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【競作~起承転結~転の怪】悪魔のドミノ倒し アイの章 ~アイ無き世界~

作者: 云上泰

競作 起承転結 転の回へようこそ! 今回のテーマは『花火』です。ジャンルは毎度おなじみファンタジックホラー!

それでは、参りましょう!

 この世に、天使の存在を信じる者がおります。絶望的な状況で手を合わせ、己の内にある罪を告白し、許しを乞い、祈る。そんな者がおります。

 その者は天使の、はたまた神の御業を信じ、ひたすらに祈る事でしょう。事態を良い方向へ導いてくれと、救ってくれと。

 ですが、大抵……祈る者は己の『何を』差し出して祈るでしょうか?

『金』『時間』『地位』『財産』『家族』……これらのどれも差し出さずに祈る者が殆どでしょうか……? ですが、全てを差し出したとしても天使はきっと、祈る者を助けはしないでしょう。

 なぜなら……。



 漆黒の空に浮かぶ、飴玉の様な満月。神々しい月の光は、己よりも明るく発せられる下界の街並みを見下ろしていた。立ち並ぶビルに、騒々しい音を発しながらガスを振りまき走る自動車たち。そして、暗い色の入り混じる草原の様な人、ひと、ヒト。

 月はそんな下界を憐れむように、悲しげに霞んでいった。

 そんな朧月を見上げる独りの女性。男物の黒いジャケット、ズボン、コートを見に纏い、革製の手袋を手にギュッと填めていた。

彼女は3階建てのビルの屋上の柵の外側でしゃがみ込み、蜻蛉の目の様に大きなサングラス越しに今宵の得物を物色していた。目ぼしい者が見つからなければ、隣のビルへ猿の様に飛び移り、また人の波を見下ろす。

 すると、一軒の飲み屋から複数の男性と1人の女性が出てくるのがサングラスに写った。男たちは、顔を真っ赤に染めた女性の肩に腕を回し、人気のないビルの隙間に入って行った。黒づくめの女性は、屋上伝いに追い掛け、これから起こる事態を真上から見下ろした。

 

「だから言ったろ? テキーラ飲ませればイチコロだってよ」


「へへ、ちょろいな。今回は中々の上玉だぜ」


「もう1人欲しいところだなぁ。この前の娘、呼ぶか?」


「写真をチラつかせりゃ、すぐ飛んでくるだろうぜ」


 男たちは馴れた様に女を羽交い絞めにして服を1枚1枚剥ぎ取っていった。事態に気付いた女性は悲鳴を上げようと息を吸ったが、それを合図に男が口を押える。4種類の笑いが裏路地から篭れ出で、表通りでかき消される。表の人々は裏で何が起こっているのかを知らぬまま、歩を進めていた。

 都会で起こる小さな事件。普段は何も問題なく始まり、終わるはずだった。

 だが今宵は、違った。

 黒ずくめの女性は剥き出しの配管パイプを掴み、慣れているかの様に勢いよく滑り降りた。男の背中に片足で着地し、もう片方の脚で左隣の男の頬に靴底を叩き付ける。

 何が起こったのか、上空から何が落ちてきたのか残りの2名が確認しようと目を凝らす間に肘、拳、が腹部に命中し、4名が地面に蹲る。

 それを見て、サングラス越しに女は笑った。指の骨を景気よく鳴らし、構える。


「さ、始めようか?」


 それを合図に、女は男たちを嬲った。笑いながら腹を穿ち、股間を蹴り上げ、腕を捩じった。悲鳴を上げ、助けを求める男たちの胸倉を掴んでは地面に叩き付け、顔を踏みつけ、楽しそうに笑う。

半裸の女性は唖然とその光景を眺めた。最初は『助けられたのだ』と、安堵の笑みを漏らしたが、徐々に顔の筋肉が引き攣っていった。しばらくすると、男のひとりの歯と血が眼前を横切る。


