第七話。
シンデレラの支度をしていた召使いのひとりが、わたくしと娘たちの部屋に飛び込んで参りましたのは、舞踏会も最後の晩のことでございました。
聞けば、シンデレラが、中将さまが用意してくださったドレスを着て行くのを嫌がって、手のつけられない状態なのだと言います。
『どうしても母上のドレスがいいんだ!』
舞踏会は、三晩続けて行われます。
王子さまは、最初の晩からシンデレラに夢中になっておいでなのが、そばから拝見いたしておりましても明らかでした。他の殿方がシンデレラにダンスを申し込んでも、シンデレラの手を離そうとはなさいません。
二日目の晩も、『ぼくの相手はこの方だよ』と仰られて、他の令嬢には見向きもなさらないのでございます。
シンデレラは、一目で王子さまの心を奪ってしまったのでした。
シンデレラが帰ろうとすると、引き留めようとなさる王子さまを、中将さまが押し留めてくださいます。
そうして小さな声で、王子さまにこう申し上げるのです。
『王子さまが、あの娘を花嫁にお選びになれば、あの娘は王子さまのおそばを離れることはごさいません』
二晩とも、中将さまはシンデレラに、別のドレスを用意してくださいました。もちろん今晩もでございます。今晩の着る予定のドレスは、前の二晩のものよりも、さらに素晴らしいものでした。
『一体なにが気に入らないと?』
すでに支度を終えられた中将さまは、見るからに不機嫌でいらっしゃるのが分かりました。
わたくしは、震える心を叱咤して、中将さまに申し上げます。
『わたくしも、シンデレラの母親のドレスを拝見いたしました。――少し流行のドレスとは違いますけれども、大層良い品であると拝察いたします。
もちろん中将さまにご用意頂きましたドレスには及ぶべくもございませんが、シンデレラもあのドレスには、母親との思い出があるのでございます。
若い娘のわがままでございますけれども、お時間も差し迫っております。どうかあのドレスでお城に参りますことを、お許し願えませんでしょうか』
『少し?あのドレスがもはや流行遅れであることくらい、あなにだってお分かりでしょう!』
中将さまは、声を荒げて仰いました。
『勿論存じ上げております』
わたくしは、深く礼をしてお答え申し上げました。
『では、早く戻ってシンデレラを説得してきなさい』
中将さまは、そう仰るとわたくしに背を向けてしまわれました。
わたくしは、どうしようもなくなりまして、シンデレラのところに戻りました。
『おかあさま、中将さまはなんと仰って?』
『このドレスでも良いと仰ってくださって?』
二人の娘は、ずっとシンデレラを宥めていたのでしょう。わたくしが部屋に入ると、すぐにわたくしのところに駆け寄って参りました。
『シンデレラのドレスでは、流行遅れだと仰って、取り合ってくださらなかったわ』
シンデレラは下着姿で、しょんぼりとしています。そんな姿すら愛らしいのですから、召使いたちもすっかりシンデレラに同情しておりました。
『やっぱり中将さまのドレスでは、いやなの?』
上の娘の問いかけに、シンデレラは美しい碧玉から涙をぽろりと零します。
『確かにシンデレラのドレスは、少し流行のものとは違うのよね…』
下の娘が、シンデレラのドレスと、中将さまのドレスを見比べて言いました。
『いっそ、袖と襟を切ってしまったらどうかしら。ウエストも少し絞って…、スカートはチュチュで膨らませれば、流行に近くなると思うのだけれど』
『でも、そんな時間があるかしら』
上の娘が下の娘の隣に並んで言います。
『できないかしら?』
下の娘は、召使いたちを振り返りました。 召使いたちは、各々顔を見合わせると力強く頷いて、皆、揃ってお辞儀をしました。
『シンデレラ、ドレスに鋏を入れることになってしまうけれど、それでもいいかしら?』
シンデレラは、碧玉の瞳から再び涙を溢れさせながら、何度もうなずきました。
それを見た召使いたちはさっと飛び散ると、あるものは裁縫道具を取り出し、あるものはシンデレラを浴室に連れて行きました。二人の娘も裁縫道具を取り出して、手分けしてドレスに鋏を入れています。
『……私はそんなドレスで彼女を王宮へ遣るわけには行かないのですよ』
わたくしがいきさつをお話し申し上げると、中将さまは、激しくお怒りになりました。
『我が家の娘がそんなドレスで皆の前に姿を現したら、我が家はいい笑いものだ!あなたにはそんなこともお分かりにならないのか!?』
中将さまは、持っていらしたグラスを床に叩きつけて怒鳴られました。
『中将さまの仰るところはわたくしも理解しております。ですが、今、最も大切なのは、王子さまが、シンデレラをお待ちになっておいでだということではございませんか』
『ならば早くシンデレラを説得してきなさい!』
『ですから、シンデレラは、あのドレスを嫌がっていると、申し上げているのです』
『それをなんとかするのがあなたの役目でしょう!』
『仰るとおりです。ですから、今、なんとかしております最中でございます』
中将さまは、盛大に舌打ちするとベルを鳴らしました。開いた扉から部屋を出られたので、わたくしも急いで後を追いかけました。
『なにをなさるおつもりです』
中将さまは早足に階段を上られますので、わたくしはついていくのがやっとでした。
『あなたにお出来にならないのなら、私がやりましょう』
シンデレラの部屋に近づくと、ドアの前に立っていた従僕が二人、心配そうに中の様子を窺っておりました。中将さまとわたくしに気付くと、慌てて姿勢を正します。
『開けろ』
中将さまが命令なさいます。
二人は目を見合わせて、扉を開けるのをためらっております。この屋敷の召使いたちは、皆揃ってシンデレラの味方のようでございました。
『開けろ!』
先ほどよりも大きな声で、中将さまが命令なさいました。
二人は再び目を見合わると、恨みがましく中将さまを見て、仕方なさそうに、ゆっくりと扉を開きました。
内側には、私の娘が二人、頭を下げて立っておりました。
『淑女の支度中でございます』
『どうぞお引き取りを』
頭を下げたまま、二人の娘は中将さまに向かってそう申し上げました。
『退きなさい』
『そのご命令には従いかねます』
『お引き取りくださいませ』
娘たちの肩が震えていることに、わたくしは気がつきました。
『どういうつもりです』
中将さまは、わたくしに振り返ってお尋ねになりました。
『どう、と仰られましても。先ほどからご説明申し上げております』
『あなたがた母娘はなにを考えている!?笑いものになるのはあなたがたのシンデレラだぞ!』
『わたくしたちが考えておりますのは、シンデレラの幸せのことだけですわ』
『あのシンデレラが笑いものになるだなんて。シンデレラの可愛いわがままを笑える方なんて、この国にいらっしゃるとは思えませんわ』
二人の娘は顔を上げると、中将さまを真っ直ぐに見据えてそう言いました。
このままでは埒が明かないと思われたのでしょう。二人の向こうにある内扉に向かって、中将さまは、一歩踏み出されました。
すると、内扉は向こうから開き、中からシンデレラが現れました。
二人の娘は、隅に寄ってシンデレラに道を譲りましたが、その後に小さく溜め息をついていました。恐ろしかったに違いありませんから、わたくしは二人の娘の側に寄っていき、彼女たちを抱きしめました。
『シンデレラと一緒にいると、どきどきすることばかりだわね』
下の娘は、眦に涙を溜めて、そういって笑いました。
『でも間に合って良かったわ』
上の娘は、眩しそうにシンデレラを見つめてそういいました。