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協奏曲 〜君と。〜  作者: AZURE
夏、海。
18/51



 成り行きで、ぼくらは一晩ホテルで過ごすことになった。といっても、半分はぼくが願い出たことだけれど。


 お金はぼくが出すと言っても、こういちは「俺が全部払うよ」と言って聞かない。ぼくがお願いしたことなのに、逆に払われてしまっては、ぼくの立場がない。


 やっぱり悪いから、とぼくが払おうとしたら、こういちはぼくの手を制し、「今夜おまえに何をするか分からないのだから……代金くらいは払わせて」と、意志の強そうな瞳で言われた。


 ぼくは、カウンターで支払うこういちの姿を見て、ごくりと喉を鳴らした。


 何をするか分からないとは、どんなことなのだろうか……。まだそれを受ける覚悟ができていない。でもきっと、こういちにならどんなことをされても大丈夫だろうという、妙な安心感があった。


 ぼくらは部屋に入り、持っていた荷物を全部下ろした。


 「じゃ、じゃあ、ぼくはシャワー浴びてくるね」


 今のこういちといるとドキドキしてしまうので、逃げるようにお風呂場に入った。


 「待った」


 風呂のドアを閉めようとしたところを、手を挟まれてこじ開けられる。


 「俺も入る」


 「え、やだよぅ」


 「何で」


 こういちは片足踏み込んでいて、ぼくの許可が得られずとも入る気満々だ。


 「だって、恥ずかしいし…」


 「これくらいは恥ずかしいにはいらないよ。大体、大浴場に行ったらおのずと裸見られるだろうが」


 「そりゃそうだけど……」


 「ならいいじゃん」


 「だって…」


 「それにおまえ、一緒にいてってことは、それと引き替えに何されてもいいんだろ?」


 こういちは艶めかしく微笑んだ。


 「そんなこと言ってな…」


 「俺と一夜を過ごすってことはそういうことだけど?」


 ぼくは口の端を上げてニヤリと笑うこういちの視線から逃れられなくなった。後退りをしても、すぐに背中が壁に当たってしまう。


 こういちはぼくの体を囲むようにして壁に片手をつき、空いている手でぼくの頬を包んだ。その眼差しはやさしいけれど、燃えるような激しい欲望を(はら)んでいる。


 こういちが、いつものこういちではないみたいだ。普段なら、相手には無関心、さばさばしていてぼくに対しても無愛想だ。


 それなのに今のこういちは、何というか……ギラギラしていて、雄の獣になったようだ。妖しい笑みにぼくは惹き付けられてしまう。


 捕まった、と感じた。仮面を外した野獣は、野兎のような弱いぼくを前に、舌なめずりしているようだ。


 「冬夜……」


 ぼくを呼ぶ声も熱っぽくなり、ぼくは体が火照って変な汗をかいてしまう。


 「あの男のしたことを全部忘れさせてやるから…」


 低くかすれ気味に囁き、こういちはぼくに顔を近付けてくる。心臓が壊れそうになるくらいに早鐘を打つので、色気が全開になっているこういちのドアップを見ていられなくなり、ぼくは反射的に目を閉じる。


