Diamante gifts
日曜日。
ジェニーの兄であるウィリアムの友人たちが家に来た。ジェニーの誕生日の約一週間前にプレゼントを贈り、祝う。それは彼らの恒例行事になっている。
ウィルは受験が嫌だという理由で、中学からエスカレーター式の学校に移った。中学の時からの親友──悪友二人と、高校で外部入学してきたという女友達が三人。高校生の時から、彼らはいつも六人でつるんでいた。ウィルによれば、この中での色恋は一切ないという。
女性陣は次々とジェニーにハグをすると、ピンクと白のストライプの紙袋と、ピンクのリボンが結ばれた白い箱を渡した。
「ジェニー、誕生日おめでとう。これ、私たちからのプレゼントよ」
「開けてみて」
急かされながらも脚の上で箱のリボンをほどいた。箱の中の薄いピンクの紙が包んでいたのは、シルバーのパーティーサンダルだった。十センチ近くあるだろうヒールで、センターラインにはラインストーンが入っている。
キラキラと光るダイヤモンドのようなそのガラスストーンを、ジェニーは目を輝かせて見つめた。
「ありがとう。でもだめよ、こんな素敵なもの──」
「いいのよ。十七歳って、女の子には特別なの。子供から一気に大人に近づくのが十七歳。こういうのも、もっと増やしていいと思うわ」
「そうよ、ジェニー。これからパーティーも増えるし、そうしたら、そうね。三回に一回くらいはこれを履いてくれると、私たちも嬉しい」
「ドレスアップならあたしたちが手伝うわ。あなたは自分の魅力に気づいてないみたいだけど、とても綺麗な顔立ちをしてる。せめて高校の卒業パーティーの時にはあたしたちを呼んでちょうだい。素敵なレディに変身させてあげるから」
自分をとり囲む三人の魅力的な女性たちが次々に言った。ジェニーは照れながら笑った。
ウィリアムは少々呆れている。「お前たち、妹をおかしな道に導くのはやめてくれよ。それに、紙袋の存在を忘れてるんじゃないか?」
全員の視線が、ソファに腰をおろしているジェニーが脚の上で抱えている紙袋と箱──の、紙袋のほうに集まった。
「あら、いけない。こっちがメインのつもりだったのに」
そんなことを言いながら、女性陣は顔を見合わせて笑った。
「開けてもいい?」
「もちろんよ」
パーティーサンダルの箱をテーブルに置くと、ジェニーは紙袋を破いてしまわないよう慎重に口止めシールを剥がし、手の甲に貼った。中には白く薄い紙に包まれ、服が入っていた。さらに目を輝かせると、紙袋を足元に置き、手を伸ばしてドレスを広げた。
「素敵!」
白いシフォン生地に、ぼかした色とりどりの花。胸下にはラインストーンでできたバタフライブローチがついたフレアミニドレスだ。
だがとたん、ジェニーに不安がよぎった。「でも私に似合うかしら。私はみんなみたいなブロンドじゃないのよ」
ウィリアムの友人の三人の女性たちは皆、それぞれカラーは違うものの、生まれながらの明るいブロンドだ。ジェニーは自分の黒髪が嫌いなわけではなく、むしろ好きだったが、他の誰かの綺麗なブロンドヘアを羨ましく思うこともあった。
「大丈夫よ。その黒髪に似合わない色なんてないわ」
「そして、あなたに着こなせない服なんてない」
「私たちを信じて、ジェニー」
思いがけない素敵なプレゼントと憧れの女性たちの言葉に、ジェニーの目には嬉し涙が浮かんだ。ソファの背にそっとドレスをかけて立ち上がると、彼女たちにハグをした。
「ありがとう。本当に嬉しいわ」
「素敵な大人になるのよ、ジェニー。」
そんなやりとりを見ていた兄と友人たちは、少し身構えた。さすが同じ女性というだけあって、心を掴んでいるというか。彼らもプレゼントを用意していたが、自由に選んでいたそれまでとは違い、彼女たちから難題を出されていた。“白いフレアドレスとシルバーのパーティサンダルに似合うものを”、と注文を受けていたのだ。
三人は柄にもなく、彼女たちから借りた女性ファッション誌を読み漁った。PCで検索をかけたり、ショッピングモール内のレディースショップに出かけたりもした。ジェニーへのプレゼントを選ぶことにできる限りの時間を費やしたこの二週間は、彼らにとってかなり疲れる、けれどもとても新鮮なものだった。
