5
冬夜の入試が終わった。俺は自分のことではないのに、入試の3日間、手に汗を握っていた。
そして今日。
合格発表を冬夜と一緒に見に来た。何でも、「1人で見るのは怖い」らしい。
「俺を連れていったって、どうせ見るのは一緒だろ?」
「だ、だけど……なんかゆうひつけられれ……」
「おいっ口が回ってないぞ」
「うぐ」
本人はどうやら、入試本番より合格発表の方が緊張しているらしい。顔が強ばっていて、動きもロボットみたいだ。
「大丈夫だから。な?」
「うむ」
「うむって……」
「うるひゃいっ」
「もうちとマシにしゃべれんのか」
今の冬夜には何を言っても無駄のようで、とりあえずその小さい手を握ってみた。冷たいくせに手汗がひどかった。
「あばばば」
冬夜は緊張している上に赤くなり、もう目がぐるぐるし始めていた。俺は一生懸命それをなだめた。
やっぱり冬夜の判断は正しかったみたいだ。まさか本当にこんなになるとは思っていなかった。もし1人で来ていたら、どうなっていたのだろう……考えただけでもゾッとする。
「あ、きた」
校舎から模造紙サイズのでかい紙を丸めて持っている人が現れた。その人は目の前の掲示板にまっすぐ向かってきて、掲示板に貼りつける。周りの群衆のざわめきはより一層大きくなり、皆近くで見ようと押し詰める。
「こういち、見て…」
「了解」
俺はサッと目を凝らす。こういう時に、背が高いのと目がいいのは得だ。冬夜はよほど見たくないのか、俺の背中に顔を埋めている。
「えーと、おまえ602番だよな」
「うん……ある?」
「うーん…」
見つけた。真ん中より少し左下、黒いゴシック体で「602」としっかり記されている。
人のことなのに、心の中で喜びでいっぱいになった。
「ねぇ、どうなの?」
「602?」
「そうだよ」
「ちゃんと自分で見たほうがいいよ」
俺は冬夜の手を引き、人だかりをかきわけて一番前に躍り出た。
「左下」
俺が指差すと、冬夜はしばらく硬直していた。
「うっそ……」
「な?」
「ぼく、受かってる……」
「おめでとう」
冬夜の髪をクシャクシャ撫でれば、冬夜はいきなり抱きついてきた。
「よかったぁ……!!」
冬夜は声にもならない歓喜の声で叫んだ。目には喜びの涙をたくわえていた。
「よかったな。おめでとう」
おめでとう、冬夜――。
一方、俺の方も親の説得を続けていた。でもようやく、あっちが折れて俺は日本に残ることになった。しかし条件つきだ。高校にいるまでが期限だ。大学はおそらく海外に行くことになるだろうが、それまで日本にいられることになったのだから、初めて親に感謝した。
怒濤の受験戦争も終わり、中学の生活もあと残りわずかとなってしまった。ということは、冬夜と一緒に生活できるのもあと少しとなってしまう。
「冬夜」
「うん?」
物寂しい気分だが、時は進んでいく。俺たちも大人になっていく。
「おまえ、タイムカプセル何入れたの」
「そんなの、言えないよっ」
冬夜は真っ赤になった。
「あーやーしー。いやらしー」
「ち、ちち違うよっ」
「ちち?」
「ばか」
冬夜は初めて俺の頭を叩いた。軽く、ぺしっという感じに。
「下ネタ厳禁っ。それに、それは5年後に開けたときのお楽しみだよっ」
「それはおまえにとってだろ。俺に教えてくれてもいいじゃん」
「こういちの分もあるの。…て、あ…言っちゃった」
「ふーん。5年前の冬夜君は5年後の俺にプレゼントしてくれるんだ。楽しみ楽しみー」
「あからさま棒読みなんですけど」
冬夜は何を入れたのか結局教えてくれなかったけれど、それはまた1つの楽しみとしてとっておいた。
そして俺たちは卒業した。いろいろあったが、全体的にみれば楽しい中学生活だった。
卒業式が終わった後も、冬夜はメソメソ泣いていた。俺たちはそのままあの公園に立ち寄った。
「2年前、ここで出会ったよな」
「うんっ……グス」
「ここに来ると、新しく始まったーて感じがするんだよね」
「うん」
「これからもよろしくな?」
「ぼくの方こそよろしくお願いします…」
「ばか、泣くな」
「うっうっ……」
俺たちは少しずつ大人になっていく。
また春が訪れようとしていた。
―中学生編、完―