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協奏曲 〜君と。〜  作者: AZURE
そして、時は流れ。
47/51


 長い長い旅を経て、日本に降り立った。


 入国審査を受けて空港を出ると、そこには事前に連絡しておいた旧友の黒木耀が立っていた。


 「久しぶり、晃一」


 「おう」


 彼は晴天の下、笑顔で手を振った。最後に見た時よりも大人びている。俺はアメリカにいた時の癖でハグを交わした。


 「元気だったか?」


 「耀こそ大丈夫だったか?」


 「何がだよ」


 笑いながら胸を拳で叩かれる。彼は俺が唯一連絡がとれる日本の友達だ。他のヤツは連絡先を知らない。


 俺たちは暫し笑いあったあと、体を離して歩き始める。こいつは歩くのが速い。


 「……今日はごめんな、俺しか迎えにこられなくて」


 「いや、いいんだ」


 「皆夕方からは用事があるらしくて。明日は皆来るぜ」


 「おう」


 目的の場所まで、黒木の赤い車に乗せてもらった。今住んでいる国とは車の構造が違うので、アメリカの感覚で助手席に乗ろうとすると、危うく運転席に乗ってしまいそうになる。


 「ばーか、日本の免許はないだろ」


 「うるせっ」


 ニヤニヤ笑われた。にしても違和感ありすぎる。


 車が動き出す。現れた日本のロボットのような街並みは、ひどく懐かしく感じる。夕日に包まれた黄金色の風景だが、そびえ立つ高いビルのせいで足元の景色は暗い。他愛もない話を交わしながら、過ぎ行く景色を眺めていた。


 意外と、日本の街並みも、変わっていないようで変わっている。


 「なぁ、あんな高い塔立ってたっけ?」


 遠くに見たことのないタワーあったり、その他知らない建物が建設中だったり。


 「ん? ああ。あれ最近完成したばかりのタワーだよ」


 「へぇ~」


 網のようなデザインの塔が天高くそびえ、白と青のグラデーションにライトアップされている。


 見慣れないそいつをしばらく目で追い、後で詳細を調べようと心の中で決めて、もう一度黒木の方に視線を戻した。


 整った横顔に橙色の光が差しこんでいる。瞳は真っ直ぐ前を見据え、形のよい唇はうっすら微笑んでいた。


 聞きたいことは山ほどあるが、それほど急がなくてもいいだろう。今は懐かしさに浸っていたい。



 1時間半近く車に揺られ、目的の場所に到着した。目的の場所とは、黒木のマンションだ。


 「…おつかれさん」


 ちょっと広めの部屋に通され、俺は少ない荷物を運びいれた。すべて終わると、黒木が後ろで玄関の鍵をかけた。


 「うわぁ、すげぇ」


 彼の部屋には、いかにも音大生らしく、グランドピアノと楽譜がぎっしり詰まった本棚が置いてあった。しかしそれ以外は必要最低限の家具しかなく、すっきりしていた。


 「……そういや晃一、俺の家に来るの、初めてだったよな」


 「ああ。なんか音大生の部屋って感じがする」


 「当たり前だろ」


 黒木は笑って俺の肩を小突いた。そして赤い前掛けをし、夕食の準備を始めた。料理している姿を見たら、きちんとしているなと感心せざるを得なかった。


 やつの手料理が出来上がり、食卓に並べられる。シェフのように盛り付け方もきれいで、食べた感想も、どこで習ったんだと言いたくなるくらい美味しかった。


 「まぁ、得意だからな」


 黒木は冷たい飲み物を飲みながら、さらっと言った。おそらくこいつは、涼しい顔して内心熱い性格だと思う。


 彼と談笑してその日は終わった。明日は、爺やの見舞いだ。その前に、中学高校の仲間と会う約束をしている。


 俺は床に敷かれた布団に包まれながら、翌日のことを考えた。冬夜にも、会えるだろうか。


 (……そう言えば今日黒木に冬夜のことを聞くの忘れたな…)


 まあいい。聞くとしても何を聞くのだ。本人に会ってからの方が話は早い。


 いつの間にか眠りについていた。ぐっすり寝て、新しい朝を迎えた。



***



 翌日、黒木の家に俺の友達が大勢やってきた。そこには黒木の弟もいたし、健太郎もいる。他には、中学時代の部活の仲間らしき人物もいた。記憶は全部戻っているわけではない。しかし、それとなく話を聞いていたのもあって、予想していたより普通に会話できた。


