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協奏曲 〜君と。〜  作者: AZURE
タイムカプセル。
25/51


 今日はこういちの受験の日だ。推薦入試だから、ぼくが受ける一般入試よりおよそ1か月くらい早い。でももういよいよなんだなと、身が引き締まる。


 朝起きてすぐにこういちに電話をした。いつもなら寝起きの悪いこういちが、ぴんぴんした声だったので、普段よりもずっと早く起きていたことが分かる。


 「調子、いい?」


 『ああ。別にどこも悪くないし、心配いらねえよ』


 「よかった」


 いかにもこういちらしい、自身有りげな口調に、ぼくは胸を撫で下ろした。きっとこういちなら大丈夫だろう、という絶対的な安心感がある。


 「こういち、頑張ってね」


 『おまえの方こそな。頑張れよ。落ちたら許さねえからな』


 「うっ……が、頑張る…」


 『それでよし』


 いったいどっちが励ましの電話を掛けたのか分からなくなってきた。それでもいい。こういちと他愛ない話をできるのは楽しい。


 もうすぐ時間だから、とこういちが言うので、電話を切ることになった。ぼくは切らなくてはいけないけれど切りたくない思いの方が強かった。


 「ずっと話していたいのに…時間って残酷だよね」


 『そうだな』


 「最近さぁ……こういちとまともに話す時間ないし…こういう電話をするとつい長電話になっちゃう…ごめんね」


 『俺も。冬夜の声が聞けて落ち着いたよ。今度は会ってゆっくり話がしたい』


 「うん……」


 『冬夜…?』


 「早く受験が終わるといいなっ。こういちといられないのは辛いよ……」


 電話の向こうで、クックッと苦笑いするのが聞こえた。


 「あー笑うなよぅっ!! 本気なんだから!!」


 『ごめんごめん。好きだよ、冬夜。愛してる』


 いつもさらっと言われる言葉にまた胸が騒ぎだした。こんなことを言っていられるなんて、余程余裕なのだろう。


 「もぅ…こういちのばか…」


 『ばかじゃないだろ?』


 「ばかばか!! もう知らないっ!! 早く受験済ましてきてね! 合格の知らせしかぼくは聞かないから!!」


 ドキドキを隠そうと早口でまくし立てると、こういちは笑いながらはいはいと言った。そして今度こそ電話を切った。ぼくは今日1日の辛抱だと言い聞かせ、学校にいく準備を整えた。




 最近、こういちはまるで自分の殻に閉じこもるように、熱心に勉強をしていた。こういちの学力ならもう必死にならなくても大丈夫だ。それなのにそんなに一生懸命になって学力を上げていたのは、何か理由でもあったのだろうか…?


 その理由は教えてくれなかったし、ぼくも敢えて聞かなかった。聞いて間違っていたら恥ずかしいし、「何でそんなに一生懸命やってるの?」なんて言えるはずがない。


 だから、こういちの「変化」はそのままにしておいた。


 こういちが勉強に集中するようになってからは、ぼくらは必然的に話す機会がなくなった。ぼくはぼくでレッスンやソルフェージュで忙しくなっていったし、次第にすれ違うようになってしまった。とても淋しかった。でも感傷に浸っている暇はない。ぼくも自分の練習に身を打ち込んだ。


 そうして過ごしていたらあっという間に今日が来てしまった。



 こういちなら、大丈夫。


 問題は、ぼくだ。



 ぼくこそ必死になってやらなければ、駄目だ。人のことを心配しているところではない。


 「頑張るぞ……」


 朝食を済ませ、気を引き締めて学校に行った。当たり前だけれど、学校に行ってもこういちの姿はない。こういちがいないと何かが足りない気がする。物寂しくて、今日1日やっていけるのか不安になった。


 こういちがいないと学校なんてつまらない。こういちの他に仲のいい友達なんていないし、こういちがすべてだったから、いないと嫌だ。またぼくはひとりぼっちになってしまう……現に今日は、独りだ……。


 早く受験が終わらないかなぁ。3月の後半になれば、受験という牢獄から釈放されるのに。そうすれば、自由の身になってこういちと一緒にいられる。4月からは違う学校だから(もちろん合格したらの話だけれど)、バラバラにはなってしまうが、きっと、何とかやっていけると思う。家だってそう遠くはないし、いつだって会いに行ける。学校が違うことくらいはなんてことないと思う。


 「こういち……」


 でも今日1日こういちの傍にいられないのはしんどい。


 「こういち…」


 気付けば愛しい人の名前を呼び、ため息をついてしまう。こういちの存在の大きさを改めてきづかされてしまう。


 やっぱり好きな人が隣にいないのは、淋しいな……。


 ぼくはこういちのことばかりを想い続け、退屈な1日を漫然と過ごした。


 放課後、どうしても声が聞きたいと、こういちに電話をした。でも気付いてないのか、1度も繋がらなかった。ぼくは諦めて、明日学校で会うのを待つことにした。


 独り寂しく下校し、フルートの練習をした。いつもより身が入らなかった。


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