 「…俺だけを見て、考えて、頭の中をいっぱいにして…」


 最後に間近で、俺を受け入れてと聞こえたら、唇にこういちの濡れた唇が触れた。しばらく唇だけで噛むようなキスをしたら、ためらいのない舌がぼくの口内を犯した。


 「あ…んっ……」


 上顎を舐められ、ぞくりとする。何度もしつこく舌を絡められて、その舌先の愛撫に全身の肌が粟立つ。


 「も、ダメ……」


 喰われるようなキスの間に呼吸をする暇はない。だんだんぼくは息苦しくなって、頭が朦朧としてきた。


 「こう、いち……」


 やっと離してくれた頃には完全に息が上がっていて、ぼくは水に溺れかけたような人になっていた。


 じっと見下ろしてくるこういちは、もう妖しい笑みなど消えていた。彼は真摯な瞳で、またそれが艶かしかったりするのだけれど、ぼくを見つめてくれている。


 その口が怖いか、と聞いた。


 「…え」


 「俺にされるのは、怖い?」


 こういちは、なお真剣な眼差しで問う。その表情は切なくも見えた。


 ……心配、してくれているんだ。


 「こういち……」


 こういちになら不思議と怖くない。しかし100パーセント怖くないと言ったら完全な嘘になるが、好きな人に愛されているという嬉しさを感じることで精一杯だ。


 「大丈夫だよ……」


 ぼくは心配させないように微笑みながら言った。ついでにこういちの胸に寄り掛かると、頭の上で小さなため息が聞えた。


 「…冬夜……愛してるよ」


 「何を今さら」


 「いいだろ」


 こういちはぼくの背中に手を回し、ぎゅうっと抱き締めると、ぼくの頭、額、頬、首そしてシャツのボタンを1、2個外して胸にキスを施した。1つ1つが丁寧で、唇が触れた部分から甘い痺れが躰中を駆け巡る。あの男のように欲望だけを押しつけない。相手を気遣うやさしさが肌を通して伝わってくる。


 ――…優しい狼。


 まさにこういちはそうだった。唇と手による愛撫をしながらぼくの洋服をゆっくりと脱がせているのも、そうしたやさしさだった。


 ぼくはもうすっかり裸になっていて、脱いだ服は足元に無造作に重なっている。好きな人に自分の情けない裸体を見られるのは恥ずかしかったけれど、こういちが徐々にその気持ちを溶かしてくれたおかげで幾分平気になった。


 「冬夜…」


 熱がこもり、まるで憑かれたようにぼくの名前を呼び続けるこういちは、ぼくの躰を抱きながら首筋に舌を這わせた。


 「んっ……」


 舌の濡れた感触がくすぐったく、反射的にぼくの喉から自分でもびっくりするような甘い声が出てしまった。


 次はどこを狙ってくるのだろうと身を固くしていると、こういちの頭はそのまま下りてきて、ぼくの薄い胸の突起を攻めた。しゃぶられたり噛まれたりする感触は痺れるようにビリビリし、躰がむず痒くなってくる。その刺激はどんどん強くなって、ぼくは耐えられなくなった。


 「んっ、こういちっ…」


 身を捩って逃れようとしても、ぼくを抱擁しているこういちの腕には適わなくて、ぼくは諦めて愛撫を受けるしかなくなった。躰や脳に伝わる刺激は、涙が出そうなほど気持ちよい。


 愛されてるって、こんなに素晴らしいことなんだ。


 でも……。


 「こういち…今のぼくは舐めないで…」


 相手の動きが静止した。まるで電池が切れたように。同時に気持ち良さもゆるゆると後退していく。


 「…何で」


 少し怒り気味の口調でこういちは言った。水を差して悪かったけれど、1つだけどうしても言いたいことがあった。


 「今のぼくは汚いから…。あのオヤジに舐められたし…その菌がこういちのお腹の中に入ったら嫌だよ……」


 だから、と頼み込むと、こういちは苦笑いした。


 「そんなに気ィ遣わなくていいのに」


 「だって……あいつ気持ち悪かったから。あいつが触れたあとを舐めてほしくないっ」


 「分かったよ」


 こういちはしぶしぶと退いてくれた。その代わりおまえの躰は俺が洗ってやるよと言って、こういちはぼくの頭の天辺から足の先のすみずみまで洗った。先程の愛撫とは違う心地よさにぼくは眠くなってきた。


