October birthday
十月二十三日、土曜の朝──目を覚ましたジェニーの携帯電話には、たくさんの友人たちからバースデーメールが届いていた。
シャワーを浴びてリビングに向かうと、テーブルにはたくさんのギフトボックス、ギフトバッグが置かれていた。
キッチンから出てきたウィリアムは、自分用に用意したコーヒーを飲みながら、もう一方の手でジェニーにホットミルク入りのマグカップを差し出した。
「おはよう。今年もプレゼントが沢山届いてる。親戚の人たちからも、君の友達からも」
彼女たちの地元であるハーバー・パディでは、誕生日に贈るプレゼントを直接渡すだけでなく、当日の朝一番に届くよう手配するのが地域的な慣わしになっている。それを知る外部地域の友人や親戚たちもいつしか、便乗するようにプレゼントを贈ってくれるようになった。
もちろん宅配を手配する余裕のない学生たちのあいだでは、夜中や早朝のうちにこっそり玄関に置いていく、という方法がとられるのことのほうが多いのだが。この慣わしは、本人の家でパーティーをするのでなければ、周りが直接プレゼントを手渡してしまうと、帰りが大変になるだろうという、もっともな理由からだった。
受け取ったホットミルクを一口飲み、ジェニーは照れ笑いをした。
「毎年のことだけど、すごく嬉しい」
「ああ、でも今のうちだ。そのうち、モノは邪魔になるんじゃないかと思いはじめる。結果、プレゼントが現金や豪華な食事に変わる」
「経験者は語る?」
「そうだ。まあ悪いことじゃないけどね」
二人は笑った。
そこに玄関のベルが鳴った。早朝から家を訪問したのはウィリアムの友人たちだ。
ジェニーはぽかんとした。「どうしたの?こんなに朝早く」
「あなたをドレスアップさせにきたのよ、ジェニー。改めて、誕生日おめでとう」
彼女はピンク色の薔薇とかすみ草の花束を受け取った。
「僕たちはオマケだ。シスコン兄貴の相手をしにね」
ウィリアムは片眉をつりあげた。「それはどうも」
ジェニーは申し訳なく思った。「ウィルが呼んだの? 大げさよ。ただの試食会なのに──」
「気にしないで。ほら、時間がないわ。早くあなたの部屋に」
「メイク道具もバッチリよ」
そう言った彼女は、まるでプロが使うような大きなメイクボックスを見せた。
「まるで新しい着せ替え人形を手に入れた子供たちみたいだ」
ウィリアムが言うと友人二人も笑った。
「黙りなさい。そうね、一時間くらいかしら。あなたたちみんな、ジェニーに惚れるわよ」
「僕も?」
「ええ。あなたが一番危険だわ、ウィル。とにかく、おとなしく待ってて」
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まるで魔法にかかったようだった。自分ではないような気がする。本格的な、けれども決して濃くないメイク。プレゼントされた服と小物に、彼女たちがジェニーの持ち物から選んでくれた物をプラスして。
「完璧ね」
「ええ。モデルにだってなれるわ」
「パーティー──じゃなくて試食会。男共に注意してね」
「そのまえに、この家にいる男たちに気をつけないとね」
「それは言えてる」
彼女たちがジョーク交じりの会話を弾ませているあいだも、ジェニーは全身鏡の前に立ち、そこに映るもうひとりの自分を、信じられないという気持ちで見ていた。
「さあ、お披露目の時間よ」
リビングに行くと、ウィリアムたちはジェニー宛のプレゼントの中身当てゲームをしていた。大きさや重さだったり、軽く揺らしたときの音を参考にして、その中身を予想するのだ。もちろんプレゼントはジェニーが開けるものなので、これだと思う答えと自分の名前を各プレゼントに貼っていき、あとでジェニーに答えあわせをしてもらう。彼らがプレゼントを利用してよくやるゲームだ。一番まとはずれな回答を続けたひとりが、他の友人たちに食事を奢るという罰ゲームがある。
「はい、注目──」
その声に、彼らは一斉に女性陣のほうを見た。
「本日の主役の登場よ」
促され、ジェニーは照れくさそうに前へ出た。
「わお!」
「すごいや、見違えたね」
「綺麗だ、リトル・プリンセス」
「もう“リトル”じゃないわ。成人こそしてないものの、立派な大人よ」
「これは失礼」
褒め言葉をさらなる褒め言葉で訂正するやりとりに、ジェニーは思わず笑った。
「ジェニー、待ち合わせは何時だ?」ウィリアムが訊いた。
「十時三十分に図書館で待ち合わせよ」
「じゃあそろそろ出ないと。送ろうか」
「いいわ、バスで行くから。皆を朝から働かせちゃったし」
「わかった。気をつけて」
「ええ。みんなありがとう。ゆっくりしてって」
「行ってらっしゃい」
彼らにハグをすると、ジェニーはバッグを持って家を出た。
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待ち合わせ場所である図書館の噴水では、すでにレナが待っていた。
「ジェニー! すごく素敵! ああそれよりも、誕生日おめでとう!」