アクセサリー、財布、バッグに時計──長く使えて、シーンを選ばないもの。何度も議論を繰り返した三人は、プレゼントのひとつとして財布に目をつけた。もちろんジェニーを喜ばせることが前提だったが、「期待はしないけど」という女性陣の言葉に、彼らは無言で結束を固めたのだ。
みてろよ、と。
「さあ、次は彼らのプレゼントを見せてもらいましょう」
その言葉に、男性陣は一瞬身を引いた。だが逃げるわけにもいかない。どうしても知られることになるのだろうからと、顔を見合わせ、それぞれ無言の覚悟を決めた。
「誕生日おめでとう、ジェニー。気に入るかわからないけど──」
差し出されたのは、中小の紙袋二つだった。ジェニーはやはり慎重にシールを剥がし、中サイズの紙袋を開けた。中には白い箱がある。箱を取り出し、“開けて”という友人の手振りを確認してから、蓋を取った。
薄いピンクの生地に、ゴールドの金具のついた財布だ。ポイントとして、ゴールドで縁取られたラインストーンのバタフライモチーフがついている。
彼女は瞬くまに笑顔になった。「素敵だわ──とってもキュート!」
女性陣が意外そうな顔をしたのを、彼らは見逃さなかった。
「可愛いじゃない。まさかあなたたちもバタフライとラインストーンを選ぶなんて」
「ええ、素敵だわ」
「使いやすそうね。中も見せて。」
その言葉に答えるように留め具をはずし、ジェニーは財布を開いた。
言葉を失った。
パスケースの部分に、今年の春、ウィリアムとその友人たちと一緒に撮った写真が入っている。
「やだ。すごく嬉しい──」
それだけ声を絞りだすと、彼女は言葉を詰まらせ、財布を太ももの上に広げたまま、両手で口を覆いって涙を流した。
「おいおい、写真に感動してどうするんだ」呆れた顔でウィルが言った。
「だって──」
友人たちも苦笑する。
本当に、嬉しかったのだ。
小学校の時は、なにをするにも一緒で、親友のためなら自己を犠牲にしてもいいという、目に見えない絆を持った中学生の彼らの友情を、本当はとても羨ましく思っていた。ジェニーにも友人は沢山いるが、彼らの──男同士の友情には、女同士の友情とは違うなにかがあった。
高校生になったウィルが家に連れてきた三人の女性たちは皆魅力的で、年齢はみっつしか違わないのに、“大人の女性”という感じがした。一度に三人の姉ができたような気分だった。
ウィリアムの取り決めで年上のパーティーに行くようなことはなかったが、時々の休日には、彼らにいろいろな場所へと連れ出してもらった。“妹”を持たない彼らは、ジェニーを本当の妹のように可愛がってくれたのだ。
「ジェニー、僕たちのプレゼントにも“二つめ”はあるんだ。泣くのはそれを見てからでもいいだろう」
「そうよ、泣くのはあとからでいいじゃない。さあ、私たちにも見せて」
「ええ、そうね」
ジェニーは鼻をすすりながら財布を箱に戻し、テーブルに置いた。そして、次の紙袋を開けた。さっきよりも小さな箱が入っている。ジェニーはそれを取り出して、開けた。
「──もう、みんなして、私の目を腫れあがらせたいの? ──素敵、本当に素敵だわ。ありがとう──」
泣かないようにと努力したが、無理だった。
「期待以上ね。驚いたわ」
「本当ね。趣味の悪い豹柄のスカーフなんかが出てきたらどうしようかと思ったけど──」
「やってくれるじゃない」
女性陣の言葉に、彼らは勝ち誇った顔でハイタッチをした。
兄たちからのふたつめのプレゼントは、時計だった。シルバーのベルトに、薄いピンクの文字盤。ゴールドの針と、同じくゴールドのクラシックフォントの数字。
彼らのプレゼントに、彼らなりのメッセージを感じとった。
女性たちからは、“素敵な女性になってね”というメッセージ。男性陣からは、“いつまでもキュートな妹でいてくれ”、というメッセージ。
兄たちからはからかわれ、女性たちからなだめられたあと、ジェニーは彼らと夜まで過ごした。
友人たちを見送ったあと、改めてウィリアムにハグをし、感謝を伝えた。
そして部屋に戻り、いつものように日記を書いた。ジャックの名前は出てこなかったが、少し長めの文章だ。空白部分に、紙袋から剥がしたシールを貼った。
そして兄と、自分を可愛がってくれる彼らを想いながら、その日の日記をギター片手に口ずさんだ。