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協奏曲 〜君と。〜  作者: AZURE
満月の夜。
29/51

R18。


 卒業式が終わると、春からの新生活がまで約1か月ほど休みになる。


 ぼくは暇さえあれば練習していた。特に何もやることがないから、練習に明け暮れていた。しかしあまり好きじゃない勉強は一切やらなかった。


 練習もいいけれど、家にずっとひきこもっていると自分が次第に硬直してくるような気がする。外からの刺激を得ないと、何となく冴えない。それに、卒業式以来ずっとこういちに会っていないから会いたくてウズウズしている。


 そう思っていたら、こういちから電話がかかってきた。


 「……もしもし」


 『冬夜、久しぶり』


 「うん」


 久しぶりにこういちの声を聞いて、胸が高鳴った。少し低くなっただろうか…でも1週間やそこらではそんなに声の高さは変わるものではない。


 「こういち、何?」


 『冬夜、明日空いてる?』


 「うん。ここのところ暇だし」


 『デートしない?』


 「いいよ。どこに行くの?」


 『決めてない』


 「じゃあフラフラする旅だね。それもいいね。何時に待ち合わせ?」


 『9時くらいに俺がおまえの家に行くよ』


 「ホント? 分かった。じゃあ明日ね、バイバイ」


 『バイバイ』


 ぼくは電話を切った。ワクワクしてきた。


 ぼくはまた練習に没頭して、明日を待った。久々に(と言っても1週間ぶりだけれど)こういちに会える。ぼくの心はウキウキしていた。


 次の日。ぼくは早起きして遊ぶ準備をした。今日だけは、フルートのことを考えなくてもいい。代わりにこういちのことだけを考えられる。


 あっという間に9時になり、インターホンが鳴った。ぼくが出ようとしたら、その前に母さんが出てしまった。


 「あらぁ、晃一くん、お久しぶりねぇ」


 母さんは家の前にいた晃一を見て、きゃあきゃあと黄色い声を上げた。ったく、自分の年齢を考えてよと突っ込みたくなった。


 母さんとこういちは楽しそうにお喋りしている。いつになったら終わるのかなと待っていたけれど、一向に終わりそうにない。


 「母さん、もう下がってよ」


 痺れを切らして母さんとこういちの間に入り込む。こういちは黒いレーザージャケットに、ダメージが至るところに入った黒いパンツを履いていた。背が高いからすらりと見えてカッコいい。


 「あとちょっと待って。だって母さんこんなカッコいい冬夜の恋人さんとお話できるのは今しかないのよ?」


 「もう十分話したじゃん。ぼくの番っ」


 「いーやーよ。晃一くん、今日はこのヘタレ息子とデートなの?」


 「ヘタレって……ひどっ」


 ぼくたちのやりとりにこういちは苦笑いをして言った。


 「…そうです」


 「あらまぁ、それじゃ楽しんできてね。このヘタレ息子がどうなってもいいから」


 母さんはニコニコと言ったが、その言葉に黒い影が潜んでいる気がする。ぼくがどうなってもいいから楽しむって……どういうこと?


 こういちは意味が分かっているのか、はい、と返事をした。2人とも笑っていて怖い…。


 「だー、もう母さんは引っ込んでよっ」


 今度こそ母さんを追い出し、玄関にはぼくとこういちの2人きりになった。急にドキドキし始めた。


 「じゃあ行きますか」


 こういちは極上のスマイルでぼくに手を差し出してきた。


 「うんっ!!」


 その手を取り、握った。握り方はもちろん、指一本一本が絡む恋人つなぎだ。他人に見られたらちょっぴり恥ずかしい。


 こういちはそれに対して、


 「大丈夫。俺とおまえは兄弟に見えるだけだから」


 とか言っていた。確かにぼくは150センチ代だけれど、さすがに兄弟には見えないと思う。やっぱりちょっと恥ずかしかった。


 行き先はやはり決まっておらず、近くにあるアウトレットモールをふらふら見て歩いた。人が多いところではさすがに手は離した。恥ずかしいし、人の目が怖いからだ。同性愛って、世間の目から見るとまだ非難されるし、変人扱いされてしまう。もしそういう偏見がなければ、堂々と手をつないで歩けるのにと思う。大好きな人と歩いているのに、男女のカップルのようにラブラブできないのはつらい。


