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協奏曲 〜君と。〜  作者: AZURE
タイムカプセル。
27/51


 「え…今何て……?」


 こういちはため息をひとつつき、同じ言葉を繰り返した。


 「俺、おまえと一緒にいられなくなるかもしれないんだ」


 ぼくは何が何だか混乱して、目の前が真っ暗になった。


 「どうして……」


 何で…。ずっと一緒にいてくれるって言ってたじゃないか……。


 「親の仕事の都合でね」


 こういちは苦いものを噛み締めるように、ひとつひとつの言葉を紡ぎ出した。


 「両親の仕事がどっちも海外に移ったんだ。だから俺も向こうに住めっていう話。だけど俺はこっちの高校に入ったし、今は海外に行きたくないと伝えたんだ。そうしたら大喧嘩になった」


 ぼくは聞いていて非常に複雑な心境だった。行かないでと言いたいところなのだけれど、他の家族の問題には口出しできない。


 「……それに冬夜がいる。俺はおまえから離れたくないんだ」


 「こういち……」


 「俺はね、学校に通う間は日本でやっていくつもりだよ。でも万一、海外に行くことになるかもしれないんだ」


 「…そっか……」


 それなら納得できる。


 でもやだな……こういちが海外に行っちゃったら、すぐに会いに行くこともできなくなる…。


 寂しいな…。



 続きは歩きながら話そう、とこういちが言うので、促されるままこういちの隣を歩いた。


 「そんな暗い顔するなよ」


 ぼくの肩にこういちの手を置かれたので、振り向けば彼は苦笑いしていた。


 「……大丈夫。俺は絶対こっちにいるから。冬夜は心配しなくていいよ」


 「でも……本当に、ご家族と一緒じゃなくていいの?」


 「いい。あんな親よりおまえの隣がいい」


 「ご家族は悲しまない?」


 「悲しむわけないだろ。今まで放置してたんだからさ。別にいいんだよ」


 こういちは別に何でもないというような口振りだったが、ぼくは心に何かが引っ掛かった。


 というか、こういちってすれ違い親子の典型的なパターンだな…。こういちは、親に構って貰えなくて、寂しく思ったりしたことはなかったのかな……。


 「俺のことは心配するなよ」


 こういちはぼくの考えていたことを見透かしたように言った。


 「……おまえが一番心配しなきゃなんないのは、おまえだろ。あと1週間ちょっとで入試だろ?」


 「…うん」


 「今はそれに専念して。なるべくだったらこんな話、受験が終わってから言いたかったんだけど…」


 「……無理にごめん……でも、聞けてよかった」


 「そうか?」


 「こういちが1人で抱え込んでいるのを見るよりは、いい」


 「ふーん…」


 「ふーん、じゃないでしょ。ぼくはこういちが大切だからね? だから……心配になっちゃうんだよ」


 「俺もこれ言って、妙に気にされて冬夜の受験に支障が出たら嫌だったんだ。だから言わなかった。自分からこれ聞いたんだから、冬夜にはちゃんと本領発揮してもらわないとな」


 「うっ…はい」


 「大丈夫。俺が傍にいるから」


 「うん」


 「頑張れよ」


 こういちはニッコリと笑ってぼくを勇気づけてくれた。こういちの海外行きはちょっと気になるけれど、でもこういちの言い付けのとおり、今は受験に専念しよう。


 ……大丈夫。こういちが傍にいてくれるって言ってくれたから。



 それからの1週間は、まるで矢のように過ぎ去っていった。ちょっぴり不安はあったけれど、こういちのおまじないのような言葉で、ぼくは安心して受験の日を迎えることができた。


 朝こういちと連絡を取り、いよいよ試験会場に向かった。試験会場とはもちろん桜ヶ丘高校のことだ。ピリピリした空気の中、ぼくは校門の前で「この学校に通えたらいいな……」とぼんやり考えていながら立っていた。


 「あ、春日井くん」


 後ろから呼ばれて振り返ると、同じ門下の前田俊哉(まえだ たつや)くんが眼鏡をずり上げていた。


 「前田くん…おはようございます」


 「おはよう。どうしたんだい? こんなところでぼけっとして」


 前田くんはこちらに近づいてきた。彼は、全国の大会で入賞するような、すごい腕の持ち主だ。ぼくは到底及ばない。多分……この高校も合格は間違いなしだろう。ぼくは少しかしこまってしまった。


 「…ちょっと考え事を」


 「余裕だなぁ…僕なんてここまで歩いて来るのに一苦労だったのに……」


 「え」


 「僕、極度の方向音痴なんだよ。さっきも何回も迷っちゃってさ」


 前田くんは肩を上げてわざとらしくため息をついた。前田くんは、そのクールそうな見た目には似合わない、少しおどけたところがあって話しやすい人だった。ぼくはすぐに打ち解けて、緊張もほぐれた。


 演奏は、落ち着いてできたと思う。何人かの先生の前に立つと、やはり緊張したけれど、こういちの言葉を思い出して焦らずに吹いた。完璧な演奏というわけではないけれど、自分の納得のいく演奏ができた。


 ぼくはソルフェージュなどの試験を次々とこなし、3日間にかけて行われた入試を終え、帰宅した。疲れたけれど、自分の力は出し切ったという達成感でいっぱいになった。


 結果はまた1週間後だ……。


 1人では行きたくないな。


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