「た、助けて……」


 誰に助けを乞うているのか、男はそう漏らし、再び黒ずくめ女に引き戻され、玩具にされた。

 時間にして5分程経つと、黒き女は転がった4人の被害者を見下ろし、ふふっと笑った。


「楽しかったよ」


 そう言い残すと、彼女は光届かぬ裏路地から姿を消した。



 息を荒くさせながら裏路地を走り抜ける黒き乙女。手に填めた血染めの手袋をポケットに仕舞いながら、公園の公衆便所へ駆けこむ。

 サングラスを外し、蛇口を捻り、顔を洗う。一息つくとマジシャンがやるように片手でマッチに火を灯し、タバコを咥えた。しばらく煙を胸いっぱいに吸い込み、快感や後悔の念と一緒に吐き出す。

 しばらく正面の鏡に向かって笑い、吸い終わったタバコを携帯灰皿に押し付ける。すると、顔をクシャっとさせた。


「アタシって……最低だな」


 野村沙紀は一言、苦しそうに呟いた。



 時間にして深夜2時。マンションの立ち並ぶ住宅街の4階で高橋は気怠そうな表情を画面に写しながらキーボードを警戒に叩いていた。

彼の広い部屋には、彼の机を中心に数十本ものコードが部屋全体に広げられ、いくつもの機器に接続されていた。壁は見えず、びっちりと本棚が置かれおり、そこに日付順に整理されたスクラップブックや専門用語の並べられた資料がこれでもかと仕舞われていた。

 大柄で肥満な彼は、そんな中を器用に動き回り、必要な資料を手に取ってパソコンの前にどっしりと座った。


「うぅん……なるほどねぇ」


 独り言を漏らしながら菓子を頬張る。一見、不衛生に見えるが彼はここでも器用に手や口を動かし、食べかすを机や床、キーボードには落とさないよう慎重にポテチを食べていた。


 すると、唯一本棚の置かれていない場所にある窓がガラリと開き、そこから沙紀が入ってくる。


「おじゃま」


 靴を片手にコードを踏まないよう入室し、高橋の背後へ回る。


「シャワー、借りるぞ」


 と、玄関へ靴を放り投げる。広めの洗面所へ向かい、ジャケットやワイシャツ、ズボンを洗濯籠へ放り込む。下着姿で鏡に体を写し、自分自身の体に異常はないかをチェックする。


「怪我は……なし、かな」


 安心するようにため息を吐き、下着を脱ぎ捨て、バスルームへ足を踏み入れシャワーを頭から被る。


「冷たっ! うぉ! 痛ぇ!!」


 不意の痛みに表情を歪め、頭を押さえる。排水溝に水と薄まった血が流れ出ていた。


「やっぱか……この程度なら、縫わなくていいだろ、うん」


 傷口の具合を指先で確かめ、納得した様に頷き、シャワーの水に体をゆだねる。汗を綺麗に流し、冷水から湯に変わるタイミングを肌で感じ取り、心地よさそうな鼻歌を歌い、泡立ったスポンジで体を擦る。


「大丈夫、落ち着け……アタシは、アタシはあの人を救ったんだ……良い事をしたんだ。そうだよ、うん。だから、大丈夫……大丈夫……」


 傷の痛みを堪えながら髪を洗い、泡を全て流す。全身を洗い終えると、髪をバスタオルで拭き、身体に巻いた。まだ血が止まっていないのか、真っ白なバスタオルがほんのりと血で染まっていた。

 鏡の前に立ち、自分自身を睨み付ける。


「アンタは最低だ。いいか、アンタは最低のクズだ! もうやめるんだ、あんな事。もう……やめ、るんだ……くっ」


 表情をクシャクシャにさせ、ジャケットのポケットから血が付いて錆びた鈴を取り出し、耳元で鳴らす。『チリン』という音は鳴らず、『カラン』というボケた音が微かに鳴った。


