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Chapter.4 犯行声明


 敵意を持て余す、子供が居た。

 日常的な暴力に精神をすり減らし、いつ、どこで誰に会っても、

 その青痣を浮かべた顔面に不快以外の色は浮かばない。

 悲惨な現実を最小限の視界で生きるため、その目は線のように細く。

 強烈な痛みから心を守るため、その頭はいつも霧がかかったようにぼうっとしていて。

 その様がまた、無慈悲な攻撃者達の逆鱗に触れるのだ。


 子供は有り余る年月を、ただただ貝のように鈍重に、さなぎのように無抵抗に生きた。

 さび付くほどに細め続けた目が人並みに開いたのは、果たして、いつの事だったか……





 呆けた顔のアーシュが咳をすると、レンガを組んで作ったバーベキュー台に向かっていたジョイが、

 胡椒の瓶を手に振り返った。

 島は曇り空のまま午後6時を過ぎ、辺りは陽も落ちて、薄暗くなっている。

 やや強い風の吹くアスファルトの上。あぐらをかいたアーシュの額に、ジョイは黒く冷たい手を当てた。


 「…体がだるいか?」

 「うん……何か…気持ち悪い…」

 「あのワクチンを打った後は皆そうなるんだ。ソーダを飲むといい、スッとするから」


 手にした瓶を置き、バーベキュー台の横に積んだダンボールを漁るジョイ。

 そして差し出される青いラベルのソーダ水を受け取ったアーシュは、

 肉の焼ける臭いにさほどの食欲も湧かず、軽い頭痛を感じたまま栓を開けた。

 島の外周を走る道路上には、他にもアーシュの知らない顔が3人。そこかしこで勝手に晩餐を待っている。


 「…ジョイ、私、未だ良く分からない事があるの……もう少し質問屋になってもいい?」

 「質問屋?…あぁ、何が知りたい」


 「ベルナルトに島での暮らし方を教えてもらったの。

  食べ物の配給は土曜日で、本社から空輸されてくるとか。欲しい物があったらケイティに頼まなきゃいけないとか。

  島の北側には行っちゃいけないとか」


 「行ったとしても、あそこにゃ廃墟しかないよ。入り口は閉鎖されてるって言うしな」

 「それ、確かめた?」


 甘味料の入っていないソーダを口に含むアーシュに、

 ジョイは肉をひっくり返そうとバーベキュー台に戻りながらも、首を振る。


 「いや、そう聞いただけだ。この目で見たわけじゃない…」


 「何故確かめないの?物資にしたって、わざわざケイティに頼まなくても他人のを奪えばいいとは考えない?

