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13class  作者: 天野 美羽
2/2

招待状

「……やべっ、寝坊した」


時刻は21時。


もちろん学校の始業時間に寝坊っていうわけではない。


今日の日雇いバイトはビルの警備員という夜勤なため、それに備えて夕方から昼寝をしていた、それだけのことだ。


本来は20時半に起きる予定だったんだが、まあまだ間に合うだろう。寝坊することも想定しての起床予定時間だからだ。


「それにしても……懐かしい夢だったな」


小学5年生の時の夢。


金髪女の子が足を下ろした後のことはあまりよく覚えていない。


覚えていることとすれば、銃声のような音と共に廊下がまるでドラゴンが暴れた痕のように滅茶苦茶になったこと、なぜか同時に俺の頭の流血が止まって傷が治ったこと、いじめてた男子2人の姿は跡形もなくなったこと、奇跡的に周りの無関係な子たちには怪我一つなかったこと、授業を始めに廊下に訪れた先生が金髪女の子を強制連行したこと、いじめられていた茶髪女の子が「よかったー!よかったー!」と泣きながら俺に抱きついてきたこと、その日の俺のクラスだけ授業が中止になったこと、次の日には廊下が綺麗サッパリ直っていたこと、ぐらいだ。


……ちゃんとしっかり覚えてたな。


コトン、と郵便受けに何かが入る音が聞こえた。


「なんだこんな時間に?」


音の軽さ的に新聞や配達物のような大きい物の類では無さそうだ。


俺は外出用の服に着替えるのを後回しにし、玄関の扉の裏側に付いている郵便受けの中身を見る。


都内のアパートに一人暮らししているので、自分で取らなきゃ誰が取るってんだ。


この前だって郵便受けにどんどん溜まっていく新聞を放っておいたら、わざわざブザー鳴らされて注意されたぐらいだ。


ちなみにその新聞配達員曰く、あまり新聞を郵便受けに貯めこむと家の中で「孤独死」されているんじゃないかと心配するとのこと。


俺は新聞には興味ないんだが、親が言うには「お前は学が無いんだからせめて新聞を読め」とかなんとかで無理やり契約させられている。


それはそうと、届いたのは2通とも封筒に墨を垂らしたかのような真っ黒な手紙だった。同じ物だろうか。


「手紙……しかも2通?」


宛名は一つは「高橋 渉 様」と間違いなく俺宛になっていたが、もう一つは……。


「おいおい間違い電話……じゃなくて、間違い手紙じゃないか」


だが知り合い宛てだったので、これなら俺が代わりに届けることは出来そうだ。


「……後で警備中に読むか」


とりあえずまずは今日警備するビル、トーマカンパニーの本社に行くことが先決だ。初めて行くところだから道に迷うかもしれないし、それを見越しての30分早起き設定が既にパーだからな。


俺は黒手紙を2通ともリュックにしまって、適当な服を引っ掴んで着替え外に出た。




「あちー……」


21時過ぎとはいえ、8月。


ここは天下の東京都空ヶ谷区。日本の中で一番人口が多い市区町村だ。東京都の中でも「能力」教育がかなり発展しており、科学技術も都内有数の区である。が、さすがに空の空気全体を冷やす技術は未だ開発されておらず、夏は暑い、冬は寒い、という自然法則には逆らえていない。


「能力」というのは大体9~13歳ぐらいの子供に始まる第二次成長期と共に現れる、昔の人間は持っていなかった異能の力、らしい。能力の内容や成長速度は人それぞれであり、また能力には寿命があり27歳前後で使えなくなる、らしい。


空ヶ谷区では能力を正しく使えるようにすることを教育理念に置き、全能力者に対し危険度(クラス)という格付けをすることで、それぞれのクラスや能力に合ったカリキュラムを幼い頃から子供に、一般教育に混ぜて行なっている。と言っても危険度(クラス)はたった3段階であり、しかもクラスⅢという最も危険な能力に分類される能力者は両手で足りるほどの人数しか居ないと言われる、都市伝説に近い存在なので、空ヶ谷区の能力者の99%はクラスⅠかⅡに分類される。俺はたまたまその都市伝説たる人間を2人知っているが。


