大魔導師、自販機で子犬を買う 1/5
1つの話を5回に分けて投稿します。
3日から7日まで、17時から20時の間のどこかで投稿する予定です。
なぜだろう。ティタニアを見ていると、おしりのあたりがキュンキュンする。もしかして、これが恋なんだろうか。
日課になった、おしりぺんぺんの時間がせまり、オレはそんなことを考えていた。
いや、日課といっても、好きでやられているわけではない。初めてのぺんぺんを終えた後、じゃあこれが次の勝負にマスタぁが勝つまで続くんですねぇ、と冗談で言ったカナデの言葉に、ついうなずいてしまったから、男に二言はないので、しかたがなくやられているだけなんだ。そうだ、そうに違いない。オレは自分に、そう言い聞かせる。そうでもしないと、大事な何かが壊れてしまいそうな、そんな予感がするから。
ジーヴスさんからティタニアに連絡が入ったのは、オレがそんなことを考えていたときだった。
オレの右前方の席に座るティタニアのカバンから、ビビー、ビビー、という音が鳴った。
それに気がついたティタニアが自分の足元にあったカバンを取り上げる。
中をあさり、タブレットを取り出す姿。
そして画面を見た彼女は、ニタリと笑った。
「“見えた”とおりね。たしか、これをあなたに渡していた姿も“見えて”いたんだけど、何かあるのかしら?」
ティタニアがそう言って、ポーンとタブレットをおっちゃんに放り投げた。器用にそれを片手でつかむおっちゃん。巨漢で手がでっかいから、そんなことも可能なんだろう。
いぶかしげに、タブレットの画面を見るおっちゃん。
その顔が、みるみる蒼白に、そしてまた赤くなっていった。
どこからかギリギリという音が聞こえてきた。
……歯か?
おっちゃんの唇がまくれ上がり、歯と歯がこすれあっているのが見えた。これは歯がきしむ音か。生で初めて聞く音に、最初なんの音かまったくわからなかった。
両手の指を白くさせ、全身を震わせながらタブレットを握っている。
ミシミシというタブレットが立てる音を聞きながら、オレはマスター席で、左前方の席に座るおっちゃんの髪の毛が逆立っているのを見ていた。怒髪天をつくというが、実際に人間の髪の毛が逆立つとは思わなかった。立毛筋とか人間にもあったはずだから、低重力とあいまって髪の毛を立たせているのだろうか。
そんなことを考えていると、どこからか重低音の、腹がビリビリとするような唸り声が聞こえてくる。これはおっちゃんが出しているんだろうか。とても人間の出せる音ではない。実は音源が他にあるんじゃないかと、きょろきょろと辺りを見回していると、バキンという音が二度聞こえてくる。そちらを見ると、おっちゃんが握り締めていたタブレットが握力に耐え切れず、左右のそれぞれ手がつかんでいた部分が握りつぶされていた。ポロリと落ちるタブレット、その落ちる音を打ち消すような、どこかライオンの吼え声を思わせる轟音が響き渡る。
意思に反し体がびくりとなり、体が勝手におっちゃんの逆側、右ななめ後ろにそれる。そこに背もたれはなく、恥ずかしながら、いすから転げ落ちるように、オレは後ろに倒れることになった。
カナデが気がついて、オレの周囲を無重力にしてくれなかったら、多分、後頭部打っていた気がする……。
立ち上がると、周囲におっちゃんの姿は無くなっていた。
キョロキョロと、あたりを見回すオレ。おっちゃんは、どこに消えたんだ?