 しかし、冬夜と名乗る人物はいなかった。


 時間が経っても現れなかった。


 旧友たちと思出話に花を咲かせる一方、頭は冬夜のことばかりを考えていた。


 なぜいないのだろうか。予定が被って来られないというなら分かる。遠方に住んでいるというなら仕方がない。でもそれなら、最初から黒木が言ってくれるはずだ。冬夜は俺の『親友』なのだから。


 大体黒木も他の連中も、冬夜のことは話題にしない。まるで最初から存在しないかのように振る舞っている。


 なぜそんなことをするのだろうか。俺には理解できない。


 お昼過ぎになると、皆解散して帰っていった。再び黒木とふたりきりになったので、テーブルで書き物をしていた彼に問い詰めてみた。


 「……思い出せないって言うのはまったく恥ずかしいことなんだけど、」


 冬夜という人間と自分の関係はどうだったのか。なぜそいつの存在を隠そうとするのか。聞きたいことをすべて吐き出した。言い終わった頃には、黒木はかけていた黒ぶち眼鏡を外し、俺をじっと見据えていた。


 「…? 何だよ」


 「いや」


 黒木は、やれやれと首を横に振った。そして俺にテーブルの向かい側に座るよう促した。


 「……口止めされていたけれど、その件はいつか話さなければならないと思ってたんだよね」


 黒木は顔の前で指を組み、思い詰めた表情をした。


 「口止め?」


 「…ん。まあね。その前に、晃一。何でそんなに冬夜のことが気になる?」


 やつの言葉に、ギクッとするはめになった。黒木の突き刺すような視線が怖い。


 「…何でって…そんな口止めするくらいのことだろ、何かあったんだろ」


 緊張して、口から心臓が飛び出そうだ。


 「…うん。何かはあった。おそらく晃一にとっては、命より重要だったことがね。でも、君が事故を起こして以来、多分誰も本当のことは話さなかったはず。君は記憶を取り戻していないし、何も知らないのに、どうして冬夜のことが気になるんだ?」


 「何でそんな言い方するんだよ。大体おかしいんだよ。誰も冬夜のことを話題にしようとしないのは。何か裏があるって思うだろ、普通。それに……」


 リサと一緒にいた時を思い出す。告白された時のあれは何だったんだ。全くの無意識で、あいつのことが頭に浮かんだんだ。


 それはただの偶然なのかもしれない。病院での会話も思い込みなのかもしれない。


 もしそうだったとしても、真実だけは知りたい。隠蔽された過去があるならば尚更。


 胸の奥が疼いている。形のない何かが、そこから込み上げようとしている。


 もうそれは、止めることができない。


 「…それに俺は多分、冬夜に会いたいんだ。アメリカで冬夜の存在に気づいてから、あいつが気になって仕方がない。親友だと聞いたのに、俺はあいつのことだけ思い出せていない。なのにあいつを考えると、胸が勝手に痛みだすんだ」


 言ったところで、俺は顔が熱くなった。まるで告白みたいじゃないか。


 黒木もそう感じたのか、クスッと笑った。そして組んだ指を外し、頬杖をついて遠い目をした。


 「…そうか…晃一がそんなにピュアだってこと、初めて知ったよ」


 「馬鹿にしてんのか?」


 「いいや、違うよ。記憶はないくせに、忘れてないんだね。大切だった人のことは」


 「は…?」


 聞き捨てならない単語を聞いた気がする。というか黒木の言っていることが矛盾している。


 意味が分からない。


 「…まぁ晃一は前からそうだったか。嫌いなものはすぐ切り捨てるくせに、好きなものにはとことん執着する」


 「好きって…」


 動揺する俺に、黒木はニヤッと笑った。


 頬杖をやめて、黒木は綺麗な顔を真っ直ぐに向ける。獲物を狙う猫みたいに、目が爛々としていた。


 「…そうだよ。ここまで言ったら分かるだろ? …以前、君は冬夜のことが好きだったんだ。君たちは、恋人同士だったんだよ」


 覚悟はしていたけれど、言われたときの衝撃はかなりのものだった。しかし一方で、すんなり納得できた自分がいたのも事実だ。


 (やっぱりそうだったか…)


 なぜかほっとしている自分に、黒木は次の言葉で追い討ちをかける。


 「…でも、もうひとつ大事なことがあるんだ」


 「え…?」


 黒木は真顔だった。


 「事故の原因が、冬夜であって君だということ」

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