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夏真っ盛りのあの日。俺は懐かしいやつに出会った。
そいつは道のど真ん中でうずくまり、俺が助けてやると、やつは突如「友達になりたい」と言いだした。
今までにそんなことを言うやつは1人もいなかったので、最初は驚いたが、やつの願いを聞き入れて、今、隣にいる。
「屋上って、こんなに気持ちのいいところだったんですね」
冬夜は固い床に座り、斜め上に視線を漂わせながら弁当をしみじみと味わって食べている。
「…おまえ、その顔親父くさっ」
「うるさいっ」
からかうと、冬夜はむっとした表情になって、かわいい反応をする。
「…そういう木菅君は、ほとんど何も味わわないで食べてますよね。ダメじゃないですか」
「いーんだ、俺は」
俺は購買で買ったパンを口に詰め込む。飯など腹に入ればいいのだ。美味いやつも不味いやつも、腹に入ればみな同じなのだから。
「っつーかさあ、冬夜、何でいつも敬語なわけ? 直してくれよ」
「あ……はい」
「はい、じゃなくて、うん」
「…うん」
こいつは会ったときから敬語の連続で、1週間が経った今でもよそよそしい口調で話す。本人は敬語が当たり前なのかもしれないが、俺はタメ口で喋ってくれないと体がむず痒くなってくる。
「俺と仲良くなりたいと言うなら、敬語はダメだな。なぜなら、俺が嫌っているもののひとつに、敬語があるから」
「あー……、確かに木菅君は敬語できなさそうだしね」
「黙りなさい」
やつはにっこりと微笑んだ。まるで、天使のように。
不覚にも、一瞬ドキッとした。
「…分かりました。これから敬語使わないようにしますね。…あまり自信はないけど」
「…そうしてくれ。敬語を使われると、自分が偉くなったように錯覚するから好きじゃないんだ。喋るのはもっと嫌だけど」
先ほどの心臓の乱れは何だったのだろう。今は何ともなく正常に動いている。
まさか、男にときめいたなんて冗談はよしてくれよ……。
「……あと、名前。俺のことは晃一でいい」
これはまったく個人的な趣味だが、名前で呼ばれるほうが俺は好きだ。名字だと、嫌な両親のことを嫌でも思い出してしまうから。
「…分かったよ。いちいち要望が多いんだね。…でも、その方がいいかもしれないね。「木菅君」て言うより「晃一」の方が言いやすいもん」
「…そんな問題かよ…」
俺の事情を知る由もない冬夜にとっては、そう考えるしかないのだろう。
「こういち…」
「ん?」
「ぼく、こういちの友達になれて良かったな」
冬夜は遠い目をした。口元は僅かに微笑んでいて、そこらにいる女よりも綺麗だと、ぼんやりと思った。
「…何を急に」
俺が一段階声を落とすと、冬夜はこちらを向いて、ニコリと笑った。
「ぼくには『友達』っていう人いなかったから。いつもパシられるか、いじめられるかで、身構えずに話せる人は、こういちが初めてかもしれないんだ……」
そう呟く冬夜の表情が寂しくなった。
俺は頭で考えるよりも早く、冬夜を抱き締めていた。
確かに、小学生のころの冬夜は典型的ないじめられっ子だった。一度だけ、弱いものいじめをするやつらに腹が立って、冬夜を助けたことがある。それからいじめの数は減ったが、なんせ3年間ほとんど会っていなかったので、その間冬夜の周りで何があったか知らない。また情け容赦ないやつらによって、つらい目にあっていたかもしれないのだ。
「こういち……?」
胸の辺りで、驚いて声を上げる冬夜をぎゅっと抱擁する。
やつの身体は細くて、強く抱き締めたら壊れそうに感じた。
「……心配するな。俺はおまえの傍にいるから」
耳元で囁いてやると、冬夜は恥ずかしそうにコクン、と頷いた。