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大魔導師、自販機で子犬を買う 4/5

『難破船、見えましたがぁ……』


「あちゃー。これはマズいんだなー」


 前面の大型スクリーンには、緑色の空間をバックに、白い色の船が映っていた。もともとは黒い船体だったんだろうが、ワープゲート内では色が反転するため、白い色に見えているのだろう。縦にゆっくりと回転している。画面に表示されている数値を見るに、元はカナデを縦に四つ連ねたぐらいの大きさだったみたいだ。


『何があったかわかりませんが、ボロボロですねぃ。ワープ空間内では、もともと迷彩機能は使えないんですが、あの状態だとそれも死んじゃっているかもしれませんよぅ。船の後ろが折れちゃってますぅ』


 それは長細い直方体をした船で、ティッシュの箱を細長くしたような形をしていたのだが、後ろの三分の一が折れ、千切れかかっていた。

 いや、オレには、どちらが前か後ろかわからないんだが、カナデが言うからには、あの折れているほうが後ろなんだと思う。


『ん、あの船から通信が来ていますよぅ。ちょっと位置がずれている気もしますがぁ』


 そのカナデの言葉とともに、聞きなれない女性の声が聞こえてくる。


『……ちらフローラル号、こちらフローラル号、聞こえていますか? こちら、フローラル号』


『聞こえていますよぅ』


 カナデが答えた。

 女性が喜びの声を上げる。


『通じた! 通じましたー!』


 彼女の後ろからだろうか、数人の歓声が上がっているのが聞こえた。助かるのか、とか、ヴィオナムル・シップなら、とか言っているようだ。

 その女性が続ける。


『すみません、こちら旅客宇宙船フローラル。船がワープゲートに入ったとたん、船内で爆発が起こりまして。ゲート内に閉じ込められてしまったんです。救助者の方ですよね? こちらは避難用の小型船に生存者全員が乗り込んでいる状態です。妊婦の方や子供、体力のない方の状態が悪いんです。救助までどのぐらいかかりますか?』


『おおう、それは手っ取り早くて良いですねぃ。つかんで出口になる近場の亜空間力場へ引っ張っていくだけですから、五分もかかりませんよぅ! その乗っている小型船を外に出しておいてくださいぃ!』


『本当ですか? よかった!』


『そちらは、旅客宇宙船フローラルの船員の方ですよねぃ? 引っ張り方が荒くなるかもしれないので、しっかりと席に着かせ、各自、第三種耐衝撃姿勢をとらせてください』


『え、だ、第三種ですか……』


『念のためですよぅ。耐衝撃薬や保護室、特殊保護席などはありますかねぃ?』


『えっと……すみません、私、この船のシップクルーではなくて』


『船員じゃないんですかぁ?』


『は、はい。専門のクルーの方が死亡したり意識不明になったりで、代わりに指揮を取らさせていただいているんですが……あっ、大丈夫ですよ! 私、フォレストの元エージェントでして、栄光の勝利というチームのメンバーだったんです』


