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大魔導師、自販機で子犬を買う 2/5

 銀色の円形をしたコインを、オレはながめていた。ティタニアからもらった報酬、この銀河帝国で使われる貨幣のひとつだ。


 普通に使われる通信網だと、離れた惑星と惑星の間の通信で、最大五日ほどのタイムラグが出る。そのため全帝国の惑星で使えるようなクレジットカードみたいなのは一般には普及していないんだそうだ。()()()()()中央銀行にあるサーバーとやり取りし、いくら使われたか、お金の情報なんかをリアルタイムに管理する必要があり、通信にタイムラグがあると、それが難しくなるからだとか。


 特殊な通信を使えば、帝国領土ぐらいなら、ほぼリアルタイムでやり取りできる通信網もあり、そのネットワークを使用したキャッシュカードやデビットカードみたいなのはあるが、それは貴族専用のものらしく、さらに手数料も高い。

 オレもカードを持っているが、使ったことはなかった。管理もカナデ任せだ。


 ティタニアは、どこで自分がお金を使っているか等の情報が漏れるのを恐れ、オレたちへの報酬は、この銀河帝国で使われている実体貨幣で支払った。中世の金貨みたいな、希少な金属で作られたコインらしく、これ自体に価値があるそうだ。エレナさんが用意してくれたと言っていた。


 普通の宇宙船乗りも、普段はこのコインを持ち歩き、その星ごとに違う、()()()()()()中央銀行が発行するマネーカードを買い、支払いなどをしているそうである。それをしないと、日本円で例えると、千円未満の金額のコインがないような感じなので、使いにくいのだ。


 ヴィオナムルの力も使われ、偽造しにくいようになっているとはいえ、一部中世に戻ったような、金貨みたいなお金が使われているとは、よくわからない世界だ。量子マネーとかの未来のお金はないのだろうか。


 オレはコインから目を離し、前方を見る。


 そこには、ずらっと、タッチパネルを搭載した人の高さほどの四角い金属の箱が並んでいる。

 この世界の自動販売機だ。


 がやがやという人々の雑音が遠くから聞こえる中、ときどき人が来ては何かを自販機で買って去っていく。


 ここは亜空間力場の近くに浮かぶ宇宙港、スペースコロニーのようなクルクルと回転する宇宙の港だ。重力は地球の半分より、やや小さいぐらい。おっちゃんが低重力障害を持っているため、降り立つ宇宙港は、このぐらいの重力の物が多かった。これだけにぎやかな宇宙港は初めてだったが。


 カナデも、レーダーなどで見たとき普通の船に見えるような偽装を、入港前に念入りにしていたようだ。そしてオレがここに来るときも監視カメラがないところに行かないよう注意された。まるで子ども扱いである。偽装は、ティタニアが乗るようになって以来、気をつけているようだった。


 おっちゃんは昔なじみの情報屋から情報を買いに行っている。なんでも直接顔を合わせることを好む人だが、新しい人間と会うのを極端に嫌う人だとかで、オレはここで一人休憩を取っていた。この世界に来てからは、こういう一人になれる時間は貴重だった。


 非常に落ち着く。最近、カナデの近くにいながらヒマをもてあましていると、精神同調を深めるためとか言われて、クリスタルコアをなでさせられるため、こういう時間がまったく取れていなかった気がする。正直カナデさんが感覚のフィードバックまでできるようになっているため、これ以上やらなくていいんじゃないかという気がするのだが、無理やり体を動かされ、こすらされるのだ。あんあん言ってしまう。


 見学していたティタニアいわく、マスター権限を持っている方が強いはずだから抵抗できるはずだ、あなたはしていないだけ、というのだが、正直、嘘だと思う。それではまるで、オレがカナデに支配されることを望んでいるみたいになってしまう。オレはマゾではない。そんなことはありえないのだ。


 オレはそう自分に言い聞かせ、気分を切り替えるため、自動販売機のほうへフラフラと近づいていった。


 ……そういえば今日のティタニアのぺんぺんは情熱的でよかった。難破船救出という大舞台が迫っているので気合が入っているのだろう。


 そんなことを思いながら、適当に自販機のタッチパネルをいじくる。


 ここの自動販売機も他のところと同じで、缶ジュースとか千種類以上ある。詳細ボタンを押さなければ十数種類の代表的なものだけが表示される仕様なのだが、こういうのにイチイチこだわるオレとしては、つい詳細ボタンを押してしまう。無駄に種類があり面倒だ。


 缶ジュース以外にも、葉物を含む野菜も買えれば、宇宙服なんてものも売っていた。

 なんでもあって、何度見ても飽きない。

 ざらーっと商品を見ていくオレ。

 そんな中、ひとつ、興味を引かれる項目を見つけた。


【ペット(遺伝子組み換え)】


 タッチパネルには、確かにそんな表示があった。

 初めて見る項目だ。

 気になったオレがピッと押すと、子犬とか子猫とか、ひよことか出てきた。


 ……うん、すごく気になる。自動販売機で生き物を売るなんてできないとは思うが。

 子犬が、ちょうどこの銀色の硬貨一枚分の値段だった。


 小金を持っていたこと、カードだけでなくコインでも買い物ができる自販機だったことが災いしたのだろう、オレは気軽にコインを投入し【子犬(おまかせ)】と書かれたボタンにタッチしてしまった。


