大魔導師、宇宙船と出会う
「何が、いい位置にあらわれるよう、加護をかけてやる、だ……」
神様なんて信じるもんじゃない。
そもそも、その神を名乗るものが、本当に神様かなんてわからないんだ。
それは神を名乗る悪魔かもしれないんだから。
右手の杖を握り締め、そんなことを思いながら、目の前の超大型ディスプレイに広がる、またたかない、くっきりと光る星々を見ていた。
ディスプレイには、時々、小さな四角い枠があらわれ、四角い枠の中心点をズームしては消えていく。どうやら、肉眼では捉えられない、空中に浮かぶ石、隕石だろうか、を映し出しているようだ。映像では石がはっきりと映っており、オレは、そのズームした小さなウィンドウの背景にも、隕石とともに星の輝きが見て取れているのに気がついた。
肉眼と違い、普通のカメラで宇宙飛行士なんかの光が当たっている物体を撮ると、背景の星は映らなかったりすると聞くが、なぜ星が映っているのだろう。ずいぶんと高機能な撮影機材を使っているのか、実は暗いところをよくわからない方法で映していて星が映るようになっているのか、まったく別の理由なのか。
わからない。知恵熱が出そうだ。額も、体も熱い。今着ている、杖とともに神様からもらったローブのすそを、左手でパタパタとさせる。右手に握る、上端がくの字に曲がる、オレの身長ほどもある木の杖が邪魔でしかたない。もっと小さいものをもらえばよかった。
『マスタぁ? マスタ、聞こえてますカー?』
そんな合成音声をバックミュージックとして聞き流しながら、ここに現れた直後に左手をついてしまったパネルを見る。室内の真ん中近くにある、この席。その席の前にあった台座に付属している、この黒いパネルに手をついたとたん、薄明かりしかなかった室内にこうこうと明かりがともされ、目の前に星空があらわれた。そして無重力で宙に浮かんでパニックを起こしかけていたオレは床にたたきつけられたんだ。
黒いパネルには、こういうログが、白文字で表示されていた。
>> ◆◇◆ <<
>> 基本要件が満たされています。ティアマルト型スターシップ6号機カナデ、待機状態から起動状態に移行します。 <<
>> ◆◇◆ <<
>> エラー:Err0E9924S1 <<
>> リソースが不足しているため迷彩機能が解除されました。 <<
>> ◆◇◆ <<
>> マスター登録がありません。起動者をマスターとして登録します。 <<
>> ◆◇◆ <<
見たことがない文字だが、書いてあることは理解できる。翻訳チートは、問題なく与えられているらしい。
オレは、あの神様にファンタジー世界に送ってほしいと頼んだはずなのに。そう思いながら室内を見渡す。
全体的に白に近い灰色で整えられ、ところどころを銀色に彩られた室内は、一昔前の人が思い浮かべる『近未来』の姿を思い起こさせる。
人が座る場所がいくつかある、壁付近の部分、多分、ほかの乗組員が座って、そこでいろいろな操作をする部分だろう。そこの操作盤らしきものの上では空中に画像が投影され、よくわからない数値やグラフ、記号が表示されていた。SF世界なら、それらを見ながら、操作盤か空中画像へのタッチか音声操作で船を動かすんだろう。もしくは完全なコンピュータ任せか。
席は、ディスプレイがあるほうを前方とし、左斜め前方に一つ、前方に一つ、右斜め前方に二つの、計四つ。オレの近くにある、部屋の真ん中のやや左側にある一つを含めると、この室内には五つの座る場所がある。
古典の、オレが好きだったドラマやアニメの宇宙船に比べ、ボタンやレバーの類が少ないのが印象的だった。
前面のディスプレイは、左右の視界いっぱいどころか、天井や床の前面部分までもを覆い、星々をうつし続けている。床にも宇宙空間の映像が映し出されているせいで、前の四つの席に座るものは、宇宙の上に席と操作パネルを浮かべ座っているような気分を味わえることだろう。個人的にはとっても座りたくない。慣れれば気にならなくなるのだろうか。
継ぎ目のない、プラスチックのような白い灰色の天井の一部が光り、明かりを届けている、この部屋。もしオレが宇宙船の中にいるなら、ここは、ブリッジ、というところになるんだろうか。
あの神様、みょうにハイテンションではあったが、悪い感じはしなかったんだが。
オレは、まだ心の中のどこかで、ここが中世ライトファンタジーの世界であれば、と願っていた。そういえば、言語チート以外の、ほかのチートは、どうなっているんだろう。それらがあれば、あの神様は約束をたがえていないと信じることもできるんじゃないか。そう思ったオレは、チートを確かめてみることにする。
いつの間にか両手で握っていた杖を、あらためて右手のみの形に握りなおす。そして体の前に持ってきた杖の上端部、くの字の部分に左手をあてがうと、心の中で呪文を唱える。
