プロローグ
「いたいいたいーっ!」
休み時間、教室で女の子がいじめられていた。
茶髪で黒目が少し大きい女の子。
小学5年生のクラス替えが終わったばかりで、その子は教室のどの男子よりも背が高かった。
でもその子がいじめられる理由は、背が高いからでも、小学生で茶髪だからでも、ましてや本が好きな地味キャラだからでも、なかった。
『能力』を持っていなかったから。
後からなら分かる。
『持っていない』わけではなかった。
能力は第二次成長期と共に発現する。
つまり発現時期には『個人差』があったということ。
この子は周りより少し成長が遅い、ただそれだけのことなのだ。
女の子をいじめてるのは男子2人。
1つに結われたその子の髪を引っ張っている。
男子2人は微弱ながら既に能力を持っていることを以前から自慢していた。
人より早く能力が発現して調子に乗った男子2人が、まだ能力が発現してない女の子をいじめている図。
周りの子は「なんとかしなくちゃ」と見守りはするものの、直接止めには入れなかった。
周りも能力を持っていなかったから。
僕も持っていなかった。
でも、
「やめなよ」
僕は女の子の髪を引っ張っている男子の腕を掴んだ。
「なんだよおまえー」
「能力持ってる俺らに逆らおうってのー?」
「えっと、痛がってるからやめなよ……」
掴んだまではいいけど、やっぱり怖い。
「当たり前だろ痛がらせてるんだから」
「女の前だからってカッコつけてんじゃねえよ能無しが」
「たしかに能力無いけど、持っている人は持っていない人をいじめていいなんて、そんなこと先生言ってないよ」
正論ぽいことを言ってみる。
「はぁ?」
「先生、だって。ウケる~」
「……じゃあ、代わりに僕をいじめなよ。女の子いじめるのは良くないよ」
「おう、じゃあ飽きたしそうするわ」
「おまえ廊下出ろよ」
男子は女の子の髪から手を離し、代わりに僕の髪を掴んで半ば引きずるように僕を廊下に連れ出す。
周りの子はやっぱり見守るだけで、誰も間には入って来なかった。
「ぐっ!」
男子は僕の髪を掴んでいた手を投げるように離し、僕は廊下の壁に頭をぶつける。頭の後ろのどこからか血が流れている感覚がした。
「さーてどうやっていじめようかこいつ」
「せっかくだし能力でやっちゃおうぜ」
「いいなそれ」
こいつらがどんな能力持ってるかしらないけど、能力を持っていない僕には知っていたとこで抵抗なんて……。
ボゥッ!と男子の掌から炎が舞い上がる。
「熱そうだろ。俺は熱くないけどなー。おまえヤケドすっかもよー? 怖いだろ、ほら泣けよ。ほらほら」
炎がメラメラしてる手を、だんだん僕の方に近づけてくる。服が、髪が、だんだん焦げていく臭いがする。
「あつ、い……」
「やめてください、って泣いたらやめてやるよ」
「うぐっ……」
熱い、暑い。このままだと死んじゃうかも。ごめん女の子。やっぱり僕には君を守ることなんて、いじめを止めることなんでできなかったんだ。僕こそが無能だった。ほんとにごめん。
「や……」
「や?」
「や、め……」
「おう」
「……やめ、ろおおおおおおおお!!」
僕が叫んだその瞬間、僕の身体が、まるで服を着たままプールに飛び込んだかのようにずぶ濡れになった。
誰かがバケツで水をかけてくれたわけでもない。「勝手に」濡れたのだ。
もしかして……僕の能力……?
「あ? やめろじゃねえよ。やめてください、だろうが!」
男子は逆上し、二歩下がって掌から炎をこっちに一直線に発射してきた。
このままじゃ燃やされて死ぬ!