 ボトンという音。下に落ちたのだろう。

 自販機にしては少し大きめの取り出し口を引いてあける。


 そしてそこには、茶色い毛をした、つぶらな瞳の子犬がいた。


 ごんごんごんごん、という音がする。

 子犬が尻尾を振っていて、それが自販機の取り出し口内の壁に当たっているのか。


 オレは遠い目をして、ペット買えちゃうのか……、と、しばしの現実逃避の時間を過ごすことになる。


 結局、この子犬の返品が可能かどうか、自動販売機の説明やヘルプを見つけるため、しばらくあたりをくまなく探すはめになった。




「お土産だぞー」


 自分の船に帰ってきたオレは、そう言ってティタニアに子犬を押し付けた。

 結局、返品の方法がわからなかったのだ。


『マスタぁ、なに余計なもの持って帰ってきてるんですかぁ……』


 カナデがあきれたような声を出す。


「犬はいいんだぞ。情操教育の必需品だ」


 とある本によると、氷水に手を入れてじっとしたり、単純計算を繰り返すなどのストレスがかかる作業をしているとき、横に妻や夫がいるより、犬がいるほうが、血圧や心拍数上昇などのストレス反応が低くなり、計算結果にも間違いが少なくなるんだそうだ。お犬様はすごい。つまり犬を買ったオレは悪くないということだ。


 ほら、ティタニアも抱きかかえて喜んでいるじゃないか。お犬様特有の高い体温にふわふわの毛、シャンプーの香りがただよう素敵仕様。これに魅了されない人間はいないだろう。きっとカナデも魅了され、面倒とかを見てくれるようになるに違いない。子犬の健康は、お前しだいだ。……いや、もちろんカナデがやってくれなかったら、オレががんばるが。


 オレはローブを着ながら、そんなことを思う。目立つので、人の多いところでは脱ぐようにしているのだ。ローブを着ていてもジーヴスさんは何も言っていなかったので、意外に問題ないかもと最近は思い始めている。


『まあ、三年も生きないでしょうから別にいいですがねぃ……』


 ……え?


 オレがゴソゴソしていたら、カナデが聞き捨てならないことを言った。


「どういうことだ?」


『これは宇宙船乗り用の遺伝子改良された愛玩動物ですからねぃ。入ってきたときにちょっと調べてみましたが、ずっと子犬のままですし、ファッション感覚で気軽にいろんな子を飼えるように、そんな長く生きないような設定になっているみたいですよぅ。死んだときは泡になって消えるので、死体の処分にも困らないみたいですぅ』


 えー、なんだそれ。せめて死体は残してくれよ。これがこの世界のスタンダードなのだろうか。


『まあ、見た目ロボット犬とあんまり変わらないかもしれませんが、専門店で、寿命を長くしたり、気性を穏やかにした犬なんかも買えるんですがねぃ』


 ……どうやら、オレがバカな買い物をしてしまっただけらしい。

 せめて老化停止とかの魔法をかけて、できるだけ死なないようにしてやろう。

 オレはそんな決意をする。


「おー、帰ったかー」


 ブリッジの自動ドアが開く音がし、その後におっちゃんの声が聞こえてきた。すでに船に帰ってきていたらしい。

 オレは振り向いて、おっちゃんに答えた。


「はい。それで計画に問題点は、ありましたか?」


「んー、単なる事故にしては、情報が統制されすぎている気はするがなー」


 おっちゃんは、首を振りながら続ける。


「オラは、あれで大丈夫だと思うぞー。警戒船は、やっぱりいるみたいだがなー」


 ということは、まっすぐ突撃するのか。

 本当に大丈夫なんだろうか……。



 オレ達は今後、事故があった亜空間力場の近くにある、もうひとつのイスエイル星系の亜空間力場にワープで向かう予定だ。


 そこから十時間ほど離れた、事故現場の亜空間力場へ通常航行で飛び、そこでティラマイトニウムを使用。閉じ込められた豪華客船へのゲートを開くことになる。


 イスエイル星系は宇宙船の交通量が多いらしく、複数の亜空間力場が点在しているんだそうだ。



 今回のおっちゃんの元奥さんが巻き込まれた事故は、豪華客船が、イスエイル星系の亜空間力場から、他の亜空間力場に転移している最中に起こった。


 船がワープゲートの中に入ったとたん、イスエイル星系側の入り口が何らかの原因で閉じられ、それにあわせて出口側の亜空間力場も閉じられてしまった。


 このため、この船がワープ空間の中に取り残されてしまう事態になったのだ。



 カナデやおっちゃんによると、この、元々入り口があったところに行き、ティラマイトニウムを消費しながら特殊なワープゲートの開き方をしてやれば、この豪華客船にはたどり着ける。後は、その船をつかんで、入り口か、どっか適当な亜空間力場の出口まで引きずってやれば良いんだそうだ。