 その瞬間、静かな船内で、おっちゃんの方からヒュッと息を飲む音が聞こえた気がした。どうしたんだろう。


『……あっと、すみません、耐衝撃薬、見つかったみたいです! この避難船にも耐衝撃用の機能がついた保護室があるみたいです!』


『おおう、さすが豪華客船ですねぃ。体力のない人は、その保護室に入れといてくださいよぅ』


『は、はい! あ、あの。それで、私、ミミカと申しますが、そちらは……』


『はいはいぃ』


 そう言ったカナデが自信満々に言い切った。


『こちら、アカツキ・コージをリーダーとするチーム、夜明けの角笛。私、メンバーのカナデと申しますよぅ!』


 うん、初めて聞いたんだが、なんだ、そのチーム「夜明けの角笛」って。

 相手がチーム名言ってきたから、対抗して適当につけたんだろうか。

 しょうもないことで張り合わないでほしい。


「ちょっと、私の名前も入れなさいよ!」


『……それと、貴族ティタニア・シェラザード様の混成チームですよぅ!』


 ティタニアも別の所で張り合っているが。


 それにしてもミミカさんか。

 おっちゃんの元奥さんと、同じ名前だった。

 チーム「栄光の勝利」というのは聞いたことないが、もしかしたらおっちゃんとミミカさんで、そういうチームを作っていたのかもしれないな。

 おっちゃんが息を飲んだ音も、空耳ではなかったのかもしれない。


『夜明けの角笛さんとティタニア様のチームですね。よろしくお願いします!』


 ミミカさんが言った。


 ……チーム名に関しては、それが正式名になる前に、略すとトラコンになるナイスな名前を考えておこう。夜明けの角笛なんて、実際やられたら安眠妨害はなはだしい名前はイヤだ。オレの「アカツキ(夜明け前)」の「工事」並みのはた迷惑さである。コージの漢字は違うけどな。


 カナデがミミカさんの言葉に『はいぃ』と答え、どうやら通信が途切れたようだ。前の大型ディスプレイに表示されるアイコンで、こちらの音声が向こうに流れていないことを確認したオレは誰ともなしに問いかけた。


「それで、耐衝撃薬とか言っていたが、何するんだ?」


 横で子犬を頭の上に乗せ、仁王立ちしながら腕を組んでいるティタニアも同じ疑問を持っていたのだろうか、うんうんとうなずいている。……もしかして、こいつとオレの現状把握レベルとかお役立ちレベルは、同じぐらいなんだろうか。宇宙に出るとまったく役に立っていない気がする。ほぼ空気だ。そしてティタニアの上の子犬が落ちそうである。


『えーっとぉ、誰かさんのせいでワープゲートが不安定で、思ったよりも時間が無くなっちゃったんでぇ』


「神様のせいね」


『ヴィクターさんの船のぉ、三分の一を壊しながら急速前進する機能を使って、あの船の避難船と、この船を、外まで引っ張っていってもらおうと思うんですぅ』


 カナデがティタニアを無視しながら説明する。


「えっ、あれってやばいんじゃないか?」


 シートに叩きつけられ、めちゃくちゃ首を痛めた記憶があるんだが。

 なんか向こうの船、妊婦さんとか体調がやばい人とかいるんだよね?


『いろいろ強化したんで大丈夫ですよぅ。速度もコントロールできるようにしましたし、急激な重力変化に弱いヴィクターさんが気絶しても遠隔操作できるんですからぁ!』


 そうなのかなー、と悩んでいると、カナデがさらに説得を重ねてきた。


『それに、この特殊な亜空間力場内だと、宇宙船の速度もあまり出ませんしねぃ』


 うーむ、どのぐらい落ちるかによるが、それなら大丈夫なのかな……?


『まあ、仮に普通の速度が出たとしても、きちんと体を痛めないよう事前に薬飲んだり、姿勢に気をつけていれば大丈夫ですけどねぃ。実際ヴィクターさんも、気絶はしましたが、体を痛めるようなことはなかったですしぃ』


 えっ、そうなの……?

 それが、どんな姿勢か、衝撃で首を痛めたことがあるオレ、いまだに知らないんだけど。

 おっちゃんをチラッと見るとうなずかれ、大丈夫だったぞー、と言われた。


 うーん、どんな姿勢なんだろう。飛行機だと、不時着のとき、体を前に曲げて膝のあいだに頭を入れる安全姿勢とか、頭を前の席につける安全姿勢とかあるけど。あれは急停止したときに、頭部がいきおいよく前のほうにもっていかれ、前の席とかに頭突きしないように、そして物が後ろから飛んできても座席の陰になり当たりにくくなるようにとる体勢だから、違いそうだ。

 急速前進すると、体全体が後ろにたたきつけられる感じになっていた。飛行機の不時着用の体勢をとっていると、逆に後頭部を自分の席にたたきつけてしまう気がする。

 飛行機だと、不時着時の衝撃で足が前に投げ出され、前の席を思いっきりキックしたようになり、それでスネや足の甲などを骨折してしまう場合が多いそうだ。そのため、足が動かないよう、しっかり床につける必要があるのだそうだが、そこは同じで良いだろうか。

