子犬が座っており、その右手をおっちゃんの左足にかけていた。おっちゃんを、心配そうに見上げている。
おっちゃんの視線の先をたどると、なにやら両手を振りながら、おっちゃんの元奥さんの再婚相手に話しかけている、おっちゃんの娘さんの姿があった。エレナさんに似た褐色の肌を持つ、小さな子だ。
たしか娘さんは、物心つく前におっちゃんから離れたと言っていたな。
目の前で、自分を知らないかもしれない娘さんが、他の男になついている様子というのは、やっぱりショックなんだろうか。
オレが心配そうにおっちゃんを見ると、その口元がもごもごと動いた。
言葉が聞こえてくる。
「かわいくなったなー」
オレは考える。おっちゃんは、これだけの人を助けた。ティタニアが変な鉱石をばら撒かせ、ワープ空間を不安定にさせるという妨害をしたにも関わらずだ。
娘さんと、ちょっと会話するぐらい良いんじゃないだろうか。そんな思いつきが、オレの脳裏をよぎる。
いざとなったら精神操作魔法もあるしな。
今回は大きなミスをしていたので、何か埋め合わせをしたい、そんな焦りのような気持ちがあったのかもしれない。
オレは安易な判断で、魔法の準備に入ってしまった。
ターゲットは子犬、そして子犬の首輪だ。
まずは首輪に[無生物破壊]の魔法をかける。集中、そして声に出さず魔法を使う。
うまくかかった。
のど仏あたりの部分を切ったので、首輪が落ちて外れるということもない。誰も切れたことには気がついていないはずだ。犬の首輪からつながるリードを持っているティタニアも気がついていない。
そして子犬に向かって[移動速度上昇]と[命令]の魔法をかけた。
[移動速度上昇]は名前そのまま。[命令]は支配系の魔法のひとつで、短時間ではあるが、かかった生き物を言葉や思念で操ることができる魔法だ。
用意はすべて整った。
オレは子犬を走らせた、おっちゃんの娘のもとに。
「ああっ!」
ティタニアの悲鳴。一瞬だけリードがピンとのび、しかし首輪の切れている子犬は、それに束縛されることなく順調なスタートを切る。魔法のことを勘定に入れても、子犬のクセに異様に足が速い。犬種のためだろうか。
ティタニアは足が短く速く走れないし、オレは最初から追いつくつもりはない。ティタニアとオレ、おっちゃんが子犬を追いかける中、必然、この重力に慣れたおっちゃんが、先頭を切って追いかける役になった。
子犬さん、途中でつかまらないでくれよ。そう思いながら、子犬に思念で、走れ、走れ、と命じるオレ。
オレの願いは通じ、子犬はおっちゃんの娘さんのもとにたどり着く。
スピードを落とさせた後、オレは子犬をピョンと跳び上がらせ、彼女の腕の中に跳びこませた。
へっへっへっ、と息を切らせる子犬の音。……しまったな。口から出ている舌から、めっちゃよだれが出ている。見た目、あんまりかわいくないかもしれない。
そんな心配をしていると、女の子が大きな声をあげた。
「わー、かわいー!」
まわりの、保護者にあたるだろう、おっちゃんの元嫁さんの再婚相手や、そのお付きの人を見ると、彼らも同じように笑顔で子犬を見ていた。
よし、ヒゲ面の大男が全力で走ってきても警戒していないぞ。
こちらにもティタニアという子供がいるし、こういう宇宙港にはきちんとした監視カメラがあり、何か問題があればすぐ警備員が飛んでくるようになっているのも大きかったかもしれない。
ティタニアには普通の宇宙服を着せてあるし、オレもローブは着ていない。帝国の治安維持の人を相手にするわけでは無いので、違法なのだが貴族の証も人工皮膚で隠してある。普通とはちょっと違っているかもしれないが、それでもギリギリ、一般の宇宙船乗りに見えるはずだ。
「かわいい子犬さんだね」
「うん、かわいい! お前、名前はなんていうの!」
再婚相手の男が言い、おっちゃんの娘さんが、それに同意。そして質問をした。
質問はオレ達にではなく、なぜか子犬に向かってしている。
「コータよ!」
腕を組みながら、自慢げにティタニアが答えた。自分の犬をかわいいといわれたので、うれしいのだろう。
「君、コータって言うのかー。男の子だよねー!」
……というか、子犬がそんな名前になっていたのも知らなかったが、その名前が、オレの兄のものであったことが、さらに驚きだ。