 この特殊なワープゲートの開き方は、カナデの持っているワープ機関で対応できるようだが、このワープ機関には連続使用の制限があった。

 一度使うと、八時間以上の冷却期間を置かなければならないのだ。


 このため、直接、事故現場の亜空間力場まで跳ぶ案は却下された。直接跳んでしまうと、そこでワープ機関の冷却が終わるのを待たなければならず、その間に不審者が事故現場に近づかないよう警戒している帝国の治安維持船に捕まってしまう可能性が高まるからだ。


 原因不明の事故があった亜空間力場を使うのも不安ではある。そのため、別の亜空間力場に転移し、そこからワープ機関を冷却しつつ、問題の事故のあった亜空間力場に向かう案が採用された。


 普通の精神だったら、原因が解明されるまで、他の船も事故のあった亜空間力場を使うのは避けるだろうとおっちゃんも言っていたし、目立たないのはいいことだろう。



 ちなみにカナデのお腹にくっついているおっちゃんの船にもワープ機関は搭載されているが、これも同様に八時間の冷却期間を置く必要があるため、カナデのを使ったら、次はおっちゃんの船ので、というように連続転移をしていくことはできないらしい。


 もしワープ時に、おっちゃんの船のワープ機関を使ったりすると、カナデのワープ機関も使用後と同じ状態になり、冷却期間を経ないと再び使えないようになってしまう。しかも冷却期間が普通の船と同じ、十二時間になってしまうそうなので、カナデのワープ機関が壊れでもしない限り、おっちゃんの船のワープ機関を使うことはなさそうだ。



 ティタニアは、ティラマイトニウムが、どこかから輸送されてくる前に、事件を解決してしまおうと思っていて、おっちゃんも、これに賛成している。


 ワープ空間内に四、五日いるだけで、人体に、けっこうなダメージが入るそうで。事故にあった船には、おっちゃんの元奥さんや娘が乗っているから、救出が早くなるのなら、そうしたいと思っているんだろう。


 輸送に関しては、多分、コンテナにティラマイトニウムを積み、それを一隻の船が運ぶ。そしてワープした先の亜空間力場で、他の船に貨物を受け渡し、その船がまた次の亜空間力場までワープする、というのを繰り返して運ばれる。


 ただ、あまり連続でワープさせると物質が謎の崩壊を起こし、サラサラとこの世から消えてしまうそうで、結局、次のワープまでの間に、しばらくの冷却期間を置く必要があるのは同じなんだそうだ。


 物質によって、この冷却期間は違うのだが、ティラマイトニウムの場合は、大体九時間ぐらいらしい。カナデに積んでいた場合、冷却期間が八時間でいいのは、何らかの保護機能が働いているんだろう。



 これから転移する亜空間力場から、事故現場となった、イスエイル星系の亜空間力場にはカナデで飛んで十時間ほど。そこでティラマイトニウムを使用し、ワープ空間内に閉じ込められた船の救出に向かうことになる。


 事故のあった亜空間力場は、一般の船を近づかせないよう、軍の治安維持部隊がいるとか。


 どうにかして、この方々の目をかいくぐらないといけないのだが、ティタニアいわく、こそこそとする必要はないとのこと。持ち主が高位の貴族の可能性があるヴィオナムル・シップを止めようとするには度胸がいるそうで、彼女の貴族の証が埋まった顔を通信波であたりに見せつけ、誰かの使いであることをにおわせながら突進すれば、きっと大丈夫とのことだ。


 正直、不安である。おっちゃんが、いけるんじゃないかと意見を述べなければ、間違いなく猛反対していただろう。



 オレ的にはマットリーパーの巣に突入したときに使った[認識阻害結界]の魔法を使いたいのだが、カナデにこっそり聞いたところ、ワープ機関はエンジンからエネルギーが供給されない時間がある程度続くと動かなくなってしまうそうなので、ダメなんだそうだ。


 再び使用するにはエンジンをつけたままワープ機関を起動し、何十分かの準備をしなければならないとのことで。[認識阻害結界]はエンジンに火を入れたとたん、解けてしまうので、何十分かの準備をしている途中、帝国の治安維持部隊に気がつかれ、囲まれてしまうだろう。



 それにしても、これは作戦といえるんだろうか。

 ティタニアといい、カナデといい、うちの女性陣は脳筋気味な気がする……。


 ワープ機関の冷却期間中、おっちゃんや他のメンバーとの最後の打ち合わせをし、オレ達は次の目的地である亜空間力場へ転移することになる。


 そこから事故現場の亜空間力場まで十時間、ティタニアを洗ったり、なんとなく子犬を噛んでみたりしながら飛び、オレ達は例の、作戦とも言えない作戦を実行することになった。


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