 「どうしたの、ぼーっとして」


 こういちはぼくの頬を片手で包んでぼくの顔を覗き込んできた。


 「ん……」


 こういちも同じ気持ちなのかなぁ……。


 「熱あるのか?」


 「ないよ。ちょっと考えごと」


 「ふーん」


 「ねぇこういち…」


 「ん」


 ぼくは甘えるようにこういちの腕に顔を埋めた。本当は腕じゃなくて、体にぎゅうっと抱きつきたい。


 「冬夜……」


 「ぼく、女だったら良かったのかなぁ……」


 「え?」


 女だったらもっと楽なのかもしれない。手を繋いだり腕を組んだりしても冷やかしの目で見られない。でもぼくは男だ。


 ぼくたちのすぐ横を通り過ぎていく男女のカップル。身を寄せ合うように腕を組んで、楽しそうにお喋りしている。


 あのラブラブカップルの女の子は、彼氏さんのことが好き。ぼくはこういちが好き。なのに、この差は何なんだろう。同じ好きなのに、平等じゃない。


 「何だ、おまえそんなこと気にしてたのか」


 こういちは盛大なため息をつき、ぼくの肩を抱き締めた。


 「…え?」


 「そんなの気にするなよ。恋に男も女もねぇよ。それに俺はおまえが女だったらなんて1度も考えたことはないし。何なら、手繋ぐか?」


 「……」


 こういちはぼくのダラリと垂れた手を取って、手の甲にキスをした。


 「ちょっ…」


 「大丈夫。恥ずかしくない」


 「恥ずかしいよっ…人前で……」


 「でも冬夜はあのカップルのように俺とラブラブしたいんだろ?」


 「違っ」


 「違ってないでしょ。さっきから来るカップル来るカップルを目で追っては羨ましい顔してたぞ」


 こういちは見透かすような目をぼくに向けて笑っている。ぼくはこれ以上言い返しても無駄だと本能的に悟った。


 「……うん…手、繋ぎたい」


 「なら繋ごうぜ」


 こういちはそう言いながら再び手の甲にキスを落とした。離しぎわにチュッと大きく鳴り響く。周りに聞こえるんじゃないかとハラハラした。


 そのままこういちはぼくの手をぎゅっと握った。そして空いている手でぼくの頭を撫でた。


 「大丈夫だよ、冬夜。何なら俺たちは愛し合っていますってアピールしようぜ」


 「あはは…いいね、こういち」


 ぼくはこういちのたくましい腕に手を巻き付けてみた。はじめこういちは驚いた顔をしたけれど、ニコッと微笑み返してくれた。 


 ぼくらはその後も腕を組んで歩いた。もう人の視線は気にならなくなった。今はただこういちとのデートを楽しむだけ。そう割り切ったら、すっきりした気分になった。


 1日を2人水入らずで過ごした。買い物も少しはした。途中スポーツショップに寄ったり、楽器店に入ってみたりしたが、今はデートを優先と思い、あまり注意深く見て回らなかった。


 店を全部見て回ったら、時刻は夕方の5時になった。ぼくらは特に何もする事がなく、所在なくしてさ迷い歩いていた時に、こういちは口を開いた。


 「冬夜」


 「うん?」


 「俺んち来ない?」


 「え…?」


 「どうせこのままここを歩いていても、時間が無駄になるだけだし。それに、俺はおまえと家でゆっくりしたい気分」


 「そうだね……。でも、時間が…帰るの遅くなっちゃう」


 「泊まれば? 電話入れておけば大丈夫だろ」


 「うん…でも、迷惑じゃない? ぼくが泊まって」


 「全然。家には誰もいないし」


 「じゃあお言葉に甘えて、泊まります」


 ぼくは歩きながら家に電話を掛け、1日こういちの家で泊まることを伝えた。電話に出た母さんは、ぼくが切る直前に「頑張ってね」と言った。一体何に対してのエールなのだろうか……今日の母さんはよく分からない。


