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キスをした時の冬夜は可愛かった。
息を限界にまで止めて、顔を真っ赤にして俺の唇を受け取っていた。
何となく初めてそうだったので、ディープキスはしなかった。触れるだけのキスでもいっぱいいっぱいだったのに、それより先は冬夜にとって酷だろう。
まあ、キスだけがすべてではない。肉体的な欲求ではなくて、精神的な満足を得たい。やつとはもっと仲を深めたいし、冬夜が嫌なら肉体の関係なんて持たない。俺はやつが愛しいんだ。愛しくて愛しくて……絶対に傷つけたくない。
これは俺の誓いでもあるんだ。
「……ねえ、こういち」
その愛しい人は、今隣を歩いている。日差しが強くなってきた公園添いの道を、俺たちはゆっくりと歩いていく。
「この公園、再会したときもここに来たよね」
あの1年前の猛暑の中、俺は道端で倒れている冬夜を助け、この公園に連れ込んで休ませた。
あのことは一生忘れられないだろう。
「…ああ」
「久しぶりに行ってみない?」
「…いいぜ」
公園の木々たちは、みんな太陽の光を得ようと、広げた枝いっぱいに鮮やかな緑の葉をつける。俺たちには木陰になって、ちょうどいい。
その木陰づたいに歩を進め、噴水の前のベンチに座った。
「懐かしいね。ぼく、あの時こういちがいなかったら死んでたかもしれない」
「無茶なことするからだろ」
今は軽く笑い飛ばせるけれど、本当に死んだらシャレにならなかった。冬夜が隣にいてくれて、本当によかったと思う。
「そう言えばさあ、前々から言おうと思ってたんだけど…」
「何?」
「…冬夜がいつも持ってるそのバッグ、何が入ってるの」
冬夜はいつも細身の黒いバッグを片手に持っている。普通のカバンとしては使いづらそうだし、乱暴に扱わないようにいつも細心の注意を払っているようだ。中に何が入っているかとても気にならないわけがない。
「ああ、これ? フルートだよ」
「フルート?」
確かに、中身が楽器なら、持ち運ぶのに慎重になるのも納得がいく。
「ああそうか……そういやおまえ、フルートを習ってるんだっけ」
「うん。今日はね、レッスンの帰りだったんだ」
そうか、と相づちを打ってやる。
小さい頃からやっていると言うのだから、うまいんだろうな。
ちょっと聞いてみたかったりする。
「…冬夜、聞かせてよ」
「…え」
「おまえのフルート。聞かせて」
突然頼まれて冬夜は困惑していたが、楽器を取り出し、演奏を始めた。
冬夜の音はまさに癒しの音だった。冷たい水のように澄んだ音。でも優しい音色。
正直、クラシックを聞かない俺には、こいつがうまいかどうかは判断できないが、早いパッセージを軽くこなしているのを聞いて、すごいと思った。
俺たちの横を通り過ぎようとしていた人たちは、皆立ち止まって冬夜の演奏に聞き入っていた。
演奏が終わると、拍手が起こった。冬夜は軽く礼をし、聴衆の拍手に応えた。
人が散っていくのを見て、冬夜は顔を上気させて言った。
「あんなに多くの人が聞いてくれているとは思わなかったよっ……! びっくりした…」
「…おまえが吹いている間、どんどん増えていったんだよ。よかったね」
「うんっ。でもね、さっきのは、こういちだけに捧げたんだよ。聞いてくれた人には悪いけどね」
なぜそんな可愛いことを言うのだろうか。てへへ、と照れる愛しい冬夜を、抱き締めたくて仕方がない。
「冬夜おいで…」
まだフルートを片手に持つ冬夜を隣に座らせ、その手を握る。
何をするのかと不安げな顔をする冬夜の唇を、優しく奪う。
また冬夜は、息を止めて真っ赤になっていた。
「な、にするんだよっ……いきなりっ…」
冬夜は俺の胸を押して自ら引き剥がし、恥ずかしそうにうつむいた。
「何って…お礼のキスだけど」
「こんな……人が見てるかもしれないのに…っ」
「いいじゃん」
「やだ!」
冬夜は珍しく声を荒げた。と思ったらハッと我に返り、おろおろとし始めた。
「い、いや、…こういちのキスは嫌じゃないんだけど……」
怯えている。冬夜が、何に対してか怯えている。
世間の目が怖いのだろうか。
……それとも。
「……何かあったのか」
冬夜は口をキュッと結んで、俺から目を逸らした。
…何かあったんだな。
「……何にもないよ!」
嘘だろう。
「…言いなさい。さもないとまたキスするぞ」
「ごめんなさいごめんなさい!! 言います!」
そんなにキスが嫌なのかと少し落ち込んだが、冬夜の顔を見たら、そんなことは考えていられなくなった。
「あ、あのね……ぼく」
「うん」
「ぼくが…ホモだって……学校で少し噂になってて、だから……やだなって思ったの……」
沈黙。俺も冬夜も言葉が見つからなくて、お互いに無言になる。
「…ぷは!!」
沈黙に耐え切れずに吹き出したのは俺。冬夜が顔をしかめた。
「笑わないでよこういち! ぼくは真剣なんだから」
「…悪い悪い。何だそういうことか。そんなの、よくあることだよ」
「よくあることって……ぼくの中ではそういうの嫌なんだよっ。変に噂が立ちたくないもの」
「大丈夫。……冬夜、心配しなくていいよ」
「心配しちゃうよ…だって、その後どんな嫌がらせがあるかと思うと…」
「大丈夫。1つ聞くけど、おまえ、女の子も好きだろ?」
「あ……うん。でも今好きなのはこういちだけだよ。他の女の人なんて考えられない。ましてや男なんてもっと考えられない。どうしてそんなこと聞くの」
「…分かった。これで十分だ」
「何が?」
別に冬夜はホモなワケではない。今も昔もノーマルだが、俺が好きになってしまっただけだ。
「安心して。大丈夫だから」
額にキスしてやると、冬夜は真っ赤になって憤慨した。
「またぁ…結局はキスすんじゃんっ」
「ごめんごめん……おまえがあまりにも可愛すぎるからね……冬夜」
「なんだよっ」
「学校にいるときも俺の傍にいろよ。絶対離れるなよ」
「え…うん……」
「俺が噂消してやるから」