第六話。
都に移ってしばらくのち、シンデレラは中将さまの後ろ盾によって、社交界へのデビュウを果たしました。
若奥さまも中将さまも、シンデレラの貴婦人としての様子に、満足なさっておいでのようでした。
わたくしと二人の娘は、シンデレラとともに、中将さまのお屋敷に移り住みました。
中将さまのお屋敷は、もとはお祖母さまのお屋敷でしたので、わたくしにとっては馴染み深く、また懐かしい場所でもございます。
わたくしは、デビュウ以来毎日のようにシンデレラに届く、茶会や夜会の招待状、殿方からの贈り物へのお返事やお礼状を代筆するように、中将さまから言い渡されておりました。
シンデレラを王子妃候補にとお考えの中将さまは、殿方からの贈り物には全て目を通して、またお返事の内容も細かく指示をなさいます。
『あなたのなさることに間違いはないと思いますが、相手に気を持たせるような返事は、決して送らないでください』
わたくしの代筆した手紙を入念に読み終えると、中将さまは、最後に必ずそう仰るのでした。
『今日もシンデレラは綺麗だったわねぇ』
『ほんとうにねぇ』
ある夜、夜会から帰ってきたシンデレラのドレスの手入れをしながら、娘たちはうっとりと話しておりました。
わたくしは、宝石を磨きながら、聞くともなしに二人の会話を聞いておりました。
『やっぱり、シンデレラが王子さまのお妃さまになるのかしらねぇ』
『きっとそうよ。お姉さまはあの子よりも、お妃さまにふさわしい方がいると思って?』
『そうねぇ。あの子は優しいし、賢いし、きっと素敵なお妃さまになるでしょうねぇ』
『だけど、そうなったら、わたくしたち、もうあの子には会えないのね』
『少し寂しいわねぇ』
『そうね…。でも、それがシンデレラにとって、一番よいことではなくって?』
二人は、シンデレラと離ればなれになる寂しさを思って、溜め息混じりにドレスにブラシをかけると、大切に大切にしまいました。わたくしは、宝石を磨く手を止めて、二人を見つめておりました。
もし、シンデレラがお妃さまになったら――?。
『二人の娘はどうなるのでしょうか』
『あなたが心配することではありません。
あの二人のことは私がきちんと考えています』
わたくしは、娘たちの将来のことが不安になり、不躾とは存じましたが、中将さまの執務室にご相談に上がりました。
けれども、中将さまのお返事は、極めて素っ気ないものでございました。
『あの二人が修道院に入れるように、お取り計らいをいただけませんでしょうか』
『娘さんを修道女にするおつもりですか?』
『王子妃に血の繋がらない姉があっては、よくありませんでしょう』
わたくしの言葉に、中将さまはいささか驚かれたようでございます。
『修道院なぞ、なんの楽しみもありませんよ。若い彼女たちに堪えられるとお思いですか?』
わたくしどもに関する噂を信じておいでの中将さまは、修道院での厳しい生活は、二人には我慢できないと思っておいでなのでしょう。
『じきに王宮で舞踏会が開かれます。
それまでは私も忙しい。
あなたの娘さんのことは、その後です』
中将さまは、話は終わりとばかりに手元のベルを鳴らされました。すかさず侍従が扉を開いて、わたくしに退室を促します。
『あなたは?』
退室のために一礼すると、中将さまが不意に仰いました。
『はい?』
思わず問い返してから、無礼であったと気づき、慌てて深く礼をします。
『あなたは、どうなさるおつもりなのです』
わたくしの無礼な振る舞いに、ご気分を悪くされたのでしょう。中将さまは、わたくしを睨みつけておいでになります。
『わたくしは…、娘たちの暮らしが定まりましたら、召使いとしてでも雇っていただけるお屋敷に、お仕えしようと思っております』
わたくしがそう申し上げると、中将さまはさらに険しいお顔でわたくしを睨みつけられます。
恐ろしく、思わず身震いしそうになりましたが、必死で堪えておりますと、やがて中将さまが片手を振ってわたくしに退室するように命じられました。
『そのようなこと、できるわけがない』
扉の閉まり際、中将さまはこちらを見もせずにそう仰いました。