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別れ話は終わらない

作者: 前向前進

 ちょっと読みづらいかもしれません。

 どうしてこうなったと諦めるのはまだ早い。今はまだ、別れ話の途中である。しかし、この話はほぼ別れることを前提として話が進んでいるので、不可能に限りなく近い可能性なんてものもなく、独り身になる道しか残されていない。そもそも、遠距離恋愛自体が悪かったのだろうか。仰向けになりながら、失敗してしまったあの日のことを考える。

 先日、彼女の中田莉奈と久しぶりに会う約束をした。デートコースもこちらから決めて、彼女のためにとプレゼントまで用意した。天気予報も確認して、予想外の天気になっても大丈夫のように別のデートプランまで考えた。しかし、実際のデートはうまくはいかなかった。彼女は俺の気持ちなど知らず、約束した時間の一時間後に現れて、こう言ったのだ。『私たち、別れよう』と、『新しい彼氏ができたから』と。

「二股かけられていたのか、俺って」

 今ごろ気づいたところで仕方のないことだ、と踏ん切りをつけて続きを考える。

 なんでだよ、とか、別れたくない、とか思う前に俺は、そうなんだ、と思ってしまった。彼女は昔からモテるのは知っていたし、それが原因で嫌がらせの被害を俺は受けたこともある。

 そんな彼女に新しい彼氏ができたのは当然と言えば当然なんだろうけど、それだったら彼氏ができる前に別れ話をしてくれたっていいじゃないか、と今更喚く。

 携帯電話から着信音が鳴った。中田莉奈からである。メールを開くと、『今、そっちに行くから』と絵文字も顔文字もない淡白な内容だった。別れ話に決着をつける気だな、と思い出を振り返るのをやめて、俺は部屋の片付けを始めた。


「私、あなたのこと嫌いになったの。その誰にでも媚を売ろうとする、プライドの低さはもう見たくない」

 彼女から告白されたときは、これと全く反対のセリフを言われた気がする。誰にでも優しいあなたがなんとかこんとかって。あのときのことは全然覚えてないから、確かな内容はわからない。過去にどんなことがあろうと、今はもう別れる寸前なのである。

「どうして?」

「はぁ? 話聞いてなかったの?」

 彼女は心底不快な顔を見せた。

「いや、聞いていたけどさ。どうしてそうなったのかなーって」

 最後に彼女と会ったのは三ヶ月前。そのときは全然普通だった。親の転勤で今年の三月にここから何十キロも遠いところに引っ越すことになった彼女は、そのときは泣きながら俺との別れを惜しんでいた。

「そういう態度もイライラするのよ!」

 今となっては怒られる始末。トホホ、と落ち込めばちょっとは空気は良くなるのかなー。なるわけないか。

「あのさ、こっちもこっちで色々とあるんだから、早く別れてくれない? 私の彼氏はもう他にいるんだから」

 どうしてこんなに彼女は俺と別れたいのだろう。顔? お金? 性格? それらを含めた俺の全てが嫌になったから? とネガティブなことを考えて、俺はもう一つ疑問に感じたことを聞いてみることにした。

「あのさ」

「なに? 別れたくなった?」

「どうして俺と別れないの?」

 彼女の顔が凍った。的を射たようでよかった。そもそも、というか、それ以前にどうして彼女は俺に会いに来ているのだろう。別れたいのならメールでも電話でも無視すればいいし、あのとき会ったときに無表情で『別れよう』と伝えてくれれば俺はきっちり失恋できたはずだ。なのに、彼女はこうも俺と会いたがる。なぜだろう?

「そ、それはあなたにストーカーされないようにきちんと別れて、それぞれが納得できるようにするために決まっているじゃない」

「へーそうなんだ」

「はあ? なに勝手に勘違いしているんだか」

 俺の顔を一瞥すると溜息を吐いて顔をそらした。何十キロも先にある家に住んでいる人のストーカーをするやつなんて見たことも聞いたこともない。その前に、それをストーカーと呼ぶのか? とくだらないことを考えて、そういえば、と彼女に伝えなくてはならないことを思い出した。