「おっ、あれは。知貴ー」


トーマカンパニーに向かう途中、歩道のベンチに知ってる顔を見かけた。噂をすればなんとやらだ。




空御門知貴。クラスⅢ。


銀髪ショートヘアーの黒縁メガネが特徴だ。




知貴は呼びかけた俺の声に気づくと、慌てて何かを隠すようにバッグにしまった。


「?」


俺は気になりながらも知貴に話しかけるため近づく。


「それ以上来るな! 僕のカードがただの紙束になったらどうするんだ! 描くのだって楽じゃないんだぞ!」


「……あー……」


確かにそれはありえるな、俺の能力だと。


なので友達二人が話す距離感にしてはおかしい、「ちょっと離れて」俺は話し始める。


「なあ、あいつ見なかったか? 今日は何処にいんだろ……」


「あいつ? ……ああ、お前のことだから姫榊か。なんだ夜のデートか? ハッ、リア充は爆ぜろ。爆発して、爆発して、爆発して、死ね」


「ちげーよ、渡したいものがあるんだ。まあ見かけなかったら見かけなかったで別に明日でも今度でもいいんだが……」


「渡したいものがあるんだ……俺を、受け取ってくれ。ってプロポーズか? カーッ! カッコイイね! さすがイケメン様はやることが違いますわ! ぺっ!」


「なんでそうなるんだよ……」


こいつはどうも女と話している俺や他の男に対してつっかかってくる傾向がある。俺は慣れたけど。そして俺はイケメンじゃない。


「どこに居るかなんて本人に直接メールをして聞けばいいのにわざわざ僕に聞くことでリア充アピールするその腐った根性! その根性に免じて教えてやる、姫榊ならさっきTOUMA☆NANOZEに居たぜ。……ふん、教えてやったんだから金よこせ。リア充を後押ししてやった寛大な心の持ち主である僕を褒めろ! 尊敬しろ!」


「あーはいはい、いつか学食奢るから。じゃあな。俺バイトあるから」


俺は知貴の前を通りすぎてもう一つの手紙の宛先、姫榊がたむろっているというTOUMA☆NANOZEに向かう。


「女の子とデートするバイトですかー! そりゃあさぞ楽しいんでしょうねー!」という知貴の叫び声が後ろから追いかけてくる。恥ずかしいからやめてくれ。


「だいたい知貴は勘違いしてるんだよなー……」


俺は少しだけ曇ってる夜空を見ながら独り言を呟く。


俺と姫榊は確かに仲良いように周りからは見えるだろうが、単に姫榊が俺の能力を利用してるだけなのだ。自分のために。いわば利害関係だ。友人関係じゃないし、ましてや恋愛関係なんて……ありえないんだ。




一時期本気で姫榊を好きになっていたことがあった。その時に勇気を出して「好きな人居るの?」と聞いてみたことがある。既に居たらキッパリ諦めようと決めて。


答えは、「いるよ。ってかもう付き合ってる」だった。


「へー誰と?」とは俺は聞けなかった。


人のプライバシーに踏み込みすぎるのも良くないし、なによりショックだったのだ。


覚悟を決めていたのに、だ。


姫榊は可愛い、そして美人だ。この世の美人要素を全て詰め込んだじゃないかというぐらいのでたらめな美人だ。……性格は、少し、ほんの少し悪いけど。


だから既に付き合っている人が居ても不思議なことじゃない。


なのに俺は、諦めると決めたのに、結局どうしても諦めきれず、絶交できず、利害関係でもいいからと、縁を切れずに居る。


ちなみに姫榊の彼氏を今まで見かけたことはない。姫榊はいつも女友達2人とばかり遊んでいるようにみえる。


あまりうまく行ってないのか、表立ってベタベタするようなタイプじゃないのか。


恋愛的な交際経験皆無な俺にはよくわからん。




そんな昔のこと思い出しているうちにTOUMA☆NANOZEが見えてきた。


木造とシックの調和したオシャレな喫茶店。オープンカフェ席もあり、そこに姫榊と愉快なお友達2人が居た。


「あーっ! アイス無くなっちゃった!」と叫ぶ姫榊の後ろから声をかける。


「よっ、お三方」


3人が俺の姿に気づく。


「あ、渉! 渉が居ないから私のアイス壊れちゃったじゃないのー!」


「俺のせいかよ」


「当たり前でしょ。渉は私のお守りなんだから、ちゃんと役目果たしてよね!」


「お守りねー……」


俺は姫榊のバッグの取っ手に「これでもか!」ってぶら下がっているお守り軍団に目をやる。


無病息災や学業成就、交通安全は学生らしいと言えばらしいが、その他にも商売繁盛・千客万来・厄除け・方位除け・開運除災、挙句には安産祈願までよりどりみどりだ。しかもこれらを複数の神社にわたって付けているからカラフルなことこの上なし。


