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Chapter.1 アンベル市から

主要登場人物と用語(随時更新)


【アーシュ】連続殺人犯 【ジョイ】元CIAの諜報員

【ケイティ】島の代表  【ベルナルト】元ロシアンマフィア

【キャスパー】ジョイの仇


【フロスト】アンベル市警の刑事 【ビリー】フロストの相棒


【リリーストーン】 合衆国政府の援助を受ける大企業。島の持ち主

【バールマン事件】 アーシュが引き起こしたとされる連続妊婦殺害事件

【プロジェクト・リリー】 島で行われているプロジェクト

【島】 社会的死者を非合法に住まわせる、公式には存在しない島

 午後8時40分。10月半ばの月曜日にその瞬間は在った。

 2人の女が死に向かってひた走り、1人の男が生まれ出でた、8時40分。

 数多くの市民の注目を集めるアーシュもまた、その刻を特別な思いをもって生きる一人だ。



 彼女は33個の、この世で最も嫌いなものに含まれる神父の祈りを断り、

 没収されていた私物の中から赤いテープレコーダーを取り返し…

 12歳の少女から録音した心拍音を、エンドレスで再生していた。

 白い部屋の3分の1を占める独房。

 そのベッドに座ったロシア系の女の前には、格子を挟んで1人の刑事と、2人の看守が立っている。

 刑事は女の膝上でひたすらに雑音だらけの心拍音を刻むテープレコーダーを、

 どこか満足げに見つめていた。


 「あと…そう、19分と少しで、お別れだ」

 「うん…」

 「他にやる事はないのかね。懺悔とか、告白とか」

 「うん」

 「……俺に言う言葉があるだろう。最期に、悪態でも何でも聞いてやるぞ」

 「…」

 「…【うん】?」

 「うん」


 希望いっぱいの未来を約束された娘のように、ベッド上の女は刑事に笑って見せた。

 漂白されたような真っ白な歯と、黒いくまに沈んだグレーの目。

 刑事は僅かに俯き、彼女と同じように真っ白な歯を剥いて笑った。



 アーシュ=バールマン。22歳。

 彼女を一言で表せと命じれば、

 多くのアンベル市民が【サイコ】とか【変態】という言葉を用いるだろう。


 4ヶ月前、夏の直前にアーシュは5人の妊婦殺害容疑で逮捕された。

 被害者はいずれも22歳の女性で、一様に腹部を散弾で吹き飛ばされるという

 残虐極まりない手段で殺されている。

 殺害シーンをビデオカメラに収め現場に残し、警察に電話をかけながらに犯行に及ぶ病的なスタイルは

 大いに紙面を騒がせた。

 当初死体に性的干渉の痕跡が見つかった事から、犯人は男性であると思われていたのだが…


 廊下を歩く刑事を、誰かが鋭い声で呼び止めた。


 「マット!処刑まで何分だ!?」

 「17分、34秒」


 腕時計を見ながら振り返るマット刑事に、高く靴音を響かせて屈強な男が詰め寄ってくる。

 去年の暮れに頭が禿げ出し、往生際良くスキンヘッドに剃り上げた男の頭は、

 安い蛍光灯の光を反射して金属めいて見えた。

 廊下の先ではアーシュの死刑執行を報じるマスコミ連中が、

 マットにマイクを向けようと待ち構えているはずだ。

 迷惑そうなマットにはお構いなしに、同僚の刑事、フロストは人差し指を突きつける。


 「おめでとうマット。晴れて事件解決と言うわけか?」

 「ありがとう、フロスト…そう、解決だな」

 「平然としやがって」


 フロストはマットの顔面に唾を吐きかねない程の、強烈な怒りを隠そうともしない。

 だが、すぐに彼ともお別れだ。マットは既にフロストより二階級も上の地位を約束されている。

 殺された3人目の妊婦が、現市長の娘であったために【ボーナス】が出たのだ。

 娘を失った父親の、せめてもの犯人逮捕の礼として。


 「今や世間はバールマンを事件の犯人だと信じて疑わない。君の大活躍のせいだ」

 「…【せい】とはなんだ、せいとは。俺は事件の鍵を見つけただけだ」


 「そう、君が見つけたショットシェル(弾薬)だ。喝采モノの大手柄だったな。

  現場から常に髪の毛一つ残さず消えうせるシリアルキラーが、

  5つの事件で唯一君だけに残したプレゼントだ。

  君が現場のどこからか探し出したそれには、見事用心深い犯人の指紋が残っていた」


 「嫌味な言い方をするな!何なんだ今更!!」


 「6人目の死体が出たぞ」


 一瞬、マットは応えに窮した。マスコミが彼を急かす声が、廊下を這ってくる。

 まるで三流映画のマフィアのようなフロストを、マットは精一杯気丈に根目上げた。


 「……【1人目】だろう?」


 「被害者は22歳日系女性、妊娠7ヶ月…例によって腹を散弾で撃たれて即死してる、

  ビデオテープも警察への電話もあった。

  ロードノア病院だ、見てくるか?」


 「模倣犯だ。そうだろ?現にアーシュが拘束されていた間被害者は出なかったんだ。

  あの女が今日処刑されるから…どこかのバカがあてつけたんだよ」


 「……マット。あの指紋は本当は…」

 「やかましいぞフロスト!!裁判はとっくに終わってるんだッ!!!」


 いつしか、マットは肩で息をしていた。

 刑務所の正面玄関は、冷えた空気とレポーター達の声に満ちている。

 自分より10センチも背の高いフロストを、マットははっきりと敵意の篭った目で睨んだ。


 「…正直に言えよ」

 「……何を?」


 「妬ましいんだろう?この事件、お前も狙っていたからな……

  俺は、いわばアンベル市警のヒーローだ。そんなつもりはこれっぽっちも無いが。

  だから今更…そんなケチをつける」


 わざと一歩あとずさり、鼻を天井に向けるマット。

 フロストの目に宿った激情が一瞬揺らぐのを。マットは見逃さない。


 「模倣犯さ、そう、決まってる。

  新しい事件が起こったらそのつど犯人を逮捕するのが俺たちの仕事だ。

  …もう行くぞ、バールマンが死ぬ前にテレビに出る約束なんだ」


 「…彼女は……」


 マットは震え声を絞り出すフロストを無視し、玄関へと歩き出す。

 すれ違いざまその肩を掴もうとするも、フロストの指はスーツに擦れてシュッ、と

 軽く音を立てただけだった。


 「…アーシュは別件で指紋を取られているな……父親が6年前に事件を起こしてる。

  お前は…手柄欲しさにそれを利用したんじゃないのか?」


 「言いがかりだ、フロスト。もう済んだ事じゃないか」

 「済んじゃいない!彼女は未だ生きているんだッ!!!」


 フロストの怒号はマットを見つけた報道陣の歓声に掻き消され、誰にも届く事は無かった。





 午後9時丁度。

 連続殺人犯アーシュ=バールマンに、致死薬注射による死刑が執行された。

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