「落ち着け……落ち着くんだ、アタシ。落ち着け……」


 その場で苦しそうに蹲り、沙紀はしばらく唸り散らした。



 彼女が下着姿で洗面所から出ると、高橋が瓶ビールを彼女に向かって投げつけた。それを自然に受け取り、素手で詮を開けて一気に飲み下す。


「落ち着いたか?」


 彼が問うと、沙紀は苦そうな表情でゲップを小さく漏らした。


「まぁね」


 空の瓶をシンクに置き、冷蔵庫からもう1本取り出す。


「で、どう? 見つかった?」


 彼女はビールをラッパ飲みしながらパソコンの画面を覗き込んだ。そこには彼女の頭では理解できない数字や英文、ようするに『コード』がトコロ狭しと広がっていた。


「警察が4か月費やしても見つからない奴が、そう簡単に見つかりますかって。でも、手掛かりは掴んだよ」


 高橋は自慢げな表情を彼女に向け、ポテチを頬張った。


「さすが情報強者。仕事が早いねぇ」


 高橋はネット上で削除された情報をサルベージ、復元する仕事をしていた。それを必要としている者に高い値段で売りつけ、今の生活を送っている。


「あまり苦労はしなかったね。沙紀さんの弟の……武雄くんの名前を打ち込んでヒットしたヤツを拾い上げて復元したら、こんなのが出てきたよ」


 マウスをクリックすると、画面にある掲示板の名前が映し出された。そこには『天誅掲示板』と書かれていた。下方へドラッグすると、人物の名前、年齢、職業、住所などの個人情報が載せられていた。顔写真までアップされてる者まであった。

 その中に『野村武雄』の名が書かれていた。


「……ど、どういう事?」


 沙紀は表情を歪め、画面を注意深く眺めた。


「どうやら、世間を騒がせた『天誅掲示板』に書き込まれて、その主、またはこれを見た犯人に殺された、みたいだね」


「その主はわかるの?」


 目を血走らせた沙紀は歯を剥きだしながら問うた。


「ちょっと待って下さいよ」


 軽快にキーを叩き、画面を目まぐるしく走らせる。しばらくするとパスワード画面が開かれるが、それも問題にせずに進んでいく。


「なんでわかるの?」


「そーいうソフト使ってるの。裏で6桁はしたかなぁ」


「裏って……あんた」


 『天誅掲示板』を作った主の情報が画面に映し出される。だが、殆どが不明と表示されていた。


「くそ、僕より一歩上手みたいだね」


「じゃあどうするの?」


「手は打ってある」


 沙紀が苛立った表情を見せる間に高橋は休みなくキーを打ち込み、画面に日本地図を写した。


「君が来る30分前に用意したんだ。ま、見ててよ」


 すると、日本地図上に光点が映り、それが次の光点へ向かう。それが連続し、合計で光点が27個映し出され、それら全てが線で結ばれた。光点の隣には『天誅掲示板』に書き込まれていた名前と日時が記されていた。


「これが『日本のジャック・ザ・リッパー』の犯行時刻表」


 自慢げな表情を作る高橋。目を丸くして驚きながらビールを呷る沙紀。


「どうやってこれを?」


「警視庁のパソコンにハッキングして情報を頂戴したんだ。ま、ハッカー対策がザルだったから自慢するほどではないけど」


 フン、と鼻息を漏らし、マウスを操作する。


「いいかい? この犯行時刻表を見ると、ただ自分の決めた順番でターゲットを殺しているように見える……けど、この表には無理があるんだ」


 と、野村武雄の名をクリックする。


「ほら、君の弟の犯行時刻と、次の犠牲者の犯行時刻。これを成立させるには東京から名古屋まで3時間で移動しなきゃならない。なんか無理が生じると思わない? 他の犠牲者たちを殺害するのに最短でも1日半は要している。まぁ、これでも早いほうだけど、この13番目と14番目の犯行は、なんか不自然なんだよね」


「確かに……つまり、犯人が2人いるってこと?」


「どうかな? こういった犯行は複数人で行うほどに成功率が減少するからね。それをわかった上で行動していると思うよ。それに……」


 高橋は再びキーボードを操作し、警視庁のデータファイルにアクセスした。


「犯行の手順、凶器、痕跡などが27つの犯行全て一致しているんだ。この13番目と14番目もね。なんか、おかしいよね?」


「……アタシに問われてもわからない……頭ぁ良くないし」


「じゃあ話を進めるよ。この27か所への移動手段や時間などを考慮すると、空路を使った可能性が高いんだよね。で、空港のデータをハックして共通の日時とチケットを予約した人物を探してみたんだけど……それらしいヤツが見つからなかったんだ。警察が見つけられないわけだよ……」


