7-1
冬夜視点。
長いので分割します。
ぼくは、目の前が真っ白になった。今、ここに倒れているのは誰なのだろう。そして、向こうで無惨に横たわっているのは誰だろう。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ぼくは取りあえず起き上がってみる。頭と腰と左肩に激痛が走った。どうやら、ここで倒れていたのは自分自身だったようだ。
ではあちらで倒れているのは…?
その人は頭から血を流し、固いアスファルトの上でぐったりしている。近くには、黒い車がウィンカーを出しながら止まっている。
ぼくはほとんど反射的に立ち上がり近づいてみる。脚がふらついて、いうことを聞かない。渾身の力を振り絞って、その人の側まで歩いた。
ここまできて、ようやく事態の内容が理解できた。
――信じられなかった。
誰か、嘘と言って欲しかった。
ぼくはしゃがみこみ、その人の名を呼び続けた。大きな体を揺すっても、固く閉ざされた瞼は開こうとしない。
涙が込み上げてきた。胸が締め付けられる。大粒の涙を流しながら、ぼくはその人の名前を叫び続けた。周囲の人がわらわら集まってきたが、そちらに顔を向けることはできなかった。
(絶対、絶対、そんなのは嫌だっ…!)
ぼくは必死でその血にまみれた頬を叩く。名前を泣き叫びながら、その人の上体を起こし、自分の膝にのせて抱き締めた。
ふと、その時、その人のまぶたがうっすらと開いた。
「こういち、…こういちっ…!」
こういちの瞳は虚ろだったが、しばらくしてぼくに焦点が定まった。ゆっくりとぼくを見回した後、頬をフッと緩ませた。
「とう、や…」
こういちの声は、しわがれていて、蚊のように細かった。
「泣く、な…冬夜」
なぜ自分が大変な状況にあるのに、笑ってそんなことが言えるのだろうか。ぼくは少しだけ、怒りにも呆れにも似た感情を覚えた。
「こういち、死んじゃやだよ…っ」
ぼくが泣いて言うと、こういちは笑って答えた。
「ばっか、死なねぇよ…ぅっ」
「こういちっ…!」
こういちはビクッと体をくの時に曲げ、腹部を押さえた。ゼェゼェと苦しそうに息をし、見ていられなかった。何とかしてあげたかったけれど、何をしてあげればよいか分からなかった。
「しん、ぱいすんな、…冬夜、笑って。 笑って…」
(笑えないよ…っ)
ぼくのせいだ。ぼくが癇癪を起こして逃げたりしなければ…。
こういち…。
いやだよっ…。
いやだ、ぼくを一人にしないでっ…。
あの日の出会い、けんか、海。クリスマスも、受験でつらかった日も、いつも一緒にいてくれた。こういちはいつもぼくを守ってくれた。今までのいろいろなことを思い出したら、涙が止まらなかった。ぼくを見上げるこういちの瞳は慈愛に満ちていて、優しくて、諦めたような顔して笑っていた。普段のこういちには見られない表情だ。喧嘩が強く、獰猛な獣のイメージはひとかけらもなかった。
こういちがいなくなったら、ぼくはどうすればよいのだろう。そんなこと考えたことなかったし、考えたくもない。
もっと、そば にいたいのに…。
(ああ神様、せめて命だけはお助けください)
何度も願った。
彼のずっしり脱力した身体を強く抱き締める。こういちは幸せそうに目を細め、吐息にかき消されるか消されないかの声で囁いた。
「笑っ、て…」
こういちの目が閉じていく。しかし、顔は笑ったままだ。だらりとぶら下がった腕は、動く気配がなかった。
「…こういち…?」
予想していた最悪の事態が本当になった。
(……動かない。息、していない…)
自分の心臓がぎゅっと握りつぶされた気がした。
ぼくは叫んだ。
その後のことはよく覚えていない。あの後ぼくも気を失っていたらしく、目が覚めたら病院の誰もいない一室にいた。起き上がると、頭にズキンッと重い痛みが襲った。反射的に後頭部を押さえると、ぐるぐると包帯が巻かれていたのに気がついた。よく見回せば、手首や肘にも巻かれていた。