僕は反射的に、向かってくる炎に向けて掌をかざす。
そしたら掌から、なんと大量の水が発射された。炎の勢いを圧倒的に上回る勢いで。
炎はたちまち消え、発射され続ける水は男子の腹部に思いっきり直撃し、男子を廊下の反対の壁までふっ飛ばした。
水はまだ出続けていた。掌を少し上に向けると、水の到達点が男子の腹部から顔面に変わった。
男子は急な出来事に対処しきれず大量の水を飲んだのか、水の発射が止まった後そのままぐったりと倒れてしまった。
「……」
「……」
もう一人の男子が唖然とした表情で固まる。僕も、自分の手を不思議そうに見る。水は間違いなく僕の手から出ていた。ということはやっぱり……。
「……能……力」
「……へ、へへっ! なんだよ能力あったのかよビビらせやがって! だけど水の能力なら俺に分があるぜ! 俺は電気の能力だからな!」
男子が慌てつつも虚勢を張り直す。
「ビリビリ地獄に送ってやる!」
男子が掌をパチンと合わせ、ゆっくり離していく。手と手の間に火花のような電気がパチパチと出ている。
「ずぶ濡れなおまえにはこの程度でも十分だよなあ?」
あの電気で触れられたら、たちまち全身に感電してしまうだろう。
僕はダメ元でまた掌を男子に向かってかざしてみる。電気がこっちに来る前に水でふっ飛ばして気絶させれば……!
「ねぇ、ジャマなんだけど」
この世の物とは思えないほど綺麗で、且つしっかりとした声がした。
僕と男子は声のする方に顔を向ける。
金髪ツインテールの女の子だった。しっとりと肌が白く、キラキラとした勝ち気な碧い眼、スラっと通った鼻筋に、柔らかそうな薄ピンクの唇。胸部は僅かながら、服の上からでも存在を主張するかのように服を押し上げていた。
その服装は白いミニワンピースに白のハイソックスで、なぜか学校指定の上履きじゃなくてガラスみたいなので出来たヒールの靴を履いていた。
「こんなに廊下濡らして……後で拭いといてよね。靴濡れるしジメジメするから」
「ぬ、濡らしたのはこいつが!」
男子は突然の乱入者にビックリしながらも虚勢を張った態度を変えない。
「私はあんたに命令したんだけど」
女の子は男子のほうを指差す。
「廊下で立っている男、その前には頭から血を出した水浸しの男、後ろには気絶したなぜか水浸しの男、そして、廊下の様子を心配そうに扉から顔半分だけ出して見る女、これだけ情報があればここで何があったかぐらい推察できるわ。だからあんたが拭きなさい」
顔半分の女の子……?
この金髪の女の子の右後ろの方にある教室の扉を見るとなるほど確かに、さっきこいつらにいじめられていた女の子がこっちの様子を窺うように半分だけ顔出してこっちを見ていた。こっちの視線に気づくとビクッとしたように引っ込んじゃったけど。
「い、意味わかんねーよ! ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃねえぞクソアマー!」
男子は俺から金髪女の子の方に手を向け、電気を発射した。
女の子は目を閉じ、微動だにしない。
バーン!とまるで銃声のような音がし、電流が女の子の前で何事もなかったかのように消えた。
女の子は目を開く。すごく眩しい、けどどこか黒い満面の笑顔をした。
「可愛いクソアマ結構結構。そっちから攻撃してきてくれて嬉しいわ。おかげでこっちが反撃してもいいんだものねぇ?」
「なっ! こ、このっ!」
男子は何度も電流を飛ばすが、やっぱり女の子の前で消えてしまう。その度に銃声のような音が鳴り響く。
「じゃあせっかくだから私も、能力見せてあげる。あんたの蚊の鳴き声のようなちんけな能力じゃない、圧倒的な差ってやつを。あんた……逃げたほうがいいよ?」
忠告なのか威嚇なのか虚勢なのか。女の子は右足を膝が直角になるまで上げて、カウントダウンを始める。
「さーん……」
男子は左側でずぶ濡れで気絶したもう一人のいじめっこ男子に目をやる。
「にー……」
今度は右側の僕を見る。
「いーち……」
正面の金髪女の子に目線を戻す。
女の子は相変わらずの黒い笑顔で、
「はい、アウトー」
右足を地面に戻した。