 こういちの家に着いた。いつも思うけれど、こういちの家はバカみたいに大きい。そしておしゃれだ。設計はこういちのお父さんがしたとこういちが言っていた。ガラス張りになっていて、なかなかセンスがいいと思う。


 「おじゃまします」


 広い玄関に入ると、年のいった男の人が出てきた。多分この人はこの家の管理人さんかお手伝いさんみたいな人だ。


 「坊っちゃん、お帰りなさい。そして……冬夜さん、でしたか?」


 「ああ、はい」


 ぼくとは初対面のはずなのに、おじいさんはぼくの名前を当て、ニッコリと微笑んできた。


 「冬夜さん、いらっしゃいませ」


 「爺、こいつ一晩泊まる。夕飯だけよろしく」


 こういちは靴を脱ぎながら、素っ気なく言った。それにもおじいさんは「はい」と笑顔で答えた。いい人だと思う。


 ぼくはこういちの部屋に連れて行かれた。何度か来ている部屋だけど、いつもその大きさに慣れない。ソファーもテレビも置いてあるし、ベッドなんかぼくのやつの倍くらいはある。シャワー室もついていて、まるでホテルに泊まったかのようだ。


 ぼくは取り敢えずソファーに座った。こういちは「お茶でも入れる」と一度部屋を出ていった。ぼくは何もすることがないので、近くの本棚から本を取り出して読んだ。


 「おまえ、ミルクと砂糖入れる派だっけ」


 しばらくして、こういちは湯気立つお盆を持って帰ってきた。


 「ううん。ぼくはストレートで飲む派」


 「へー、ギャップある」


 「こういちは?」


 「甘党だから入れます」


 「人のこと言えないじゃんっ」


 こういちは笑いながらぼくの隣に座った。そして手渡されたこういちお手製の紅茶をぼくはストレートで楽しみ、こういちはミルクと砂糖を有り得ないくらいに入れて飲んだ。あんなに甘くしたら、ぼくはきっと飲めないだろう。


