Song will appear in your sight someday
月曜の夜には熱もひき、咳もほとんど治まっていたが、火曜日も学校を休んだ。ジェニーは平気だと言ったが、ウィリアムが許さなかったのだ。風邪は治りかけの時が肝心だと。
気温が低めだったとはいえ、冬でもあるまいし、たかが三十分雨に打たれただけで風邪をひくなんて。
彼女は幼い頃のことを思い出していた。季節の変わり目には、必ずと言っていいほど風邪をひいていた。兄はそんな妹を心配しながらも、“風邪ひきジェニー”とあだ名をつけた。。
なんとなく、ジャックに惹かれた理由がわかった気がした。性格。穏やかで優しくて、それでいてユーモアもあり、話していて楽しい人。彼は、どことなく兄に似ているのだ。一緒にいると、とても居心地がいい。
月曜、そして火曜と学校を休んだせいで、友人たちからは体調を心配するメールが届いていた。すべてに、“ありがとう、だいじょうぶ”とだけ返事をした。
実際、土曜の夜に多すぎる涙を流したせいか、気持ちはずいぶんすっきりとしていた。日曜もひとり泣いたが、熱で気持ちが弱っているせいだと自分に言い訳した。
月曜は泣かなかった。考えないようにした。平気だと思いたかった。
ベッドマットの下から日記を取り出して、新しいページを開いた。壁にかかったカレンダーで日付を確認し、ペンを走らせる。
まずは金曜日。たった一行だけだ。
“月曜から今日まで、一度も彼と目が合わなかった。”
次は、土曜。朝起きてからのこと、パーティーのこと、そして、ジャックのこと。すっきりしたとはいえ、思い出しながら書くのはつらかったが、二ページ近く使った長文になった。
まさか、こんな形で自分のルールを破ることになるとは思っていなかった。
ちょっとした作文のようになった日記帳を脇に広げ、ギターを手に取り、弾いた。最初はうまくうたえていた。だがパーティー終盤からのことになると、胸にだんだんとこみ上げてくるものがあった。
誰もいない家に、ギターの音と小さな歌声──とても歌詞と呼べるような代物ではない歌が響く。彼女の瞳からは再び涙が溢れ、一粒二粒、数えきれないほどの涙が次々とギターに落ちた。それでも彼女はうたうことをやめなかった。吹っ切るように、吹っ切るために。
うたい終えたジェニーは、涙を拭い、新しいページに走り書きをはじめた。そのページを破くと、四つ折りにしてジーンズのポケットに突っ込んだ。
リビングで電話帳を開き、地図を調べる。図書館の近くということは、ハーバー・パディと同じ学区内ではあるが町の名称が変わるウェスト・ランド──ランチ・ブレッド・カフェ周辺。徒歩五分くらいと思われる範囲で、ジャックの苗字を探した。
あった。きっとここだ。
そのページも破り取ると、再び部屋に戻った。携帯電話や鍵をハンドバッグに放り込み、上着を羽織る。そして彼がプレゼントしてくれた、真新しいステインカーズ候補のスニーカーを履いて家を出た。
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歩いて二分ほどのところにあるバス停に着くと、時刻を確かめた。五分後にバスが来る。そこで、ジェニーの携帯電話が鳴った。マイキーからだ。
「ハイ、マイキー」
「ジェニーか? 今朝ウィルに会って、お前が風邪をひいて学校を休んでるって聞いたんだが」
「ええ。でももう大丈夫よ。明日からは学校に行くわ」
「そうか、ならよかった。俺からのプレゼントは見つけたか?」
月曜、ジェニーは自宅に届けられたすべてのプレゼントを開封し終わっていた。
「ええ、見つけたわ。素敵なミュールをありがとう」
「ああ。オレの最新作だ」
「しかもオリジナルよね。私のイニシャルが入ってた」
「高校生の娘の靴に名前はどうかと思ったんだがな、イニシャルなら許容範囲だろう」
「すごく嬉しかったわ」
「喜んでくれて嬉しいよ。でな、口止めされてたんだが──」
「なに?」
「先週、ジャックっていう高校生くらいのガキがうちの店に来てな。お前の持ってるスニーカーと同じ物を売ってくれと言われた。お前にプレゼントしたいからって。もちろん断ったんだが、一週間、毎日頼みにくるもんだから、根負けして売っちまった。あれは友達か? 彼氏じゃないと言ってたが──」
思いがけない話だった。このスニーカーを手に入れたということは彼の店に行って彼に会ったのだろうということは想像できたが、マイキーがそこまで断るとは思っていなかった。そしてジャックへの対応に困る彼の姿を想像して、ジェニーの口元は思わずゆるんだ。
「大切な友達よ」と彼女は答えは。それは本心からの言葉だった。考えずとも、自然と口から出た言葉だった。
バスが間近に迫っていたので、彼女は言葉をつけたした。
「ごめんなさい、これからやることがあるの。今度店に行くわ」
目の前に停まったバスは、ひとりでに扉を開けた。
「おいジェニー、今どこだ?バスの音が──」
マイキーが言っていたが、ジェニーはなにも言わずに電話を切ってバスに乗り込んだ。
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バスの中、約五分間の道のりだが、彼女はただ、外の景色を眺めているだけだった。なにも考えなかった。
無意識に、上着に入れた地図とジーンズのポケットに入れた紙切れを、存在を確かめるように何度もさすっていた。それだけだった。
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破いた地図を片手に、ジェニーはジャックの家を探した。
築数年から数十年は経っているだろう家々の中に、比較的新しそうな、モダンデザインの大きな家を見つけた。黒いコンクリートの門柱に取りつけられたポストの名前を確認する。
ここだわ。ジャックの名前もある。
彼に気持ちを伝える必要も、彼が自分の気持ちを知る必要もない。
ジェニーは日記ノートから破いた、走り書きをした四つ折りの紙切れを一度開き、文章を確認してからまた四つ折りに戻して、彼の家のポストに入れ、そして立ち去った。
“明日会った時、あなたはまた、最高の笑顔を私に見せてくれるんでしょう”