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協奏曲 〜君と。〜  作者: AZURE
満月の夜。
30/51



 腹が立つ。


 自分に腹が立つ。


 冬夜を傷つけないと誓ったのは俺なのに、ついさっき泣かせてしまった。


 あいつの怯えたような目、強ばった頬――今まで向けられなかった「恐怖」という感情を、初めて向けられた気がした。少しショックだった。俺はそこまで信頼されてないのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、信頼がないことへの落胆と、怒りみたいな激しい感情がせり上がってきた。勢い、冬夜にも当たってしまった。俺はこれ以上冬夜を傷つけないために、行為をやめベッドに潜った。しばらくして、冬夜も俺の隣に寄り添うように布団の中に入ってきた。時々冬夜が鼻をすする音がするくらいで、部屋はシーンと静まり返り、おまけに真っ暗だ。


 ベッドに入ったはいいが、まったく眠れない。逆にイライラして頭に血が上る。


 今夜はずっとこれで過ごさなくてはならない。せっかく水入らずで過ごせる貴重な時間だったのに、むざむざポイと捨ててしまったようだ。


 俺の背後でモゾモゾと布団が動く。冬夜が寝返りでも打ったのだろう。


 俺が静かに目を閉じたときに、蚊のような細い声で冬夜が言った。


 「こういち……起きてる?」


 俺は返事をしなかった。


 沈黙だけが静かに流れた。


 「こういち…」


 背後で身じろぎした冬夜が、ひしっと抱きついてきた。後ろから回されたすらりとした両腕は、俺の胸の前でガシッと交差する。


 「さっきはごめんなさい…。でもね、これだけははっきりさせたいんだ……」


 だからちゃんと聞いてね、と強く念を押すように、冬夜は呟いた。俺は低い唸り声で返した。


 「……さっきのは、嫌だったわけじゃなかったんだ…。…でも、ちょっと怖かった。初めてだったし、あんなこと……」


 冬夜はそこで言葉を区切り、一息ついたところでまた話を続けた。


 「……滅多に触らないようなところに触れられたから、びっくりしちゃっただけなんだ…だから……ごめん」


 「……何でおまえが謝るんだよ」


 「え……何でって…」


 「泣かせた原因は俺なのに」


 俺は素早く体を反転させ、片手をベッドにつけながら冬夜をの上に乗った。


 仰向けに俺を見上げてくる冬夜の瞳は、黒くて澄んでいて、きれいだった。


 「どんな理由であれ、泣かせたのは事実だ。おまえが謝る必要はない」


 俺は冬夜の髪をすく。指をすり抜ける髪は、フワフワしていてまるで猫みたいだ。


 「おまえは思ったことをはっきり言っていい。今回は、俺が無理強いさせたんだから、謝るのは俺なんだ。ごめん」


 「無理強いなんかしてないよ…。むしろ、ぼくにずっと合わせてきてくれたもの。なのに、今回、怖いからって一歩すすまなかったら、こういちに悪すぎるよ。ぼくが我が儘言ってばかりで」


 「冬夜……」


 「今回こそはこういちと最後まで想いを交わそうとしていたんだ。別に無理してないよ。ぼくもこういちが大好きだから」


 冬夜は照れ笑いを浮かべた。頬は林檎のように赤い。


 「だからね、さっきは突き放してごめん。もうそんなことはしないから。泣くかもしれないけど、嫌なわけじゃないから……」


 「本当に……いいのか?」


 「…うん」


 「ならさ、おまえからキスしてよ。そしたら俺は――」


 おまえと1つになるよ、と冬夜の首筋に囁くと、冬夜はくすぐったそうに縮こまった。


 「うん…」


 目の前の少年は目を閉じ、俺の両頬に手を添え、ためらいがちに自分の方に引き寄せた。俺はされるがままに、冬夜に口付けられた。


 俺はもうためらわなかった。中途半端に火照っていた躰を再び熱くさせて、夜の部屋を熱気に包ませた。


 俺の愛撫に色っぽく乱れる冬夜を見て、ドキドキが激しくなる。普段ぼーっとしている冬夜のどこに人を惑わすような妖艶さがあるのか、と言いたいくらいに、その目、声、仕草が俺を誘う。俺は本能に操られるままに、冬夜のすべてを貪る。