「あのさ、俺、美希ちゃんと中尾さんにアプローチかけられているんだよね、最近」

「どういうことよ、それは」

「顔が近い。顔が近いよ」

 ぐいっと彼女の怖い顔が至近距離に映る。話題に食いついてきたけど、このままだと俺まで食われそうだ。俺は美味しくないぞ。

「いや、なんか俺と莉奈、じゃなくて莉奈さんと別れるって話が数日前から広まっててさ。誰にも話していないのに」

「うん、それで?」

「俺と莉奈、じゃなくて莉奈さんと別れるって噂が広まってから、やたらとメールが来るようになったんだ」

 内容は至って普通である。昨日のあの番組に出ていた人面白かったよね、とか。最近、物騒なニュース多いよねー、とか。授業がつまらない、とか。数学が苦手だから教えてほしい、とか。メールの回数が多いことを除けば、そんなもんである。

「それで、特に多いのがその二人なんだ」

 別に迷惑だとは思っていない。むしろ、次の恋愛に向けて頑張れるから嬉しい。莉奈さんと別れたら、しばらくはその二人と一緒にいよう。それで仲良くなった方を新しい彼女にしよう、と今後の計画を立てる。

「あいつら、私がいないからって好き勝手しやがって」

 と彼女は親指をかじった。悔しさと怒りを我慢しているように見えた。二人は見事に彼女の知り合いでもある。美希ちゃんは彼女が在籍していた部活の後輩だった子で、中尾さんは彼女の従姉妹。

 彼女は突然、立ち上がった。なんだ、怒ったのか、と思いながら顔を見上げる。彼女は結構沸点が低い。怒ると手がつけられなくて、俺はいつも困っていた。沸騰石を入れた方がいいのではないのか、と彼女を見据える。

「私、やっぱりあなたと別れないわ」

「俺のこと、嫌いになったんじゃないの?」

 と言ったら、キスをされてそれ以上の言葉は防がれた。残念。だが、嬉しい。

「なんだ、やっぱり嘘なんじゃん」

「新しい彼氏がいるって言ったのも嘘。そんな簡単に新しい彼氏が私にできると思ったの?」

「俺なら一日二日でできる自信はある!」

 美希ちゃんと中尾さんに積極的に接すれば、どちらかが必ず彼女になってくれるはず。美希ちゃんは俺に対して敬意というか憧れが。中尾さんは、俺をかわいい後輩として見てくれている。彼女の一つや二つ、楽勝だ。

 彼女はニコッと笑うと、テーブルに置かれた俺のスマートフォンを取り上げ、俺に見せつけながら慣れた手つきで操作した。

「今度から私以外の女に電話もメールもしたらダメだから」

「LINEとかTwitterとかFacebookはいいの?」

「それはもちろん、ダメ」

 見せられたのは電話帳。一つ一つ的確に俺と仲のいい女の子やあまり会わない女の子、とにかく女の子のアドレスを消していく。もちろん、自分の名前は消さなかったが。やっぱりダメか。なら、やっぱり俺には彼女しかいない。彼女だけを見ていよう。彼女だけを好きでいよう。

 にこやかに彼女は笑うと、俺の隣に来て、からだを預ける。

「好き、大好きだよ、ヒロくん」

「俺も、好きだよ、莉奈」

「私のこと好きなら、寂しいときに隣にいてよね」

 ごめんごめん、と苦笑いと共に彼女の唇に自分の唇を合わせる。鈍い俺でごめん、と伝えた。



「ヒロくん、このメールアドレスは誰のものかな?」

 同じようなセリフは、以前も聞いた気がする。確か、別れ話が終わった日のことだ。同じく、俺の電話帳から彼女以外の女の子のデータが消された日でもある。災難な一日だった。

 親を説得して従姉妹の家に住むようになった莉奈が、トイレから戻ってきた俺に見せつけたのは、またもや俺のスマートフォンである。

 どれどれ、と白々しく自分のスマートフォンに映し出された文書を見る。一瞬、考えるそぶりを見せて彼女の態度を確認。嘘はつけない、と判断する。

「これ、隣のクラスの倉沢さんっていう人だな、多分」

 委員会で一緒になったからあれだこれだと話しているうちに仲良くなって、アドレスとかを教えてもらった。貴重な女の子のアドレスである。

「削除、と」

「あー」

「何か問題でもあった?」

「いいえ、ございません」

「そうよね」

「お腹空いたんだけど」

「はいはい。今日はね、いっぱい作ってきたからたくさん食べてね」

 あーん、と俺に向かって手作りの料理を渡してくる。美味しい、と言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ。やはり、俺の彼女は彼女だけなのである、と今日も一日思うのであった。

 小説のお題を調べ、その文が出てくるような内容を考えたらこんな小説が出来上がりました。お題は、『親指の爪をかじる』でした。元々、お題は三題出されていたんですけども、一つのお題で色々と手いっぱいになって、結局、一つのお題をクリアしてあとはやめました。

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