偶然ではない気がする。予知か、精神同調の結果で、その名前に決まったのだろう。もしくは、この世界にもコーイチやコータが長男につける名前で、コージは次男につける名前、みたいな風習の国があるのかもしれない。
どれにしても、明確なオレへの嫌がらせである。
「ほら、セレアナ、あの方たちのわんちゃんだから、返そうかー」
チラッとこちらを見た男が、子犬に手を伸ばしながら、そう言う。
「うー、……じゃあ私が返すー!」
おっちゃんの娘さん、セレアナちゃんが、男の手を振りきり、こちらにトテトテトテーと走ってくる。
はいっと言いながら子犬をティタニアに差し出した。
ひとつうなずいて、ティタニアは無言のまま子犬を受け取る。「大儀であった」とか言うかな、と思ったがそれもない。普段はオレがお礼を言うところだが、少し黙ってみる。
「あー、うー」
予想通り、おっちゃんから声が上がる。そして、おっちゃんは言う。
「あ、あ、あ、ありがとうなんだなー」
口をあけ、おっちゃんを見上げるセレアナちゃん。
彼女が言った。
「おっきー!」
……今さらか。
子犬に集中していて、こちらを見ていなかったのだろうか。
おっちゃんの全身を見たセレアナちゃんが言う。
「おひげのおじちゃんは、ウチュー船乗りなの?」
「あっ、ああ。そうなんだなー」
「じゃあ、死んだパパと一緒だー!」
「死んだ?」
少女の言葉が引っかかり、ついオレは、横から口を挟んでしまう。
「そうなのー。すっごく大きくてハンサムで、それでスゴウデのウチュー船乗りだったんだってー! 顔はパパの方がかっこいいけど、髪の色とかは、おじちゃんみたいだったよー!」
おそろいー、といって少女は笑う。
「そ、そうかー」
おっちゃんは、そう言ってうなずく。
「あー。じゃあ、おじちゃんも、がんばって、そんな凄腕の宇宙船乗りにならなきゃだめだなー」
ちょっとつまりながらも、おっちゃんは、少女の話に、うまく乗ったようだ。
「うん! キドーバクライを八回ぐらい生き延びれば、パパレベルだってお母さん言ってたー! がんばってー!」
……機動爆雷を八回って。
たしか狂ったスペースパイレーツが使うって聞いたけれど。
秒速千五百キロとかで飛ぶ宇宙船の前に、大量の特殊な機雷をばら撒いて、貨物ごと、本来は奪うべき宇宙船を粉みじんにするような攻撃方法だったはずだ。
一生涯に一回あうかあわないかぐらいの、そして生存率が五十パーセントを切るといわれるそれを八回も、もしかしたら八回以上、生き延びる。
……そんな凄腕で不幸な人は、この宇宙におっちゃんぐらいと考えていいと思う。
確かにこの子はおっちゃんの娘さんだ。お母さんは、おっちゃんが死んだことにしていたんだろうと、そうオレは思った。
何かつぼに入ったのか、おっちゃんはそれを聞いて吹き出すように笑い出してしまう。不思議そうに、それを見る女の子。
おっちゃんは、ひとしきり笑った後、言った。
「ああ、わかったぞー。機動爆雷を八回だな。オラ、がんばるぞー!」
そして女の子に力こぶを作った。
そして笑顔のまま元奥さんの再婚相手に一つ手を振って、くるりと後ろを向いた。
オレが最後に見た女の子は、ガンバレーといいながら、おっちゃんに両手を振っていた。
ぽつぽつと先を歩くおっちゃん。
最後のほうは笑顔だったから大丈夫だったかなー、と思っていたが、少女から離れていくほど、少しずつ背中が丸まってきている気がする。
……強がっていたのだろうか。
また余計なことをしてしまったかもしれない。
やんなかったほうがよかったかな、そんな思いにオレは下を向いてしまう。
そんなときだった。
おっちゃんの言葉が届いたのは。
「ありがとなー、コージ」
そんなポツリとつぶやかれた一言は、ちょっとだけ、オレの心を軽くしてくれた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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あと1万5千から3万字の話1つで完結予定で、1-2ヶ月以内に投稿できたらと考えています。