「あ、目を覚ました」
誰もいないと思っていたので、突然横から声をかけれ、びっくりしてベッドの上で飛びはねた。
「聖、くん…」
聖くんは軽くニコッと微笑み、おかえり、と言った。立ち上がってナースコールを押しに行ったその足で、ベッドに近寄り、再びぼくを寝かしつけた。彼の顔は笑っていたが、瞳に影が宿っていた。
「…冬夜君はまだ安静にしてなきゃ駄目だよ。脳震盪起こして2日間意識がなかったんだから」
ピンと張りつめた声に、察するものがあった。それは、自分でも分かっている。
「聖くん…」
「何?」
それでも聞きたい。
「こういちは…?」
聖くんの動きが止まった。
「…こ、こういちは…?」
どうなったの、と言う自分の言葉も尻すぼみになってしまう。聖くんはしばらく考え込んでいたが、決心がついたというようにぼくに振り向き、一文字に結ばれた口をためらいがちに開いた。
「冬夜くん、安心して。晃一君はまだ、死んではいない」
この時、どれだけ緊張の糸がほぐれ、安堵したか言葉にはできない。まだ生きている。嬉しくて泣きそうになった。
しかし、次に言われた言葉は、こみ上がりかけていた涙を止めた。
「…でもね、生きてもいない」
「…えっ…」
「晃一君は一時期本当に危なかったけど、今はそれを乗り越えて安定している。でも、意識がないんだ」
意識がない、言い換えれば植物人間状態ということなのだろう。 話を聞けば、意識を戻るか戻らないかは本人次第だという。戻ってくる場合もあれば、一生戻らないかもしれないし、耐えきれず、死に至るかもしれない。
(こういち、いなくなったりしないよね…?)
「聖くん、こういちに…っ」
「まだ面会は無理みたいだよ。僕も会いたいけど、何度も拒まれた」
「そんな…っ」
「今、ヨウが晃一君の容体を聞きに行っている。君のご両親は事故を起こした運転手と面会中だ。皆、しばらくしたらこっちに来るよ。…その前に、冬夜君の診察だね」
言い終わると同時に、お医者さんや看護師さんがわらわらと入ってきた。聖くんはその人たちに短く説明し、部屋を出ていった。にこやかに近づいてきたお医者さんは、ぼくの目の前でピースをし、これは何本に見える? と問うてきた。
「…二本です」
「じゃあ、これは?」
指が四本に増えた。ぼくは正確に言い当てる。お医者さんたちの笑顔がむなしく感じた。
一通り診察が終わり、今のところ異常は見つからないという結果が出た。しかし念のため、精密検査をしてもう少し調べることになった。
お医者さんが病室を出ていくと、入れ換わりに聖くんと黒木くんが何かを話し合いながら入ってきた。二人とも深刻という文字が顔に書かれていた。そしてそんな表情まで瓜二つだった。
彼らはしばらく話し込んでから、同時にぼくを振り返った。黒木くんたちはほとんど無表情のままで、ベッドサイドに椅子を引き寄せて座った。緊張した空気がはりついた。
「冬夜…意識戻ったんだな。…よかった」
黒木くんはぼくの顔をのぞきこむ。そして安堵の息をつき、薄く微笑んだ。いつもスタイリングしてある髪はまっすぐなので、聖くんとほとんど見分けがつかない。
「…冬夜が事故に巻き込まれたって聞いたときは、正直信じられなかったよ」
黒木くんは苦笑いして、「なぁ、」と後ろを振り向き、聖くんとうなずき合った。再びぼくに身体を向け直し、明るい口調を作った。
「でも、よかった。見たところ外傷はほとんどないみたいだし、ちゃんと意識もはっきりしているし。一時期は二人とも意識を戻さないから、俺たちどうしようかと思ってた」
二人とも――片方はぼくで、片方はぼくの愛しい人。ぼくは目覚めることができたが、もう片方は今、どうなのだろう…。