「もったいぶらずに話してよ」


 沙紀は少々イラつきながら高橋を睨んだ。


「はいはい。犯人は、僕の様にネットワークを知り尽くしているヤツなんだ。きっと空港のデータファイルにハッキングして自分のデータを消したんだろうね。で、そんな腕効きのハッカーの情報を夜も寝ないで昼寝して調べた結果、数人に的を絞れたんだ。で、更にそいつらの個人情報を高い金を出して買って、色々と調べてみたんだ。『履歴』をね」


 彼が語るには、個人情報は裏では当然の様に取引されていた。住所、電話番号から始まり、履歴書や保険証に記される情報などがピンキリな値段で売買されているのだと言う。

 高橋はその情報のブローカーを何人も知っており、そいつらからハッカーの重要情報を数十万で買い取ったというのだ。

 そこから得た番号などでレンタルビデオ屋や図書館などのデータにアクセスして、何を借りたのか、または買ったのかを調べ上げたのだった。


「苦労したよ? まさにその人の人生を眺めている気分だった。数人の中のひとりがAVマニアでさぁ、なんと……おっと、で犯人だったね。こいつだよ」


 高橋は2週間調べた結果を画面に映し出した。顔写真から生年月日、履歴が全て掲載されていた。そこには『野沢修司』とあった。


 それを目にして沙紀は目の色を変え、拳をギュウっと握りしめた。


「こいつが、弟を……」


「多分ね。証拠は全くない。炙り出した結果だ。でも、こいつが犯人である可能性は98%だ。履歴を見たけど、こいつしかない、と思ったね。あらゆるオカルト系の本とか、解剖学の書物を買い漁っていたみたいだからね。それに、救命技能認定書を律儀に更新しているみたいだしね」


「何か関係あるの?」


「人工呼吸や心臓マッサージをする際、何を学ぶ? 的確な心臓の位置だよ。それを書物だけでなく、実戦経験から学んだのさ。だから、あんなに手際よく人を殺せたんだ」


 高橋は複雑そうな表情を浮かべ、2ℓペットボトルの炭酸飲料をラッパ飲みした。一息つくと、沙紀に向き直り、語り始めた。


「書物やネット上にある情報ってのは、なんにでも使えるんだ。良い事にも悪い事にも。応用力のあるヤツなら、なんにでも使えるだろうね。きっと、この野沢はそういう事に関しては天才なんだろう。更にハッカーには備わってない『現実世界での行動力』まである。それを全て『殺人』に向かって使ったんだ。ネットワークって奴は、それだけ怖いって事さ。

 さらに、ネットワークは現実世界とは違って『無法地帯』だ。力ある者は何でもできる。僕みたいに個人情報を買って力を行使すれば、その人物の人生を意のままに出来るだろうね。そして、現実の生活が破壊される……」


「いつの間にか『首輪』が付けられ、飼いならされる……そういうシステムって事か」


「え?」


 沙紀は悲しそうな表情を作り、高橋の丸い顔を見た。


「『法律』と『ネットワーク』ね……誰かが言ってたんだ『すべては秩序の為、人間は飼いならされなければならない。秩序の為ならどんな悲しみだって命だって犠牲にすべきだ。何より大切なのは秩序』だってね。その結果、今の社会がある……これでいいのかな?」


「そのために、沙紀さんみたいな人がいてもいいと思うんだ。『ダーティー・ハリー』や『バットマン』みたいな人がね」


「アタシはヒーローなんかじゃないさ……」


「誰もヒーローなんて言ってないよ。知ってる? 彼らはヒーローじゃないんだよ。それがわかっていて、あぁいう行動をしているんだ。沙紀さんと同じさ」


「……アタシの動機は、最低だよ」


「動機なんて、みんな同じだよ。全ては不純な心から始まる」


 そう言うと、高橋は先ほどまでのデータを入れたUSBメモリを先に手渡した。


「とりあえず、今までのデータを渡しておくよ。見やすいように編集もした。この情報をどう使うかは、君次第だよ」


『情報』を手に取った沙紀は、目を瞑り、何かを思った。それは怒りや憎しみ、悲しみ、暴力衝動……それらを全てひっくるめた恐ろしい何かだった。だが、それら全てを抑え込もうと必死で心に何かを訴え、昔聞いた鈴の音を思い出した。


