大魔導師、自販機で子犬を買う 3/5
「シェラザード家のものだ! 宇宙船を救うための機材を持ってきたぞ! 道をあけよ!」
オレの右前方で仁王立ちし、なぜか両手で子犬を掲げたティタニアが叫ぶ。彼女の声と、全身をうつした映像が、誰にでも見られるよう、事故現場の亜空間力場近くにいる軍船へ飛ばされていた。正直、貴族の証が顔についているとはいえ、幼女だ。彼女の手の中に尻尾を振っている茶色の毛玉もいるし、オレは相手が信頼するか、非常に不安だった。
飛ばされている映像や音声は、加工されていないことがわかる特殊な通信方法で送信されているが、やろうと思えばオレの魔法で幻影をかぶせ、大人のティタニアの姿を見せるようなこともできた。だが貴族の姿を騙ることはまずいそうで、その案は却下されたのだ。
カナデは、ゆっくりと豪華客船が閉じ込められたという、亜空間力場へ向かって飛んでいく。ゆっくりなのは、こういう宇宙港などの施設があるところで制限されている以上の速度を出すと、問答無用で砲撃を受けてしまうからだ。それに関しては皇帝が許可しているそうなので、貴族でも容赦はされないらしい。何がOKで何がNGか、基準がよくわからない。
『お待ちください! 今、問い合わせを……』
目の前に浮かぶ宇宙船からだろうか、男の声で通信がきた。帝国の治安維持に関わる軍の人たちだ。
映っている船が透明じゃないのは、迷彩機能が切られているか、カナデが画像を処理して、その船本来の姿を見せているかしているのだと思う。
「ええい、時間がない上に、人の命がかかっているのだ! 邪魔をするな!」
ノリノリのティタニアの言葉とともに目の前の超大型ディスプレイが発光した。
『前面のバリアーに穴を開けましたぁ。くぐりますよぉ』
バリアーに物が当たると発光していたからな。レーザーかなんかで穴でもあけたんだろう。
なんだろう、すごく無理やりな気がする。
カナデが続ける。
『目標地点まで、あと十二分、ほぼついたも同然ですよぅ』
おいおい、こんな無茶な作戦が通じちゃうのかよ……。
そんなことを思っていたら、おっちゃんから声が上がった。
「ん、なんか転移してくる船があるなー」
事故があった亜空間力場に直接?
情報を知らなかった人だろうか。事故があったことを知っていたら、怖くてできそうにない。原因不明の事故で停止したことがあるエレベーターに、原因が判明し解決される前に乗り込むようなもんだと、おっちゃんも言っていたし。
「来るぞー」
『アップで映しますよぅ』
おっちゃんとカナデの声がし、目の前の巨大なスクリーンの一部、右前方が四角い枠で囲まれる。
何もなかった、その空間。そこに赤黒い色の宇宙船があらわれた。これも透明ではない。平べったい楕円形をした船で、こちらを向いているほうに、一本の太いとげのようなものが見えた。ツノと表現して良いのだろうか。
『ドリルじゃないんですかぁ……』
そんなカナデの残念そうな声が聞こえてくる。確かにあのツノが回転すれば、なんか強そうだ。オレがティラマイトニウムを採掘した星で乗っていた掘削機から車輪をとって、でっかくしたような形になる。カナデさんは、男心をよくわかっていらっしゃる。
そして聞き慣れてきた、帝国軍の治安維持部隊の人の声が聞こえてきた。
『おお、来ていただけましたか! 先ほどご報告したとおり、彼らがここを押し通ろうとしているのです!』
内容から察するに、この通信は、あの新しく現れた船に向けられているのだろう。
周囲の船に聞こえるような回線で発せられたものなのか、あの新しい船だけに向けられた通信をカナデが傍受したものかはわからないが。
『おっとぅ。あの新しい船からも、近くの全船に向けた通信波が出ていますねぃ。画面に出しますよぅ』
出された画面には、銀色の腕輪を右手にはめた、金髪の筋骨隆々の男が映っていた。貴族の証である宝石のような赤い小さな粒が、左右のほほに三つずつ、額に二つ、計八つついている。白人のような肌に、甘いマスクだ。それを見て、爆発してしまえばいいのに、なんてことを考えていると、横からティタニアの裏返ったような声が聞こえた。
「パパー!?」
それに答えたように、目の前の金髪の男の口が動き、野太い声が響き渡る。
『ティタニアー!!』
男は両手を広げる。
『ティタニアー、元気だっ……だっ、だっ』
だが、途中からなんか様子がおかしくなった。なんだ?