「び、びっくりしたわー」
ティタニアの声が聞こえてきた。
そちらを見る。
床にしりもちをついている彼女に、オレは気になっていたことを聞いた。
「ヴィクターさんは?」
「んーと、なんか弾丸みたいに、ここから飛び出てったわ」
ふむ。どこに行ったんだろう。
オレは、もうひとつの気になっていたことを聞く。
「いったい、なにを見せたんだ?」
声色に、少し責めるような調子が混ざってしまったが、ティタニアは気にしなかったようで、肩をすくめて答えた。
「事故があったって情報よ。豪華客船が亜空間力場に閉じ込められる。単なる事故か、それとも別の何かか。そんな話ー」
うーん、それだけだと、なんでおっちゃんがあんなになったか、わからんな。
「私の予知で“見えた”とおり。閉じ込められた宇宙船を助けるにはティラマイトニウムが必要になるのよ。ここにいればいいってことはわかってたけど、どこで起こるかの詳細とか、どんな船がとかはまったくわかんなかったけどねー。思ったより、大物が事故にあってくれたわ!」
まるでそれがラッキーであると言いたいような口調だ。多分、まだ誰も死んでいなくて、助けるつもりだからこそできる発言なんだろう。
「事故の解決のために、これからティラマイトニウムを保管庫とかから集めるにしても、けっこうな時間がかかるはずだわ。あまり必要とされない鉱石だからね。そいつらがつく前に私がぴゅーっと行って、ぴゅーっと難破船を助ければ、あら不思議、幼き英雄の誕生ってわけよ!」
そんなに、うまくいくもんだろうか。
それにしても予知か。こいつはなんか特殊な能力を持っていたみたいだが、これのことなんだろう。もしくは、いくつかあるうちの、そのひとつか。前に聞いたときははぐらかしていたが、今なら聞いたら答えてくれるだろうか。
そんなことを考えていたら、悲鳴交じりのカナデの声が聞こえてきた。
『ちょっとマスタぁぁ! ヴィクターさん止めるの手伝ってくださいよぅぅぅ! なんかイスエイル星系に行かなければならないとか言って、自分の船に乗ろうとしているんですよぅ! まだ船体からドリルが生える機能がつけ終わっていないのに、そんな中途半端な船で行こうとするなんて自殺行為ですよぅぅ!』
うん、むしろ変な機能を付けられる前に離れていったほうが賢明な気がする。こいつは乗組員が気絶するような急速前進する機能をおっちゃんの船につけていたからな。
そんな突っ込みを脳内でしていると、ティタニアから声が上がる。
「あっ、そこさっき言ってた宇宙船が事故にあったってとこよ。ちょうど、そこまで送ってもらうよう依頼しようとしてたんだけど……」
『ナイスですよぅ! これでヴィクターさんに行かないよう、説得できますぅ! 私で行ったほうが早いですからねぃ! 依頼を受けますよね、マスタぁ!』
おっちゃんが行きたいなら、しょうがないな。
オレはカナデに、いいぞ、と答えたのだ。
それにしても今夜は忙しそうで、ぺんぺんは無しになりそうだ……。
べ、別に寂しくなんかないんだけどな!
ティタニアとティラマイトニウムの採取量を競う勝負を終え五日、オレ達は協力しつつも、追加となるティラマイトニウムの採取を行っていた。
ティタニアとの勝負が終わったとき、自分の運が悪いと嘆くおっちゃんに、おまじない代わりの呪い除去の魔法をかける約束をしたんだが、驚いたことに、その魔法に手ごたえがあった。
ファンタジー世界じゃないのに、いったい何に呪われたというのか。ファラオの呪いみたいなものでもあったのか。まあ、ファラオの呪い自体は、墓の調査に深く関わった人たちの平均死亡年齢が七十歳以上だったり、墓の調査から二十年以上も生きている人が多かったりで、疑問視されている向きもあるようだけれど。
呪いを除去する魔法は、手ごたえはあったものの、失敗ではないが成功でもないような感じだったので、ちょっと不安ではある。体が軽くなり、頭もクリアになったと言ってはいたが。その意味でも、おっちゃんと別れないですむのは良いことだろう。オレと行動をともにしていると、不運が起こらないようなので。
これは、もしかしたら神様がかけてくれた加護が関係あるのかと、オレは思っている。神様は転移直前、『いい位置にあらわれるよう、加護をかけてやろう』と言っていた。カナデの船内に転移できた時点で、その加護は切れたのかとも思っていたんだが、実はずっと続いていたのかもしれない。
ティタニアは、おっちゃんが不運にまみれていたことを知っていた様子がある。それでもオレとの勝負の最中におっちゃんの力を借りたのは、彼女の“勘”で、なにが起こっても回避できる、どうにかなると思っていたから、そんなことをぽろっともらしていた。
「すまないんだなー」
カナデが転移のため亜空間力場に向かう中、青い顔をしたおっちゃんが言う。
どう声をかけよう、そんなことを思うオレの横で、雰囲気を読まないうきうきとした声のティタニアが質問をした。
「それで! なんで急に飛び出したのよ! あの事故になんかあったんでしょ?」
直球どストレートである。いや、むしろ、このぐらいのほうがサッパリしていて良いのかもしれない。
声にうきうきした調子さえなければ。
おっちゃんは、特に気分を害した様子はないようで、答えを返した。
