第四話。
夫の葬儀が済んで一番にしたことは、都の屋敷にいる執事を呼び寄せることでした。
それから、こちらの館の執事と都の屋敷の執事とともに、債務の整理を始めました。
次に、給金が支払えなくなる前に、召使いを何人か解雇することにしました。彼らの新しい奉公先を見つけるために、執事たちは伝手を頼って東奔西走してくれました。
わたくしも、召使いの新しい奉公先に、紹介状を何通も書きました。
何日もそれにかかりきりになり、娘たちのことは後回しになっておりました。
『ははう……、おかあさま、いま、お話しできますか?』
ある日、夫の書斎に籠もって、ひたすら紹介状を書き続けていたわたくしのところに、シンデレラがやってきました。
『お母さま、根を詰めすぎていらっしゃるわ。
少し休憩なさってはいかがかしら?』
一番上の娘は、お茶を持ってきてくれました。
『お母さま、お願いだから、シンデレラの話を聞いてあげて』
真ん中の娘は、わたくしの目を、まっすぐに見つめて言いました。
わたくしは、随分と長いあいだ、娘たちと話していないことに、そのとき、ようやく気づいたのです。
『――そうね、そうね。
少しお休みしましょう。
シンデレラ。
お母さまにお話しを聞かせてちょうだいな』
三人の娘たちは、互いに顔を見合わせておりましたが、意を決したように口を開いたのは、やはりシンデレラでした。
『あの…、はは…、おかあさま。
わたくし、知っているの。おとうさまが亡くなって、我が家は破産しそうなのでしょう?』
わたくしは、ハッとして、シンデレラを見つめることしかできませんでした。
娘たちには、この館の資産状況のことは、全く話してはおりませんでした。そのことで、不安を与えたくはなかったからです。
――今までも、決して裕福とは申せませんでしたが、娘たちに不自由な思いだけはさせたくないというのが、夫とわたくしの気持ちでした。
『それでね、おかあさま。
わたくし、今まで秘密にしていたのだけれど、おかあさまがわたくしに残して下さったドレスや装飾品があるの。
――わたくしには価値が分からないから、おかあさまが見てくださらないかしら?』
一瞬なんのことだか理解できませんでした。
けれどすぐに、シンデレラの生母が、シンデレラにドレスや宝飾品といった財産を残していたのだとわかりました。
わたくしたちは、シンデレラに案内されて、揃って主寝室に参りました。
シンデレラが壁の一部を動かすと、そこは空洞になっており、中に紐が下がっておりました。その紐を引っ張っると、大きな音をたてて、壁が動きました。
『まあ…。
子供のころに、絵本で読んだことがあるけれど、すごいわねぇ…』
『本当に…。
でも、どうしてわざわざ隠し部屋なんて作られたのかしら』
一番上の娘が感心したように言うと、真ん中の娘が相槌を打ちます。
シンデレラは、隠し扉を開けると、わたくしたちの方を、申し訳なさそうに振り返りました。
『今まで黙っていてごめんなさい』
シンデレラの美しい碧玉の瞳から、涙がひとしずくこぼれ落ちました。
隠し扉のなかには、数着のドレス、いくつかの装飾品と宝石、それから靴や小物が納められていました。
『おとうさまもご存知ないの。
わたくしとおかあさまの秘密だったの』
シンデレラは、ついに瞳を濡らして、泣きじゃくりはじめてしまいました。
夫が知らなくて良かったと、わたくしは後になって思いました。
もし夫が知っていれば、きっとこれらは、全て手放すことになっていたでしょうから。
『シンデレラ、泣かないで。
これはあなたのおかあさまが、あなたのために残して下さったものなのよ。
お父さまも、もちろんお母さまもお姉さまも、あなたがこのことを秘密にしていたからって怒ったりしませんよ』
わたくしはシンデレラを抱きしめて、こう言い聞かせました。
ですがシンデレラは激しく首を横に振ります。
『違うんだ!違うんだ、母上!
あの方は、これを俺のために残してくれたわけではないんだ。
これは、全てあの方とあの方の恋人との思い出なんだ!
俺が守ってきたのは、その秘密なんだ!』
わたくしも二人の娘も、ぎょっとして隠し扉の中をのぞき見ました。
まさか、シンデレラの母親に秘密の恋人がいただなんて、とても信じることはできません。
するとシンデレラは、古びた紙の束を持ってきました。
わたくしと娘たちは、その中の一つを、そっと開きました。
『愛しいあなた、今夜もあなたの夢をみます。あなたに会えない夜は長く、あなたがそばにいない朝など――』
恋文でした。
差出人の名こそありませんでしたが、記されていた筆跡は、亡くなった夫のものとは全く異なりました。
わたくしたちは、恐る恐る隠し扉の中に入りました。
そこにあるドレスや装飾品は、どれもこれも、粋を凝らし贅を尽くした、素晴らしいものばかりでした。
中でも一際目を引いたのは、一枚のドレスと靴、髪飾りでした。
数多の宝石がちりばめられ、太陽のように燦々と輝く髪飾り。
月の光を集めたかのような糸で織られたドレス。
そして、夜空に煌めく星をかき集めたように光り輝く靴。――ええ、そうです。皆様がよくご存知の『ガラスの靴』です。
……蛇足ですけれども、あの靴は、ガラスではございません。金糸銀糸で刺繍を施され、たくさんの宝石をあしらってある、ちいさなかわいらしい靴なのです。
わたくしたちは、全ての品を丁寧にしまいました。
『これは、いつか必ずあなたのために必要になるときが来るわ。
だからその時まで忘れていましょう。
あなたも、もうこの秘密の手紙のことや、亡くなったお母さまの恋のことなんて、忘れておしまいなさい。
ここはただの隠し部屋よ』
上の娘が、シンデレラを抱きしめて言いました。
『大丈夫よ。
シンデレラのお母さまの形見のお品を手放さなくたって、わたくしたちで協力すれば、きっとなんとかなるわ』
中の娘が、二人を抱きしめて言いました。
『おれも、できることをするよ。
だからおねえさま、なんでも言ってよ。
おれ、木の実拾いでも、魚釣りでも、なんでもするよ』
シンデレラは、涙と鼻水で可愛らしい顔をぐちゃぐちゃにしながら、そう言いました。
姉たちに『まず言葉遣いに気を付けなさい。あと魚釣りはダメよ』と、泣き笑いにそう言われ、シンデレラもつられて泣き笑いしていました。
わたくしは三人を見つめて、この子たちは本当に本当の姉妹になったのだと思いました。
同時に、娘たちが親離れしつつあることを寂しくも思いました。
『ああ、苦しかった!
やっと、この秘密のことを、お母さまとお姉さまに言えた!
すっきりした〜!』
シンデレラは、晴れ晴れとした表情で、そう言いました。