5
身体中が火照って熱い。
「ぼく……――」
言うことは決まっているのに、次の言葉が喉で止まって出てこない。
でも、なぜこんなことに言わなければならないの?
ぼくのこういちに対する想いは一生報われないものだし、ましてや彼女のいるこういちにはそれは邪魔な存在にしかならない。
しかも、男が男に対する恋って、普通の人には抵抗がある。ぼくも初めて自分の気持ちに気付いたときは、嘘だろうと信じなかった。告白しても気持ち悪いと切り捨てられてしまうかもしれない。
絶対に言いたくなかったのに。こういちとずっと一緒にいるためにも、これは言ってはいけないことだったのに。
なぜそれを告白しなければならないの?
もうぼくはこういちに嫌われてしまうのかなあ……。
この先どうなっちゃうんだろう…。
不安に駆られ、ぼくの脳はますます「言うな」と指令を出している。
でも白状しなくても、こういちは口を聞いてくれないという。それも嫌だ。こういちに嫌われることだけは、絶対…――。
「ぼ、ぼくはね…」
大丈夫だ。こういちは気持ち悪く思わないって、嫌いにならないって約束してくれた。今はその言葉を信じるしかないだろう。
心臓がまるでサイレンのようにやかましくて、ぼくは息が浅くなった。言葉を紡ぎだすのも容易ではない。
「……きなんだ」
「え?」
見事に、失敗。きちんと声に出そうと試みても、かすれて言葉がうまく伝わらなかったみたいだ。
ぼくは涙が浮かんできた感覚を覚え、こぼれないように気を付けながら、こういちの切れ長の目をねめつける。
告白するって、こんなに勇気のいることだったんだなぁ……。
ぼくはロケットが発射するように、勢いをつけて一息に言った。
「好きなんだよこういちが! 男同士で変だって思うかもしれないけど気付いたときには好きだったんだ!」
ぼくは喉につっかえていたモノを吐き出して、咳き込みそうなほど荒い呼吸を繰り返していた。まるで全力疾走した後のようだ。
「……好きなんだ…こういちが…女の子がこういちに抱く想いと同じように、恋愛感情として好きなんだ………。やっぱり、気持ち悪いよね、ごめん……こういちには彼女もいるのに」
こういちはぼくの予想外な告白に、言葉を失って口をポカンと開けていた。普段のクールなこういちだと絶対に見せない間抜け顔だったけれど、そんなところも愛しい。
「ごめん」
ぼくは気まずくなってその場から逃げ出そうとしたが、こういちの長い腕には叶わなかった。腕を掴まれて、ぼくは立ち止まるしかできなかった。
「………冬夜…」
「ごめん、こんなぼくといるのは嫌だよねっ……ぼくだって変だって思ったし」
「……冬夜…」
「ごめん、これ以上近づかないからっ。……だから……だから手を離して…?」
「…冬夜っ」
「…お願い……っ」
「冬夜」
こういちは懇願するぼくを後ろからガバッと抱き締めた。
ぼくは心臓が飛び出そうになって思考が停止し、さらにふわりと鼻腔をつくこういちの匂いにクラクラした。
「冬夜、俺はお前に何か言ったか」
「え…」
「俺はお前を否定するようなこと、言ったか」
耳元で低く囁くこういちの吐息がくすぐったい。
「こういち…」
「ヒステリックになるな。別にお前が俺のことを好きでも好きじゃなくても、おまえのこと嫌いにならないから」
こういちは、息を止めて聞き入るぼくを、宥めるように優しく言葉を続ける。
「おまえが言ったことは…正直驚いたけど、不思議と嫌には思わなかった。かと言って気持ちの整理がついたわけじゃないけど」
ぼくは今あるこの状況が夢かと疑いたくなった。
こういちは、ぼくの普通ではない想いを拒まずに受け止めてくれている…?
あんなに拒絶されると心配していたことがまるで嘘のようだ。
信じて、いいのかな。
信頼しても、裏切られないかな…。
ぼくの火照りまくった体は徐々に冷えてきて、元の体温くらいに戻った。頭もいくらかは冷静になって、物事を考えられるようになった。
こういちの腕の中、心地よい。
ぼくは…この人に心から信頼しても大丈夫なのかな……。
「…冬夜、俺は純粋に嬉しかったよ。男女関係なく、自分を好いてくれることはいいことだし、俺はあまり同性同士とか気にしないタイプだし」
「…こういちって、両刀使いだったの?」
「……さあ。今まで女しか付き合ったことなかったからな。でも、俺は男でも女でも、好きになったら躊躇わないやつだから」
「へ、へぇー…」
初めて聞かされたこういちの考え。
異性愛に拘らないと言うこういちの冷静な態度は、ぼくに僅かな希望を持たせた。
「でもな、今まで付き合ってた女でも、おまえのように心を乱し、泣き叫びながらコクってくれた人はいなかった。同性愛を告白するときの勇気は、並大抵のものではなかったと思うよ……ありがとう、素直に嬉しいよ、おまえが心を開いてくれて」
「こういち…そんな…」
告白したことを褒められて何だか照れ臭くなった。
「じゃ、…じゃあ、ぼくは、こういちの隣にいても大丈夫なの? 嫌じゃない?」
「馬鹿」
頭を小突かれる。そして体を反転させられて、こういちに泣き顔をさらすハメになった。
「…馬鹿、気にしなくていいって言ったろ? 俺はそんなことくらいで人を軽蔑するようなほど心は狭くない」
慈愛に満ちた微笑みを投げ掛けられ、ぼくの鼓動は速くなった。
何でそんなにカッコいいのだろう。
容姿もそうだけれど、言っていることや考えていることがオトナだ。想いを伝えるだけでギャーギャー騒いでいたぼくとは偉い違いだ。
好きになった人がこの人で、本当によかったと思う。
「……それにしても、本当におまえは泣き虫だな」
「なっ…」
「俺と友達になりたいとかなって良かっただの言ってたときも泣いてたしな。まるで幼児並に泣くんじゃないか」
「う、うるさいっ……しょうがないでしょっ」
憤慨するぼくを、こういちは明るく笑う。
「まあ、泣きたいときはいつでもどうぞ? …俺がいるからさ」
「…うん…」
「……まあ、俺は傍観してるだけだけどな」
「ちょっ…、こういちそれひどくない?」
「……しょうがないやつだな」
顔をくしゃりと歪ませて笑うこういちは、その大きな手でぼくの頭を優しく掻き撫でる。こういちに触れられるたび、ドキドキする。
「…俺の胸くらいは貸してやるよ。ただしその後ジュース1本おごるという条件付きで」
「…もうこういち性格曲がりすぎ!! いーよ、こういちなんて頼らないもんっ」
「冗談だよ」
夏が終わり、秋風が吹くころの屋上で、ぼくらは大いに笑い合った。
…といっても一方的にぼくがいじられているだけのような気がするが……。