[我に土を]
杖で床を、コンと軽く突いた。
[空気より土を]というMP消費が低い、似た効果の魔法もあるが、使わない。宇宙船であれば、空気が有限であるかもしれないからだ。
これらはオレがやっていた、テーブルトークRPGというジャンルのゲームの魔法だ。神様により、ちょっとえっちなものを含む、そのゲームの二百五十種類を超える魔法を、すべてマスタークラスで使えるようにしてもらっている……はず。やろうと思えば、準備時間が一戦闘ターン以下のほとんどの魔法は、詠唱の発声も体の動きも発動体さえも必要とせず、それを行使できる。発声等があることで成功率やMP効率はよくなるんだが、この程度ならもらった他のチートがあるので本来は必要ない。マスタークラスまで熟練した準備時間が一戦闘ターン未満の魔法であれば、それを唱えたのと同じターンに剣を振るなどの、ほかの戦闘行動も取れるのだ。
結果は期待していたとおりだった。何かが体から抜けていった感覚があり、目の前には土の山がこんもりと出来上がっている。
思ったよりMPを消費する感覚がきつい。慣れていないからか。だが、ちゃんと、このチートももらえていることは確認できた。
『うええええ!? 何ですか、それ!? どこから土が!!』
体から抜けていった何かも、すぐに回復していく。おまけでもらった、五秒の一戦闘ターンに五点、つまり一秒に一点MPを回復する能力も、確かに与えられていた。といっても、MP関連は世界にあわせ適当に設定してもらったので、オレが思っているレベルのチートになっているかはわからないが。いい意味でも悪い意味でも。
異世界にあわせてタフにしてもらった精神や体は確かめようがないが、どうやら、くれるといっていたチートで主だったものは、大体、問題なく与えられているらしい。
そんな神様が、望みと違う世界に送るなんて嫌がらせをするだろうか? オレは、もしかしたら、という思いにしがみついてしまう。高度な科学は魔法と同じという。ならば、高度な魔法も科学と同じなのではないか。じつは、ここは月とかにある魔法文明の遺跡で、オレはラッキーにも、その遺産を転移直後に、労せずして手に入れてしまったのではないか、と。
「よっし」
気合を入れて集中する。いまだに土の驚きから抜けられず、『えええ? えええ!?』とかうめいてる合成音は無視して。
[透視眼]
壁をすかし、外を見るための魔法を唱える。上下を含む、周囲すべてを見る。
どこを見ても大型のディスプレイにうつる景色と同じ、またたかない星が見えていた。
「ぬー。[千里眼]!!」
叫びながら魔法を唱える。目的のためには成功率を上げる必要も、今の目的程度ならチートですぐ回復するので魔力効率を気にする必要もなかったのだが、気合を入れるためだ。
本来は遠くを見るためのこの魔法だが、今は自分を見るために使う。自分を遠くから見たいのだ。自分が今いる建物が、どんな形をしているのか知りたいのだ。
千里眼に、魔術師然とした装備の自分の姿が見える。ゲームで、自分を上から見下ろしているような映像だ。カメラをどんどん引いていくイメージをする。視点が天井を通り抜けたようで、自分の姿が見えなくなるのだが、そこでも止めず、どんどんどんどん引いていく。そして見えたのは。
「もう、途中からわかっていたよ……」
オレの脳内には白い色の、尾っぽのないカブトガニのような形をした、多分、宇宙船が、星ばかりの空間にぽつんと浮かんでいるのが見えていたんだ。
オレは、ため息をつく。
もしかしたら宇宙文明に進んだファンタジー世界なのかもしれないけれど、できれば中世ファンタジーがよかったよ。
『マスタ! いきなり叫びだして! 大丈夫ですかぁ! マぁスタぁ、マぁスタぁ、きぃこえーて まぁすかぁ、まぁぬけーづらぁ!』
オレが気を取り直し、こちらの気を引こうとがんばっている合成音声と対話しようと思えるようになるまで、しばらくの時間を要することになる。
主人公が会った神様は、自分を神様だと思っている魔神様。魔神としての自覚はない。スペオペ世界に転移した原因は、上機嫌の魔神様が、主人公の魂をくるくるっとまるめ目的の異世界に向かって放り投げたとき、踊っていたから。手が滑り、魂は、ちょうど真横にあった別の世界へと吸い込まれていった。あの距離なら、自分で再転位するだろうと、ほうっておかれた。近いとはいえ、主人公に、世界をまたぐような魔力があるかは不明。惑星から別の惑星に転移する力もないので、多分、自力だけでは無理と思われる。
次の『大魔導師、トラコンにこだわる』のプロットのみ、SF考証が(ずいぶんあやしい感じですが)すんでいるので、もし書けたら投稿します。SF書きたいけど知識がない……。