「ねぇ、黒木くん…」
ぼくは白い掛け布団をぎゅっと握った。手汗が止まらない。
「こういちは、今…どうなんですか…?」
声が震えてしまう。なるべく普通の状態を取り繕っていても、目の奥が熱くなってくる。
黒木くんは大きくため息をついた。
静まり返り、時計の音だけが鳴り響いている。
「…晃一はね、」
黒木くんは低い声でゆっくり言葉をつむいだ。ぼくは聞くのが怖かった。
「…あいつは脳座礁を起こしていて、事故後すぐに手術をしたらしい。右脚と肋骨と右腕を骨折したらしいが、現在の状態では安定しているから問題ない。ただ、まだ意識が戻っていないらしい」
「意識が戻っていない…」
「ああ。事故を起こした車だが、運転手の話によれば、ぶつかる前にややスピードを落としていたらしい。だから人が飛び出してきたのにも素早く対応できて、晃一はそれほど飛ばされずに済んだ。ただ、即死するほど酷い衝突ではなかったにしろ、人体に与える衝撃はかなりのものだったから、今の状態に至るわけだ」
やっと事故の全貌が見えてきた。あのときぼくは無我夢中で走っていて、車が来ていたことも、どこの道を走っていたのかも把握していなかった。ただ、事故の数分前の出来事が信じられないくらい衝撃的で、あの場所から離れたいと必死に走っていた。
思い出したくない。何も、かも。
ぼくは白い布団の一点を、焦げるくらいに睨みつけた。胸に熱くて重いものがつかえ、内蔵にただれるような痛みが広がった。
「…冬夜…?」
ぼくはもう、どうしていいか分からない。こういちは意識を回復していないし、誰かにあの時のことを聞くのは苦しい。
もうどうしようもできない。身が引き裂かれる思いだ。
「冬夜…」
突然黒木くんはすっくと立ち上がり、僕の隣に腰かけた。何のつもりだろうと怪訝に思って見上げたら、黒木くんは慰めるようにぼくの肩を揺すった。
「…冬夜、我慢しないでいい。泣きたいときは泣いて。おまえと晃一の間に何があったのか俺たちには分からないけど、取りあえず泣きたいときは泣くんだ」
胸がじんわり熱くなった。先程のただれるような痛みは、切ない痛みに変わっていく。
黒木くんは優しい口調で続けた。言葉ひとつひとつが胸を熱くする。
「泣いて今の気持ちを全部吐き出してしまえばいい。自分の内に抱え込んだままでいると、最後どうしようもないことになるからな」
ぼくは涙が止まらなくなっていた。聖くんもそうだよ、と言いながらぼくの手を握った。ふたりの体温がぼくに染み込んで、萎縮して固くなった心の内側を溶かしていった。
「…ご、ごめんっ…あり、がとう」
呼吸が苦しくなって、言葉が途切れとぎれにしか出せなかった。黒木くんは昔母親がよくしてくれたように、ぼくの背中を優しくさすった。
「…謝ることじゃないよ。できるなら、俺たちに、冬夜たちの間で何があったのか1から話してほしい」
ぼくは泣きながら頷いた。涙腺が崩壊して、涙が止まらない。そんな僕を見かねてか、黒木くんは胸を貸してくれた。ぼくは頼れる「お兄さん」に抱き締められながら、涙が枯れるまで泣いた。
「――…実はね…」
もう涙がでなくなったところで、ぼくはこういちとの関係を1から話した。今のぼくは声も掠れ、涙あとが残る顔も腫れぼったい。
内心カミングアウトするのは勇気がいった。男と男というだけでなく、こういちは黒木くん双子の幼なじみでもあるからだ。しかし運がいいことに、思っていた以上に言葉がすらすら出てきてくれた。ぼくがすべてを話している間、黒木くんたちは口を結び、揃って真剣な顔で聞いてくれた。
「…ぼく、こういちにメールで呼ばれたから、わざわざこういちの学校に行って待ってたんだ…。そしたら…」
生まれてから最も最悪なあの場面が、目の裏側に投影された。灰色の制服を纏った人たちが、校門の手前でわらわら集まっている。ぼくも好奇心を刺激されて、人の輪に入っていった。
