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今、こういちの腕の中にいる。彼の分厚い胸板に自分の顔を当てて、こういちの囁く声を直に聞く。
「…心配するな。俺が傍にいるから」
ぼくはドキドキが激しくて、息をするのも大変だった。顔が赤くなっていることを悟られたくなくて、離れた後も俯いていた。
最近こういちといると、自分でも驚くくらいに緊張する。前は憧れみたいな感情は抱いていたけれど、こんなにドキドキしなかった。今はまるで恋をし始めた女の子のようになっている。
……恋?
まさか。
だって男同士だし、ぼくは女の子が好きなんだ。
しかし、この高ぶった感情はどう説明すればいいのだろう。
顔を上げると、こういちが表情なしの顔で、こちらをじぃっと見つめていた。
ぼくは再度ドキドキが早くなって、恥ずかしくて顔を背けた。身体中に変な汗をかく。
「……いきなり抱き締めるなんて、…卑怯だっ…」
憤慨するつもりで力を込めて言ったのが、なぜか弱々しい口調になってしまった。
「何で?」
彼は悪びれずに言う。
そう、彼は抱き締めることに対して何の感情も持っていないのだ。少なくとも、恋愛感情故に抱き締めたとかではない。同性相手にそんなことを気にしているほうが不思議なのだ。
なぜ抱き締めてきたのかは不明だけれど。
でも、さっきからちょっと暗い話をしていたし、何となく心当たりはある。
目を背け続けるぼくの目の前で、彼はクスッと笑った。
「……可愛いやつ」
彼はぼくの頭をくしゃりと撫でる。その眼差しはとても優しい。
「冬夜、おまえをいじめたくなるやつらの気持ちが分かってきたよ」
「なっ……」
「おまえは、反応がいちいち面白い。だから、いじりたくなるんだよな」
「……え」
「おまえ、中学に入ってから、いじめられたか?」
彼の顔が急に真剣な表情になる。ぼくのことを心配してくれているのだろうか。
「あ……ちょっと…」
「どんな感じに?」
「でも、いじめってほどでもないんだ。ただ……いつもつるんでいる人は、ぼくのことをパシリにしか思ってないみたいだし…、たまたま陰でぼくの悪口言ってたのを聞いちゃったりして……」
パシリから戻ってきていざ教室に入ろうとした時、聞こえてきたその人の声と仲間たちの言葉。思い出すだけでも悲しくなるような内容だ。
その人の本心が分かってから、ぼくはその人にあまり近づけなくなった。
「まあ、そういうのがいじめに繋がるんだけどな。…冬夜」
「…はい」
「つらいことがあるなら、何でも言えよ。聞くから」
「う、うん……」
ぼくは嬉しさに涙が出そうになった。今までに付き合っていた意地悪な人たちとは全然ちがう。この人は見た目は怖そうに見えても、性格は優しい。
「なっ、おまえ、何泣いてんだよ」
「だってぇ……」
嬉しいんだ。本当の『友達』ができて。
今までにない喜びを噛み締めていた。
しかしその喜びもつかの間。
こういちに彼女がいることが発覚したのだ。
別にこういちに彼女がいたって、おかしくないのに。むしろ、いない方がおかしい。カッコいいし、優しいし…ほとんど言うところないだろう。
でも、何だか心がもやもやした。彼女と腕を組んで歩いている姿を見て、嫌な気持ちがしたんだ。
こういう気持ちって、何て言うんだっけ?
確か嫉妬と言ったような気がする。
するとぼくは……。
自分の気持ちに気付くまで、数秒とかからなかった。