 「美味しかった。ごちそうさま」


 ぼくはローテーブルに置いてあったお盆にカップを戻した。


 「ん。どうも」


 「っていうかこういち、あんなに砂糖入れて甘すぎないの?」


 「……確かめてみる?」


 え、と口を開いたときはもう遅かった。ぼくはソファーに押し倒され、上に覆いかぶさったこういちのキスを受けていた。


 浅い口付けを交わし、ぼくの躰の力が抜けたところで、こういちは深いやつをしてきた。こういちの舌が口内を激しく犯す。たかがキスなのに、ぼくの躰は熱くなる。


 「んっ、ふっ……」


 何度も角度を変えて攻めてくる。さっきの紅茶の甘い味がした。キスの激しさに、溢れてくる唾液が飲み込めず、どちらとも言えないそれが口の端から伝う。


 「こういち……」


 やっと離してくれたが、ぼくの息は荒かった。ぼくの上にいるこういちは、息しかできなくなっているぼくの髪の毛を梳くように掻き上げた。


 「冬夜……美味しかった?」


 「ん…甘かった」


 「そう。ならよかった」


 こういちはニヤッと笑いながらぼくの頬に垂れた透明な液体を指ですくった。ぼくの口の周りはきれいにされ、最後におでこにキスを落とされる。


 「夕飯の前に、風呂入ろう。冬夜、先に入っていいぞ」


 「ん…」


 「何その不満げな顔は」


 「だって……ここのお風呂、大きすぎて使い方が分からないんだもんっ」


 「なら一緒に入る?」


 「うんっ!!」


 ぼくはお姫様抱っこでお風呂場に連れて行かれた。


 「重くないの?」


 「全然。羽みたいに軽い。おまえ何キロなんだよ」


 「え……37キロくらい?」


 「飯食え」


 「う……はい」


 脱衣所で服を脱ぎ裸になる。腰の周りにタオルを巻いて、お風呂の扉を開けるとそこは……


 「……異世界だったとか言うなよ。俺んちの風呂で異世界に飛んで魔王になったりもしないから」


 「でもスゴい!! お風呂場だけで貴族になった気がする!」


 「なんだそりゃ」


 「だって、湯船がプールみたいだし、蛇口がライオン……ジャグジー付きって普通ないよ?」


 「ふーん」


 「ふーんて感覚麻痺し過ぎ」


 「あと風呂場ライトアップできるけど……」


 「もういいです風呂の自慢は」


 とにかく高級そうなお風呂だった。よくテレビで「セレブの家特集」とかでやっているようなのとそっくりだった。とにかくお風呂が広い。これでは大衆浴場にしてもいいくらいだ。ぼくは恐る恐る足を踏み入れた。


 「そんなに恐がらなくていいよ。そんな簡単に壊れないから」


 ぼくがお風呂を眺め回してつっ立っていると、その間にこういちはさっさと体を洗っていた。


 「あ、ぼく背中流そうか?」


 「ん。よろしく」


 泡がついたタオルを受け取り、こういちの広い背中をごしごし洗った。こういちの体は筋肉質で、いわゆる細マッチョと呼ばれるものだと思う。背中にも筋肉の綺麗な筋が出ていて、男らしかった。


 「終わったよ」


 シャワーを使ってこういちの背中の泡を流し終える。


 「サンキュ。冬夜の分も洗ってやるよ」


 「ありがとう」


 ぼくはこういちに背中を向け、洗ってもらった。何だかぼくら……


 「おさるさんみたいだね」


 よく動物番組で見る、木の上で毛繕いをし合っているおさるさんと似ている。


 「…確かにね」


 背中を洗っていた泡タオルがぼくの胸辺りをうろついた。


 「あ、前は自分で洗うよ。ありがとう」


 さすがに全身を洗われるのは抵抗があった。ぼくはにこやかにこういちから離れようとしたが、後ろから伸びてきた腕に抱きしめられて、身動きがとれなくなった。


 「こういちっ…」


 こういちはぼくの耳を噛む。ぼくは反射的にピクッと動いた。そして甘く囁くような声を吹きこめられる。


 ――俺が全部洗ってやるよ……――


 ぼくは顔が真っ赤になった。一気にエッチな雰囲気になる。意識しないようにしても、意識してしまう。


 「あ……うん。……よろしく…」


 ぼくは顔が火照るのが分かった。こういちはおもむろにぼくの体を洗い始めた。別にエッチなことはしていないし、むしろ普通に体を洗われているだけなのに、全身がムズムズして、気持ちが落ち着かない。


 「終わったよ…あれ」


 こういちは手を止めて、ぼくの顔を覗き込んできた。


 「…何でそんなに顔真っ赤なの」


 こういちはニヤリと口元を歪める。言われたら余計に顔が熱くなった。ぼくはこういちから視線を外し、うつむいた。


 「…知ってるくせに」


 こういちはいじわるだ。



 ぼくらはお風呂でまったりと時間を過ごし、入浴後、服を着てこういちの部屋でイチャイチャしていた。熱いキスに熱中している最中にドアをノックされ、先ほどの男の人が部屋に入ってきた。


 「もうそろそろ夕食ができますから、……あ」


 男の人は、ソファーに組み敷かれたぼくと組み敷いたこういちの様子を見て、目を丸くした。でもそれは一瞬で、男の人は何かを悟ったようににこりと微笑んだ。


 「…お邪魔しました。でも夕食はちゃんと食べてくださいね」


 「…ああ」


 こういちは短く返事をした。ぼくはどうしたらいいか分からず硬直して様子をうかがっていた。


 男の人がそそくさと部屋を出ていった後に、こういちは再び視線をぼくに戻し、キスを再開したのは言うまでもない。


 そうしてイチャイチャした後、ぼくらは下の階に降りて、リビングの広い食卓に座った。並べられた料理は、一人前のシェフが作ったもののように、美味しかった。本当にほっぺたが落ちそうだ。