 2人とも躰をきれいにし、ちょうどよく張った湯船に浸かった。こういちの上に座ると、後ろからたくましい腕が回され、生肌に手が当てられる。


 「おまえ変なところに気がつくのな」


 こういちはぼくの首筋に吸い付きながら言った。


 「んっ……だって…当たり前じゃんそんなこと…っていうか、こういち、痛い」


 「痛い?」


 「うん…」


 「ふーん…」


 こういちはあまり興味無さそうに返事し、まるで吸血鬼のようにぼくの首を思い切り吸った。チクチクと表面を焼くような痛みがそれに伴う。


 「な、に…こういちっ」


 「キスマークだよ」


 「え?」


 「愛の烙印。おまえを愛しているものがいるという印」


 「へぇー…」


 聞いている方が恥ずかしくなってしまった。時々、こういちは恥ずかしいことを平気で言う。しかも真剣な表情で言うから、沸き上がる照れをどこにも逃がすことができず、ぼくは赤くなるしかない。


 「こういちっ」


 「何」


 こういちはぼくの胸を撫で回しながら、背中に唇を伝わせている。時折強く吸引され、胸もつねられ、ぼくは全神経を駆け巡る電流のような快感にほだされてしまう。


 こういちの手がゆるゆると下におりていく。太ももを陰部ギリギリに撫でるものだから、じれったい。


 「あ…っ」


 不意にぼくの中心を握られ、身体中の血液が目まぐるしく動いた。下半身のみならず、躰全体が熱くなって、湯気が出そうだ。くすぐったさを通りすぎた刺激が、ぼくの息づかいを荒くする。


 「…冬夜でも固くなるんだね」


 「うるさいっ当たり前でしょっ」


 「冬夜、可愛いよ…」


 「何だよもうっ…バカにして…」


 「してない」


 次々に送られてくる刺激に一杯一杯になりつつあるぼくとは反対に、ぼくを後ろ抱きにしているこういちは余裕そうだ。もっともっといじめてやろうと、ぼくのモノをイヤらしい手つきでしごく。


 「ん…あっ」


 ぼくは変な声が出ないように自分の口を手で塞いだ。じんじんと中心からダイレクトに伝わる、爛れたような快感に、もう逆らうことができない。


 「冬夜…」


 苦笑混じりの声がし、ぼくはこういちによって塞いだ手をはがされる。


 「声、聞きたい」


 「や、やだよっ…みっともないじゃんっハ…ァ」


 「みっともない冬夜も見たい。それに冬夜の声好きだし」


 「いきなり告白するなっ…」


 「させたのはおまえだぜ?」


 「はっ…んんっ」


 ぼくはもう理性がきかなくなっていた。こういちの愛撫に喘ぐだけ喘ぎ、躰を弓なり型に仰け反らせてビクビクと震えさせた。まるで自分が自分でないかのようだ。快楽の波に呑まれ、一体ここにいる自分は誰なんだと叫びたくなった。


 「あ…っあ」


 最高に硬く熱くなったぼくの中心部は、少し触れられただけでも身震いしたくなるほど敏感になる。さらに先端部をこねくり回されると、熱い針で刺されたような、火傷と負傷の2つの感触に似た痛みが躰の全神経を襲う。ぼくはビクビクと痙攣を起こしたように背中を反らせる。


 「んっ…も、だめっ」


 ぼくの中心からから何か白いものが勢いよく噴射し、止めることができずに湯船を汚した。ぼくは何が何だか分からなくて、首だけを振り返ってこういちに助けを呼ぼうとしたら、フクッと口を口で塞がれる。


 しばらくキスをされて、ぼくはまた意識が遠のきそうになるのを何とかこらえ、こういちが離してくれるのを待った。


 唇を離され、にこりと笑うこういちに少しだけ心が弛んだ。


 「おまえもちゃんと男だったんだね…」


 「当たり前じゃん…やっぱりこういちはぼくのことバカにして…」


 反論する言葉に力が入らない。欲望を放った後の疲労は、ただならない。


 ぼくは茫然としながらこういちに風呂から上げられ、もう一度躰を洗われて風呂から出された。疲れでもう半分寝ていて、いつベッドに横たえられたのか記憶にない。


 ぼくは知らず知らずのうちに眠りに引きずられていった。



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