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協奏曲 〜君と。〜  作者: AZURE
けんか。
12/51






 キスをした時の冬夜は可愛かった。


 息を限界にまで止めて、顔を真っ赤にして俺の唇を受け取っていた。


 何となく初めてそうだったので、ディープキスはしなかった。触れるだけのキスでもいっぱいいっぱいだったのに、それより先は冬夜にとって酷だろう。


 まあ、キスだけがすべてではない。肉体的な欲求ではなくて、精神的な満足を得たい。やつとはもっと仲を深めたいし、冬夜が嫌なら肉体の関係なんて持たない。俺はやつが愛しいんだ。愛しくて愛しくて……絶対に傷つけたくない。


 これは俺の誓いでもあるんだ。



 「……ねえ、こういち」


 その愛しい人は、今隣を歩いている。日差しが強くなってきた公園添いの道を、俺たちはゆっくりと歩いていく。


 「この公園、再会したときもここに来たよね」


 あの1年前の猛暑の中、俺は道端で倒れている冬夜を助け、この公園に連れ込んで休ませた。


 あのことは一生忘れられないだろう。


 「…ああ」


 「久しぶりに行ってみない?」


 「…いいぜ」


 公園の木々たちは、みんな太陽の光を得ようと、広げた枝いっぱいに鮮やかな緑の葉をつける。俺たちには木陰になって、ちょうどいい。


 その木陰づたいに歩を進め、噴水の前のベンチに座った。


 「懐かしいね。ぼく、あの時こういちがいなかったら死んでたかもしれない」


 「無茶なことするからだろ」


 今は軽く笑い飛ばせるけれど、本当に死んだらシャレにならなかった。冬夜が隣にいてくれて、本当によかったと思う。


 「そう言えばさあ、前々から言おうと思ってたんだけど…」


 「何?」


 「…冬夜がいつも持ってるそのバッグ、何が入ってるの」


 冬夜はいつも細身の黒いバッグを片手に持っている。普通のカバンとしては使いづらそうだし、乱暴に扱わないようにいつも細心の注意を払っているようだ。中に何が入っているかとても気にならないわけがない。


 「ああ、これ? フルートだよ」


 「フルート?」


 確かに、中身が楽器なら、持ち運ぶのに慎重になるのも納得がいく。


 「ああそうか……そういやおまえ、フルートを習ってるんだっけ」


 「うん。今日はね、レッスンの帰りだったんだ」


 そうか、と相づちを打ってやる。


 小さい頃からやっていると言うのだから、うまいんだろうな。


 ちょっと聞いてみたかったりする。


 「…冬夜、聞かせてよ」


 「…え」


 「おまえのフルート。聞かせて」


 突然頼まれて冬夜は困惑していたが、楽器を取り出し、演奏を始めた。


 冬夜の音はまさに癒しの音だった。冷たい水のように澄んだ音。でも優しい音色。


 正直、クラシックを聞かない俺には、こいつがうまいかどうかは判断できないが、早いパッセージを軽くこなしているのを聞いて、すごいと思った。


 俺たちの横を通り過ぎようとしていた人たちは、皆立ち止まって冬夜の演奏に聞き入っていた。


 演奏が終わると、拍手が起こった。冬夜は軽く礼をし、聴衆の拍手に応えた。


 人が散っていくのを見て、冬夜は顔を上気させて言った。


 「あんなに多くの人が聞いてくれているとは思わなかったよっ……! びっくりした…」


 「…おまえが吹いている間、どんどん増えていったんだよ。よかったね」


 「うんっ。でもね、さっきのは、こういちだけに捧げたんだよ。聞いてくれた人には悪いけどね」


 なぜそんな可愛いことを言うのだろうか。てへへ、と照れる愛しい冬夜を、抱き締めたくて仕方がない。


 「冬夜おいで…」


 まだフルートを片手に持つ冬夜を隣に座らせ、その手を握る。


 何をするのかと不安げな顔をする冬夜の唇を、優しく奪う。


 また冬夜は、息を止めて真っ赤になっていた。


 「な、にするんだよっ……いきなりっ…」


 冬夜は俺の胸を押して自ら引き剥がし、恥ずかしそうにうつむいた。


 「何って…お礼のキスだけど」


 「こんな……人が見てるかもしれないのに…っ」


 「いいじゃん」


 「やだ!」


 冬夜は珍しく声を荒げた。と思ったらハッと我に返り、おろおろとし始めた。


 「い、いや、…こういちのキスは嫌じゃないんだけど……」


 怯えている。冬夜が、何に対してか怯えている。


 世間の目が怖いのだろうか。


 ……それとも。


 「……何かあったのか」


 冬夜は口をキュッと結んで、俺から目を逸らした。


 …何かあったんだな。


 「……何にもないよ!」


 嘘だろう。


 「…言いなさい。さもないとまたキスするぞ」


 「ごめんなさいごめんなさい!! 言います!」


 そんなにキスが嫌なのかと少し落ち込んだが、冬夜の顔を見たら、そんなことは考えていられなくなった。


 「あ、あのね……ぼく」


 「うん」


 「ぼくが…ホモだって……学校で少し噂になってて、だから……やだなって思ったの……」


 沈黙。俺も冬夜も言葉が見つからなくて、お互いに無言になる。



 「…ぷは!!」


 沈黙に耐え切れずに吹き出したのは俺。冬夜が顔をしかめた。


 「笑わないでよこういち! ぼくは真剣なんだから」


 「…悪い悪い。何だそういうことか。そんなの、よくあることだよ」


 「よくあることって……ぼくの中ではそういうの嫌なんだよっ。変に噂が立ちたくないもの」


 「大丈夫。……冬夜、心配しなくていいよ」


 「心配しちゃうよ…だって、その後どんな嫌がらせがあるかと思うと…」


 「大丈夫。1つ聞くけど、おまえ、女の子も好きだろ?」


 「あ……うん。でも今好きなのはこういちだけだよ。他の女の人なんて考えられない。ましてや男なんてもっと考えられない。どうしてそんなこと聞くの」


 「…分かった。これで十分だ」


 「何が?」


 別に冬夜はホモなワケではない。今も昔もノーマルだが、俺が好きになってしまっただけだ。


 「安心して。大丈夫だから」


 額にキスしてやると、冬夜は真っ赤になって憤慨した。


 「またぁ…結局はキスすんじゃんっ」


 「ごめんごめん……おまえがあまりにも可愛すぎるからね……冬夜」


 「なんだよっ」


 「学校にいるときも俺の傍にいろよ。絶対離れるなよ」


 「え…うん……」


 「俺が噂消してやるから」



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