 「それはよかったです。冬夜さんのお口に合って」


 「本当に美味しいです。うちの母の料理より」


 「それは褒めすぎですよ」


 「いや、本当にです。後で教えてください」


 「いいですよ」


 男の人――高橋さんは、目尻に皺を作って笑った。高橋さんは、不在がちなこういちの両親のために、家の管理とこういちの面倒を見ているらしい。


 こういちは目も合わせず黙々と食べている。こういちは、この豪華な生活が普通なのか。ちょっと羨ましい。


 「ごゆっくりなさってくださいね」


 高橋さんはお盆を下げた。食卓には、ぼくら2人きりになる。


 「こういち、毎日がすごいね」


 「…そうか?」


 「本当に貴族みたい。料理も美味しいし」


 「うーん……俺は冬夜の方がおいし…」


 「何?」


 「…何でもない」


 こういちはニコッと笑って誤魔化した。誤魔化し笑いをするときは、大抵何かを企んでいる。ちょっと背筋が凍るような、嫌な予感がした。


 案の定、その予感は当たり、食事が終わってこういちの部屋に戻った途端に、ベッドに押し倒された。


 「冬夜…」


 仰向けに倒れこんだぼくの上にこういちが乗ってくる。その何かに憑かれたような瞳から、こういちはお決まりの狼モードに切り替わっていたことが見て取れた。


 ぼくは本能的にドキドキし始めた。過去に何度か同じような場面に出くわしたのに、狼になったこういちはまだ慣れない。


 「今日は……いいか?」


 こういちは鋭く光る目をぼくに向けながら、形のいい薄い唇を小さく動かして囁くように言った。ぼくはかぁっと赤くなる。


 おそらく、こういちは「最後まで」やっていいかと聞いてきたのだろう。ぼくはその「最後」とはどういうことなのか分からないが、これまで気を使ってもらって途中で終わりにしてくれていたのだから、ここは、覚悟を決めなければ。


 「うん……」


 何をされるのか分からないのは正直不安になる。だけれど、こういちにされるなら、多分何でも受け入れられる気がする。


 「ありがとう」


 こういちは柔らかく微笑んだ。しかし次の瞬間にはこういちの目付きは獰猛になり、激しく口付けられた。


 「んっ……」


 ぼくは目をギュッと瞑った。今日こそは本当に喰われるという気がした。何と言うか、こういちの本気の気持ちが強く伝わってくる。その気迫を前に、逆らうことなんてできない。


 「んふっ…んっ!!」


 口を思い切り吸われ、一瞬肺がひきつるかと思った。無酸素に堪えかねたぼくの肺は、必死に酸素を求めて苦しくなる。


 「はっ……あっ…」


 躰にジットリと冷たい汗をかく。キスから解放されたぼくは、浅い息を繰り返す。


 「こういち……」


 ぼくの躰を貪ることに夢中になっているこういちは、まったく返事をしない。ただ胸の辺りをさ迷うこういちの舌や唇の動きが生々しく伝わってくる。


 薄暗い部屋の中は、静寂に包まれている。聞こえるのはぼくの息づかいと、こういちがクチャクチャと舐める音だけ。だだっ広いこの部屋にいるのは、ぼくひとりだけのように感じて、急に心細くなった。


 こういちの愛撫はどんどんエスカレートして、ぼくは女の子のような高い喘ぎ声を連発せざるを得なかった。初めは歯を食い縛っていたけれど、ジンジンと躰を支配する快感にほだされて、顎はおろか全身にも力が入らなくなった。


 「あっあっ…ちょっ」


 こういちは、持ち上がりかけているぼくのモノを口に含み、舌先で刺激する。ぼくは恥ずかしくて見ていられなくて、でも好奇心みたいのも働いて、その様子から目が離せない。結局、甘い刺激を堪えるのに精一杯で、見ている余裕もなく、目を固く瞑って喘いでいた。


