手を離さない、離した
月明かりが照らす工場で座りながら休む。私の手はまだ比呂さんが握っていて、私は力を抜いているけれど、それでも彼は離そうとはしなかった。武蔵からは死角になっていて見えないようだ。恥ずかしいという気持ちはないけれど、落ち着く感じがした。どうして彼は離さないのだろうか。もしかしたら握っているのを忘れているのかもしれない。
「比呂さんはどうしてアメリカ大使館を爆破したんですか?」
武蔵の問いに比呂さんがぴくりと反応する。
「んー…なんて言えばいいのかな。あれね、俺が爆破したわけじゃないんだよ」
「は?」
「え?」
えへへ、と言っている比呂さんにぽかんとする。いやだって家で爆破したと言っていたじゃないか。頭がおかしい人なのだろうか。言うことが先ほどからコロコロ変わっている気がする。
「爆破したのは俺の元仲間なの。仲間というかなんというか、一緒に行動してた奴ね。でも裏切られちゃったみたいで、爆破した犯人を俺だって警察に通報されて、たまたまアメリカ大使館に呼び出されてた俺が見つかって撃たれたって訳よ」
「…やっぱりファンキーですね」
「そうかなぁ」
軽い口調で比呂さんは言っていたけれど、目に陰がかかっている気がした。もしかしたらこの人は辛いのではないだろうか。仲間に裏切られ撃たれて、そんな仕打ちを受けて平気でいられるはずがないのに。
けれど、信じて良いのだろうか。私たちを騙す嘘なのではないだろうか。けれど私たちを騙す意味などどこにもない。利益もない。私たちはむしろ邪魔な存在のはずだ。なにもできないお荷物なのだから。
「でもまぁさ、別にいいんだよね。警察に追われる予定が少し早まったってだけだし」
「どういう意味ですか」
武蔵の言葉に比呂さんが苦笑いを漏らす。私の手を先ほどより強く握って離した。
「俺ね、全部壊そうと思ってるんだ」
凛とした声が響いた。その後に静寂が訪れる。最初は冗談を言っているのかと思ったが比呂さんの目を見て、冗談ではないことに気づく。
全部壊す、とはどの規模なのだろうか。なんのことなのだろうか。憶測ばかりが脳内をぐるぐるする。
「全部ですか?」
「そう、全部」
「全部って」
「簡単にいえば世界かな」
簡単すぎて難しい。世界とはこの地球なのだろうか。わざとらしく首をかしげている比呂さんを凝視する。なんの為に世界を壊すのだろう。
「安心して、最後まで巻き込むつもりはないよ」
その言葉に私ではなく、武蔵が安心したように息を吐いた。比呂さんに連れていかせるように言い出させたのは武蔵なのに、何故武蔵が安心しているのだろうか。それに私も安心するべきなのに、何故安心できないのだろうか。
なんだか胸騒ぎのような、焦りのような、そんな気持ちになった。