『な、ななな、なな、なんだ、その格好はーっ!』
ふっとティタニアを見る。特におかしいところは……。
……あー。
そういえば、あの前面に穴が開いたように見える、割れ目のある宇宙服を着せたままだった。見慣れていたし、ジーヴスさんが何も言ってなかったから、すっかり忘れていた。
オレの位置からティタニアの前面は見えないので普通の宇宙服なのだが、今この宇宙空間にオンエアされている彼女の映像は前面から撮ったものなので、あのギリギリ見えないような割れ目の部分が、がっつり映っている。アングルによっては子犬のしっぼで隠せたかもしれないが、ピコピコ振られているから意味はなかったかもしれない。
どっかの宇宙港に入るなら目立たないように普通の服を着せようと思ったかもしれないが、ティタニアが、この船に乗るようになって以来、目立たないようにしていたから、宇宙港にはほとんど入らなかったし、入ったときもティタニアをつれて出ることはなかった。
おっちゃんが面倒を見ていれば違ったのかもしれないが、元奥さんの再婚の情報で茫然自失になっていて、カナデさんはオレにティタニアの面倒を押し付けていた。あんまり面倒見のいいほうじゃないオレの手にかかり、あの宇宙服が、ずっと使われ続けることになったのだろう。おっちゃんも、自失状態から我に返ったときには日常の光景だったので、指摘しづらかったのかもしれない。
男の不可解な言動の意味が理解できたオレは、満足げにうんうんとうなずく。
「ヤバ……」
そんなティタニアの声が聞こえてきた。
何か手を動かし、目の前に浮かぶ立体画像を操作している。
……ふむ、彼女の前に浮かぶアイコンから察するに、こちらの声と映像が外に出ないようにしたらしい。この世界の機械の操作にも慣れてきたようで、オレにもなんとなくわかるようになってきている。
向こうの声と映像だけは受信できるので、ティタニアを呼ぶ野太いがなり声だけが聞こえてくる。
ティタニアが天井を指差しながら言う。
「ちょっと!」
あの方向は、いつもカナデの声が聞こえてくる方向だ。カナデに言っているのだろうか。
「ジーヴスから聞いているわ。あんた、ワームの腹から取った鉱石を、砂状にして噴射できるようにしたそうじゃない!」
『ええ、そうですがぁ』
どこか慎重そうに、ゆっくりとカナデが答えた。
そんなことしていたのか……。
「それ、ばら撒きなさいよ!」
『え、だ、ダメですよぅ! あの鉱石はチョー貴重なものなんですぅ! ヴィクターさんの船に秘密機能の煙幕爆弾として搭載するんですから、そんなもったいない使い方はできませんよぅ!』
うん、カナデの言う「もったいない」の基準が微妙に謎だ。
「うるさいわね! 私たちを止めるよう指示されると面倒なのよ! いいから」
ティタニアの声が低くなる。どこからか出されたのかわからない、しわがれたような声で彼女は言った。
「“やりなさい”」
『うお? うおお!? 体が勝手に動きますよぅ?!』
ワームの腹の中にあった鉱石は、レーダー波や通信波を阻害する能力を持っていた。
そのため、ワームに飲み込まれたおっちゃん達の掘削機がどこにあるかなどを特定することができなかった。
あの星の深いところでは、あの鉱石がたくさんあり、ロボットのAIが狂うほどの影響があるらしい。ジーヴスさんは、あのワームから取られた鉱石だけでは、微妙に説明のつかない現象なんだとか言っていたけれど。
『ティタニア、こらー! 聞いとるのかー!』
あいかわらず聞こえてくる、がなり声。
『くそー、こうなったらお前たちー! あの船を……』
ちょうど男が、そう言ったとたんだった。
ガガガガガ、と音を立て、今までうつっていた、ティタニアの父親らしき人物の映像が乱れた。
ぷっつりと声も聞こえなくなる。
次に『シェラザード様ー! シェラザード様ー!?』という治安維持部隊の人の声が聞こえたかと思うと、それもガガガガガ、と音を立てた後、聞こえなくなった。
「ふう、間に合ったわね」
『あ゛あああ゛あ゛、やってしまいましたよぅ!』
うれしそうな声と、どこか絶望したような声、二つの対照的な声がブリッジに響いた。
よくよく注意して見ると、宇宙空間を映し出す大型スクリーンのところどころに、きらきらと輝く砂のような何かがうつっている。
カナデが船のどこかから、ばら撒いたんだろう。しょげている理由が不明だが、捕まえる指示を出せなくなるならいいんじゃないだろうか。
そんなことを思っていたら、カナデがポツリとつぶやいた。
『視界は確保できるのに、なぜか光通信とかができなくなる、私の自信作ですからねぃ。これで救出終わっても、この亜空間力場、十数日間封鎖されますよぅ……』
えっ……?