「ありがとう……助かるよ。で、今回の値段は?」


 その問いに対し、高橋は微笑みで返した。


「いいよ。君には恩があるからね。高校の頃、いじめから僕を助けてくれた恩が……」


「別に助けたわけじゃ……まぁ、結果はそうだけど、あの時も……」


「理由はどうあれ、僕は感謝しているよ。それを素直に受け止めて欲しいな」


「……それは無理、かな」


 沙紀は力なく呟き、隣の部屋に敷いてある布団に寝転がった。

 自分の手に握られた、極悪人の情報。それをどう使おうと自分次第。沙紀は笑い出したくなるような衝動に駆られ、拳の疼きを覚えた。

 だが、そんな自分が外にでないよう必死になって心を抑えた。


「ちくしょう、悪魔め……心から出て行ってよ……お願いだからさ……」




 数日後の夕刻、沙紀はいつもの『怪しく思われない程度の黒づくめ』な格好を見に纏い、渡されたデータにある住所へ向かった。東京都内の住宅街の外れにあるアパート。そこに犯人と思しき人物である野沢が住んでいると情報にあった。


「落ち着け……アタシ」


 目を瞑り、深呼吸を繰り返す。すると、耳に付けたイヤホンから高橋の声が流れた。


「いいか? もしもの時は僕がサポートするよ。それに、君の心の声にもなるよ。だから、耳だけは貸してね」


「うん、わかってる……うん」


 沙紀はアパートの階段をゆっくりと上がり、記載されていた部屋番号の前に立つ。そこでまた深呼吸をしながら心の中であらゆる負の感情を抑え付けた。

 そして、呼び鈴を鳴らす。

 するとドアの向こうからごく平然とした「どうぞ」という声が迎えた。

 沙紀は訝しげな表情をしながらドアを慎重に開けた。どんな罠が待っていようとも飛んで避ける自信はあった。だが、意外にも何のトラップも用意されてはいなかった。

 正面にはテレビひとつ置かれていない、ガランとした部屋があり、その中央で野沢らしい人物が座っていた。


「刑事さんですか?」


 野沢は沙紀の顔を覗き込み、質問した。


「いいえ。私は……あなたが殺した青年の……姉です」


 今にも飛び出しそうな拳を必死になって押さえながら、奥歯で発音するように口にした。


「え? そうなの? なぁんだ」


 野沢は膨れ面を作り、そっぽを向いた。


「僕の撒いたパン屑を最初に拾ってここまで辿り着いたのは、まさか一般人だったなんて……ったく、警察もまだまだだなぁ~。あ、君はもしかしてハッカーか何か?」


 沙紀はその問いには答えず、ただサングラス越しに殺気の籠った眼差しを野沢にぶつけていた。


「なぁんてね。君は確か、野村武雄くんの姉の沙紀さんだよね?」


「な!? なぜ?」


「個人情報売買をやっているのは君だけではないんだよ? 僕は今まで殺してきた人々の近辺情報をくまなく頭に叩き込んだんだ。だから、あんな完全犯罪ができたんだよ」


 このセリフを耳にした途端、沙紀は鼻で笑い、歩を進めた。靴のまま部屋に上がり込み、野沢の鼻先まで近づく。


「認めたな? 自分が犯人だと……認めたな?!」


 片耳から流れる高橋の静止に耳を貸さず、野沢の胸倉を掴む。


「認めるよ。でも、ひとつ認めたくない事がある。君の弟は殺してない」


 このセリフに対し、頭や心、腸の煮えくり返った沙紀が受け入れるハズもなかった。


「ウソだ!!」


「あぁ……そう。なら、これは信じるかな? 今から20分後、ここから一番近い遊園地で『花火』が上がる。見に行ったらどうだい? いいショーになると思うよ?」


 この言葉が沙紀の心に水を浴びせた。


「え?」