 手は飛行機の安全姿勢と違い、ヒザの上かな。そのぐらいしか思いつかない。


 そんなことを考えていると、おっちゃんから声が上がった。


「んー? あの避難船、母船とつながっている部分が、少しおかしくないかー?」


 前を見ると、カナデの三分の一ぐらいだろうか、数値を見るに、そのぐらいの大きさの避難船が映されていた。ぽこっとフローラル号のおなかが開き、そこから小さな宇宙船が飛び出している。前はなかったのだが、いつの間にか外に出ていたようで、多分、あれが避難船だろう。ミミカさんが操作して出したのだと思う。


 そして前のディスプレイには、もうひとつ、その小さな宇宙船と母船をつなぐ金属の棒のような何かをうつすアップ画像も、別の映像として出されていた。


『おやぁ? そうですねぃ。なんか、つなぎ目が一本、不自然に変形しているようなものがありますよぅ。母船から避難船の切り離しができないと厄介ですがぁ。ちょいと聞いてみましょうかぁ?』


 カナデは、そう言うと、ミミカさんに連絡をつないだようだ。


『もっしもぅし』


「はい!」


『そっちの避難船、ちゃんと母船から分離できるんですかねぃ? なにかフローラル号との結合部が、一部おかしいものがあるような気がするんですがぁ』


「えーっと、大丈夫だと思いますが。テスト機能があったはずなので、調べてみます」


 不安そうな、彼女の声。

 しばらくし、返答がきた。


「テスト中にエラーが返ってきました。分離機能が動作しません」


 感情を抑制したような、平坦な声だ。

 カナデが明るく答えた。


『わっかりましたぁ。じゃあ、切り離しはこちらで行いますよぅ!』


 まあ、あそこまで外に出ているなら、別に母船からあの小型船を切り離す機能が壊れていても問題はない気がするな。

 あの避難船とフローラル号をつないでいる棒のところに、レーザーかなんか一発当てれば終わりだろうから。

 そう思っていると、通信が切れたようだ。

 そしてカナデが言った。


『どうしましょうかねぃ。ワープ空間内だとレーザーもトラクタービームも、私の修理ナノボットも、すごく効きにくくなる上に、物質の強度も上がるので爆弾も効きにくくなるんですよねぃ……』


 ……おい、ダメじゃねーか。


『でっかい超振動カッターとかがあるといいんですがぁ』


 その言葉から推察するに、カナデには装備されていないようだ。


『時間さえあれば切り離しなんかせず、当初の予定通り、フローラル号ごと全部ひっぱってっちゃうんですがねぃ』


 うーん、どうすればいいのか。

 修理魔法や無生物を破壊する魔法はあるけれど、あの大きさは時間がかかりそうだ。

 オレが考えていると、おっちゃんから声が上がった。


「それはオラの船で何とかするぞー。コージや譲ちゃんたちは先に行って、出口側のゲートを開いておいてほしいぞー。何かが中から外に出れば、少しは空間が安定するからなー」


 おっちゃんは立ち上がり、ブリッジから外に飛び出していった。

 うーむ、大丈夫なんだろうか。


 それに生存者の話もある。全員避難船に乗っているという話だが、本当に見逃された人間はいないのか? 

 一応、探してみるべきだろうか。オレはカナデに聞いてみた。


「カナデ、避難船って今、オレたちから見て、フローラル号の左側に飛び出ているだろう。ワープゲートの出口側に行くとき、フローラル号の右側を飛んでいけないか? 生存者の確認がしたい」


『あー、あのヴィクターさんを見つけたときの能力、使うんですねぃ。ああいう旅客船は、乗客の位置とかを把握する機材にお金かけますから、大丈夫だと思いますがぁ、時間もかかりませんし、調べておいて損はないですねぃ。サポートしますので、精神同調を強くしますよぅ』


 その言葉とともに脳の中が何かと繋がり、広くなったような気分に襲われる。


 難破船を追い越すときに右側を通り、フローラル号の左側に出ていた避難船を効果範囲に巻き込まないよう、距離を限定して[生命発見]の魔法を使っていくつもりだ。カナデはオレと繋がっているので、あまり説明しないでも思考を読んでくれる。