「管制塔とか宇宙港が機能しなくなるし、どこに亜空間力場があるかを知らせるビーコンも出せなくなるからなー。それに、ああいうデブリは、バリアのない小型宇宙船とかも壊すぞー」
おっちゃんも、いやな情報を補完してくれた。
聞きたくない情報だった。
せ、責任とか取らされないよね……?
「背水の陣よ! これでこの亜空間力場近くでの情報のやり取りはできなくなったわ! 出口側から事故を起こした宇宙船にたどり着くのは難しい! つまり私たちが助けられなければ、誰もあの事故にあった船を助けられる人間はいなくなったのよ! すんごいピンチ! 燃え上がってくるわね!」
クソガキ様は、こんなことをしでかして、なんでいまだに偉そうなのだろうか。
『こ、ここから離れれば通信できますし、ゼロ距離通信や有線通信もありますので、救助が面倒くさくなっただけですよぅ! 私たちが失敗しても大丈夫ですぅ……多分』
もうちょっと自信ありそうな声で言ってほしいなー、とオレはカナデの言葉に遠い目をした。
「まあ、やっちまったもんは仕方ないんだなー。レーダーによると、そろそろ予定の場所だぞー。ティラマイトニウムを使ったワープゲートを開く最終準備が、そろそろだなー」
他の世界に飛びかけていたオレの心が、おっちゃんの声ではっと戻ってくる。
そうだ、トラクタービームとかはバリアで簡単に防げるが、あのティタニアの父親らしき人物が、オレたちの船を止めるため、他のビームとかを撃たせないとも限らない。あの宇宙船に動きがないのは不可解だが、さっさとここから離れるべきだ。
オレは指示を下した。
「ワープの準備、お願いします!」
これは指示なんだろうか、と微妙に疑問に思いながら。
「あいあい、キャプテン」
おっちゃんの、そんな返答が聞こえてきた。
数瞬の間。
「準備、完了したぞー」
『ワープゲート、ひらけますよぅ』
おっちゃんとカナデから待っていた言葉がかかる。
オレはうなずき、ワープ空間に飛び込むよう、声を発した。
「よっしゃ、ワープゲート、開いてくれ。救出に行くぞ!」
『了解しましたぁ。ワープゲート、開きますぅ』
その声とともに、ぶんっ、というワープ機関の駆動音が船内に響く。
「突入するぞー」
おっちゃんの言葉とともに、目に見えるあたりの色が反転した。白い天井や壁、着ている白の宇宙服が黒に。茶色の子犬が水色になり、人間の肌の色が青く。おっちゃんのピンクの宇宙服が緑になり、ティタニアの金髪が暗い青になった。見えていないが、きっと彼女の青い目は茶色くなり、オレの髪は白に、白目は黒く、黒目は白くなっていることだろう。
感覚にも変化が起こる。内臓だけが無重力になり、ふわっと浮いているような、そんな感覚。手や足には重力がかかっているのがわかるのだが、内臓だけが浮かんでいるような、慣れない感覚が襲う。
普段はワープ空間はニ、三秒で通過してしまうため、この風景や感覚もすぐ終わってしまうが、今はワープゲート内にとどまっているため、これが持続するのだろう。あまり気持ちのいいものではない。
「んー? なんか、おかしいぞー」
オレがワープ空間内を映す、緑一色の超大型スクリーンを見ながら、違和感のあるお腹をさすっていると、そんなおっちゃんの声が聞こえてきた。
「どうしたんですか?」
そのオレの疑問に、カナデが答えた。
『どーもぉ、ワープ空間が安定していないみたいなんですよぅ』
「ティラマイトニウムの量が少なかったのかしら? 全部使ったのに」
ティタニアが横から口を出してくる。
「んー、いやー、多分なー」
言いにくそうにしているおっちゃん。
彼の代わりに、カナデがズバッと言った。
『どうも数値とかグラフを見るとぉ、さっき散布した、ワームのお腹から取り出した鉱石が、このワープゲートを不安定化させているようですねぃ』
おっちゃんが補足する。
「ティラマイトニウムを使った特殊なゲートだからなー。オラ、こんなになるとは知らなかったぞー」
その言葉に、ティタニアは深くうなずきながら答えた。
「神は英雄に試練を授けるという話だったけれど、本当だったのね……」
いや、そんなかっこいいもんじゃなくて、単なる自業自得だと思うんだが。