この神様軍団より俺1人のほうが実際役に立ってしまうというのも複雑な気分だ。ごめんなさい、神様ズ。


俺は姫榊のバッグに向かって合掌する。


「何やってんのよ。いくら漢字に神が入ってるからって、私を拝んでもご利益なんて無いわよ」


笑いながら俺にそう言う姫榊。




姫榊鈴音。俺が知っているクラスⅢ2人のうちのもう1人。さっきの夢の中で廊下を滅茶苦茶にしてくれた張本人だ。前述のとおり俺の初恋(絶賛片思い中)の相手でもある。


しっとりと肌が白く、キラキラとした勝ち気な碧い眼、スラっと通った鼻筋に、柔らかそうな薄ピンクの唇。幼い頃から既に美人の片鱗を見せていた身体は更に成長し、モデルやグラビアアイドル顔負けの抜群のプロポーションを誇っている。さすがに幼い頃のツインテールは今はやめたロングストレートで、前髪を鈴の形をしたピンで留めている。この金髪直毛は地毛らしい。どうやら母親が外国の方の人だとか。




そしてその正面の椅子に座っているのが風森絢香。クラスⅡ。夢の中でいじめられていた子だ。なんか俺はこの子との昔の大事な記憶を忘れている気がしてならないのだが、そのことについて本人に聞いてみても顔を赤らめて話を逸らされてしまう。


今は無事に能力も発現し、自分のことは自分で守れるほどに成長した。


姫榊と同じぐらいに伸ばした茶髪のロングヘアーに、人より少し大きな黒目。座っているので分かりづらいが、立つと身長169センチもあり男と大して変わらない。純日本人にしては白い肌をする腕には、いつも黒のヘアゴムが1つある。




2人の間の椅子に座っているのが水野梨英。クラスⅠ。


特殊な能力を持つために要研究とのことで、3年前に千葉県からこの空ヶ谷区の学校に転入してきた推薦入学生だ。わざわざ空ヶ谷区の教育委員会が学費を免除してまで転入を推薦するぐらいだからどんな能力なのかすごく気になるが、本人は「他人に話したら意味ないから」と言って教えてくれない。俺が水野に信用されていないから教えてもらえないのだと思っていたが、どうやら姫榊も風森も教えてもらえないらしい。


肩が隠れる程度の黒髪セミロングに、年齢よりもだいぶ幼い小柄な体型。ヒラヒラのフリルが付いたドレス調の服を着ていることが多く、それが幼さにより拍車をかけている。




「姫榊に手紙を持ってきたんだ。どうやら間違って俺のところに舞い込んだらしい」


空いていたもう一つの椅子に座りながら言う。


「あっ! 勝手に座るなしっ!」


水野が喚きだす。この子はどうも俺のことが苦手……というか嫌い?らしく、近くに近づくとこうして威嚇してくる。


「まぁまぁいいじゃん、空いてたんだし」


それを風森が宥める。この子は3人の中では一番冷静で、いつもこうして仲裁してくれる。


「家が隣でもないのに? ふーん。で、その手紙は?」


「これこれ」


俺はバッグから黒手紙を2通取り出す。


「俺にも同じようなの来てたんだよね」


「読んで聞かせてよ」


さも当たり前のように命令してくる姫榊。


「えっ、自分で読めよ」


「私が触ると壊れちゃうかもしれないじゃん」


「……はいはい」


姫榊の能力なら確かにありえるというか、ついさっきアイスを壊したばかりの前科付きなので、仕方なく俺が封を切る。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