  食べ物が空輸されてくるなら、その飛行機かヘリを襲えば島から出られると誰も考えないの?」


 「物騒な子だな、アーシュ。島は24時間監視されてるって、ちゃんと説明したろ?」


 ジョイは笑うが、アーシュは眉ひとつ動かさない。ソーダのペットボトルに栓をして、それを投げて寄越した。

 ペットボトルをキャッチしたジョイは、相手の暗い視線から逃げるように脂を滴らせる肉を凝視している。

 …アーシュの目が、ぎりぎりまで細められて、一本の線のようになった。


 「…最初の夜に、話してくれたね。本社から来た統括者を八つ裂きにした人がいるって。

  考えてみれば無理も無いわ。ここって私みたいな人間が野放しにされてる島だもの」


 「………」


 「…あんたはそんな人間に対して、仲良くやって行こうと言った。

  まともな人間ならいつ自分を襲うかもしれないヤツと付き合おうなんて、絶対に思わない。

  相手の体調を心配してソーダをくれたりなんかしない。だって…」


 「同僚の身も守れないようなやつらだ」


 ジョイは焼けた肉をプラスチックの皿に移し、アーシュの台詞を引き継いだ。


 「…モルモットの俺を、守ってくれるわけがない。24時間態勢で、殺しを【監視】してるだけだろう……

  そう、今君が俺を絞め殺してもな」


 「それが分かっていて、あんた達は島を出ようとしない。出られる可能性があるのに、皆でディナーを食べようとしてる。

  ……つまり、出たくないんじゃない?人体実験をされようと、出たくない理由がある」



 「その辺で勘弁してやってくれないか。アーシュ」



 不意に二人の会話に割り込んできたのは、アーシュの後方から歩いてくる、ベルナルトだ。

 リードを握り、ジョイのゴールデンレトリバーを伴って散歩から帰って来た彼は、

 肉の臭いに鼻をひくひくさせながら、薄笑みを浮かべている。

 彼は彼以上に肉を欲しがっているゴールデンをリードから解き放ち、

 長い毛が絡みついた指をアーシュの前で叩きながら、大声で他の3人に肉が焼けたと告げた。

 待ちかねたと、集まってくる住民達。

 ベルナルトはジョイに自分達の分を確保するよう言ってから、アーシュの目の前に、同じようにあぐらをかいた。


 「…彼は帰りたくないんだよ。本土に帰っても、待ってる家族がいないから」

 「ベルナルト、アーシュに変な事吹き込むな!」


 「黙って肉を切り分けろ、ジョイ。

  元はと言えば変に格好つけたお前が悪いんだ」


 ベルナルトの返しにジョイはむくれたように唇を膨らまし、仲間と肉を取り合う。


 「……ジョイは台湾に行く前に、両親と弟を失ってるんだ。強盗に押し入られてね」

 「…」

 「酷いツラだった。まるで廃人だよ。そのくせ私を捕まえようと、ゾンビのように食いついてくるんだ」


 ベルナルトを、ジョイが追っていた?2人は島の外でも関係があったという事か。

 物問いたげなアーシュに、ベルナルトは腕を組みながら空を仰いだ。曇天で、何も見えはしないのに。


 「…私はな、アーシュ。マフィアなんだ。ロシアンマフィアの一員だった……

  麻薬売買なんて、ゲスな仕事をしていたよ。だからジョイに狙われた」


 「マフィア…ベルナルトが?」


 「それも幹部だ。この野郎を捕まえて出世するのが当面の夢だった」


 肉を争奪してきたジョイが、2人に山盛りの牛肉とフォークを差し出した。

 2人がそれを受け取ると、きちんとおすわりをして待っていたゴールデンに肉を与え、

 缶ビールを手にアスファルトに座り込む。

 自分の肉はどうしたと目で問うベルナルトの目の前で、ジョイは元マフィアの皿から素手で肉を一切れ取り、頬張った。


 「それが2人いっぺんに拉致されて、同じ【監獄】の中だ。俺もベルナルトも同じ立場、同じ囚人。

  …そんな仕打ちをした国に、無理に帰りたいとは思わない」


 「私も、外に行けば待ってるのは警察やCIA、

  麻薬取引の最中に消えた私にさぞ腹を立てているだろう、マフィア仲間だ。

  ま……こんな風に、この島に来る人間は皆国に帰りたくない事情を持っている人々でね。

  リリーストーンもわざとそう言った人間を選んでいるのだろう……」



 「……だから、皆おとなしくして…事を荒立てない?」


 「例外もいるがな。この島には9人居ると話したろう?

  我々で3、あそこの連中で6、菜食主義を理由にこの場に居ないケイティで7」


 …2人足りない。

 アーシュは肉をどんどん奪って行くジョイの手から皿を引き剥がしつつ、ベルナルトに問い掛ける。


 「その2人が例外?」


 「あぁ、一人はアレックス。君も明日から実験用の試薬を飲む事になるんだが、

  彼はそう言った薬物実験を全て拒否するんだ。

  おかげで毎回彼を寝台に縛り付けて、力づくで処置を施さなきゃならない。

  今晩も家でいじけてるんだろう。

  もう一人は…」


 「キャスパー。キャスパー=ブラナガン」


 ジョイがゴールデンの頭を撫でながら、はき捨てるように言った。


 「…現地統括者と、俺の家族を殺したヤツだ」






 同刻 アンベル市 アンベル署内



 『警察ですか。ヒトゴロシがここにいます。すぐ、捕まえに来てください。

  ヒルストリート、ライトハイツ311……待ってます』


 「ライトハイツ311。かつてのバールマンの住所だ…ビリー、何故犯人達はそこを指定する?」


 レコーダーから流れるお決まりの犯行声明に、フロスト刑事はカップヌードルに湯を入れながら問い掛ける。

 2人きりのオフィス。窓を叩く雨は激しく、

 巨漢のビリーは机に突っ伏したまま顔を上げようともしない。


 「バールマンが連続殺人の容疑者になったきっかけも、元はと言えばこの台詞が原因だ。

  殺しの現場は全く違う場所なのに、犯人は殺人のたびこの住所を警察に告げてくる」


 「…逆探知されると分かっててな。何を意図してるのやら……

  今朝の事件の手がかりも0、模倣犯の仕事振りも徹底してる」


 言外に、素人の仕業じゃないと息をつくビリー。

 フロストはそんな彼にとびっきり苦いコーヒーを淹れて寄越しながら、しかしと眉を上げる。


 「出所は分かった」


 「……あん?何の出所?」


 「この台詞の盗用元があったんだよ。【警察ですか。ヒトゴロシがここにいます】…」


 ビリーはすぐさま身を起こし、フロストのコーヒーをずぞっと一口啜るなり、顔をしかめ、カップを置いた。

 自分の頬を叩いて意識を覚醒させようとする彼に、フロストは低い声で続ける。


 「バールマンの父親が、6年前に事件を起こしたのは知ってるな?再婚したばかりの妻を殺して、天井裏に隠してた」

 「あぁ、ゴシップ誌が掘り出して騒いでたよな。【殺人父娘 異常心理のDNA】とかなんとか」


 「その事件が発覚した原因は、娘が父親の殺人を通報したからなんだ。当時電話を取った署員がそれを覚えてた。

  電話の向こうで、アーシュ=バールマンは泣きながら言ったそうだ」


 「……【警察ですか。ヒトゴロシがここにいます】…?」


 雨音が、黙り込む2人の刑事を急かすように、いっそう強く響いた。


 ビリーは首を至極ゆっくりと振り、いやいや、待て待てとその大きな両手を掲げる。


 「それじゃ、やっぱり妊婦殺しはバールマンが始めたって事か?でもおかしいよ、納得いかない。

  何故その署員は今まで黙ってたんだ?何故あんたにそれを話した?」


 「締め上げた」

 「何?!」


 「6年前の事件があった月から、その署員の給料は30%もアップしていたんだ。

  叩けばホコリが出ると踏んだら、案の定だ」


 今度からこの男の前では賄賂も受け取れない。

 ビリーは呆れたように口を開けて、それでもと言葉を紡ぐ。


 「口止め料って事か…?そんな事、誰が、何故口止めする必要があるんだよ」


 「バールマンの父親は、裁判では自分から自首してきた事になってるんだ。

  その上妻殺しにも関わらず…実際に刑務所で過ごした期間は、一年にも満たない」


 「そんな馬鹿な!」


 「ヤツが勤めるリリーストーン社が、多額の保釈金を出したんだ。

  ……どうだビリー、署長はもう勘ぐるなと言ったが…根は相当に深そうだぞ、この事件」


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