「あの船になー、エレナの姉……、オラの元奥さんと子供が乗ってるはずなんだー」
えっ、初耳だ。おっちゃんって、結婚していて子供もいたのか。“元”ってことは離婚しているんだろうけれど。
エレナさんっていうのは、ティタニアと一緒にいた、あのベッピンなお姉さんのことだろうか。あのエレナさんは、おっちゃんのことを知っていたようだし。
そんなことを考えていたら、ティタニアが補足してくれた。
「エレナはヴィクターと子供のころからの知り合いで、兄妹みたいに育ったって言ってたわね」
「そうかー。お前たちはエレナと会ったことがあったんだったなー」
おっちゃんはうなずきながら言う。
「オラとなー、エレナとその姉のミミカは幼馴染でなー……」
そして自分の過去を、ぽつぽつと語り始めた。
なんでもおっちゃんの両親とエレナさんの両親は、フォレストという組織に所属する優秀なエージェント、なんでも屋だったらしい。
四人ともう一人でパーティーを組んでいて、メンバーには“疾風”や“紅蓮”などの恥ずかしい二つ名も他人からつけられていたとか。いや、おっちゃんはその二つ名が恥ずかしいとは言っていなかったが。
エレナさんと、おっちゃんの奥さんのミミカさん、そしておっちゃんと、おっちゃんの弟。この四人で、幼い時はよく遊んでいたらしい。
ただ、ある時から、おっちゃんの身に不幸がふりかかるようになった。
当時は地球の六分の一ぐらいの重力がある、月のような惑星の表面にある宇宙基地で生活していたようだが、歩いていて近くで謎の空気漏れが起こるのは日常茶飯事、電気回路のショートによる生命維持機能の停止や、乗っているエレベーターの不明な原因による急降下なんてものが頻繁に起こるようになったそうだ。しかも近くの人を巻き込んで。
おっちゃんの両親たちは、過去にその基地を救ったことがあったため、たたき出されるなんてことはなかった。だが周りへの影響を考え、おっちゃんの両親二人はその基地から他の場所へ、おっちゃんの弟も連れ住居を移すことにしたんだそうだ。テラフォーミングされ大気ができた宇宙服などがなくてもすごせる、なにか機械に故障があってもすぐさま生存に影響の出ないような、そんな惑星に行くつもりだったらしい。おっちゃんたちの両親は、低重力でしか過ごせないようにした代わりに、その他の能力が上がるような遺伝子改変をしたミュータントだったため、重力の少ない、小さい惑星に行く予定だったそうだ。
エレナさんやミミカさん、その両親と別れをすませる、おっちゃんたち。
おっちゃんの両親が、宇宙船の原因不明の故障による事故で死んだのは、この直後、その惑星に行く途中での出来事で、おっちゃんと、おっちゃんの弟を助けるため、死んでいったそうだ。
おっちゃんと、おっちゃんの弟は、エレナさんたちの両親に引き取られることになる。
そのときには怒りを出さず、心を平静に保っていると、なぜか不幸が起きにくくなることを発見していたため、大人になるまで、その元の宇宙基地で平穏な生活ができたんだそうだ。
そのスキルの取得に初めはずいぶんと苦労したみたいだが。
次の大きな不幸が訪れるのは大人になってから。おっちゃんと結婚したミミカさんと、その妹のエレナさん、その二人の両親と一緒に、他惑星への旅行に行ったときだったとか。
スペースパイレーツに襲われたのだ。それ自体はこの世界では普通のことらしいので、あまり不幸なことではなかったのだろう。
だが他の乗員とともに、奥さんとエレナさん、二人のお母さんが人質として他の部屋に連れて行かれたとき、おっちゃんは平静を保っていることができなかった。
結果、おっちゃんの乗っている船に原因不明の故障が起こり、空気が急速になくなる。
奥さんとエレナさん、二人のお父さんは助かったが、お母さんの方は亡くなってしまったそうだ。
お父さんは、ずいぶんと自分の妻を愛していたようで、彼女の死をきっかけに酒びたりの生活になる。酔っ払うたび、おっちゃんにも、全部お前のせいだというような言葉を吐くようになったという。二人目の父親とも言うべきその人の言葉に、さすがのおっちゃんも平静を保っていられなかったらしい。再び不幸が起こり始める。
奥さんはおっちゃんの心を乱さないため、そして父親の面倒を見るため、おっちゃんと離れて暮らすことになる。そのときには奥さんのお腹の中に赤ちゃんがいたという話だから、その子を守る意味も大きかったのだろう。
やがて彼女の父親が不養生で死に、奥さんからまた一緒に暮らそうと言われるも、おっちゃんはそれを断る。そのときには、心を平静に保っていても、思い出したように不幸が襲うようになっていたからだ。加速する自分の不運を見、何かのきっかけで不幸が奥さんや娘に影響するのを恐れ、おっちゃんは彼女たちから遠ざかったというのだ。
まだ娘さんが本当に小さい、物心つく前のできことで、それ以来おっちゃんは、一度も彼女たちには会っていないという。
そしてしばらくの年月が過ぎ、おっちゃんはメールを受け取った。ティタニアとオレが出会った、あの宇宙港で。
奥さんが、亜空間力場の事故にあった、例の豪華客船に乗るというメールを。再婚し、新たな夫となる人物の暮らしているところへ行くために。
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