 耳を疑い、野沢の目を見る。相手は楽しそうにニヤつき、腕時計をそわそわしながら眺める。


「早く行ったら? じゃないと、見逃す事になるよぉ~」


 沙紀は歯を食いしばり、野沢の胸倉から手を離し、回れ右で駆け出していた。イヤホンを押さえ、高橋に話しかける。


「くそ! ここから一番近い遊園地ってどこ?」


「待って、いま地図を……えぇっと、○○パークだ! そこから西へ4駅! 入場料は……」


「柵は超える! 爆弾の解体技術は?」


「今調べてるけど、すぐには出てこないよ!」


「何とかしてよ!!」


 沙紀は電柱を使って塀を駆け上り、道なき道を走り抜け、およそ10分で辿り着いた。監視カメラや警備員の目を掻い潜り、遊園地に侵入しパンフレットを取って頭を掻きむしる。


「ど、どこに仕掛ける? どこ……どこよ!」


 大玉汗を額に浮かべ、息を荒げながら膝をつく。


「爆弾解体なんか無理だろ! 客を避難させるんだ! なるべく人が密集している場所へ向かい、そこで……」


 高橋が言い切る前に、彼女は行動していた。無料雑誌を丸めてメガホンを作り、喉が裂けんばかりの大声で避難するように呼びかける。

 だが、誰も耳は貸さなかった。アトラクションの一部だと思い込む人もいれば、ただの目立ちたがり屋だと思うものなど、それぞれだが、誰も彼女の言葉を聞き入れる者はいなかった。

 そして、野沢が言った時刻になる。

 すると……空高く火の玉が舞い上がり、真っ暗な夜空に巨大な火花が散った。


「へ?」


 きょとんと空を見上げる沙紀。すると、高橋が悔しそうな声を出した。


「くそ、やられた! 今日はその遊園地で花火のイベントがあったんだ。早く気づいていればよかったんだが……冷静さに欠けたようだ! すまない!」


 沙紀はもう、なにがなんだかわからず笑い出していた。ケラケラと声を出して笑い、涙を拭う。


「野沢には、逃げられちまったか……な?」


 高橋が問うと、沙紀は何かを悟っているように口にした。


「いや、それはないよ」


 彼女は野沢のいるアパート目掛けてゆっくりと歩き始めた。



「お帰り」


 まるで待っていたかのように野沢は沙紀を出迎えた。相変わらず逃げる様子も抵抗する様子もなく、ただ彼は彼女の顔を眺めていた。


「君は僕の思うとおりに動いてくれたね。面白いよね『曲解』って。信じてるんだか信じてないんだか曖昧だ」


「あんた、何がしたいの?」


 野沢は狐に化かされたような表情をする沙紀の表情を楽しそうに眺めていた。


「僕は『悪魔』になるのさ。そう、これは確定事項だ。約束は果たされ、あとは迎えが来るのを待つだけ。今のは悪魔になった時の『人のおちょくり方』を実践してみたんだよ」


「悪魔?」


 沙紀と高橋は声を揃えた。

 彼の口当たりには比喩表現的なモノは感じ取れなかった。まるで『職業』でも指すかのような言い方だった。


「僕は、悪魔に恋をしたんだ。人なんていう陳腐な存在より、それよりサバけた悪魔。僕は恋をし、いつしかそれになってみたいと、思ったんだ。で、色々な書物を読んだよ。あらゆる文献を読んで……全てがインチキだとわかった時、僕の前に本物が現れたんだ。そう、あれは幻じゃない! 本物だよ!」


 子供の様にはしゃぐ野沢を目にし、沙紀は不気味に感じて怯んだ。


「で、彼は約束してくれたんだ『生贄をなるべく沢山捧げろ。大量の汚れた魂を持ってこい。そうすれば、お前を仲間にしてやろう』ってね! 僕は興奮したよ! で、26人目を殺した時、彼が来て言ったんだ! 『もう十分だ、その時が来るまで準備をせよ』ってね! 楽しみだなぁ」