拝啓 姫榊鈴音 様




突然のお手紙失礼します。


この招待状はクラスⅢの皆様全員にお配りしています。




あなたの願いを1つだけ叶えましょう。




ただし条件があります。


私が主催する危険杯(クラスカップ)に出場して、優勝することです。


参加を証明する指輪を同封しております。


この指輪を嵌めた時点で、参加に同意したものとみなします。




   ~~開催日程~~


8月5日の午前0時から無期限とします。


   ~~優勝条件~~


「全ての指輪を集める」


   ~~敗北条件~~


①「指輪を他の参加者に奪われる」

②「途中で自分の指輪を外す」  =棄権

③「禁則事項に抵触する」  =反則


   ~~禁則事項~~


「不参加者を殺人」




ご健闘をお祈りします。




※別途お手紙を追送することもありますのでご了承ください。




                    クラスⅩ  全知全能(フォルテッシモ)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「なんだー? 新手のダイレクトメールか?」


内容が胡散臭すぎる。


「うん、面白い手紙だったわね」


姫榊は手紙を見つめながら応える。


「でも鈴姉、なんでも願い叶うかもよーっ! 私だったら黒飴3年分お願いするなーっ!」


水野が目をキラキラさせ始める。やれやれ、甘党のお子様め。


「音姉、クラスⅩって……?」


風森が姫榊に聞く。


「詳しくは知らないけど、ただの都市伝説よ。私達が束になっても敵わないような最高最強の能力者が入るクラス、それがⅩ。でもそんなものは実在しないし、能力名だってそれっぽく強そうなの勝手に作ってるだけでしょ。多いのよねー、この手の誘い文句。クラスⅢとして名が売れるのも考えものだわ」


「てかなんでクラスⅡの俺にも来てるんだ」


念のため自分の方の手紙の内容も確かめるが、宛名だけ俺の名前に変わっていて以下同文だった。つまり「クラスⅢの皆様全員」に俺までカウントされてしまっている。


「暇つぶしじゃない? あるいは私の住所分からないから、私に一番近い関係な渉にこうやって送ってもらって、ついでに渉宛にも作っちゃおー、みたいな」


「鈴姉に一番近いのは私ですーっ! こんな毛むくじゃらヘドロには近づかせないですーっ!」


そう言って水野は机の下に潜り込み、姫榊の脚に頬ずりし始めた。


「住所分からんっておま……。送る前に調べることぐらいできんだろ普通」


毛むくじゃらヘドロと呼ばれたことはスルーしながら、俺は手抜きにも程があるだろ……と言った口調で言う。


「音姉いつも区内のホテル渡り歩いてるもんね」


風森が姫榊の言葉を補足する。


「ファッ!? どんだけ金かかる生活してるんだよ」


「たいしたことないわよ。1泊5万円ぐらいよ」


いやたいしたことあるだろうがこのすっとこどっこい。


「で、渉はこれ参加するの?」


「えっ、悪戯じゃないのか? これ」


俺はもう一度手紙を見直す。


「私は暇だし出てみようかなぁと思ってるんだけど」


姫榊は封筒からキラキラした赤色の宝石が付いた指輪を取り出してみせた。


「じゃあ俺も心配だから出」


「うわー、ストーカーだー、キモーイ」


水野が机の下から顔の目元までだけ出し、ジト目で俺に言う。


「風森、こいつ蹴っていいか?」


「まぁまぁ……」


風森の宥めに免じて俺は聞き逃したことにする。


「とにかく参加するよ、気持ちだけな」


そう言いながら俺は封筒の中から青色の宝石が付いた指輪を取り出し、右手薬指に嵌める。


「じゃあ私も」


姫榊も手に持っていた指輪を、右手中指に嵌める。


「開催は8月5日0時から……あと2時間だな」


「ところで渉、今日はバイトは?」


姫榊は俺の生活習慣をよくご存知である。


「えっ、ああ、今日はビルの警備員……ああああ!!」


すっかり忘れていた。バイト先に向かう途中だったじゃんか!


俺は慌てて席を立つ。


「じゃあ俺行くから! お前ら帰るの遅くなるなよ! あと夜の甘いものはやめろ! 太るぞ!」


「はいはい気をつけてね」と姫榊。


「がんばってねー」と風森。


「気をつけるどころか轢かれちゃえーっ」と水野。


三者三様の応援を頂いたところで俺は携帯の地図を見直し、今日のバイト先トーマカンパニー本社に向かって全力疾走した。

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