『行きますよぅ』


 カナデの声。


 今回もおっちゃんのときと同じように「知的生命体」を探知していく。おっちゃんとカナデとティタニアは除外した。

 オレはカナデのサポートにより、避難船までの距離をもらい、そこを巻き込まないように効果範囲を制限しつつ魔法をかけていった。


 しばらくして、つつがなく仕事は終わる。子犬に反応するようなこともなかった。


 あぶれるところが出ないよう、三ヶ所で魔法を使ったが、実際にあの後部が折れた船に生存者はいなかったようだ。調子がいいのか、探知発見系の魔法にもかかわらず、成功の手ごたえまである。


 オレは、宇宙時代の船はそういうのちゃんとわかるんだな、などと感心しながら、ブリッジの後ろの壁に映るフローラル号を振り返って見ていた。


『ああいう旅客船は密航者とか気にしますからねぃ。取り付けられた機械が壊れていなければ、人がどこにいるかの把握はばっちりですよぅ。私だったら、ニ、三人密航者がいても気にしませんけどねぃ』


 ……えーっと、これはオレたちの安全のために、気にするように言ったほうがいいのだろうか。『度量が狭いですよねぃ』とか言ってるんで、非常に指摘しづらいのだが。


 そんなことを悩んでいたら、おっちゃんから音声通信が来た。


『避難船までたどり着いたぞー』


 どうやらカナデがフローラル号を追い越すときに、おっちゃんは自分の船に乗り込み、避難船まで向かって行ったらしい。カナデは何も言っていなかったが、まあ、言われても魔法の集中の邪魔になっただけだろう。


『これより避難船とフローラル号をつないでいる接続棒の切断に入るんだなー。避難船のほうに伝えてくれー』


 ふむ。レーザービームとか使えないのに、どうするつもりなんだろう。見た目は細そうだったし、体当たりとかで折れるのかな?

 その答えは、おっちゃんから来た。


『譲ちゃんにつけてもらった、ドリルでぶった切るぞー』


 ……そういえばカナデさん、おっちゃんが一人でここに来るのを止めようと説得していたとき、おっちゃんの船にドリルが生える機能をつけている途中とか言ってたっけ。あれ、終わってたのか。

 オレは遠い目になった。なんで、そんなバカな機能が役に立つのかと。


『さすが私ですねぃ。こんなこともあろうかとつけておいたんですよぅ!』


 説得力のかけらもない、カナデさんの言葉が響いた。前に急速前進の機能を悪乗りでつけたって言ってたし、絶対、面白そうだからとか、そんな基準で新機能をつけていると思うんだ、こいつは。


『んー。針で糸を切るような操作で、ちょっと難しいが、ちょっと待っててくれよー』


『フローラル号の避難船に接続部分の切断中なので、少し待つよう伝えておきますよぅ!』


 おっちゃんの言葉にカナデさんが答えている。どうやらミミカさんのほうにはカナデから伝えるようだ。おっちゃんは、ミミカさんと直接話したくないのだろう。こちらに音声は流れてこないが、前面の画面に、カナデがどこかと通信をしていることを知らせるマークが出ていた。


『んー、問題の接続棒を切断したぞー』


 一分半ぐらいかかったようだが、おっちゃんから、そんな連絡が来る。


『おおぅ、じゃあ、これで避難船は問題なく母船から外れますねぃ。避難船に、連絡しますよぅ』


 そしてしばらくし、カナデが戸惑ったような声で、言った。


『ええっとぉ、今、避難船の方から聞いたんですがぁ、動作しない接続部、金属の棒って、六本中四本みたいなんですがぁ……』


『……たしかに今、二本は避難船をつかんでいないなー。そして一本は切断済み。残りは三本かー。譲ちゃん、ワープゲート、後どのぐらい開いていられる?』


 おっちゃんの質問に、カナデが答えた。


『私も今、ゲートが閉まらないよう、ゲートの外側からがんばっているんですがぁ、大体残り五分ぐらいになってしまいますねぃ。避難船といっしょだと、そこからここまで来るのに、ヴィクターさんの船の三分の一をふきとばしながら前進する機能を使っても、三分は欲しいですよぅ』


 とすると、あのフローラル号と避難船をつないでいる残り三本の棒の切断に使える時間は二分か。一本あたり四十秒の速度で切っていけば良いわけだ。


 たしか最初の一本は、切るのに一分半ぐらいかかっていたから、……って、あれ? これって何気に無理ゲーじゃね。


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