大魔導師、幼女におしりをぺんぺんされる 3/5
その惑星の地上までは、カナデに送ってもらった。
降り立った場所は空港というよりも、ただアスファルトで覆われただけの平たい大地だった。そこで待っていたティタニアの迎えと合流し、現在オレとおっちゃん、ティタニアは、その人とともに鉱石を採取できる場所に向かっていた。
カナデは通信機で繋がっているものの、現在は衛星軌道上でおっちゃんの船の修理をしている。この距離でも、すごく軽い精神同調ならできるようになっていて、意識を彼女に向けると、ずいぶん修理に集中していることが感じられる。カナデとの精神同調が深くできるようになり、不可能だったことが可能になったり、新たに使えるようになった能力も出てきていた。
「カナデは楽しんでるようだな」
オレはポツリと独り言をもらした。
この惑星は、地球の三分の一ぐらいの重力を持っていた。
ジャンプすると、ゆっくりと体が落ちてくる。なれないせいか、ふわふわと体が浮き、歩きにくくもある。
月の表面重力が地球の六分の一ぐらい、火星の表面重力が地球の三分の一ぐらいという話だったから、ここは火星と同じぐらいの重力なんだろう。
三分の一の重力だと、大気を保持することができず、宇宙に空気が拡散してしまうんじゃないかという話もあったが、どうやらこの星では、うまく大気を確保できているようだ。
火星も、まだ火星自身が熱を持っていて、マグマが大量にあったときは、惑星磁場があり、大気を保持することができたという人もいるから、もしかしたらこの世界では、そのルールで物事が動いているのかもしれない。惑星の磁場がなくなると、太陽風の影響をもろに受けてしまうため、大気がじょじょに吹き飛ばされてしまうんだそうだ。地球も、この磁場によって太陽風から守られていた。ときどき太陽風にふくまれる危険なプラズマ粒子が大気圏まで届き、オーロラを起こしていたみたいだが。
火星の空は日中は赤く、夕焼けは青みがかった色になると言われていたが、この星の日中の空は普通に青い。夕焼けはまだ見ていないが、赤になるんだろうか。いつもこうなのかはわからないが、土のほこりが舞っているのでマスクはいるものの、宇宙服なしで活動できるし、違和感がなくて非常によろしい。
低重力で生まれ育ち、地球の重力では活動できないはずのおっちゃんも、特に支障なく活動できていた。時間がたったせいか環境が変わったせいか、落ち込んでいたおっちゃんも、ずいぶんと回復しているようだ。
ホバートラックの上で、目を保護するためのゴーグルの位置を直しながら、オレは風が髪を勢いよくなぶり、ローブをはためかせるのを感じている。
ホバートラックは、長方形の、四角いでっかい箱のような乗り物だ。上から見ると名刺のような形になる。名刺と違って厚みがあるけれど。
ホバーの名のとおり、空に浮かぶことができる。トラックの外側、上の部分には、船の甲板のように、人が立って外を眺めたり、貨物をつめるスペースが設けられていた。
ティタニアが外を見たいというので、オレは彼女を連れて、ここにのぼってきていた。
周囲には落下防止用の手すりが付けられているが、ジャンプ力が上がっているため、軽く飛び越えられそうな気もして、少し心もとない。
ふと見ると、ティタニアが手すりを両手でつかんでジャンプしていた。両手を下に伸ばし、両手だけで体をささえている状態だ。鉄棒の「飛び上がり」の形だな。
多分、遠くを見たかったが、目の前に手すりが来るため、邪魔だったんだろう。かすみがかっているようで、あまりきれいには思えないんだが、珍しいのだろうか。
低重力の中、ただでさえちっちゃくて軽い体なのに、風に吹き飛ばされやしないかと心配でならない。
オレは遠くから「おーい」と声をかけ、近くによりながら「危ないぞ」といいながらティタニアを抱っこしてやった。
手すりの代わりに、オレの腕をつかむ彼女の握力を感じながら、呼び出しがかかるまで、そのままでいたのだ。
執事服を着た、四十代ほどの男性がしゃべっている。
「目的の鉱石は、ティラマイトニウムという鉱石になります」
彼の名はジーヴス。ティタニアの奴隷で、身の回りの世話を任されているらしい。どこか首輪に似た白い機械を首の周りにつけている。この惑星で、ティタニアを迎えた人物だ。
「これが、その鉱石の見本になります」
彼がバッグの中から手のひらにすっぽりとはまるぐらいの石を出した。青く、うっすらと発光する石が真ん中にはまっている。
その輝いている石は四、五センチぐらいだろうか。二十面体ダイスみたいな形をしていた。
……ラジウムみたいなのじゃねーだろうな。たしか、あれも暗所ではあるが青白く光ったはずだ。
ラジウムは放射線を出していて、キュリー夫妻が発見し、一時期はキュリー夫人の死因となった病気の原因が、このラジウムの研究による放射線被爆によるものではないかとされていた。
今も残る彼女のひつぎを調べたところ、意外に放射能が測定されず、どうもそうではないらしいという話が出てきたとか聞いたことあるが。
執事服の人が扱っているんだから大丈夫とは思うが、中途半端にしか知識がないせいで、みょうに怖いぞ。
「ふーん、これがそうなのね」