「く、狂ってる、のか、な?」


 沙紀は高橋に問いかけた。


「……あぁ、ある文献を読んで『人に善悪、正負はない。あるのは人口分の考え方だけ』って結論付けたのがあったが……この目の前のヤツぁ完全に狂ってる!」


 野沢は笑みを絶やさずに沙紀を見た。


「ねぇ……取引をしないか?」


「……なに?」


「僕をここで殺さないでおいてくれるなら、君の弟を殺した真犯人を教えるよ。どう?」


「……条件が1つ」


「なに?」


「自首しろ。ぜんぶ……27の殺人が全部自分の犯行だと認めて、刑務所に入れ! そうしたら、その取引に応じるよ」


 沙紀は、喉の奥から飛び出そうな殺意の衝動を無理やり押さえつけた。『弟を殺したのはこいつだ!』彼女の心はそう叫んでいたが、高橋が疑問を抱いた犯行時刻や、野沢のウソのなさそうな瞳、そして『天誅掲示板に弟の名を書きこんだ人物』などの引っ掛かりが、彼女の頭にギリギリブレーキをかけていた。


「いいよ。多分、僕の行先は刑務所じゃないカモだし。警察は27の殺しは全部僕のモンだと決めつけているみたいだからね。いいよ」


 まるで子供の口約束の様な軽さだった。


「そうそう、そういえば気になっていたんだけど……本当は僕をどうする気だったの? やっぱかたき討ち?」


 沙紀は歯が折れんばかりに、拳が潰れんばかりに自らを抑え、語った。


「弟は、自分が犯した罪を認めて、それを心の底から償う気だった……でも、その前に殺された。どれだけ無念だったかわかる? だから、アタシは弟の命を奪った奴に、弟の分も償わせようと、頭ではそう思ってた……でも、今は……この暴力衝動を、殺人衝動を抑えるのに精いっぱいだよ……」


「ふぅん……そう。意外と理性的なんだね、君って」


「精神科でお世話になったからね。あんたもお世話になるといいよ」


 その後、沙紀はこの夜の内に野沢を警察署まで連れていき、自首させた。ずっと彼の背後で目を尖らせ、彼が署内に入っても外で3時間も見張っていた。


「なぁ、沙紀さん」


 高橋が不意に問いかけた。


「なんで一発も殴らなかったの?」


「……その一発を口火に、勢いで殺しそうだから……だよ」


 沙紀は物悲しそうに答えながら、拳から鮮血を滴らせていた。



 果たして、人間は悪魔に打ち勝てるのでしょうか?

 悪魔は人間を甘い罠で誘い、堕落させるでしょう。人間は、その誘惑に弱く、殆どの人はそれに勝てずに落ちていきます。

 では、どうやってその魅惑的な罠に打ち勝つことができるのでしょうか?

 そして、悪魔の嘲笑いを止める方法は?

 彼らが楽しむドミノ倒しを阻止する方法はあるのでしょうか?

 その答えは……。


如何でしたか?

今回は更に暴走してしまい、読みにくかったかもしれませんね……。

因みに、この話はサザンオールスターズの『01MESSENGER~電子狂の詩~』をヒントに執筆いたしました。 いい曲なんで、是非聴いてみて下さいね。

では、結に続く!!

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― 新着の感想 ―
[一言]  一作目の野沢、二作目の沙紀。これまでの話が綺麗に一本に繋がりました。いつもながらの兄貴の文章力にはいつも驚かされるばかりですね。  いくつかの伏線と謎を残したまま、これから迎える最終話……
[一言] 前2作に比べ、よりエンターテイメント性がアップしたように感じられました。 ダークヒーロー的な沙紀のキャラクター、野村との駆け引きなども読み応えがあります。 さて、次回の「結」。壮大な物語を如…
[良い点] 流れるような話の運びと、アイデアは素晴らしいですね。 流石ですw [気になる点] ただ、今回は仕上がりがいまひとつでしたね。 まだ推敲の余地もあるようですね。 [一言] 総じて、ストーリー…
2013/08/11 00:02 退会済み
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