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第二話。

『都からは離れているが、住みやすいよい所だ。

 領民たちも、皆、気のいい者ばかりだよ。

 貴女とお嬢さんも、気に入ってくれると良いのだけれど』


 新しい夫は、自分の領地のことを説明するときに、少しはにかんだように笑っておりました。

 その笑顔のなかに、わたくしは、これからの生活の幸福を見たような気がいたしました。


 新しい夫の領地は、たしかに都からは離れておりました。

 わたくしも娘たちも、都から離れるのは初めてのことでしたので、不安がなかったと言えば嘘になります。

 けれども、その不安も、すぐに吹き飛んでいってしまいました。


 都から遠ざかるにつれて移り変わる景色が、わたくしたちをなぐさめてくれたのです。

 鮮やかさを増す木々の紅葉や、頂にうっすらと雪を載せた山、遠くに見える小さな動物。


 わたくしは年甲斐もなく、馬車の窓から見える景色に、夢中になってしまいました。

 娘たちも、窓の外の珍しい景色を指差しては、はしゃいでおります。

 その様子を見るにつけて、わたくしはこの結婚こそ、幸せなものにしたいと考えておりました。


 日が傾きはじめたころに、わたくしたちを乗せた馬車は、ようやく館に到着いたしました。

 

『初めまして、母上。俺がシンデレラです』


 初めてシンデレラに会ったときの衝撃を言い表す言葉を、残念ながらわたくしは持ち合わせておりません。


『おかあさま、わたくし、妹ができると伺っていたのだけれど…』


 少しおっとりした上の娘がそう言うまで、わたくしは硬直しておりました。


 ――皆様はいま、皆様のお住まいの国の言葉で、わたくしの話をお読みになっておいでのことと存じます。

 皆様のお国の言葉がどのようなものか、わたくしにはわかりかねます。

 ですが…。

 どのように御説明申し上げれば、皆様に分かりやすくなりますでしょうか…。


 率直に申し上げますと、わたくしどもの国の言葉は、男性が使う言葉と、女性が使う言葉では、いろいろと異なっております。

 

 そして、シンデレラは、男性が使う言葉で、話しておりました。


 シンデレラの父親は、文字通り、本当に男手一つでシンデレラを育てていたようなのです。


『驚かせてしまって申し訳ない、母上。

 あっ。その前に、母上とお呼びしてもいいだろうか。――ありがとう。

 俺の話し方がおかしいのは重々承知している。

 今までも、直さなければと思っていたのだが、残念ながら周囲に女性がいなくて、習得する機会がなかったのだ。

 これからは母上に習って、女言葉を習得したい。

 よろしく頼みます』


 ハキハキと話す姿には、大変好感が持てました。

 ですが、八つになるかならぬかの、女の子の言葉遣いとは、到底思えません。

 しかも、声が美しいぶん、さらに違和感を感じます。

 ですが、それは一旦置いておきます。


『それ以前の問題だから』


 しっかり者の下の娘が、シンデレラの腕を掴みました。


『あ、姉上?』


『そうねぇ。

 少しびっくりしたけれど、今の姿からすれば、言葉くらい、どうってことないように思うわ』



 なにしろ、シンデレラときたら、ドレスだかなんだか分からないほどボロボロになった衣服を着て、一体なにをどうしたのか、頭からかまどの灰でも被ったように、薄汚れたありさまだったのです。


『――とりあえず、湯浴みね』


 正気に返ったわたくしは、ようやっとそれだけ言いました。


 幸いなことに、以前にお仕えしていたお祖母さまが亡くなってから、奉公先をなくした召使いたちが、何人かわたくしについて来てくれました。

 上の娘は召使いたちをつかって屋敷の掃除を始め、下の娘はシンデレラを湯浴みさせるために湯を沸かし始めました。


 その間に、わたくしは、夫に頼んで館を案内して貰いました。


『このお館には、召使いはいらっしゃらないのですか?』


『召使いたちは、妻が…、あの娘の母親が亡くなったときに、ほとんど出て行ってしまったんだ』


 その時の夫の表情があまりにも寂しげで、わたくしは胸を突かれたような心持ちがいたしました。


『前の奥さまは、一体どのような方だったのでしょうか』


 召使いたちが、このお館から去って行った理由を聞き出すのは悪いような気がして、わたくしは、話題を変えました。


『そうだなあ。

 本当に貴族のお嬢さまだったよ。

 我が儘で、傲慢で…、美しくて、残酷で…』

 

 それ以上のことを尋ねるのは悪いような気がして、わたくしは、夫から詳しい話を訊くことを、諦めてしまったのです。

 夫も、わたくしに、過去のことを話すことは、一切ありませんでした。


 夫とわたくしが居間に戻ってくると、二人の娘は、シンデレラを見つめてうっとりしていました。

 湯浴みを終えて、娘らしい衣服を身につけたシンデレラは、恐ろしいほどに可愛らしい娘でした。


 肩にかかるほどの長さの髪は、光に透ける金色。

 触れずにはいられないほど柔らかそうな、ばら色のふっくらとした頬。

 唇は紅を引いたように赤く、瑞々しいさくらんぼのように、ぷっくりとしております。

 高すぎず低すぎず、絶妙なバランスを保つ鼻梁は、まるでお人形のようです。

 そして、なにより美しいのは彼女の瞳でした。

 髪と同じ色の、長い睫毛にふちどられたそれは、上等の宝石をはめ込んだように澄んだ碧色なのです。

 いまは日に焼けている肌も、よく見れば肌理細かく、室内で過ごすように気を付ければ、きっとぬけるように白くなることでしょう。


『かわいいわねぇ』


『ほんとねぇ』


 二人は飽きることなく、シンデレラを眺めていました。


 その日は、近隣の農家から、手伝いに来てくれた者たちもあり、どうにかその夜を過ごす程度には、館が片付きました。

 どうやら、シンデレラが『灰かぶり』状態だったのも、館を片付けようとしてのことだったのです。


 この時、もう少し彼らの様子に気を配っていれば、わたくしたち母娘も、『ろうやに いれられ』るようなことには、ならなかったのかもしれません。

 

彼らからしてみれば、わたくしたち母娘は都から来た『よそ者』です。

 しかも、召使いという『手先』まで連れてきています。


 シンデレラを愛し、心配する彼らにとっては、どれほど警戒してもしきれないほどの存在なのですから。

 

 数日でわたくしたちの引っ越しは片付き、彼らは大切なシンデレラがこれからどうなってしまうのかと、心配しながら帰って行きました。




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