 「あっ…!!」


 乱れ狂う冬夜の内部を、慎重にほぐす。冬夜は俺の指の動きに合わせて、ビクビクと反応しながら腰をくねらす。


 「…冬夜……挿れるよ?」


 言葉はなく、冬夜は真っ赤になりながら首を縦に振った。俺はなるべく痛くしないようにと気を使いながら冬夜のきつく締まった内部に自身を納めた。


 「…大丈夫か?」


 冬夜は額にたまの汗をかき、俺の背中に爪を立てた。やはり最初はつらいらしく、じっと耐えている。


 俺はゆっくりと律動し始めた。そして次第に速く、激しく動いた。冬夜の甘い喘ぎも、切羽詰まっていく。



 ――喜びの絶頂を2人で迎えた。



***


 「……よく頑張ったな」


 ベッドにもぐり込む冬夜に水が入ったコップを手渡した。受け取った冬夜は、腰の痛みに顔を歪めながらも起き上がり、一気に飲み干した。


 「しみこむー……」


 上を向いて目をつぶる冬夜から、空になったコップを受け取り、ベッドサイドのテーブルに置いた。そして冬夜の隣に座り、ベッドへッドによりかかった。


 「…疲れただろ? 休んで」


 「うん……」


 冬夜は甘いため息をつきながら、俺の胸に頭をあずけた。グッタリとなるその体に、上着をかけてやる。


 「…でも…よかった」


 「何が?」


 「こういちと1つになれて」


 冬夜はトロンとした目を笑わせて言った。


 …俺は嬉しかった。嬉しいから何も言わず、冬夜の猫っ毛の髪を撫でた。


 「…ああ」


 汗ばんだ体は冷えてくると寒く感じる。俺たちはよりいっそう身を寄せ合った。


 「そういえば。冬夜、おまえに言わなきゃならないことがある」


 「なに?」


 「俺、日本に残ることになった」


 言うと、冬夜の目は輝いた。


 「本当に?」


 「ああもちろん。ただし高校に通う3年間だけどな」


 「…よかったぁっ…」


 冬夜は俺の胸に寄りかかりながら、ホッと息をついた。


 「じゃあ、一緒にいられるね……」


 「ああ……」


 冬夜の頭を撫でてやると、冬夜は気持ち良さそうに目を閉じた。そして数分後にはすっかり眠りの中に入っていった。


 スースーと寝息を立て始める冬夜の寝顔は見ていて微笑ましかった。いつまでも見ていたかったが、急に疲労と睡魔が襲ってきて、冬夜をベッドに寝かせ、俺もその隣に寝そべった。


 冬夜の体温を全身で感じながらゆっくりと眠りの世界に落ちていった……。



 幸せな夜だった。




 次の日の朝、冬夜は起き上がれないくらいツラいらしく、また1泊することになった。その翌日は冬夜の体の調子がようやく回復して、家に帰ることになった。


 「……ツッ」


 冬夜は玄関で靴を履こうとしゃがむと、痛そうに顔を歪めた。


 「大丈夫か?」


 「…うん」


 やはり冬夜には少しキツかったかもしれない。後ろめたさを感じていると、靴を履き終えた冬夜は俺をまっすぐに見つめて言った。


 「大好きだよ、こういち」


 冬夜は天使のような微笑みで笑った。


 「今日はありがとう」


 突然の告白に驚いて言葉が出なかったが、それは俺へのフォローだと気づいた。健気な冬夜に心が動かされる。


 「……こちらこそ」


 俺は冬夜に近づき、その細い肩を抱き締めながらキスをした。唇を離し、視線と視線を絡ませて、微笑み合う。愛しい人と想いが通じ合えるのは、無上の喜びだった。


 「それじゃ、行こうか」


 「うんっ」


 冬夜の手を取り、指を絡ませる。手を繋ぎながら肩を並べて冬夜の家まで歩いていった。


 手から伝わってくるぬくもりは、春の風よりも温かく、優しい。



 次に合うときはきっと、俺たちは高校生になっているのだろう。


 そう思うと、口角が緩んだ気がした。


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