「ありがとう。あなたも素敵よ」
「試食会と言えどもパーティーだもの。着飾っちゃダメなんてことはないわよね」
彼女たちはくすくすと笑った。
「もう行く?」
「ええ。招待状に十一時と書いてあるからって、ピッタリの時間に行かなきゃダメなんてことはないでしょう?」
ジェニーの言葉で、ふたりは、また笑った。
ランチ・ブレッド・カフェに着くと、ウィリアムに持たされた傘をアンブレラスタンドに入れ、ジェニーはレナと一緒に店に入った。ドアには“貸切”の札が出されている。
入り口近くの、いつもは普通のテーブルが置かれている場所が簡易受付になっていて、顔見知りのスタッフが一人立っていた。ジェニーはそこで招待状を見せた。
「いらっしゃい、ジェニー。よくお越しくださいました。二階へ上がってください。まもなくパーティがはじまります」
「ええ、ありがとう。あの、どうして私の住所を──」
言いかけたとたん、レナが彼女を止めた。
「いいじゃないジェニー、そんなこと。早く行きましょう」
「ええ」
ジェニーはスタッフに会釈すると、レナに手を引かれて二階へあがった。
「──ツー、──ワン」
「誕生日おめでとう、ジェニー!」
大勢の声と同時に、紐が引かれたクラッカーの音がパンパンと鳴った。
唖然とするジェニーの目の前を、クラッカーから出た紙テープや紙吹雪が舞い落ちる。
状況が飲み込めない。
レナは彼女の手をとった。
「騙してごめんね、ジェニー。驚かせたかったの。試食会じゃなくて、もちろんパンは食べられるけど、あなたのバースデーパーティーよ」
同じ高校の同学年の友人たちと、同じ地元中学の同級生で、別の高校に進学した友人たち。決して広くはない二階のスペースに、ジェニーのために三十人以上の友人が集まっていた。
試食会ではなく、自分のためのバースデーパーティ。
状況を理解したとたん、瞳に涙が浮かんだ。
「ありがとう、ありがとう。本当に嬉しい」
「主役が泣くな!」中学の同級生の男の子が言った。「ほら、乾杯だ!」
ジェニーはレナからシャンメリー入りのグラスを受けとり、友人たちと乾杯した。
挨拶をしてまわり、一息ついたところで、レナが簡単に説明してくれた。
サプライズパーティーを思いつき、ジェニーと仲のいい友人たちを集め、この店の店長に頼みこんで、貸切りパーティーの許可をもらったこと。店の協力で、無理やりだと思いつつも前日の夕方に届くよう招待状を送ったこと。ジェニーの家に電話し、ウィリアムに相談したこと。レナの話では、一ヶ月もまえに準備をはじめたという。
ウィルたちのプレゼントにも、ちゃんと意味があったのだ。今朝の友人たちの訪問にも。
見知らぬ同士の友人を紹介したり、昔話に花を咲かせたり、近況を伝えたりと、その時間はジェニーにとって、バースデーパーティーと同窓会を一緒にやっているような気分だった。
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あっというまに夜になり、オープンテラスで談笑していると、いつのまにかすっかり暗くなっていた空がまた、雨を降らせはじめた。
そろそろお開きにしようかという話なったあと、ほとんどの友人たちを店先で見送ると、ジェニーはランチ・ブレッド・カフェの店長の下へ挨拶に行った。
「今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです」
「いいのよジェニー。私たちも楽しかったわ。新しいパンのアイデアも沢山もらったしね」
「本当に? 新作、楽しみにしてます」
「ええ。来週からどんどん出していくからね」
残った友人数人とスタッフは、テーブルの片づけをはじめた。ジェニーも手伝おうとしたが、レナに止められた。
「だめよジェニー、主役が片付けなんかしちゃ。それよりも、まだ届いたプレゼントを開けてないんでしょう? 早く帰って、プレゼントを見てよ。私たちからのも届いてるはずだから」
「そうよ、片づけはあたしたちに任せて」
店長も同意するようにうなずいている。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう」
レナと一緒に、店の外に出た。
「本当にありがとう、レナ。すごく楽しかった」
「喜んでもらえて嬉しいわ。ジャックもこられればよかったんだけど」
一瞬、彼女がなにを言ったのかがわからなかった。
「え?」
レナは肩をすくませた。
「本当はね、ジャックも来る予定だったの。あなたたち、仲がいいでしょ。でも彼、ほら、あの噂のカノジョとまたヨリを戻したみたいで。なんか最近、行動が怪しかったしね」
彼女。噂の恋人。中学からつきあっているという、あの。
ジェニーはとっさに、不自然でない程度の苦笑を返した。「そう、残念だわ」
「ま、月曜に学校で会ったら、直接とっちめてやればいいわ。私はもう戻らないと。気をつけて帰ってね」
「ええ」
ジェニーにハグをすると、レナは店の片づけに戻った。