その中心で、ぼくには信じられないことが起きていた。
あんなに好きで、好きで、お互いのことを信頼しあってきた愛しい人が、黒い髪の女の人と強く抱擁し合い、熱く口づけを交わしていた。まるでぼくに見せつけるように、いつまでも抱き合っていた。周りの人間は歓声を上げたり茶化したりして盛り上がっていたが、ぼくはただ呆然と立ちつくしていた。
女の人を抱き締めたこういちと目が合った。あからさまにしまった、という顔をしていた。こういちのその表情で、こういちが何を考えていたのかが分かってしまった。
氷の槍が胸に突き刺さったみたいだった。
つまりは、ぼくなんてただのお遊びだったのだ。ぼくだけを見ているなんて、ただの幻想だったのだ。
「……そんなのすぐ決めつけるのは安直だぜ。晃一だってはめられた可能性もある」
「だって…」
あの映像が頭から離れない。あの時ぼくはいたたまれない気持ちになって、無我夢中で逃げ出した。どんな道を走っていたのか、思い出そうとしても覚えていない。こういちが追いかけてきていることも気づかなかった。泣いてぐちゃぐちゃになって、もう訳が分からなくなって、息が苦しくなって死にそう…となったとき、首根っこをぐいっと強く掴まれ、背中から思い切り投げ飛ばされた。
しばらく気を失って、目を冷ましたら大好きなこういちが黒い車の横で倒れていた。ぼくは何がなんだかもう分からなかった。それからぼくらは救急車に運ばれて、今に至る。
「……俺たち小4の頃からあいつと付き合いなかったからよく分からないけど、少なくともあいつ、そんなに薄情ではないよ。心に決めたものは絶対に裏切らない。これは保証できる」
「でも…」
ぼくが心に決めた相手ではなかったら…?
「それは心配するな。あいつ、心に決めたもの以外は全然長続きしないから。1週間続けばいい方だからね。冬夜は2年近く続いているんだから、心に決めた相手だって分かるよ」
黒木くんの隣で聖くんもうんうんと頷いていた。
「それじゃあ…何で…」
「昨日、晃一の友達の健太郎というやつが見舞いに来て、少し話したんだ。どうやら、入学して間もない頃からある1人の女につきまとわれていたらしい。今回のことも、その女の仕業じゃないかとそいつは言っている」
(女の人につきまとわれていた、か…)
ぼくの知らない間でそんなことが起こっていたのか。こういちは自分のことはなにも言わないから、特に何もないと安心しきっていた。もっともこいういちはモテるから、そんなことは日常茶飯事なのかもしれない。
ぼくはいったい、こういちのどれだけのことを知っているのだろう? 今回のことだってこういちのことを信用していないわけではないが、真実を知らないうちは何も言えない。
ぼくを本当に愛してくれたのかということでさえ……。
「…まぁ、まだ何もわからないうちに落ち込むな。本人に聞いてそうだったら落ち込むんだ」
「……でも、もう聞けないかもしれない…」
「大丈夫、あいつは戻ってくるさ」
どこからその自信がわいてくるのかは知らないが、真正面を見据える黒木くんの横顔は凛としていた。
その後自分の母親と父親が病室にやって来た。母さんは涙を流してぼくを抱き締めてくれたけれど、父さんは固い表情のまま立ち尽くし、一歩距離をおいて冷たい目で見下していた。きっと、ぼくがこういちと付き合っていたことがバレたのだろう。やはり父さんはぼくらのことをよく思ってないみたいだ。本当だったら家族がお見舞いに来てくれてほっとする場面なのかもしれないが、ひどく抜け出したくなった。
何かが壊れていく。少しずつ。
もうぼくには落ち着ける場所などないのかもしれない。死んだとは確定していないが、唯一の心の拠り所をなくした今は、世界が灰色の膜に覆われたように見えた。