 「出していいよ」


 下の方でこういちは囁く。目一杯の力でしばらく我慢していたが、ついに堪えきれなくなり、あっけなく欲を放出した。


 放った後は、全身の筋肉がダラリと力が入らなくなる。頭もボーッとするから、きっと脳みそも動かなくなるのだろう。


 何も考えられなくなった思考の片隅で、ふと違和感を覚えた。ぼくは相変わらず脚を開いている。ベッドとぼくのお尻の間に、こういちの手が差し込まれた感じがした。


 「…こういち……?」


 初めての感触に、急に頭が冴え始める。そして次に、恐怖に襲われる。


 「な…に……?」


 大量の疑問符が頭の中を飛び交う。普段出口にしか使わない部分に、何かが挿し込まれた。異物感にますます頭が混乱する。


 「冬夜、」


 こういちは、身を乗り出してぼくにキスをしてきた。でもお尻の異物感はそのままだ。


 「ちょっと痛いかもしれないけど……我慢して」


 「え…?」


 こういちは、それ以上何も言わず、狂おしげな瞳でぼくを見つめている。


 「あっ…!!」


 一方、排泄のための穴の中で、何かが動き始めた。どうやらそれは、こういちの指だったらしい。


 ぼくは気が動転して、硬直していた。普段ではあり得ないことをされて、どうしたらいいのか分からない。


 「あ…やだっ…」


 こういちは空いている方の手でぼくの髪をすいた。そんなことをされても、気持ちにさざ波が立つだけで、落ち着かない。



 ――怖い。



 今の気持ちを一言で表すと、それだけだった。ぼくの知らない部分を他者によって開拓されるのは、言葉にできない恐怖があった。


 どうしよう……っ。


 怖い。


 涙がにじむ。


 「いやっ…やめてっ…」


 声をやっとのことで絞り出した。ぼくは半泣き状態だった。


 「冬夜…?」


 ぼくの頭を撫でるこういちの手が止まった。


 「…うっ…やめて…!!」


 ぼくはありったけの力でこういちを突き飛ばした。もう怖くて…ぼくは涙が止まらない。


 「冬夜……」


 突き飛ばされて、ベッドの端に腰を落とすこういちは、怒ったような顔をしていた。それを見たら、行為を拒絶してしまったことに、申し訳なさが胸を締め付けた。


 「あ、…ごめ…」


 自分でも何が何だか分からない。ただ泣きじゃくりながら、無表情のこういちに謝罪を繰り返していた。


 「ホントに…ごめん……違うんだ、ただ初めてだから…」


 何度言っても、こういちは口を固く結んでいる。しばしの沈黙の後、ため息をついてベッドから降りた。


 「もういいよ。おまえには早すぎたね」


 投げ捨てるように言ったこういちは、服に着替え始めた。その戸惑いなく衣服を装着する様子を見て、ぼくはこういちの機嫌を損ねてしまった後悔と、後戻りできないという絶望を感じた。


 「ほら、おまえも服着て。もう寝るよ」


 「え……」


 「…服着ろよっ。裸のまま寝るのか!?」


 こういちは怒りを隠せない様子で、ぼくに服を投げつけてきた。そして、ふて寝するように、ぼくに背を向けてベッドにもぐってしまった。初めて激しい怒りをぶつけられて、ぼくは呆然としていた。


 こんなはずではなかったのに……。2人きりでいられる貴重な時間なのだから、ケンカなどしたくない。もっと楽しく過ごすはずだったのに…。


 全部、ぼくのせいだ。ぼくが、それをぶち壊したんだ。


 ぼくは急に悲しくなった。でもこういちは口を聞いてくれなそうなので、ぼくも服を着てこういちの隣に横になった。


 考え事がいっぱいで、全然眠れなかった。


 早くこういちと仲直りがしたい。


 一言も口をきかないで1日を過ごすなんて嫌だ……。


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