オレの横にいたティタニアがつかつかとよっていったと思ったら、左手でガシっと、その石をつかんだ。右手はソフトクリームを握っていて、とけたアイスの部分が右手にたれていた。
うん、あとで手を拭いてやろう。あの石も怖いが、それよりも、あいつはアイスクリームでべたついた手で、そこらへんをさわりまくりそうな気がする。いや、オレのローブで手を拭く可能性もあるぞ。それだけは避けなければならない。
「はい。これを使い亜空間力場に長時間ワープゲートを開くことが可能ですが、長時間ワープゲートを開く意味のないこと、さらには希少性と値段の高さから使われていない、流通していない金属になります」
そう言ったジーヴスにポイっと石をやまなりに投げ返し、こちらにトテトテと戻ってくる。
がっしがっしとソフトクリームにかぶりついている。口の周りに白いのがついている。
「鉱石採掘用の地底掘削機が二台ございますので、それを使っていただきます。ティタニア様ならば問題ないとは思いますが、この星には体長五十メートルを越すワームがおりますので、あまり無闇やたらと掘削され、彼らを刺激しないようにお願いいたします。この星で、ロボットによる掘削をしたくない理由のひとつですな」
人海戦術で掘りまくると、ワームさんを刺激しちゃうってことかな。
そう思いながら横を見ると、ティタニアがソフトクリームを食べ終え、手についたクリームをなめていた。
オレはため息をつきながら、手に持っていたココアのカップを近くのテーブルに置くと、ローブの下にはいたズボンからウェットティッシュを取り出して、彼女の両手と口の周りを拭いた。
「お前は、もうちょっときれいに食べられないのか……」
そう注意しながら。
ムー、という不満そうな声が聞こえる。
「スペースは二人分ありますが、掘削機の操作は一人で行います。ほぼ半自動ですのでシミュレータで一時間も訓練すれば問題ないでしょう」
ジーヴスさんは、たんたんと説明を続ける。
「ワームに関しては、現在不活発期にあたりますので、二台動く程度なら注意を引かないでしょう。よっぽど運がなければ話は別ですが、こちらの指定した場所から出なければ問題ありません」
「私なら、そんな指定、なくても大丈夫だわ!」
ティタニアが自信満々に言い切った。
「もちろんでございます」
それにジーヴスさんが同意し、頭を下げていた。
いやいやいや、そこで同意しちゃダメだから。
オレは常識ある人間として、ティタニアに注意する。
「入っちゃダメって言われているところなんだから、入っちゃダメだぞ」
そのオレの注意に、またムー、という不満そうな声が聞こえてきた。
この子供は大丈夫なんだろうか。
掘削機に乗るのは、おっちゃんとかのこの世界の機械に慣れてそうな大人だろうから、そんな心配しなくてもいいのかもしれないけれど。
ココアのカップを、取り直すと一口すする。
もうちょっと言っておいたほうがいいかな……。
だから、オレはこんなことを言ったんだ、優しい声で。
「何かあったら、お父さんやお母さんが心配するだろ?」
その瞬間だった。ティタニアの右手が下から上に、鋭く振り上げられた。その手はオレの持っていたカップに当たる。中身が空中に投げ出され、茶色の液体はオレにぶちまけられた。
あっちーっ!
ちょっとぬるくなっていたが、風呂の温度より熱い。
「いちいち、うるさい! あんた、従者としてなってないわよ!」
オレに右手の人差し指を突きつけてくるティタニア。
「どうやら、どっちが上でどっちが下かわかっていないようね! しつけがなってないわ。勝負よ! 上下関係を叩き込んであげる!」
なんだいきなり。つーか、まじ熱い。
上下関係を叩き込むとか、このくそガキが。いい度胸じゃねーか。
無言で[HP回復]をかけながら、オレはその手を払った。
「しつけがなってねーのは、どっちだ!」
そして怒鳴る。
「どんな勝負かわからんが、その勝負受けてやんよ。負けたほうが罰ゲームだ! お前のけつをバッシンバッシン叩いてやるわ!」
「ハッ! 面白いじゃない。罰ゲームで叩かれるのは、あんたのほうだけどね!」
そう言ってティタニアとオレは至近距離でにらみ合った。
オレのうなり声と彼女のうなり声が響く中、オレたちの顔の間に、すっと、左手が差し込まれた。
手の主を見ると、ジーヴスさんだった。
彼は、落ち着いたにこやかな声で言葉をつむいだ。
「ケンカするほど仲が良いと言いますからな。ですが勝負の内容はどうされるのですか?」
「決まっているわ! 鉱石よ! 私とこいつが掘削機に乗って、どっちが多く目的の鉱石が取れるかで勝負するのよ!」
びしっとオレを指しながら、ティタニアが言った。
うっ、一度も乗った経験のない乗り物での勝負か。
「あー、お嬢様は掘削機に乗った経験がなかったのでは」
「ふん、そのぐらい良いハンデだわ!」
それに対してジーヴスさんが、それもそうかもしれませんね、などと返しているが、なるほど、条件は同じか。
「オレも、その掘削機とやらを使った経験はないな」
「なら、ちょうどいいわ! ジーヴス、シミュレータの場所まで案内なさい!」
こうして、オレとティタニアの勝負が始まったのだ。
次回は翌日19時での投稿です。