こういちは何週間経っても目を覚まさず、悶々とした日々が続いた。そうしているうちにぼくの体は憎たらしいほど順調に回復して、退院できることになった。学校にも行けるようになった。なったけれど、毎日がつらかった。別に友達とか周りの環境がぼくに冷たくなったわけではない。愛しい人を殺しかけた張本人――ぼくがのうのうと生き延びていることに罪悪感を感じずにはいられないのだ。
(何でこんなことになっちゃったんだろう…)
つい数週間前はこんなことになるとは知らなかった。
全部、ぼくのせいだ…。ぼくがあの時逃げずにいれば今は違っていたかもしれない。
でも今さらそんなことを言ってももう遅い。もうどんなに願っても幸せだったあの日には戻れない。
***
今日も気が向かないまま学校に向かう。最近は何をするにもやる気が起きず、食べるのも寝るのも起きるのも機械的な行為にすぎなかった。
「はぁ…」
本当は休んでいたい。事故の際にできた傷はまだ治っていないし、たまに目眩が激しくなって倒れることもある。しかしそんなことでズル休みしていてはこういちに失礼だ。ぼくは重い体に鞭を打ち、事故の前までと変わらぬ生活を続けた。
しかし心というものはやっかいで、いくら以前の生活をしていても元に戻らない。こういちを失ってからは、自分の体に穴が空いたように、哀しみがぼくの奥で居座り続けている。
学校にいてもどこにいてもそれは変わらない。変われるとしたら、それはたった1箇所しかない。
愛しい人の隣だけだ。
「おはようございます…」
学校に着いて、まず最初に会ったのは黒木くんだった。
「ああ、おはよ」
彼はロッカーの鍵を閉めてぼくを振り返った。この人は学校で一番頼りになる存在で、ぼくが入院していたときから寄り添ってくれている。
「冬夜、体調悪いのか?」
「え?」
「顔、青白い」
黒木くんは心配するようにぼくの額に手を当てた。熱はないようだなと呟くと、そのまま後ろにかき撫でた。
「…あんまり無理するなよ。あれから毎日来てるみたいだけど、まだ本調子じゃないんだろ? また倒れたら大変だから、具合悪いときは休めよ」
「…うん」
「おまえが罪悪感を感じる必要はないんだから」
その時、黒木くんの携帯が鳴った。悪い、と言いながら電話をとって、彼は暫く話し込んだ。
(会話、長いな…)
ぼくは手持ちぶさたで自分のロッカーを開け閉めしていると、通話が終わったのか彼はパタンと黒い携帯を閉じた。心なしか硬直した空気が流れている。
「黒木くん…?」
怪訝に思って彼の顔を覗くと、頬を強張らせて口をキュッと結んでいた。目は呆然としている。
何か、嫌な予感がする。
「黒木くんっ…! 何があったんですか…!?」
ゆっくりと顔をこちらに回した黒木くんの目には、温度がなかった。
「冬夜…晃一が…」
「いやっ…聞きたくない!」
ぼくは耳を塞いだ。黒木くんは無表情で言った。聞こえなくても口の動きで分かってしまう。
”死んだ“、と――。
「――いやああああああああああああああああ!!」
ぼくは叫んで目が覚めた。辺りは目を凝らしてもまだ暗く、夜だということが分かる。
(ゆ、夢…!?)
心臓がバクバクいっている。息は荒く、全身の筋肉がガチガチに固まっているから、 起き上がるだけで疲労困憊だ。
(夢…、で良かった…)
もう寝られる気がしないので、鉛のような体をベッドからひきずり下ろす。床の上に直に座ると、フローリングの冷たさが気持ち良かった。
(こういち…)
夢の内容を思い出して泣きたくなった。これからもしこういちが戻ってこなかったら、これがもし夢の話で済まされなかったら…ぼくはどうすればいいのだろう。
とてもこういちがいない世界は考えられない。
(こういち…いやだよ、ひとりにしないで…っ)
ぼくは一晩中泣き明かした。